閑話─配信系発掘者 その4
「おはらいとー! もしくは、こんらいとー! 今日の俺がどこにいるかと言うと、実はヨコハマに来ていまーす!」
自動追従するドローン・カメラに向け、俺はにこやかに微笑みながら挨拶を送る。
幸い、今日も大気の状態が良好で、ここからカワサキ・シェルターまで何とか接続できている。
だけど大気が不安定だと、ライブ配信ではなく記録しておいた映像を、接続可能な地点まで移動してから配信することになる。
こうなると、たとえ記録に手を加えていなくても、絶対に「今のシーン、編集しただろ?」とか言い出す視聴者が出てくるんだよな。まあ、それは仕方のないことではある。だからこそ、俺はライブ配信に拘っているんだ。
俺の名前はユウヅキ・ライト。駆け出しの発掘者兼配信者だ。
今、俺がいるのは先ほども言ったように、旧横浜危険エリア。一般には「ヨコハマ・ダンジョン」などとも呼ばれており、俺が住んでいるカワサキ・シェルターからほど近い、かつての大都市の成れの果てである。
この大都市の成れの果てに眠っている各種資源を掘り起こし、それをカワサキ・シェルターに持ち帰って売りさばくのが、俺たち発掘者だ。
「ではでは、早速ヨコハマ・ダンジョンの中に入って行きたいと思いまーす」
ヨコハマ・ダンジョンの外縁部。ここもトーキョー遺跡と同じで、外縁部はほとんど掘り尽くされている。そのため、ここを素通りする発掘者は多くても、改めて周囲を調べる者はまずいない。
もしもいるとしたら、それは俺と同じ駆け出しぐらいだろう。
まだまだ駆け出し、それもソロ発掘者である俺は、外縁部といえども慎重に行動する。この辺りにだって、危険な生物──【インビジリアン】は存在するのだから。
そんなことを考えていたら、手近な路地の奥に一体の【インビジリアン】がいることに気づいた。
登録名〈ゴブリン〉。【インビジリアン】の中でも、最弱と言われている存在だ。
最弱の敵。それも一体だけ。駆け出し発掘者である俺でも、余裕を持って倒すことができる相手だろう。
【インビジリアン】はただ存在するだけでも【インビジブル】を撒き散らすので、発見したら倒しておくことが推奨されている。
これは、世界中どこのシェルターでも同じ認識だ。
もちろん、自分の実力以上の相手に挑め、とまでは言われてはいない。そんなことしたら、死ぬだけだしな。
俺は愛用のフルオートショットガン〈NDS227-12G〉の薬室に初弾を送り込み、構えながら慎重に〈ゴブリン〉へと近づく。
路地を構成する廃ビルの僅かな窪みなどに身を潜めつつ、ゆっくりと移動する。
そして、ショットガンの有効射程距離に〈ゴブリン〉を捉えた時、俺は引き金を絞り込む。
どん、という大きな音と共に12ゲージの散弾が撃ち出され、同時に自動機構が働いて使用済みのシェルを排出し、次弾が薬室へと送り込まれた。
銃口から撃ち出された散弾は程よく広がり、その広げた両腕で〈ゴブリン〉を抱き締めた。
全身に小さな穴を無数に穿たれた〈ゴブリン〉はその場に倒れ、びくびくと数回痙攣した後に動かなくなる。
俺は慎重に倒れた〈ゴブリン〉へと近づき、息絶えていることを確認した。
「お、やればできるじゃん」
「ライちゃん、今日は絶好調?」
「そりゃまあ、少なくとも発掘者を名乗るなら、〈ゴブリン〉一体ぐらい倒せないとな」
「ライちゃん、おつおつ。で、魔石とか回収すんの?」
早速、リアルタイムで視聴していた視聴者たちからコメントが飛んでくる。
最近では少し同時接続の数も増えていて、現時点での同接は21人。初配信に比べるとかなり増えた。
一時、「黒子さん」効果で異様に増えたこともあるが、あれは完全なイレギュラーだし。
マルチデバイスの画面を流れるコメントは、悪意あるものは少ない。もちろん、アンチ的なコメントがゼロではないのは当然なので、そこはあまり気にしない方向で。
「えーっと、ベイタさん……この人は初回の配信から覗いてくれている方ですね。えー、ベイタさん、【インビジリアン】はゲームなどと違って、魔石などという物はドロップしなければ、体内に魔石を持っている、なんてこともありません。っていうか、ドロップアイテムなんて物自体がないんですよね。まあ、仮に【インビジリアン】が何かを手にでも持っていたら、それがドロップアイテムと呼べなくはないぐらいですかね?」
【インビジリアン】が何かを所有していた、という話はあまり聞かない。遭遇した時に偶然何かを手に持っていた、なんてことはあるかもしれないが、連中は「物を所有する」ということをしないそうなのだ。
中には、識別名〈オーガー〉のように、古びた鉄骨や引っこ抜いた道路標識などを武器として振り回す【インビジリアン】もいるそうだが、俺は〈オーガー〉なんて強敵には遭遇したこともない。いや、遭遇したくもない。
しかし、【インビジリアン】の識別名には〈ゴブリン〉やら〈オーガー〉やらと、昔のファンタジーゲームや小説などに登場する怪物の名前が使われているが、これって誰が決めているんだろう?
誰が決めているのかは知らないが、そいつが相当なファンタジーオタクってのは間違いないだろうな。うん。
◆◆◆
慎重に周囲を見回し、「おかわり」がないことを確認すると、俺は路地から出た。
そして、ゆっくりとヨコハマ・ダンジョンの奥を目指す。
もちろん、中層部以上の奥に行くつもりはない。俺が何とか活動できるのは、外縁部だけだろうからな。
ふと、遠くから自動車のエンジン音が聞こえてくる。そちらに目を向ければ、ジープタイプの自動車が、ヨコハマの奥を目指して走り去っていった。
おそらく、あれは中級者以上の発掘者だろう。ジープには四人ほど乗っているのが見えたし、しっかりとチームを組んで中層以降を目指すんだろうな。
通り過ぎる際、ジープの運転手が俺に向けて親指を立ててくれた。どうやら、駆け出しを激励してくれたらしい。
俺も親指を立てて返礼しておく。
「荒野で出会った同業者は敵と思え」なんて言われてもいるが、俺のような駆け出しを襲う同業者はまずいない。駆け出しが所持している装備品なんて、たかが知れているからだ。
「よし、俺もがんばろう」
独り呟き、気合を入れる。
「がんばるのはいいけど、死ぬなよー」
「おまえみたいな駆け出しは、外縁部でゴミでも拾ってろ」
「↑の訳:無理せずにちょっとだけ発掘品を見つけたら、安全第一で帰ろうね」
「なるほど、これがツンデレってヤツかw」
「いや、違うだろwww」
コメントも徐々に盛り上がってきたな。よぉぉし、この調子で行こう!
◆◆◆
その後、外縁部の少し奥まった場所まで来た。
この辺は、住宅街だったようで、高層ビルよりも二階建てか三階建ての住宅の方が多い。
もちろん、中にはマンションのような集合住宅もあるが、それほど高い建物は見当たらない。もしかすると、この辺りは高い建物が建てられないような条例でもあったのかも知れない。
だが、この辺りも既に探索し尽くされているので、価値のありそうな発掘品は望めないだろう。
頭の中ではそう考えつつも、藁にも縋る思いでとある民家のドアを開けた。二階建てのごく普通の一般住宅って感じの家だ。
【パンデミック】以前は、こういう家に家族で住んでいたんだろう。
今はどこのシェルターでも集合住宅が一般的だ。シェルターと言ってもそれほど面積は広くはないから、自然と集合住宅が多くなる。
そんなシェルターの中で個人住宅を所有できるのは、何か要職にでも就いている人たちや、ヨシキの家のように商売を営んでいる場合ぐらいだろう。
【パンデミック】が発生したばかりの混乱真っただ中な頃は、それこそプレハブ住宅のような住居に複数の家族が押し込まれていたらしいので、それを考えれば集合住宅でもマシになったものだよな。
それはさておき。
俺が入り込んだ住宅の中は、しんと静まり返っている。
かつては、家族で暮らしていたのであろう一軒家。
「どうやら、何もいないようですねー。ちょっと、家の中を探索してみましょう」
玄関の先には廊下が見え、そのすぐ横に二階へ上がる階段があるのが分かる。
「これは……下駄箱かな? でも、中には何も入っていませんね。おそらく、『先客』がいたのでしょう」
ちらりとカメラへと目線を向け、俺は土足のまま家の中に上がり込む。
「『先客』ありかー。これは望み薄だなー。でも、もしかしたらもしかするかも?」
まあ、こんな外縁部に価値のある物が取り残されているとは思えないからね。それでも、少しぐらいは視聴者の期待を煽るようなことを言っておかないと。
俺はショットガンを構えながら、家の中を進む。
リビング、台所、家主夫婦のものと思しき寝室、仏間などなど……やはり、どこも既に荒らされた後で、家具などは一切残されていない。仏壇の中まで漁り尽くされている始末だ。
「一階には何もなさそう。次いで、二階にも上がってみましょう」
そう言いつつ、階段に足をかける。ぎしぎしと嫌な音を立てるが、階段が抜けるようなことはなかった。
「二階には二部屋。おそらく子供部屋かな?」
この家に何歳ぐらいの子供がいたのかまでは分からないが、二階の二部屋が子供世代の部屋だったのは間違いないだろう。
「では、お子さんたちの部屋に突入しましょう」
二つある部屋のドアは、どちらも閉っているけど、部屋の中に何かいる気配はない。
それでも慎重にドアノブを回し、ゆっくりとドアを開けた。
「予想通り子供部屋っぽいですね」
とはいえ、ここも何も残されていない。机やベッドなどの家具は持ち出された後か、破壊されているか。
持ち出したのは分かるが、どうして破壊したんだろう? 本棚だったと思しき残骸を眺めながら、俺は首を傾げた。
「何も発見できなかった『先客』が、八つ当たりで破壊したんじゃね?」
「何もなくても、本棚自体に多少は価値があるだろ? それを破壊する意味がわからん」
「ライちゃん、戦闘の痕跡はない?」
流れるコメントを見ながら、俺は改めて部屋の中を調べてみた。
すると、クローゼットだったと思われる収納の片隅に、青白い粉が残されていることに気づく。
「これって【ブルーパウダー】? ってことは、ここには【インビジリアン】がいたのか?」
改めて部屋の中を見回せば、割れた窓の近くにいくつか弾痕があった。
「ここで戦闘があったのは間違いないっぽいですね。ジャックさん、なかなか鋭い!」
戦闘の痕跡がないか指摘してくれた視聴者の名を挙げ、褒めておく。
「ライフルなどの長物ではなく、閉所ってことで拳銃を使ったのかな?」
壁の弾痕は、ライフルやサブマシンガンのような連射系のものではない。連射系だったら、もっとたくさんの弾痕が残されているはずだからな。
「一応、この【プルーパウダー】は集めておきましょう」
俺は背負っていたバックパックから、密閉のできる小袋と小さな刷毛を取り出した。このような場所で【ブルーパウダー】を集めることがあるため、これらは発掘者の必需品でもある。
「もしかすっと、見落とした【ブルーパウダー】があるかも知れないぞ」
「ライちゃん、一階をもう一度調べた方はよくない?」
「ぺーぺーだから、見落としも多そうだよな」
全くコメントの通り。
俺はもう一つの部屋を調べた後、再度一階を調べみた。すると、やはり戦闘の痕跡と【ブルーパウダー】を発見した。
ちなみに、本日の収穫はこの家で見つけた【ブルーパウダー】のみ。燃料代ぐらいにはなるが、正直今回は赤字である。
まあ、発掘者なんてこんなものだよな、と再認識した一日だった。
◇◇◇
なお、探索を終えて家を出た途端、三体の〈ゴブリン〉とばったり遭遇し、思わず悲鳴を上げながらショットガンを乱射してしまった。
当然、それで全部の〈ゴブリン〉を倒しきることはできず、生き残った一体──最初の乱射で運よく二体を倒すことができた──が襲い掛かってきた。
慌てた俺は、当然悲鳴を上げたまま逃げ出した。
まあ、ある程度距離を引き離したところで、再度ショットガンを乱射して何とか倒すことができたんだけどさ。
この時の乱射が、今回の赤字に拍車をかけたのは言うまでもない。
い、いいんだ! 別にいいんだよ!
悲鳴を上げて逃げ出した時、視聴者の笑いを取れたからな!
配信者にとって視聴者のリアクションってやつは、金銭では判断できない貴重なモノなんだよ!
次こそは何か価値のある発掘品を! そう願いながら、俺はヨコハマを後にするのだった。




