旧陸上自衛隊横浜駐屯地、交戦中
フタバが構えたライフル──〈獰猛なる翼〉という名称のバトルライフル──の銃口から、十数発の強装弾が吐き出され、放たれた鈍色の牙が群れる【インビジリアン】へと襲いかかる。
ショウが「視」た〈アラクネ〉は、【核】を正確に撃ち抜かれて一撃で地に伏した。
その後、統括個体の消失を悟った配下たちは、予想通り混乱してでたらめに行動を始め出す。
その場から逃走するモノ、手近にいた同胞を攻撃するモノ、周囲を見回し警戒するモノ、近くにいた同胞と改めて群れを作るモノ……統括個体に率いられた群れは強い。だがその反面、統括個体が失われた時、その強さは一気に瓦解する。
統率から解き放たれ、孤立する数体の〈ゴブリン〉を狙ったフタバの銃撃は、正確にその青白い体を捉え、至る所に風穴を穿っていく。
「はっははあっ!! もらったぜぇぇぇっ!!」
同じく孤立する〈オーク〉に、両手にオートマグナムを構えたミサキが吶喊する。
小柄な体と速度を活かし、〈オーク〉の巨体の懐へと飛び込むミサキ。既に彼女の性格は「戦闘用」へと切り替わり、〈オーク〉を見上げた彼女はにぃぃと好戦的な笑みを浮かべた。
そして。
そして、両手に構えた巨大な拳銃から轟音と共に放たれるは、凶悪なまでの巨大な弾丸。
「Ta・lly・Hooooooooo!」
銃口から放たれた小さな金属製の猟犬が、〈オーク〉の体にその牙を叩きつけると共に、生命の炎までも吹き飛ばした。
「へへ、木偶の坊が! てめぇじゃ相手にならねえんだよ!」
倒れる〈オーク〉の下敷きにならぬよう、素早くその場から駆け去るミサキ。そして、次の獲物を見つけると再び笑みを浮かべて襲いかかった。
◆◆◆
「み、ミサキたんが……な、なんか、人が変わったような…………」
「フタバの姐御が強いのは知っていたけど、まさかミサキさんまであんなに強いとは……」
まさに蹂躙と呼ぶに相応しい戦闘を繰り広げるフタバとミサキ。その彼女たちを少し離れた所から見ていたユウジとジェボクは、半ば呆れ、半ば見惚れていた。
今も二人は、まるで四方八方に目があるかのように、様々な方向で孤立気味にしている【インビジリアン】を屠っていく。
もちろん、イチカの各種サポートによって常に敵の位置を把握できているからだが、それを知らないユウジたちには、的確に周囲の敵を倒していく二人に感心するばかりだ。
そして、そんな彼らから少し離れた場所に立つのがショウである。
彼は一見すると棒立ちのようだが、実際はその特殊な目で「視」ることで的確に急所を狙撃していた。
「地味だけど、パイセンもパねえな……」
「無駄のない狙撃とか、すげぇかっけーんだけど……」
その二人に守られる形で、アイナはずっとショウを見ていた。
義弟を見守る彼女の目には、心配そうな光がある。やはり、【インビジブル】感染の後遺症が進んだことが心配なのだろう。
ショウの目に異常な力が宿ったのは間違いない。だが、その力を使うことで後遺症が進むようなことはないだろうか。
アイナの心配はそこだ。
一般に中度までの後遺症なら異形化の心配はないとされている。だが、【インビジブル】という存在自体がまだまだ未知の存在なのだ。
異常な力を使うことで、後遺症が進む可能性は否定できない。だが、発掘者という立場上、その力を一切使わないということは不可能だろう。
彼女の個人的な要望としては、あまり「視」る力は使って欲しくないというのが本音であっても。
だから、アイナは改めて決意する。
医者として。細菌学者として。
もう一度【インビジブル】について。今のショウの体について。
徹底的に研究してみよう。ショウだけではなく、今後彼と同じような症状が出る者にとっても、その研究は無駄にはならないはずだから。
ショウやイチカたちのように、直接【インビジリアン】と戦う術はアイナにはない。
だが、彼女には彼女ならではの戦い方がある。
そう決意しつつ、アイナは静かに狙撃を続けるショウの背中を見つめ続けた。
◆◆◆
時間にして一時間弱ほど。
グラウンドに群れていた【インビジリアン】は、全て駆逐された。
中には駐屯地の施設内へ逃げ込んだり、敷地外へ逃げたりした個体もいるだろうが、今グラウンドで動いているのはショウたちだけだ。
「しょーちゃん、大丈夫? 体に異常はない?」
心配そうにショウに寄り添い、尋ねるアイナ。
「ああ、問題ない。いつも以上にアイナの顔もよく見えているぞ」
おどけたように言いながら、笑みを浮かべるショウ。
装着した防弾防疫ヘルメットのバイザーの奥で、僅かに燐光が揺らめているのをアイナは見た。
以前はサングラスやバイザーで完全に隠されていた燐光も、今は僅かにバイザー越しでも見えてしまう。もっとも、至近距離で注意深く見なければ気づけない程度ではるが。
「ごめん、しょーちゃん。ちょっとだけ……わがまま言ってもいい?」
真剣な表情で自分を見つめる義姉に、ショウは無言で頷いた。
「その目……あまり使わない方がいいと思う。もしかすると、使うことで後遺症が進むかもしれないから……」
「それは、医者としての意見か?」
「ううん。学術的な根拠なんて何もない、単なる私の勘。でも、何か嫌な予感がするんだよ……」
心配そうなアイナの両肩を、ショウは正面から優しく叩く。
「分かった。アイナ先生の指示に従う…………と、言いたいところだが……実を言うと、この『視』る能力は自分の意思でオンオフが効かないんだよな」
「ええええっ!?」
ショウの告白を聞いて、目を見開いて驚くアイナ。
今回の作戦に参加し、旧横浜駐屯地近くまで来たショウたち。そして、《ベヒィモス》から降車して【インビジリアン】の一団と遭遇、戦闘になった時、ショウは初めて自分の目の異変に気付いたのだ。
それまで、自身の後遺症が進んだことは聞かされていた。目の燐光は強くなり、目の周囲の皮膚が変異したことも自分で確かめている。
実際に戦闘に入るまで、彼の視界に何も変化はなかったのだ。
だが、【インビジリアン】と遭遇、戦闘に入った途端、その変異が明らかとなったのである。
「もしかすると、慣れてくればオンオフができるようになるかもしれないが……そもそも、慣れるかどうかも不明だしな」
「そんなぁ……ど、どうしよう……? どうしたらいい?」
もしもこのままショウの後遺症が進み、重度まで達した時──彼は【インビジリアン】へと変異するだろう。
そうなったら、もう元に戻ることはできない。ショウの人格は消え失せ、一体の変異体が生まれるだけだ。
「こんな時に、リー・ハオ博士と連絡が取れたらいいのに……」
【インビジブル】に関する研究では、現時点でも第一人者とされる李浩博士。様々な分野で突出した才能を持つ、現時点では世界最高の頭脳の持ち主と言われる人物。
そんなリー・ハオ博士とコンタクトを取ることができ、何らかの助言が得られれば……とアイナが考えるのも無理はないだろう。
だが、現時点でリー・ハオ博士がどこにいるのか、誰も知らない。
どこかのシェルターに監禁され、強制的に【インビジブル】に関する研究をさせられているという説や、既に死亡している説など様々な説が存在し、中にはリー・ハオ博士こそが【インビジブル】を生み出した張本人であり、【箱舟】で宇宙から飛来したというのは博士が流した偽情報である、という説まである。
「とはいえ、この状況でしょーちゃんに戦闘するなとは言えないしぃ……」
「ならば、時間をかけずにこの場の探索を終え、速やかにカワサキに撤収するのはいかがでしょう?」
そう提言してきたのは、イチカだった。
どうやら、ショウとアイナのやり取り──傍目にはいちゃついているようにも見える──を近くで微笑ましく見守っていたようだ。
「そうだね……それしかないか……しょーちゃん、お願いできる?」
「ああ、善処しよう」
そう答えたショウは、やや離れた所に立つ建築物を見る。
旧陸上自衛隊横浜駐屯地の格納庫。
あそこに何が残されているのかは分からない。もしかすると、既に何も残っていない可能性もある。
それでも、格納庫の中に入って実際に確かめないわけにはいかない。
「わたくしたち三人が先行します。ジェボクさんとユウジさんは、これまで通りアイナ様の直衛を。ショウ様は目の力を使い過ぎないためにも殿をお願いいたします」
「了解だ。アイナ先生の言いつけでもあるし、無理はしないでおこう」
仲間たちを見回し、全員が頷いているのを確認したショウは、改めて格納庫へ目を向けた。
「前進する。全員、警戒を怠るな!」
全員が銃器の具合を確かめた後、ショウたちは格納庫へと向けて歩を進めた。




