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〈スライム〉討伐戦-1

 結論を言えば、格納庫の裏にいた〈スライム〉も、表のスライムと同一個体だったようだ。

 格納庫裏の地面からじわじわと現れた〈スライム〉は、うぞうぞと這い進み、そのまま表の〈スライム〉と同化した。

 結果、〈スライム〉の巨体は更に一回り大きくなってしまったのである。

 今や、〈スライム〉はその巨体を大きく伸ばし、グラウンドの半分近くを覆っている状態だ。

 その一部は格納庫裏にまで及び、まるで何かを探すかのようにぴくぴくと蠢きながらゆっくりと這い進む。

「裏も表も〈スライム〉が出口近くに鎮座しているわけですね」

「このままでは、脱出することは不可能だな」

「ここはもう、ご主人様の作戦を試すしかありませんねー」

 イチカ、フタバ、ミサキが格納庫の外を確認しながら言葉を交わす。

「しっかし、【インビジリアン】とはいえ、こんなでけー生き物が実在するとはなぁ……」

 ユウジがすぐ近くで蠢く巨大な怪物を見て、呆れ半分感心半分で呟く。

 大きさで比較するなら吸血庭園に出現した〈ギガンテス〉の方が遥かに巨大だが、「ファイヤーストーム作戦」に参加していない後輩たち二人はその存在を知らない。

 〈ギガンテス〉の存在は、その後に見つかった謎の施設のこともあり、ごく一部の人間にしか伝わっておらず、「ファイヤーストーム作戦」の参加者たちにも緘口令が敷かれていた。

「そういやオレ、【パンデミック】前の海に棲んでいたらしいクジラって生き物の資料映像を観たことあるぜ? それに比べれば、この〈スライム〉も小さいのかもな」

「へ? 目の前の化け物よりもでかいん? 【インビジブル】に感染してもいないのに? うわぁ……信じられねぇ……」

 ユウジは自慢げな様子の(ジェ)(ボク)と〈スライム〉を見比べて感心する。

 現在、海洋生物のほとんどは【インビジブル】に感染し、変異していると考えられている。

 【インビジブル】に感染した結果、元々大型だった海洋生物は更に大型となり、中・小型だった生物さえも大型化の傾向が見受けられ、もはや海は「生命の故郷」と呼べるような場所ではなく、恐るべき魔境へと変貌してしまった。

 そのため、かつては海で暮らしていたクジラやシャチ、イルカといった海洋性哺乳類や、魚類、甲殻類などの海洋生物の本来あるべき正しい姿は、資料映像や学習素材の中でしか見受けられない「幻の生物」と化している。

「ふ、ふ、ふ、甘いですよ、お二人ともー。【パンデミック】以前に確認されていた世界最大の生物って…………実はキノコだったんですよ?」

 ぴ、ぴ、ぴ、とリズミカルに右手の人差し指を振りながらそう言うのはミサキだ。

「え? キノコ? そ、それって、最近カワサキでも栽培に成功したって噂になっているあの食べられるキノコのことっすか、ミサキたん?」

「そうそう、そのキノコですー」

 水、土壌、空気、肥料などを徹底的に管理し、【インビジブル】を完全に排除して試験運用されているのが、カワサキ・シェルターの「無菌農園」である。

 最近、その無菌農園の稼働率は徐々に上がっており、シェルター内限定ではあるものの、無菌農園で栽培された野菜は少量とはいえ流通が始まっている。

 そんな栽培品の中には、比較的栽培が容易く収穫量も期待できる各種食用キノコ類も含まれていた。

「かつてのアメリカ合衆国、オレゴン州にあったマルール国有林に自生するオニナラタケっていうキノコのDNAを調べたところ、全て同じDNAを持っていたことが分かったらしいんですよー」

 ミサキの言うオニナラタケ──ちなみに食用ではあるが、生で食べると危険──は、見た目こそごく普通の小さなキノコだが、地下で菌糸を広く伸ばし、その生息圏を広げていく。

 話に出たマルール国有林のオニヒラタケの群生地は、地表面積にして約8.903平方キロメートルにも及ぶという(東京ドームに換算すると約190個分)。

 また、オニヒラタケの寿命は極めて長く、マルール国有林のオニヒラタの群体は推定で2,400年から8,000年も生き続けていると考えられ、重さにして推定35,000トンにもなるという驚異的な大きさとなっていた。

 【パンデミック】以前の世界において、世界最大の()()は確かにシロナガスクジラだった。だが、世界最大の()()はといえば、一見しただけでは小さな存在にしか見えないキノコなのである。

「ほえー、さっすがミサキさん! 物知りですね!」

「いよ! ミサキたん、さすがっす!」

「えへへー。実は最近、家でウイリアム様がお酒を飲んでいる時、そんな話をしてくださいましてー」

「あー……オヤジ、そういう生活や仕事に役立たない雑学が大好きだからな……」

「お義父さんって、そういうトコ、あるよねー……」

 ショウとアイナは、酒に酔った養父が自慢そうに話している姿を容易に想像でき、互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべるしかなかった。


◆◆◆


「さて、楽しい雑談はここまでだ。これからは実用的な話に切り替えるぞ」

 というフタバの一言で、一行の緩んだ雰囲気は一気に引き締まった。

 緊張を持続させるのは難しい。ミサキの雑談は、緊張を程よくほぐす材料となったようだ。

「ショウ様の作戦は、有効だと判断します。ですが、実行にあたり大きな問題点がひとつ──」

「どうやってあのデカブツにC-4を食わせるか、だな?」

 ショウの返答に、イチカが柔らかく微笑む。

「そんなの、ここからあの〈スライム〉に向けてプラスチック爆薬を投げ込めばいいんじゃないですか?」

「あれだけ大きな『的』だもんな。どんだけノーコンでも、外しようがないっすよ?」

 どこかぎこちないピッチングフォームを披露しながら、ユウジとジェボクが言う。

 確かに彼らが言うように、巨大な〈スライム〉に向かって爆弾を投げつけることは難しくはないだろう。

「普通の手榴弾辺りなら、〈スライム〉に向かってどんどん投げつければいい。だが、C-4は電流に反応して爆発する──つまりは起爆装置が必要なんだ。ミサキ、手持ちの資材で起爆装置はどれぐらい作れそうだ?」

「そうですねー、電源はマルチデバイスの予備バッテリーを使うからいいとして、今手元にある使えそうな部品やコード類から考えると……何とかがんばってふたつ作れるかどうかですかねー?」

 《ベヒィモス》まで戻れば、もっと作れるんですがー、と続けるミサキ。だが、その《ベヒィモス》まで戻ることができないのが現状である。

「ではまず、ミサキは起爆装置作りに集中してくれ。作戦の決行は、起爆装置がなければ始まらないからな」

「了解でーす!」

 ショウの指示に応えたミサキは、早速背負っていたバックパックからあれこれとパーツを取り出して作業を始める。

 ちなみに、ミサキが使おうとしているパーツ類は、自分たち《ジョカ》の応急処置用のものだったりする。

 《ベヒィモス》まで戻れば本格的な修理やメンテナンスが行えるが、それが叶わない時の応急処置用に、修理用のパーツをいくつか持ち歩いていたのだ。

「パイセン、パイセン、オレたちは何をしたらいいっすか?」

「俺たちにできることがあれば、何でも言ってください!」

 床に座り込み、様々なパーツを弄り始めたミサキを横目に、後輩たちは自分たちにも何かできないかとショウに問う。

「ああ、おまえたちにも一仕事してもらうからな。期待して待っていてくれ」


◆◆◆


「──状況開始!」

 ショウの声を合図に、フタバとミサキが格納庫の正面入り口から飛び出した。

 〈スライム〉には視覚も嗅覚も聴覚もなく、あるのは触覚だけであるというのが定説だ。そのため、この怪物は地面を伝わる震動を頼りに獲物を感知していると考えられている。

 だが、今回のように【インビジリアン】の死体を的確に感知できることから、少なくとも嗅覚だけはあるのではないか、と論ずる研究者も一定数いるのだが。

 そんな〈スライム〉の触覚に強く訴えつけるため、フタバとミサキはあえて足音を大きく響かせながら駆ける。同時に、二人は〈スライム〉の巨体に向けてがんがんと弾丸を撃ち込んでいく。

 もちろん、〈スライム〉に弾丸は効果がない。だが、〈スライム〉の敵意を自分たちに向けさせるには有効だ。

「さあ、こっちに来い、デカブツ!」

「ボクたちを捕まえられますかー?」

 笑みを浮かべ、〈スライム〉を挑発するかのように。そして、その挑発に応えたのか、〈スライム〉は全身を大きく波立たせた。

 ぶるり、と透明なゼリー状の体が揺れる。同時に、その巨体のあちこちが大きく伸びる。

 まるで触手のように、〈スライム〉の一部が走るフタバとミサキへと迫る。

「来ましたよ、姉さまー!」

「どうやら、私たちはあいつにとって餌となり得たようだな!」

 彼女たちの役目は囮である。ショウたちのチームの中で最も瞬発力と速度に優れるミサキと、戦闘力の高いフタバが「引き付け役」を務めるのはある意味で当然だろう。

 だが、懸念もあった。

 イチカたち《ジョカ》の体はあくまでも人工物である。そのため、〈スライム〉が彼女たちを「餌」と認識しない可能性も考えられた。

 だが、〈スライム〉には振動に反応する習性があるのだろう。わざと足音を大きく響かせて走るフタバとミサキに興味を示したようだ。

 特に、二人は〈スライム〉に感知されやすいよう、あえてその体が薄く伸ばされた場所を選んで走ったこともあり──足元を固めるアーミーブーツが〈スライム〉の酸に溶けつつあるが──、見事に囮の役目を果たすことができたようだ。

 そんな状況を、ショウはよじ登った格納庫の屋根の上から見下ろす。

「よし、『魚』が『餌』に食いついた。続いて第2フェーズ開始だ」

 無線越しのショウの声を聞き、次に動いたのは格納庫の入り口近くで待機していたユウジとジェボクである。

「よっしゃ、遂に俺たちの出番だぜ!」

「しくじるンじゃねーぞ、ユウジ!」

「ジェボクこそな!」

 拳と拳を打ち合わせた二人は、大きな袋を抱えて格納庫の外へと飛び出した。




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― 新着の感想 ―
事態が動き始めましたが、世の中には想像を絶する巨大な生物が以前からいたようであり、それが【インビジリアン】に感染することにより化け物じみた巨大生物が誕生するらしい。ショウたちが相対する〈スライム〉も一…
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