旧陸上自衛隊横浜駐屯地、到着
旧陸上自衛隊横浜駐屯地は、かつての横浜市保土ヶ谷区に存在した。
周囲には住宅地だけではなく、横浜国立大学が存在したため、大学の各種競技場なども数多い。
《パンデミック》以前、ここに駐屯していた部隊は全部で三つ。それぞれ輸送隊、通信隊、警備隊であり、規模としてはそれほど大きくはない。
そのためか、駐屯地といってもそれほど広い施設ではなく、数人で探索してもさほどの時間はかからないだろう。
「え? じゃあ今回、大きなお宝は期待できないってことっすか、パイセン?」
「おそらく、カワサキの運営部が欲しているような大型兵器は期待できないだろうな」
「そんな所なら、行くだけ無駄じゃないですか、ショウ先輩?」
ジェボクの質問に答えたショウに、今度はユウジが尋ねた。
「それがそうでもないそうだ。【パンデミック】中は関東のあちこちで激しい戦闘が繰り広げられたからな。当時、前線となった各エリアに物資や兵器を輸送するため、横浜駐屯地に弾薬や戦闘車両を集積していた可能性もある、というのがオヤジたちの考えらしい」
「あ、そうか! その駐屯地には輸送部隊が所属していたんですよね?」
「そういうことだ。当時の作戦資料でも残っていれば詳しい状況なども分かったのだが、さすがにそこまで残っていないらしい」
「だから、ボクたちが現地まで足を運んで調べるわけですよー」
《ベヒィモス》のハンドルを操作しつつ、ミサキが明るく答えた。
「ですが、旧保土ヶ谷エリアは住宅地以外にも大学などの施設も多かったため人口が多く、それだけ【インビジリアン】も数多く生息していると思われます。過去、ウイリアム様たちカワサキ・シェルター運営部は何度もあの駐屯地を探索しようとしたそうですが、入り組んだ道や【インビジリアン】の多さに近づくことさえ難しく、最終的には探索を諦めたそうです」
イチカの語る情報、特に【インビジリアン】が多数生息するという部分に、新人たちの表樹がやや引き攣る。
「安心しろ、二人とも。敵との戦闘は私たちが受け持つ。おまえたちは当初の予定通り、アイナを守ることだけ考えればいい」
自信のこもったフタバの言葉に、ユウジとジェボクの表情が晴れる。
「了解です! 俺たちはアイナ先生の護衛に徹します!」
「敵の排除はパイセンたちにお任せっす!」
共にびしっと敬礼を決めた後輩たちに、ショウは思わず苦笑を浮かべた。
◆◆◆
「はーい、目的地付近に到着でーす」
ブレーキを踏み込んで《ベヒィモス》を停車させたミサキは、にぱっとした笑みを浮かべながら告げた。
「あ、あの……ミサキちゃん? 目的地付近って……ちょっと遠くね?」
「そうっすよ、ミサキたん。ここからだとまだ距離があるっすよ?」
後輩二人は自身のマルチデバイスの地図機能を立ち上げ、自分たちの現在地を確認する。
今、《ベヒィモス》が停車しているのは、かつての横浜通りと環状一号線が交差するエリアであり、ここから横浜駐屯地跡までは、確かにやや距離がある。
「どうやら、ここから先は道路状況がよくなくて、《ベヒィモス》でも進めそうもないんですよねー」
「なに、距離があるとは言っても、10キロも20キロも歩くわけじゃない」
「ここからだと、目的地まで直線距離で約1.5キロといったところですね」
イチカ、フタバ、ミサキの三人は、装備を身に着けて降車準備を始める。
ショウも自身の装備を確認しつつ、ちらりとアイナへと目を向けた。
「少し歩くが大丈夫か? 距離はともかく、危険エリアを歩くのは、慣れていないとかなり疲労するからな」
「大丈夫だよ、しょーちゃん。こう見えて、アタシも鍛えているんだからね」
アイナも防具などを身に着けながら、胸を張って自信を伝える。
さすがにショウたち本職の発掘者ほどではないが、医師も体力勝負な面があるためか彼女も最低限のトレーニングは欠かしていない。
とはいえ、アイナが現場に持ち込むのは武器ではなく医療道具だ。防具もショウたちよりも軽装で、ボディアーマーと防弾防疫ヘルメット、他には護身用の9ミリ口径の拳銃も一応は携帯している。
「よし、では探索開始だ」
ショウの号令に従い、一同は《ベヒィモス》を降車した。
◆◆◆
一行はまず、住宅街の中を目的地である横浜駐屯地跡を目指して進む。
先頭はショウとフタバ、次にアイナを前後に挟む形でユウジとジェボク、そして殿がミサキとイチカである。
アイナ以外は愛用の銃器を構え、油断なくゆっくりとした歩調で人気のない住宅街の中を歩いていく。
時折、立ち並ぶ家の中から気配を感じる。おそらく、【インビジリアン】が潜んでいるのであろう。
そんな気配を感じ取る度、後輩二人は焦ったように気配がした方へと銃口を向ける。
「二人とも撃つなよ? 家の外に出て来ない敵はやり過ごせばいい」
「やり過ごせる敵は無難にやり過ごす。それが経費を節約するコツだぞ」
先頭を歩くフタバとショウに言われ、ユウジとジェボクは恐る恐るといった感じで銃を下ろす。
「へえ、そういうものなんだ。ワタシ、てっきり遭遇した敵は全部倒しているものとばかり思っていたよ」
発掘に初めて同行するアイナは、発掘者たちの「作法」に感心する。
これまでショウ以外にも、職業柄数多くの発掘者と面識のあるアイナだが、具体的な発掘作業の様子などあまり気にしたこともなかったのだ。
「今回のような指名依頼は別として、普段は弾薬費も自分持ちだからな。気安くばかすか撃っていると、あっという間に赤字確定になっちまうぞ」
「確かに、言われてみればそうだよね」
「それより、アイナの上司はよく今回の件を了承したよな」
今回の件。すなわち、発掘に赴く発掘者に医師を同行させることに関して。
今の時代、医師や看護師などの医療従事者は極めて貴重だ。【パンデミック】以前のように大学などの学習施設や設備が限られているため、新たに医療従事者を育てるのは難しい。
現在では、国という枠組みが崩壊しているから医師免許の取得などは必須ではない。そのため、実際の医療現場で現役医師の助手をしながら医学や医術、薬学などを学び、新たな医療従事者としての知識や技術を習得するしかないのだ。
更に、アイナは医師であると同時に細菌学者でもあるので、カワサキ・シェルターやカワサキの医療施設──通称「カワサキ病院」──にとって、最も貴重な人材の一人である。
そんなアイナを、危険な発掘への同行を許可したカワサキ病院の上層部。いくらアイナとショウが家族であるという関係を承知しているとはいえ、よく認めたものだとショウは疑問に思っていたのだ。
ちなみに、元海自や元米海軍の施設を探索しているショウたちとは別の発掘班にも、それぞれ一名ずつ医師が派遣されている。
アイナがショウたちと同行することになったのは、病院上層部も彼らの関係をよく知っているからだろう。
「最初はウチの院長先生や偉い人たちも反対していたんだけど……どうもお義父さんが無理矢理承知させたみたいだよ」
「あー、やっぱりオヤジがゴリ押ししたのか……」
カワサキ病院の上層部に対し、医師を発掘に同行させようと強引にねじ込むウイリアム。
その姿が容易に想像でき、ショウは苦笑を浮かべるしかなかった。
◆◆◆
それからしばらくして。
ショウたちは目的地である旧陸上自衛隊横浜駐屯地へと到着した。
到着までに数回ほど【インビジリアン】と遭遇したが、全て〈ゴブリン〉の少数グループであったため、フタバが単独で撃破している。
「な、何か……思っていたよりもすんなりと目的地に着いたな……」
「だよな……。事前に聞かされていた話だと、もっとたくさんの敵と遭遇し、派手にどんぱちするとばかり思っていたんだけど……」
駐屯地の門を前にして、ユウジとジェボクがどこか拍子抜けしたような様子で言葉を交わす。
確かに、ここに到着するまでかなりの数の【インビジリアン】が生息していた。だが、それらをイチカが事前に感知し、必要最低限以外の戦闘を回避するルートを選択したため、数回の戦闘でここまで辿り着くことができたのである。
イチカの索敵能力がなければ、これだけ短時間に少ない戦闘回数でここまで来ることはできなかっただろう。
そして、彼らの目の前にあるのは、目的地である旧陸上自衛隊横浜駐屯地。
駐屯地の敷地は、入り口から入るとすぐに小さなロータリーがあり、そのロータリーを囲むようにいくつかの建築物がある。
東側に立つ建築物の向こうには、空き地らしきスペース。おそらく、ここが駐屯地として機能していた時代では、自衛隊員たちが訓練などをしていたスペースなのだろう。
だが、現在では雑草が生い茂る単なる空き地。遠目にもかなりの数の【インビジリアン】がうろうろしているのが見える。
「まずは北側の建物から調べてみるか」
「過去の記録を参照しますと、北側の建物に兵器類が保管されている可能性は低いかと思われますが?」
ロータリーの北側に立つ建物は、おそらく事務系の建物だろう。
この駐屯地の長官や隊員を指揮する上官たちの部屋、駐屯地全体を統括するための事務室などがあったと思われる。
「兵器類を探すのなら、南側じゃないですかねー? 何となく、倉庫や格納庫っぽい建物ですしー」
ロータリーの南に立つ大きな建物へと目を向けるミサキ。確かに、南の建物は格納庫っぽく見える。
「いや、まずは北側でこの駐屯地の詳しい内部情報を手に入れよう。その情報を基に駐屯地内を調べても遅くはないだろう」
「リョウ様のご指示通りに」
「イエス、マスター」
「了解でーす」
「お、俺たちもそれでいいです!」
「パイセンについていくだけっす!」
イチカを筆頭に、仲間たちがショウの言葉に頷く。
「へえ、しょーちゃんたちはいつも、こんな感じで発掘しているんだねぇ。うんうん、こういうしょーちゃんもカッコイイじゃない」
普段目にすることのない、発掘中のショウの姿。それを間近で見ることで、アイナはやや場違いなときめきを感じていた。
「よし、北側の建物に入る。おそらく何体かの【インビジリアン】がいるだろうから、絶対に油断するな」
誰にも聞こえないぐらい小さく呟いたアイナの視線の先で、ショウたちは北側の建物へと足を踏み入れていった。
作中にて横浜駐屯地内について触れていますが、機密扱いであろう駐屯地内のことなど、部外者の自分が知る由もなく。
駐屯地内についての描写は、今後も完全に自分の想像でございまする。




