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キャロライン

 幸いというか、隠し通路に防犯システムは存在しなかったようだ。

 そもそも、この通路に入ることができるのは指紋情報を登録した者のみ。この通路の設計者はそれ以上のセキュリティの必要性を感じなかったのかもしれない。

 それとも、この通路の先にはそれほど重要な物は存在しないのか。

 理由は不明なれど、ショウとキャロラインは通路の先の扉の前まで、何事もなく来ることができた。

「この扉にも、指紋認証らしきパネルがあるわね」

 そう言いつつ、ショウの方を見るキャロライン。また彼に試してみろと催促しているのだろう。

 それが理解できたショウは、何も言わずに再び素手でパネルに触れてみた。


  ──登録情報No.3 Sho Arisawa と指紋情報の一致を確認。

    開錠コード発信。ロック解除


 扉のパネルから小さな電子音声が流れ、次いでぴ、という電子音と共に扉が開錠される。

「……やっぱり、あなたの指紋情報が登録されていたのね」

「どういうわけか、な。だが、俺の情報が『No.3』ということは……」

「おそらく、あと二人は指紋情報が登録されているってことよね」

「その二人がどこの誰かは知らないがな」

 そんな会話を交わした後、二人は同時に部屋へと飛び込んだ。そして、左右にライフルの銃口を振って安全を確認する。

「…………クリア」

「こっちもクリア。問題なし、だ」

 部屋の中の安全を確認した後、二人は改めて室内を観察する。

 それほど広い部屋ではない。広さ的には六畳ほどだろう。

 部屋の中にあるのは事務用とおぼしき簡素な机が一つと、ちょっとしたミニキッチンとコーヒーセット。

 そして、机の上に端末がある程度だ。

「隠し部屋……というより、単なる書斎って感じだな」

「そうね。キッチンの方は…………特になにもないわね」

 この部屋の主がコーヒー好きだったのか、コーヒーを淹れるための道具が一式揃っていたが、それほど価値のある物でもないだろう。

「…………コーヒーの豆が少し残っていたけど、さすがにもう使えなくなっているわね」

「惜しいな。もしもまだ使える状態だったら、ちょっとした値段になっただろうに」

 【インビジブル】は植物にまで感染するため、現在では天然食材の栽培が難しく、その結果極めて高価になっている。

 カワサキ・シェルターでは、最近になってようやくドーム式の農園が軌道に乗り、そこで作られた作物が少しずつ流通するようになってきた。だが、それでもまだまだ高価なのには変わりない。

 一般的に出回っている食べ物は、ある種のバクテリアから作られる合成食糧で、【パンデミック】以前の食材に比べると、味が劣るとあまり評判は良くはない。

 だが、それしか食べる物がなければ文句を言っていても始まらないため、シェルターの住民は合成食糧で腹を満たしている。

 そのような理由から、まだ食べられる【パンデミック】以前の食料は人気があり、高額で取り引きされるのだ。

「……となると、残るはあの端末だけだが……」

「調べてみるわ。おそらく、電源も大丈夫だと思うし」

 そう言って、キャロラインが端末の置いてある机の前に陣取った。

 ショウも端末関係の知識はあるが、キャロラインの方がそちらはずっと強い。そのため、これまでもこのような端末から情報を吸い出すような時は、いつも彼女に任せてきたのだ。

 端末を起動すると起動用のパスワードを求められたが、そこはキャロラインのハッキング技術で誤魔化していく。

 そうやってキャロラインが端末と格闘している間、ショウは部屋の入口前に立って通路を警戒する。この通路に【インビジリアン】が立ち入った形跡はなかったが、この通路の始まりである扉は現状開いたままなのだ。

 開閉システムが完全ではないのか、内側から扉を閉じることはできなかった。もしかすると、今キャロラインが操作している端末から操作できるのかもしれないが、こうしている間にも【インビジリアン】が通路に侵入してくる可能性もあるため、警戒するに越したことはない。

 一方、キャロラインは端末を起動させることに成功していた。パスワードは試しに「ShoArisawa」と入力すれば、これがずばりだったのだ。

──この隠し部屋の主が「彼」だとすれば……やはりショウは「彼」の関係者ってこと? となると、ショウを「こっち」に……「教団」に勧誘する価値はあるわね。

 端末に記録されている情報を閲覧しつつ、キャロラインはそんなことを考える。

 そして。

──あ、あった! 《ジョカ》の研究資料……っ!! やはり、この部屋は「彼」の……

 キャロラインは素早く自身のマルチデバイスに、《ジョカ・シリーズ》の研究資料をコピーする。

──ここにあるのは研究資料、それも途中までのものだけ。できれば、《ジョカ》の設計図とか実機とかも欲しかったけど……高望みはしない方が身のためよね。

 そう判断したキャロラインは、椅子から立ち上がってショウへと振り返った。


◇◇◇


「ねえ、ショウ」

 恋人に名を呼ばれ、ショウは彼女の方へと振り返る。

「…………………………あなた、カワサキ・シェルターを出て、私と一緒に来る気はない?」

「…………何だって?」

 恋人の言葉の意味がすぐには理解できず、ショウは彼女をじっと見つめた。

「一つのシェルターに拘らず、もっと色々な場所を見てみたいとは思わない? 世界は変わり果ててしまったけど、それでも私たちが──人類が生きて行ける場所は地球上のあちこちに残されているわ」

「突然何を言い出すんだ、キャロル?」

 防弾防疫ヘルメットのバイザーで、今のキャロラインの表情は見えない。だが、彼女が決して冗談の類を言っているわけではないと、ショウには理解できた。

「実を言うとね、私……いえ、()()()には、ずっと探しているモノがあるの。そして、私たちはその探しモノがこのヨコハマ遺跡に眠っている可能性が高いという情報を得た」

「キャロルがカワサキ・シェルターに来た理由は、ヨコハマ遺跡にほど近いから、か?」

 ショウがそう問いかければ、キャロラインは無言で頷いた。

「そして今……私はその探していたモノを見つけた。となれば、()()()()()に戻らないといけない。だから──」

 「私と一緒に来ない?」とキャロラインは続けた。


◇◇◇


「俺は……キャロルと一緒に行くことはできない」

 しばらく考えた後、ショウはキャロラインの勧誘をはっきりと断った。

「やっぱり、ね。理由はリアムさんへの恩義ってところ?」

「そうだな。身寄りのない俺を拾い、育ててくれたリアムの(オヤ)()には大きな恩がある」

「別に、私と一緒に来たってリアムさんを裏切ることにはならないわよ? ただ単に私と一緒にカワサキ以外の場所へ行くというだけのことだし。実際、あなたの兄弟の中にも他のシェルターで暮らしている人もいるでしょう?」

 キャロラインの言う通り、ウイリアムが拾って育てたショウの兄弟の中には、カワサキを出て他のシェルターで暮らしている者もいる。

 それを考えれば、ウイリアムにキャロラインと一緒にカワサキ・シェルターを出ると告げても、おそらく養父は祝福して送り出してくれるだろう。

「確かにキャロルの言う通り、親父は俺たちを祝福しながら送り出してくれるだろう。だが、それでも俺はカワサキ・シェルターで親父の……あのシェルターで暮らす人々の力になりたい。俺が発掘者の道を選んだのもそれが理由だ。だから……別の場所で生きていく気にはなれない。それぐらいにはあの場所が気に入っているんだよ」

「…………そう。どうしても、私と一緒に来てはくれないの?」

「キャロルこそ、俺と一緒にカワサキ・シェルターで暮らすという選択はないのか?」

「それは無理ね。あなたがカワサキから離れられないように、私も本来の居場所から離れるつもりはない……いいえ、離れられないのよ」

 その後、二人はしばらく黙って見つめ合った。

 そして、キャロルは諦めたように肩を竦めて首を振る。

「…………残念ね。あなたなら『超越者(オーバード)』としての資格もあるし、『教団』も喜んで受け入れてくれるでしょうに」

「超越者? 教団? 一体、何を──」

 ショウがそこまで口にした時。

 彼の腹部を重い衝撃が突き抜けた。


◇◇◇


 ショウは衝撃が走った腹部を押さえながら、目の前に立つキャロラインを呆然と見つめた。

 今、彼女の手には拳銃が握られており、その銃口からうっすらと硝煙が立ち昇っている。

 つまり、ショウは恋人(キャロル)に撃たれたのだ。

 ショウが装備している防弾防刃ツナギや、強化プレートの入った戦闘用ジャケットも、決して無敵の防御力を誇るわけではない。

 防具の部位によっては装甲効果の薄い箇所もあるし、相手の火力が防御力を上回れば、防具を貫くことは多々ある。

 キャロラインはショウと同じ防具を使っているので、どの部位が装甲効果が薄いのかも熟知している。

 結果、キャロラインが至近距離から放った銃弾は、ショウの防具を貫いて彼へダメージを与え得たのだ。

「悪いけど、麻痺弾や睡眠弾なんて都合のいい物は準備していないの。後で必ず手当てをするから、少しだけ我慢してくれる?」

「キャ……キャロ……ル……?」

 腹部に走る激痛に耐えながら、ショウは何とかそれだけ尋ねた。

「私としては、あなたと離れ離れになりたくはないの。となると、取れる選択肢は多くはないでしょ?」

 どうやら、キャロラインはショウを抵抗できないようにした後、どこかに連れ去るつもりのようだ。

「少し眠っていてもいいわ。私が安全な所まで運んであげるか──」

 キャロラインがそこまで言った時だった。

 開け放たれたままの通路の方角から、獣のような咆哮が聞こえてきたのは。

「【インビジリアン】っ!? まさか、こっちに近づいて来ているのっ!?」

 咆哮は徐々に大きくなってくる。つまり、【インビジリアン】たちがこちらへと近づいてきている。

 声の大きさから判断してまだまだ距離はありそうだが、【インビジリアン】にあの隠し通路に入り込まれでもしたら、退路を失って連中に狩られる未来しかない。

 ならば、【インビジリアン】が隠し通路を見つけるより先に、ここから脱出する必要がある。

 そう判断したキャロラインは、ショウに背を向けて通路へと飛び込んだ。

──【インビジリアン】が集まって来る前に、このビルから脱出しないと。残念だけど、ショウのことは諦めるしかない、か。

 【インビジリアン】が集まる前兆が見られる今、手負いのショウを運ぶだけの余裕はないだろう。それが分かっているキャロラインは、すっぱりとショウのことを切り捨てて逃走を選択した。

──さよなら、ショウ。今日まで本当に楽しかった。できれば……あなたとは「教団」とは無関係に出会いたかったわね。

 おそらく、もう二度と彼と会うことはあるまい。手負いの彼が逃げ切れるほど、【インビジリアン】は甘い相手ではないのだ。

 心の中で恋人に別れを告げ、キャロラインはビルの出口を目指して慎重に走り出した。




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