表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/34

廃ビル探索

「それで、どこへ向かっているんだ?」

 ライフルに装着したライトで視界を確保しつつ、暗い地下の通路を進みながら、ショウは前を歩くキャロラインに尋ねた。

 ショウ自身はかなり暗視が利くが、キャロラインはそうはいかないので光源は必須である。

「さっきの端末を調べて分かったのだけど、このビルは『LHエレクトロニクス』という世界的企業の日本支社だったのよ」

「LHエレクトロニクス? 聞いたこともないな」

「LHエレクトロニクスが世界的企業と言われていたのは、【パンデミック】以前の話だからね。私たちの世代じゃ聞いたことがなくても当然よ」

 【パンデミック】が発生したのは、ショウがまだ10歳ぐらいの時だ。ある程度の年齢に達していたとはいえ、当時のことは覚えていないことの方が多い。

「LHエレクトロニクスは当時、その名前の通り電子部品や電子機器に関する世界的シェアを誇っていたの。本社はステイツ。そして、CEOは中華系アメリカ人の(リー) (ハオ)氏」

「リー・ハオ? IV抗体を生み出した、あの細菌学の世界的権威のことか?」

「ええ、そのハオ博士のことよ。彼、専門は確かに細菌学だけど、それ以外にも他分野に亘って才能を発揮した人物で、様々な実績を残しているの。いわゆる、天才ってやつね」

「ハオ博士と言えば、IV抗体の生みの親ってことぐらいしか知らなかったな」

 IV抗体。「イヴ抗体」や単に「イヴ」と呼ばれることもある。

 それは【インビジブル】の感染を抑え込む現状唯一の抗体であり、「宇宙より飛来した侵略者に対する、人類が開発した最も有効な()()」とまで言われるものである。

 世界的細菌学の権威であるリー・ハオ博士と、彼と志を共にする数名が協力することで、IV抗体は生み出された。

 そして、そのIV抗体はリー・ハオ博士とその協力者、そして彼らに賛同する支援者たちの手によって、ほぼ無償で世界各地のシェルターに数年がかりで配布されたのである。

 もしもリー・ハオ博士とその仲間たちがIV抗体を生み出さなければ、「地球という生命体」は【インビジルブル】に完全に感染されていただろう。

「ハオ博士は電子工学の分野でも、いくつも特許を有していたと言われているのよ。このLHエレクトロニクスも、博士が持つ特許を中心に電子関係の分野で大きな利益を上げていたそうよ」

「随分と詳しいな……キャロルって、経済や経営方面にそんなに強かったか?」

 先ほど感じた彼女に対する違和感が、再び心の奥底から湧き上がってくることを自覚しながら、ショウは前を歩くキャロラインをじっと見つめる。

「まあね。カワサキ・シェルターに流れ着くまで、私にもいろいろあったのよ」

 彼女の過去を、ショウはそれほど詳しく聞いていない。

 【パンデミック】当時、父親の仕事の関係で日本の関西エリアに在住していたこと、【パンデミック】で両親を失い、似たような境遇の人たちと共に小規模なシェルターで暮らしていたこと、そのシェルターが【インビジリアン】に襲われ、シェルターから逃げ出した後は関東方面へ、そしてカワサキ・シェルターに流れ着いたこと、それぐらいだ。

 だが、今の時代はそのような境遇の者は珍しくもない。

 【パンデミック】で肉親や身寄りを全て失った者など、ごろごろいる。かくいうショウもその一人である。

 だから今まで、ショウはキャロラインの過去については詳しく聞かなかった。

「で、さっき調べた端末から、何を掴んだんだ?」

「ここはLHエレクトロニクスの日本支社だったって言ったでしょ? つまり、このビルのどこかに今も電子関係のパーツやそれらを作るための素材が眠っているかもしれないじゃない?」

「そういうことか」

 ようやく、ショウもキャロラインの言いたいことを理解した。

 電子パーツ類は、高額で売れる発掘品の一つだ。

 総じて小さな物が多く、運びやすいことから発掘者の間で電子パーツ類は「狙い目のお宝」と言われている。

 かさばらず、運びやすく、高額で売れる。発掘屋からすれば、まさに「狙い目」である。

「だが、ここは支社であっても、実際に製品を作っていた工場ではないだろう?」

「確かにこのビルで大量生産していたわけじゃないだろうけど、それでも製品が全くないわけじゃないと思わない? 逆に、大量生産する前の貴重な素材や研究資料、運が良ければ試作品なんかも残っているかもよ?」

 キャロラインの言うことに間違いはない。

 大量生産された電子パーツはなくとも、試作品や研究資料などでも、現代のシェルターにとっては価値のあるものだろう。

 もしそれらを発掘できれば、カワサキ・シェルターの運営部が買い取ってくれるに違いない。

「ここで貴重な電子パーツを見つけられれば、リアムさん……あなたのお()()さんもきっと喜んでくれるわよ?」

「了解。それを言われたら、可能な限り詳しく探索するしかないな」

 互いにこつんと拳同士を合わせて、ショウとキャロラインは探索を続行することを決めた。


◇◇◇


 暗い地下の一角に、無数の金色の色彩が踊る。

 ライフルのエジェクション・ポートから吐き出される、空薬莢が黄金の色彩の正体だった。

 重低音を響かせて二丁のライフルが合唱し、銃口から撃ち出された弾丸が【インビジリアン】の体を穿ち、彼らに死の舞踏を強制させる。

 そして、ショウとキャロラインのライフルが沈黙した時、地下の一室には十体以上の【インビジリアン】の亡骸が転がっていた。

「…………被害は?」

「こちらは問題なし。ショウは?」

「俺も大丈夫だ」

 二人は遮蔽としていた壁の陰からゆっくりと抜け出て、部屋の中を見回した。

「確かに数は多かったが、敵に遠距離型(アーチャー)がいなかったから助かったな」

近接型(ファイター)だけなら、近づけなければ対処が楽よね」

 【インビジリアン】の中には、体内で発生したガスを利用して、硬質化した体組織を撃ち出してくる個体も存在する。

 そのような遠距離攻撃が可能な個体を、ショウたち発掘者は遠距離型(アーチャー)と呼んでいる。

 対して、爪や牙、刃状になった腕などが主な攻撃手段であるモノは、「近接型(ファイター)格闘型(グラップラー)などと呼ばれる。

「とはいえ、ただ撃ちまくればいいってものでもないけどな。特にこのような部屋の中では」

「そうよねぇ。【インビジリアン】と一緒に発掘品まで穴だらけにしたら、『馬より先に荷馬車を準備する』よねぇ」

 部屋の中などの閉鎖空間では、銃器の使用はどうしても慎重になる。

 跳弾が発生する確率も高いし、何より【インビジリアン】と一緒に価値のある物まで破壊しては意味がない。

 発掘者の目的は、あくまでも貴重な発掘品の引き揚げであって、【インビジリアン】を倒すことではないのだから。

「部屋の中を調べるわ。ショウは警戒をお願い」

「了解」

 ざっと部屋の中を観察すれば、ここは何かの実験室のような印象だ。

 天井に設置されたロボット・アームと、壁の一面には大きなガラス張りの窓。その窓の向こうにも部屋があり、そちらはおそらくここで行われた実験を観察記録するための部屋だろう。

 もっとも、ロボット・アームも壁のガラスも、ショウたちが来るより遥か前に破壊されていたが。

 床にはかなりの量の【ブルーパウダー】が散らばっている。これだけでも相当な金額になりそうだ。

 それらを観察したキャロラインは、壁の一面にパネルのような物があることに気づいた。

──タッチパネルっぽいし、何かのスイッチ?

「ショウ、ちょっとこれを見てくれる?」

「何か見つけたのか?」

 キャロラインに呼ばれたショウは、彼女の言う壁のパネルに目を向けた。

「確かに何かのスイッチっぽいな。それにこれ、指紋認証型だな。微かだけど、いくつか指紋が残っている」

「へえ、ショウにはそこまで見えるんだ? 便利ね」

「集中して至近距離でなら、何とか見えるって程度だけどな」

「それにしても、指紋認識型では、私たちには開けられないわね」

「それ以前に、ここの電源が死んでいるだろう」

 それもそうね、と頷いたキャロラインだったが、それでも試しとばかりに片手のグローブを外してパネルに触れてみた。

 当然、パネルは全く反応することなく、周囲に変化は全くない。

「ほら、ショウも試してみてよ」

「……ったく、動くわけがないだろうに」

 肩を竦めつつも、これも付き合いかとショウも素手でパネルに触れてみた。

 その瞬間。

 ぴ、という小さな電子音が部屋の中に響いた。


◇◇◇


 部屋に響いた小さな電子音。

 直後、部屋の壁の一角が音もなく開いた。その向こうは通路のようで、うっすらとした人工の灯りまで見える。

「え? こ、これ、どういうこと……?」

「い、いや……俺に聞かれても……」

 二人は呆然としたまま、突然現れた通路を見つめる。

 通路の大きさは成人男性が一人何とか通れるサイズで、隠し通路的な雰囲気が色濃い。

「電源はどこから……? 非常用の発電装置でも生きていたのか?」

「それより、どうしてショウの指紋に反応したの? あなたかあなたの両親って、実はLHエレクトロニクスの関係者だったとか?」

「そんな訳あるか。俺も俺の両親もLHエレクトロニクスなんて企業とは無関係だったはずだ」

 【パンデミック】以前、ショウは両親と父方の祖父母と共に、東京で暮らしていた。祖父母は年齢的に既に仕事はしていなかったし、父親と母親は同じ外資系の中規模商社に勤める単なる会社員でしかなかった。

 もしかすると両親の勤めていた商社が、ビジネスの関係でLHエレクトロニクスと何らかの取引をしていたのかもしれない。それでも、ショウの指紋情報がLHエレクトロニクスの支社ビルに登録されていた理由にはならないだろう。

「この隠し通路がどうして開いたのかは分からないけど、この先に行かないって判断はないわよね?」

「そうだな。この通路に【インビジリアン】の痕跡はない。ってことは、この先は比較的安全だろう」

 【インビジリアン】はいなくても、何らかの防犯システムはあるかもしれない。

 電源の出所は不明だが、扉や照明と同時に防犯システムも再起動した可能性が高い以上、警戒は必要だろう。

 互いに頷き合い、それぞれの意思を確認した上で、ショウとキャロラインは隠し通路へと足を踏み入れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
誤字・脱字等の報告 一件報告しました。 参考意見です。 ①僅かだけど、いくつか指紋が残っている」→微かだけれど、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ