〈スライム〉
〈スライム〉には物理攻撃が効かない。
それは、ある程度経験を積んだ発掘者であれば誰でも知っていることである。
下手な打撃は、〈スライム〉を細分化するだけ。体の成分がほぼ水分である〈スライム〉に対し、銃撃はもちろん効果がない。
〈スライム〉に効果があるのは、炎で焼くか何らかの方法で冷却して凍らせるか。
もしくは、〈スライム〉の体よりも濃度の高い液体に浸けて、浸透圧によって体から水分を奪うしかない。
これらの手段の内、凍らせるのはいわゆる仮死状態になるだけであり、解凍してしまえば〈スライム〉は再び活動を始める。
つまり、高温で沸騰させる、浸透圧を利用するなど、要は〈スライム〉の体から水分を奪えばいいのだ。
通常サイズ──成人男性の拳大──であれば、火炎放射器、もしくは即席の松明などでも焼き払うことができるだろう。
だが今、ショウたちの目の前にいる巨大な〈スライム〉を焼き払おうとすれば、それこそナパーム弾でも用いなければ難しい。
ちなみに、打撃によって細分化した場合、すぐに集合・同化して元の大きさに戻ってしまう。時折、細分化した一部が別個体となって個別に活動を始める場合もあるらしいが。
「……て、ことは? アレに弾丸ぶち込んでも意味はないってことか?」
ジェボクの問いに、ユウジは黙って頷いた。
「はえー、そいつは厄介だなぁ。でもユウジ、おまえ、よくそんなこと知っていたなぁ」
「馬っ鹿! やっぱおまえは馬鹿だろ! イチカさんの特別講義で〈スライム〉に関する知識にも触れただろうがっ!!」
「え……え? う、ウソぉん……」
ちら、とジェボクがイチカを見れば、彼女はとっっっっっっってもにこやかな表情で彼を見ていた。
「ジェボクさん……帰ったら、あなただけ追加の講義です。いいですね?」
「う…………うっす…………オテヤワラカニオネガイシマス…………」
◆◆◆
「さて、どうする、マスター? 我々には火炎放射器もなければ、ナパーム弾もないぞ?」
項垂れるジェボクにちらりと視線を向けながら、フタバは主であるショウに問う。
彼らは今、格納庫の中まで退避し、入り口から突然地面から現れた巨大〈スライム〉の様子を見ていた。
「マスター、〈スライム〉の【核】は『視』えているのか?」
そう続けたフタバに目を向けることもせず、ショウは〈スライム〉を見つめながら頷いた。
「ああ、『視』えてはいる…………だが、【核】を狙撃するのは難しいだろうな」
〈スライム〉の【核】があるのは、その巨体のほぼ中央部分だった。つまり、【核】は抵抗の大きい「水」に囲まれているわけで、7.62ミリ口径のバトルライフルといえども果たして【核】まで弾丸が届くかどうか。
「先ほどイチカ姉さまが感知したという振動……やっぱり、地下に潜んでいたこの〈スライム〉が原因ですかねー?」
「だろうな。しかし、今になって地上に出て来たのは、単なる偶然か?」
「もしかしたら、グラウンドにいた【インビジリアン】との戦闘がこいつを呼び寄せたのかもしれないな」
この格納庫に到達するため、グラウンドにひしめいていた相当数の【インビジリアン】を撃破した。その時に発生した何か──戦闘時の音、振動、臭いなど──が、この巨大〈スライム〉の興味を引いた可能性は高い。
「イチカ、〈スライム〉の攻撃手段は?」
「通常の〈スライム〉であれば、体当たりや標的を体内に取り込み、体成分に含まれる酸で溶かすという手段が確認されています」
通常サイズの〈スライム〉は、さほど脅威ではない。攻撃手段も限られ、その殺傷力も高くはない。それに加え、移動速度も極めて遅いため、逃げようと思えばいくらでも逃げられる。
そのため、「〈スライム〉は見つけても無視するべし」というのが発掘者たちの間での共通認識だ。
だが、あの巨大〈スライム〉は充分脅威だろう。あれだけの巨体でのしかかられれば、それだけで十分圧死する。体内に取り込まれでもすれば、溺死した後に死体を溶かされて吸収されるのは間違いない。
「無視して逃げられればいいが……」
「私としては、マスターの言う通りにしたいところだな。いつぞやの〈アラクネ〉の時のように、また服を酸で駄目にされて全裸になるのは避けたい」
「ボクもこんな所で裸になるのは勘弁ですねー」
変異種〈アラクネ〉と交戦した時のことを思い出し、フタバが嫌そうな表情を浮かべれば、それをミサキが茶化す。
だが、そんなミサキの言葉に必要以上に反応する者たちがいた。
「え? フタバの姐御が素っ裸にっ!? どんな状況だったんすかっ!?」
「そ、そこんトコ、もっと詳しくっ!! 具体的にっ!! 詳細にっ!!」
アイナ、イチカ、フタバ、ミサキ。四人の女性陣から極点並みの冷たい視線を向けられ、ユウジとジェボクは顔色を青く染め上げた。
「こんな状況で……余裕があるのか、それとも真正の馬鹿なのか……」
ショウは、誰に告げるでもなく肩を竦めながら呟いた。
◆◆◆
女性陣による視線のブリザードに耐え切れなくなった後輩たちは、その圧に耐えられずに誰に言われるでもなく巨大〈スライム〉の観察を続けていた。
「うわぁ……あの〈スライム〉、【インビジリアン】の死体を食っているぞ……」
「〈スライム〉の体が透けているだけに、溶ける様子が丸見えですげぇグロい……」
二人が言うように、〈スライム〉はショウたちが倒した【インビジリアン】の死体を取り込み、消化、吸収──つまり食っていた。
【インビジリアン】は死後、急速にその体が崩れ出す。だが、死んでからあっという間に崩れるのではなく、完全に崩壊するまでにはある程度の時間を必要とする。
どうやらあの巨大〈スライム〉は、グラウンドに散らばる多数の【インビジリアン】の死体を、崩れる前に食うつもりのようだ。
そして、巨大〈スライム〉が突然地面から現れた理由もはっきりしたわけである。
「あいつの目的は食欲だったわけか」
「ということは、お腹が満たされれば、また地面に沁み込んでいくのかな?」
様子見を続けるショウの言葉に、彼のすぐ横に立つアイナが首を傾げながら問う。
「どうだろうな? グラウンドに転がっている死体だけで満足すれば、そうなるかもしれない。そうでなければ……」
「……次はアタシたちが狙われるってわけだね」
今のところ、アイナが言うように〈スライム〉はショウたちに注意を向けてはいない。
それは、彼らよりも容易に得られる「食料」があるからだろう。
だが、〈スライム〉が満腹になる前に、その「食料」が尽きたとしたら? 当然、次に〈スライム〉が標的にするのはショウたちだろう。
「〈スライム〉が【インビジリアン】を食っている間に、できる限り遠ざかろう。格納庫に裏口は?」
「通用口程度の大きさのものが一つあります」
格納庫の正面は、大型の車両などが入れるように大きなシャッターの扉が設置されている。そして、その反対側には小さな出入口が一つある。こちらは通常の扉が取り付けられており、通用口として使われていたのだろう。
「その通用口から出て、駐屯地からも脱出する。一気に駆け抜けるぞ。ミサキ、アイナのフォローを頼む」
「了解でーす!」
ショウたちの中で、一番足が遅くて体力も低いのがアイナである。最悪、ミサキがアイナを背負うか抱きかかえるかして走る必要もあるかもしれない。
もしかすると、それが原因でユウジとジェボクに《ジョカ》のことがばれるかもしれないが、彼らなら秘密を口外することもないだろうとショウは判断した。
「先頭はフタバ。順にイチカ、アイナ、ミサキ、ユウジ、ジェボクで、殿は俺が務める」
「承知いたしました。ですが、他の【インビジリアン】と遭遇する可能性もあります。皆、十分注意してください」
イチカの警告に皆が頷き、フタバが通用口の扉へと手を伸ばす。
「行くぞ! 遅れるな!」
一度だけ振り向き、仲間にそう声をかけたフタバが扉を開き、格納庫の外へと足を踏み出した。
◆◆◆
格納庫裏の通用口から一歩足を踏み出したフタバは瞬時に叫ぶ。
「こちらの地面もぬかるんでいる! 〈スライム〉かもしれない!」
「計画は中止だ! 外に出るな!」
フタバの声を聴いた瞬間、ショウは判断を下した。
「イチカっ!! 裏にも〈スライム〉がいるのかっ!?」
「地面から極めて微弱な振動を感知。間違いなく、裏にも〈スライム〉が潜んでいます。ですが、裏の〈スライム〉が表の大型〈スライム〉とは別個体かどうかは判別不能です」
「つまり、裏の〈スライム〉は表の〈スライム〉の一部かもしれないってこと?」
アイナの質問にイチカは頷いた。
「もしも表と裏の〈スライム〉が同一個体なら、どれだけ大きいんだって話だな」
「できれば、そんな大きな〈スライム〉は勘弁して欲しいが……あの大きさの〈スライム〉が二体いるのも、それはそれで嫌な話だな」
とりあえず、格納庫の中央付近まで戻り、ショウとフタバが互いに溜息を吐きながら言葉を交わす。
何にしろ、〈スライム〉から逃走する案は厳しくなった。表と裏の〈スライム〉が同一個体にしろ違うにしろ、現状のショウたちは格納庫に閉じ込められているに等しい。
「こうなったら、〈スライム〉を撃破するしかないわけだが……」
「パイセン、パイセン! さっき見つけたあのC-4って爆薬、使えないっすか?」
「おお! あれだけの爆薬があれば、〈スライム〉だって木っ端微塵だよな! ジェボクにしちゃいいアイデアだ!」
「だろだろ?」
いえーいとハイタッチを交わす後輩たち。だが、ショウたちは難しい顔をしていた。
「いや、その手は使えない」
「どうしてっすか?」
「スライムを爆破しても、小さな破片になって飛び散るだけ。そして、飛び散った後は元に戻るだけなんだよ…………いや…………?」
一度はジェボクのアイデアを使えないと判断したショウだが、何かに思い至ったようでそのまま考え込む。
そして。
「…………ジェボクの作戦、いけるかもしれないぞ」
と、ショウはにやりとした笑みを浮かべた。




