格納庫の探索
「なーんもないなぁ……」
「なーんもないよなぁ……」
旧陸上自衛隊横浜駐屯地の敷地内に存在する、格納庫。そこには何もなく、完全にもぬけの殻だった。
ある物と言えば、格納庫の壁にがっちりと固定されている棚や、崩れた内壁の断熱材、剥き出しになった配線など。そして、ここを塒にしていた【インビジリアン】の体から零れ落ちた【ブルーパウダー】ぐらいだ。
本来なら断熱材や配線も立派な資源だが、【パンデミック】以降ここまで来た発掘者はいないようだ。グラウンドにひしめいていた【インビジリアン】の数を考えれば、普通は撤退を選択するだろう。
そんながらんとした格納庫内をその入り口から眺めながら、ユウジとジェボクは肩を落として呆然としながら呟いたのだった。
「確かに何もないが……まだ完全に探索したわけじゃない。もしかすると、とんでもない物が見つかるかもしれないぞ?」
「とんでもない物……それってどんな物っすか、パイセン?」
「そうだなぁ……例えば、巨大な【クリスタ】とか?」
ショウは苦笑しながら、後輩たちにかつて〈アラクネ〉が塒にしていた倉庫の片隅で、【ブルーパウダー】に埋もれた巨大な【クリスタ】を見つけたことを話した。
「あ、〈アラクネ〉の塒ででっかい【クリスタ】が……?」
「お、おい、ジェボク! さっきの外での戦闘の時、〈アラクネ〉いたよなっ!?」
「い、いたいた! 間違いなく〈アラクネ〉いた! って……って、ことは……?」
「ここにも【クリスタ】があるかもしれねえぞ!」
「うおおおおおおおっ!! 滾ってきたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ばたばたと格納庫内へと駆け込む後輩たち。
「あー、お二人ともー! 格納庫内にまだ【インビジリアン】が潜んでいるかもしれませんから、注意してくださいねー!」
「うおおおおおおおっ!! それを早く言ってくださいっす、ミサキたんっ!!」
ミサキに注意され、大慌てで戻ってくる二人。
「何をやっているんだ、おまえたちは。おまえたちの役目はアイナの護衛だろう? 護衛が護衛対象から離れるな」
慌てて戻った二人の脳天に、フタバは手刀を落とす。もちろんかなり手加減してだが、それでもヘルメット越しにそれなりの衝撃がユウジとジェボクを襲った。
「い、痛いっすよ、姐さん!」
「ヘルメット越しにこの衝撃って、やっぱフタバの姐さんってハンパねぇ……」
蹲って頭を抱える二人に苦笑しながら、ショウはイチカに尋ねる。
「見渡したところ、敵の存在は確認できないが……イチカはどうだ?」
「各種センサーに反応なし。少なくとも、この格納庫内に擬態型の敵は存在しておりません」
入口にいるショウたちから、格納庫内は完全に見渡せる。潜むような場所もないので、仮に【インビジリアン】がいるとするなら、擬態型──認識名〈ミミック〉ぐらいだろう。
だが、イチカの索敵によれば、それもいないらしい。また、ショウの目にも【インビジリアン】らしき存在は「視」えていない。
とはいえ、ショウの目もイチカの索敵も、決して完璧ではない。ショウの目とイチカのセンサーをも欺瞞する敵が存在している可能性はある。
「細心の注意を払いながら探索する。全員、油断するな!」
ショウの飛ばした指示に頷きながら、一行は格納庫へと足を踏み入れた。
◆◆◆
全員で手分けをして格納庫内を探索したところ、大きな発見があった。
格納庫の一部、入り口からは死角になっていた場所に、一つだけだが大きな木箱があったのだ。
「おおお、こんな所に箱があるっすよ!」
「早速開けてみようぜ!」
ジェボクとユウジが早速駆け寄り、木箱を開けてみる。
中には小分けされたいくつかの銀色のパッケージ。
「何だろ、これ?」
「うーん……パッケージに何か書いてあるけど……ミサキたん、これ何だと思う?」
二人が開けた木箱を覗き込み、そこにあった物を確認したミサキは、笑みを浮かべながらショウへと振り返った。
「ご主人様! この箱の中身、全部C-4です!」
「C-4? そりゃ大発見だな!」
ミサキの言葉に、思わずショウも笑みを浮かべる。
C-4。いわゆるプラスチック爆薬のことである。
呼称は各国で様々だが、かつてのアメリカで「Composition 4」と呼ばれたことから、「C-4」の略称がよく使われるようになった。
ちなみに、ここで使われる「プラスチック」とは合成樹脂のことではなく「可塑性」を意味する。
粘土のように容易に変形させることが可能で、小分けや変形によって爆発をコントロールでき、周囲に影響を与えることなく対象のみを爆破できることから、主に構造物の破壊に使われた爆薬である。
また、爆薬としては単体で安定して鈍感であり、温度・引火・振動などで爆発することはなく、火をつけると緩やかに燃焼する。この爆薬を爆発させるためには、電気の通電による起爆が必要となる。
この駐屯地にC-4があったのも、救助活動などに使うためだろう。
「こいつを持ち帰れば、依頼は一応達成できたと考えていいだろうな」
「皆で分担して運べますね」
ショウの言葉にイチカも頷く。
木箱一つ分のC-4ではあるが、ショウたち全員で分担すれば、無理なく運べる量である。
「どうやら、目ぼしい物はこのC-4って奴だけみたいっすねぇ」
「だなぁ。【クリスタ】なんて夢のまた夢、あの木箱以外だと床にうっすらと散らばっている【ブルーパウダー】くらいだもんな」
格納庫内を探索した後、ジェボクとユウジが溜息を零した。
どのような理由でこのC-4だけ残されていたのかは不明だが、かつてこの駐屯地にいた自衛隊は、個人で運用できる銃器と弾薬を重視して運び出したのかもしれない。
「C-4は手榴弾のように敵に投げつけて使うのは不向きですからねー。【インビジリアン】相手には使いどころが難しいので、あえて持っていかなかったのかも」
「おそらくはそんなところだろう」
ミサキとフタバが言葉を交わす一方で、ショウとアイナは改めてがらんとした倉庫を見回していた。
「【パンデミック】が発生した際に、近隣住民がここを漁ったのかもしれないな」
「すぐ近くが住宅街だから、当時はここが避難所になっていたのかもね」
「その可能性は高いな。となると、避難民を連れた当時の自衛隊が、別の避難所へ移動した時にでも、C-4以外の武器弾薬を持ち出したってところか」
「もしもしょーちゃんの言う通りなら、他の倉庫などを探しても何も見つからないかもね」
「だな。ここは小規模な駐屯地だし、元々備蓄されていた武器弾薬も多くはなかったのかもしれないな」
「じゃあ、これからどうする? これで探索を切り上げてカワサキに戻る? 一応、見つける物は見つけたわけだし」
「それでもいいんだが……一応は駐屯地内を全て探索する必要はあるだろうな。それが俺たちの請け負った依頼だ」
「それもそっか。じゃあ、怪我をしないように気を付けてね?」
「了解だ」
防弾防疫ヘルメット越しに微笑み合うショウとアイナを、少し離れた所から見つめる目があった。
「まーた、ショウ先輩とアイナ先生がいちゃついている」
「まーまー、そうひがむなよ、ユウジ」
「ひがんでねーよ! 羨ましいだけだよ!」
「うむ、それは理解できる」
戯言を言いながら二人は顔を見合わせる。そして、何となく違和感みたいなものを覚えて、辺りを見回した。
「あ、あれ……?」
「いつものパターンなら、いつの間にか背後にイチカさんが忍び寄って……」
いつものようにイチカが忍び寄ってこないことに首を傾げる後輩たち。
二人が探すイチカは、格納庫の出入り口にいた。正確には、出入り口から数歩ほど外に出た位置だ。
彼女の傍にはフタバとミサキもいる。妹たちは、どこか不安げな様子で姉を見つめていた。
「どうした、イチカ?」
三人の様子に気づいたショウが、彼女に近づき尋ねる。
「……何か……ノイズのようなものを感知しました」
「ノイズ? 具体的には?」
「詳細は不明。ですが、音波や電波ではなく空気……いえ、地面の振動によるもののようです」
振動、と聞いてショウは思わず顔を顰める。
超大型【インビジリアン】〈ギガンテス〉。あの怪物が振動を武器としていたのは記憶に新しいからだ。
「おいおい……まさか、またあの怪物のようなヤツがいるんじゃないだろうな?」
「さすがに、あんなデカブツが何体もいるとは思えないな」
「でも、相手は【インビジリアン】ですからねー。絶対に存在しないとは言い切れませんよー?」
ショウの言葉に、フタバとミサキが答える。しかし、ショウは二人の言葉を聞いていないようで、何やら考え始めていた。
「よし、撤退だ。何か嫌な予感がする」
「いいのですか? 駐屯地の探索はまだ完全に終わってはいませんが?」
「構わない。最低限の物は発見したからな。こういう時に欲をかいても、碌なことにはならいないってのが相場だ」
「承知いたしました」
「イエス、マスター」
「了解でーす!」
三人はショウの指示に従い、アイナとユウジ、ジェボクにもそのことを伝える。
結果的に言えば、ショウの判断は正しかった。
だが、少しだけその判断は遅かったのである。
◆◆◆
再度格納庫に戻り、発見したC-4を皆で分散して運ぶ準備をしてから、グラウンドへと再び足を踏み入れた一行。
先頭を行くフタバは、グラウンドの土が湿り気を帯びていることにすぐ気づいた。
「総員後退! すぐに格納庫まで戻れ!」
先ほどこのグラウンドで戦闘を行った際、土は湿ってはいなかった。
もちろん、雨などは降っていない。それなのにグラウンドの土が湿っている。いや、既にグラウンド全体がぬかるんでいると言ってもいいコンディションだ。
フタバの鋭い指示に、他の者たちは疑うことなく従った。
ほんの数歩で格納庫に届く距離だったので、一行は難なく格納庫の中へと戻ることができた。
その直後だ。
グラウンド全体からじわりと水が滲み出してきたのは。
いや、違う。
グラウンドから滲み出してきたのは、水ではない。
その水モドキは、ぶるぶると震えながら集まり、その体積をどんどんと増していき、小島のような大きさ──直径約5メートル、体高約2.5メートル、体重は不明──に至った。
「まさかあれは……〈スライム〉かっ!?」
その小島のような水モドキを見て、ショウが叫ぶ。
識別名〈スライム〉。それはアメーバのような不定形の原生生物が【インビジブル】に感染し、変異した存在だと言われている。
だが、〈スライム〉は大きなモノでも大人の握り拳ほど。今、目の前にいるような巨体ではない。
「まさか……また、変異体かっ!?」
かつて遭遇した〈アラクネ〉のように、通常よりも大きく、特異な能力を持った個体が稀に発見されることがある。そのような特異な個体を変異体と呼んでいるのだ。
広義の意味では、つい先日自分たちを苦しめた〈ギガンテス〉もまた、変異体と呼んでいい存在だろう。
「へ、変異体……っ!? そ、それって……っ!?」
「と、とんでもないモノが出てきたっすね……っ!!」
ユウジもジェボクも、変異体のことは知っていた。だが、遭遇したのはこれが初めてだ。
「〈スライム〉の変異体……? あ、あれ? 〈スライム〉って確か…………」
何かに思い至ったらしいユウジは、改めて恐怖に目を見開く。
「ど、どうしたよ、ユウジ? たしかにあいつはデカいけど、動きは鈍そうだし体は柔らかそうだし、案外簡単に倒せそうじゃね? それに、『スライム』っていやぁ雑魚の代名詞じゃん?」
焦るユウジとは対照に、ジェボクはどこか余裕そうだ。
「ば、馬っ鹿っ!! おまえ、やっぱ馬鹿だろっ!! 知らねえのかっ!? 〈スライム〉って【インビジリアン】はな、物理攻撃が効かねえんだよっ!!」
ただ今繁忙期真っただ中(笑)!
申し訳ありませんが、次回の更新は3月9日とさせてください。
毎年のことながら、この時期は桜が咲くまで仕事が大変っすわ(笑)。




