討伐戦終了後
「は? 『吸血庭園』の地下に何かの施設……?」
「いつ、誰が、何のために造ったのかは完全に不明。施設内に残されていた機材は全て破壊されていて、サルベージできたデータも一切なし。ホント、手の込んだ……いや、完璧に近い証拠隠滅だぜ」
ベッドの上で上半身を起こして首を傾げるショウに、ウイリアムは肩を竦めて見せた。
「ファイヤーストーム作戦」からは、既に十日が経過している。
隔離施設で感染を完全に抑え込んだと診断されたショウは、現在怪我の治療のためにカワサキ・シェルターの医療施設──通称「カワサキ病院」──に入院していた。
〈ギガンテス〉討伐作戦中に意識を失ったままカワサキ・シェルターに戻ったショウが、覚醒するまで三日の時間が必要だった。
つまり、ショウは目覚めるとすぐに、隔離施設から「カワサキ病院」へと搬送されたわけである。
義父であるウイリアムや二人の義兄たちに心配され、義姉であるアイナには大泣きされたが、現在ではそれらも何とか落ち着いた。
あと数日もすれば、怪我の方も完治には至らなくても退院することはできるだろう。
なお、大破したフタバの修理も完了し、《ジョカ》たちは毎日誰かがショウに付き添っている。
今、ショウの病室にいるのは、ショウ本人とイチカとウイリアム。そして、そのウイリアムから「ファイヤーストーム作戦」のその後についての説明を受けているところだった。
「ウイリアム様。『完璧に近い証拠隠滅』とおっしゃいましたが、何か分かったこともあったのですか?」
「お、そこに気づいちゃった? さすがはイチカだな。いや、実はよ? その地下施設の破壊されていた各種設備なんだが、どう見ても【パンデミック】以降の物でな。少なくともあの施設は、この国の政府が昔、旧新宿御苑の地下に秘密裏に建造した極秘研究所とかではないようなんだな、これが。あと、設備の破壊に使われたのは大口径……20mm口径の対戦車ライフルってのも判明している」
再び肩を竦めるウイリアム。だが、その表情は極めて渋い。
「おそらくだが、その証拠隠滅を図ったヤツ、本当は施設をまるっと爆破したかったんだろうが、すぐ近くにショウやカツトたち「ファイヤーストーム作戦」に参加している連中がいた。ンで、目立つ爆破は諦めて設備の破壊だけに留めたんじゃね? ってのが地下施設を調べた者たちの見解だな」
何者かが【パンデミック】以降、危険極まりない「吸血庭園」に入り込んでいたのは間違いない。
少なくとも、あの超危険エリアで秘密裏に施設を建設できるだけの力を持った何者か、がだ。
それは個人なのか、それとも何らかの組織なのか。その背景は全く見えないことが、ウイリアムの心に大きな不安を投げかけている。
カワサキ・シェルターから目と鼻の先である、トーキョー遺跡。そこへ立ち入る謎の人物、もしくは組織。
カワサキ・シェルターを導く立場にあるウイリアムにしてみれば、頭が痛いことこの上ない。
「そう言えば……」
「ん? どした、ショウ?」
養父の話を聞いていたショウは、何かを思い出したように呟いた。
「イチカたちと出会ったヨコハマのLHエレクトロニクスのビルにも、【パンデミック】以降に持ち込まれた設備があったな」
「何? 本当か、そりゃ?」
「少なくとも、キャロルがあの時そう言っていたのは間違いないな……この話って以前にしなかったか?」
「まあ、あの時のおまえは今のように大怪我していたからな。話が多少抜け落ちていたとしても無理はねえさ。だが、その話が本当だとすると……一度、そのLHエレクトロニクスの廃ビルもじっくりと調べてみる必要があるかもな。その時には、おまえたちに案内を頼むかもしれねえぞ」
「ああ、報酬さえ約束してくれるのならその依頼を引き受けよう、カワサキ・シェルターの代表殿?」
と、そんなふざけた感じで言葉を交わした後、二人はどちらからともなく笑い合った。
◆◆◆
「さて、話は変わるンだがな、ショウ?」
にこやかに笑っていた顔を一変させ、真面目な表情を浮かべるウイリアム。
「〈ギガンテス〉が突然崩れ出した原因は、いまだに分かっちゃいねえんだが、おまえ、何か心当たりはねえか?」
現場にいたカツトやゲンタロウたちからの報告や、当時の戦闘映像などからウイリアムは討伐作戦の進行はほぼほぼ理解している。
だが、最後の最後で突然〈ギガンテス〉が崩れ出した原因だけは、いまだに不明のままだった。
カツトとゲンタロウは、ショウがあの怪物に止めを刺したと言っているが、その方法は誰にも分かっていない。
「心当たりと言われてもな。ビルが突然崩壊した時……フタバが俺を庇ってくれたり、それでも少しの間意識を失ったり……気がついて大破していたフタバと少し会話し、その後に自分のライフルを見つけたところまでは覚えているが……それ以降はよく覚えていないんだよ」
じっと考え込むショウ。だが、彼にも心当たりはない。
じっと自分を見る──いや、以前よりも燐光が強くなった自分の「目」を見つめる養父を、彼は無言で見つめ返す。
「やっぱりオヤジは、俺の感染後遺症が中度に進んだことに何か原因があると考えているのか?」
「まあ、ぶっちゃけるとそうだな」
今、ショウの両目に宿る燐光は以前よりかなり強くなっていた。
それ以外にも、両目周囲の皮膚の色がやや青白く変化し、罅割れるように積層化も若干進行している。
これは明らかに【インビジブル】の感染による後遺症が進んだ結果だ。
アイナたちカワサキの医師たちは、彼の後遺症が「中度」まで進行したと診断している。
外観的には以前のようにサングラスで誤魔化せるだろうが、アイナや義兄たちは後遺症が進んだことをひどく心配していた。
「後遺症が中度に進んだとはいえ、日常生活には問題ないだろう。実際、俺も中度の後遺症持ちだしな。だが……後遺症が進んだことで、今までとは違う点はないか? もちろん、そんなモンはないに越したことはねえンだが……」
そう言われたショウは、改めて自分の両手や病室の中をぐるりと見回してみる。
カーテンが開けられた窓から差し込む陽光が、空気中を漂う埃をきらきらと輝かせている。だが、その輝きの中に、少々色合いが違うモノが紛れ込んでいることにショウは気づいた。
「空気中に何か、青くてきらきらしているモノが若干だが漂っているのが見えるな。これって……もしかして【ブルーミスト】か?」
「空気中の【ブルーミスト】が見えるだと? おい、イチカ! 今日の大気の状況は!?」
「カワサキ・シェルターの気象部の発表では、やや【ブルーミスト】が濃いとのことです。シェルターの住民には、外出の際には防疫マスクを装備するように発表しています」
【インビジリアン】がその体から放出する、青白い鱗粉のようなモノ。それが【ブルーミスト】である。
体から放出されたばかりのそれは、青白い燐光を放って肉眼でも視認できるが、少し時間が経過すると燐光は消えて目で見ることは難しくなる。
普通は目に見えない【ブルーミスト】も、大気の状態や気温、流れなどの様々な要因でその濃度が極端に濃くなる場合がある。
その際は薄っすらと青白い霞のように見えるが、それ以外の状況で【ブルーミスト】が目に見えることはない。
しかし、ショウの目にはその【ブルーミスト】が見えていた。後遺症が軽度だった頃には見えていなかったはずなのに。
「どうやら、ショウの目には何か新しい『力』があるようだな。一度、入念に調べる必要があるぞ、こりゃ」
──だがその前に、とウイリアムは続けた。
「大至急、ここカワサキ病院の空気清浄機のメンテナンスだ。僅かとはいえ、外部の【ブルーミスト】が紛れ込んでいるのは大問題だぞ」
「ウイリアム様、ここの職員や入院患者、通院患者にも感染チェックを行うべきかと」
「おう、そっちもすぐに対応する」
【ブルーミスト】には【インビジブル】が混じり込むので、そこから感染する可能性が極めて高い。
本来ならカワサキ・シェルターの各建築物は入念に気密され、空気清浄機が常に稼働している。
だが、カワサキ病院の空気清浄機には、何らかの異変があるのだろう。僅かながらも【ブルーミスト】が侵入してしまっている。
このまま放置すれば、カワサキ病院内で大量の感染者が出てしまうに違いない。
「すまんな、ショウ。オレぁこのままこの件の対応に当たる。落ち着いたら、また顔を出すからよ。イチカ、ショウのことは任せたぞ!」
「ショウ様のことはわたくしにお任せください、ウイリアム様」
「オヤジも感染に気をつけろよ」
二人の言葉を背中で聞きながら、ウイリアムは右手の親指を突き立てると、そのまま急いで病室を出て行った。
◆◆◆
薄暗い部屋の中に、モニターの僅かな駆動音とキーボードを叩く小さな音だけが響く。
今の時代、仮想コンソールを用いる者も多いが、それでもモニターとキーボードを愛用する者もまだまだ多い。
もちろん、現代のモニターもキーボードも、21世紀初頭に比べると全く性能が違うのだが。
今、部屋の外は大騒ぎだ。
なんせ、カワサキ・シェルター最大の生命線のひとつと言ってもいいここ、医療施設内に【ブルーミスト】が僅かとはいえ漂っていることが発見されたのだから。
これを放置すれば当然、感染爆発が起こるだろう。それを食い止めるために、様々な立場の者たちが施設内を右往左往していた。
その者たちの中に、なぜかここカワサキの代表であるウイリアムまでいたのは、その人物にも予想外だったが。
ともあれ、そんな騒ぎを気にすることもなく、その人物はかたかたとキーボードを操る。
本来、この場所は立ち入り禁止だ。この医療施設の院長、もしくはカワサキ・シェルターの代表であるウイリアムだけが、この場所へ立ち入る権限を持っていた。
なぜならここは、このカワサキ・シェルターが建設されてから今日までの、【インビジブル】感染者の名簿や治療状態などの各種データが保管されている場所だからだ。
感染した時の状況や、感染後の治療経過。前例の全くない未知なる【インビジブル】による感染の各種記録は、失うことのできない貴重な情報だ。
現在ではIV抗体という治療法が確立されてはいるが、それでも過去の症例データが黄金にも値するのは間違いない。
ここに勤める医師であれば、パスワードを用いて各端末でデータを閲覧することもできる。だが、パスワードは頻繁に変更されるので、医師であればいつでも閲覧可能というわけでもない。
外で騒ぎを起こした隙を突いて、事前に手に入れていた院長の生体データ──指紋をコピーした特殊な人工皮膚と、網膜パターンをコピーしたコンタクトレンズ──を用いて、この人物はこの場所に入り込んだのである。
「せぇっかく空気清浄機のフィルターにイタズラしたのに、思ったよりも早く騒動が収まりそうだなぁ。こりゃ、急がないとねー」
誰に聞かせるでもなく呟きながら、その人物はキーボード上で指を躍らせる。
「しっかし、まさかフィッシャーマン代表が偶然ここにいたとはねー。あの人が陣頭指揮を執っているからか、想像よりも騒動が大きくなっていないし……」
その人物は片時もモニターから目を離すこともなく、独り呟き続ける。
「そういや、例の彼が入院していたっけか。あの時は彼が酷い怪我をしたって、アイナがわんわん大泣きしていたねぇ。お、その彼の臨床データ見っけ! ……ふむふむ、二度目の感染で後遺症が中度まで進行、と。確か目に後遺症が出ているってアイナが言っていたなー」
楽しそうに呟きながら、その人物は更にデータを探っていく。
「おっと、カワサキ住民の過去の健康状態のデータか! うん、きっとここに探している情報はあるんじゃないかなー?」
その後、外の騒動が徐々に収まっていくのを感じつつも、その人物は目的のデータを閲覧していく。
「ビンゴぉっ!! やっぱりここにあったじゃんね! んで…………おやぁ? おやおやおやぁ? まっさか、彼女がそうなのぉ? こいつは予想外だわー」
以上で、第3章は終了。
いつものように、閑話を挟んでから新章へと入っていく予定です。
引き続き、お付き合いいただけると幸いです。
また、来週の閑話で年内の更新も終了。
再開は年明け1月12日の予定です。




