〈ギガンテス〉討伐戦5
「────銃声だとっ!?」
「はい。一発だけですが、確かに銃声を確認しました」
「どこからの銃撃だ?」
「距離は不明ですが、方角は《ベヒィモス》の南西です」
「南西だと? …………ってこたぁ……」
「はい。おそらく、銃撃を行ったのはショウ様でしょう」
◇◇◇
それは、カツトたちが蔦や蔓に絡まれて立ち往生する直前のこと。
「あれは……あの蔦や蔓は、〈ギガンテス〉が操っているのか……?」
体のあちこちから伝わる痛みを噛み殺し、崩れた瓦礫の一部に登って〈ギガンテス〉へと視線を向けたショウ。
【インビジブル】に感染した後遺症を残すその目には、遠方ながらもカワサキ・シェルターの部隊に襲いかかる蔦や蔓がはっきりと見えていた。
荒れたアスファルトを砕きながら現れる、無数の緑の蛇たち。中には茶色いモノも見えるが、あれは根だろうか。
火勢は弱くなりつつもいまだ燃え続ける〈ギガンテス〉が、蔦や蔓、そして根を操ってカワサキ・シェルターの部隊を攻撃しているのは間違いないようだ。
「このままでは……」
ショウは瓦礫の上から周囲を見回す。近くには倒れたままのフタバ。そして、もう少し離れた所には、落下の衝撃で銃身が曲がってしまっている対戦車ライフルがあった。
「俺ではあのライフルはとても使えないな……」
仮に対戦車ライフルが無事であっても、ショウ一人では撃つことはできないだろう。地面にしっかりと固定してあれば何とか撃てるかもしれないが、手で保持した状態で撃てるような代物ではない。
「何か手段は……」
ショウの目には、燃える〈ギガンテス〉の一部、例の振動発生器官が再生し、そこから何度も放たれる振動がはっきりと見えていた。
今、彼はいつものサングラスを装着してはいない。それどころか、落下の衝撃で防疫マスクまでもがどこかへ行ってしまっている。
ショウの両眼に宿る燐光が、いつもよりも輝きを増していることに──いつもよりよく視えていることに、彼自身も気づいていない。
そのショウの目に、崩れた瓦礫の片隅に落ちていたそれが映り込む。
「あれは……俺のライフルかっ!?」
瓦礫から飛び降り──その際の衝撃で体中から伝わる激痛に耐えつつ──、ふらふらとライフルへと近づいて拾い上げる。
ざっと点検してみるが、特に異常はなさそうだ。銃口に異物が詰まっている様子もない。
もっとも、外付けのドットサイトなどのオプションパーツは、落下の衝撃でか全て喪失しまっていたが。
「だが……何とか使えそうだ」
再び瓦礫の上に登り、ライフルを操作して弾丸を薬室へと送り込む。
何か動作をする度に激痛が走るが、それらを全て噛み殺す。
そして、ライフルを肩付けにして、その銃口を〈ギガンテス〉へと向け……〈ギガンテス〉を「視る」ことに意識を集中させた時。
彼の視界が、かちりと全く別のモノへと切り替わった。
◇◇◇
──見える。
──視える。
──みえる。
──ミエル。
いつの間にか、体から伝わるはずの痛みが全て消えていた。
遠くから聞こえていた、戦闘の喧騒ももう届かない。
今、ショウはただ「視る」だけの存在へと変貌していた。
彼の両目に宿る燐光が、更に輝きを増す。
果たして、7.62mm程度のライフル弾で、〈ギガンテス〉に有効打を与え得るのか。そんな考えもショウの脳裏からは消えている。
ただ、「視」る。
それだけの存在と化す。
今のショウには、はっきりと「視」えている。
今もなお燃え続ける〈ギガンテス〉の状況が。そして、その「本質」までも。
やはり、〈ギガンテス〉は樹木だった。
分厚い樹皮と、その樹皮に守られた幹の本体。
更には、その幹の内側を走る経路のようなものまでがはっきりと「視」える。おそらく、それは根から吸い上げられた「栄養」などの通り道──通道組織だろう。
そして。
そして、その通道上の一点。そこに、何やらぼんやりと輝く箇所があった。
表面に露出している、振動発生器官とも違う、まるで〈ギガンテス〉の中心点──心臓部のようにも「視」えるモノ。
「そうか……あれが弱点……〈ギガンテス〉の『核』か」
なぜか、ショウにはそれが理解できた。まるで、どんどんと輝きを増す両目の燐光が教えてくれるかのように。
更には、〈ギガンテス〉の周囲を流れる空気の流れもはっきりと「視」えてくる。
炎の熱によって発生する上昇気流、周囲を流れる自然の風、〈ギガンテス〉が操る蔦や茎、根が蠢くことで流動し攪拌される大気。
それらがまるで色がついているかのように、ショウにははっきりと「視」えた。
複雑に揺れ動く大気の流れ。そんな大気中を走る一本の光条があることに、彼は少し遅れて気づいた。
細い光の筋は揺れ動く大気の影響を受け、ゆらゆらと複雑に揺れ動く。
いつしか、ショウは〈ギガンテス〉ではなく、その揺れる光の筋のみに注意を向けていた。
右へ、左へ、上へ、下へ。複雑に捩じれ、歪み、揺れる細い光の筋。
だが一瞬、その光の筋が一直線となった。
ライフルの銃口と〈ギガンテス〉の「核」とを、光の筋が一直線に繋げた時。
ショウの指先は、ライフルの引き金を静かに引き絞っていた。
◆◆◆
廃墟と化したトーキョー遺跡に響き渡る、一発の銃声。
直後、カワサキ・シェルターの部隊を襲っていた無数の蔦や蔓、根などが一斉に動きを止めた。
「……つ、蔦どもが動きを止めた……?」
「い、一体どうなっていやがる……?」
突然動きを止めた吸血性植物たちを恐る恐る眺めながら、ゲンタロウを始めとした攻撃部隊の面々は、現状を判断できずに司令官へと指示を仰ぐ。
「おい、カツト! こいつぁ一体、どうなっていやがるんだっ!?」
無線越しに響くゲンタロウのダミ声に顔を顰めつつ、当のカツトもまた《ベヒィモス》の中で当惑していた。
「俺にもよく分らねぇよ! 突然、くそったれな蔦どもが動きを止めやがったんだ!」
カツトが叫びつつ返答する。だが、何となくだがカツトには分かっていた。先ほどイチカが告げた銃声。あれが何か決定的な結果をもたらしたであろうことに。
そして、その銃声を放ったのが誰なのか、も。
「お、おい! 見ろ! ぎ、〈ギガンテス〉が──っ!!」
そう叫んだのは誰だったのかは分からない。
しかし、誰もがその声に誘われるようにして聳える〈ギガンテス〉へと視線を向けた。
「ぎ、〈ギガンテス〉が…………」
「…………崩れていく……?」
今もまだ燃え続ける〈ギガンテス〉。だが、その体表から、何かが剥がれ落ちていく。
ぱら、ぱら。ひら、ひら。
剥がれ落ちるそれ──小さな樹皮は、地上に落ち切る前に燃え尽きる。
次々に剥がれ落ちては燃え尽きる〈ギガンテス〉の樹皮。
小さな樹皮は徐々に大きくなり、ついには地面まで落ちても燃え尽きないほどの大きさになる。
そして、樹皮に混じって葉も落ち始めた。
炎に浄化されるかのように、舞い落ちる葉は焼かれて青白い灰へと姿を変えて風に飛ばされていく。
やがて、樹皮と葉に混じって枝までもが落ち始め。
細い枝から徐々に大きな枝が地面に落ち、そこで燃え続けて黒煙を上げる。
「お、おいおいおい、これって……」
ゲンタロウは、今しがた自分の足元に転がって来たモノを見て、目を大きく見開いた。
「もしかして、こいつが例の振動発生器官じゃねえの?」
ゲンタロウのチームメイトが、そう言いつつライフルの銃口で足元に転がって来た琥珀色の物体を突いた。
途端、琥珀色の物体にぴしりと細かい罅が走り、次いで粉々に砕け散る。
それを見たゲンタロウたちが、何が起きているのかをようやく理解し始めた時。
ぴしり、ぴしりという何かが裂けるような音が、燃え続ける〈ギガンテス〉の巨体から聞こえてきた。
◆◆◆
「こ、こいつぁ……おい、イチカの姉ちゃん! 状況を分析して──っ!!」
《ベヒィモス》の砲手席からカツトが振り返った時、さっきまで管制席にいたはずのイチカの姿は既になく。更に気づけば、操縦席にいたミサキの姿さえもなかった。
「あの姉ちゃんたち、一体どこへ…………って、考えるまでもねぇか」
開いたままになっている《ベヒィモス》の後部ハッチを見て、カツトは鋼の獣の中で独り苦笑を浮かべた。
「行動が速ぇなぁ、おい。くくく、主思いのいい仲間じゃねえか。なあ、ショウよぉ?」
◆◆◆
「イチカ姉さま! フタバ姉さまからの緊急信号はっ!?」
「まだ発信されているわ! 方角と距離は……この先283.4メートル先の瓦礫の陰!」
《ベヒィモス》を飛び出したイチカとミサキは、フタバから発信される緊急信号を辿って彼女の許へと急ぐ。
おそらく、そこには彼女たちの主であるショウもいるだろう。
だが、ショウが現状どのような状態なのかまでは分からない。
フタバの受けた損傷が激し過ぎて、詳細な情報が伝わってこない。今のフタバは、緊急信号を発することしかできないようだ。
「ご主人様はご無事でしょうか……?」
「ええ、きっと大丈夫よ」
その後、二人は言葉を交わすこともなく、ひたすらに足を動かした。
人間以上の身体能力を有する彼女たちには、300メートル弱の距離など一瞬にも等しい。
やがて、イチカとミサキのアイレンズに、地面に倒れるフタバの姿が映り込む。
「フタバ!」
「姉さま!」
二人は更に速度を上げ、倒れるフタバの許へと駆けつけた。
「わたくしはフタバの損傷状況を確認するわ! ミサキはショウ様を探して!」
「はい!」
ミサキはイチカの元から離れ、周囲を探索する。
一方のイチカは倒れているフタバへと近寄って声をかけた。
「フタバ、無事? CPUはまだ起動していて?」
「あア……だいジョ……ト、言イ……たイ……ガ……」
「無理はしなくてもいいわ。でも、ちょっと自力では歩けそうもないわね」
まさに満身創痍といったフタバを見下ろし、イチカは苦笑を浮かべる。
彼女たちは自分が人間とは違うことを理解している。記憶さえ無事であれば、体はいくらでも造り直せる──かかる費用を考えなければ──のだから。
だから、イチカはフタバの損傷具合には特に思うことはない。
もしも二人の立場が逆だったとしても、フタバはイチカの損傷をそれほど気にはしないだろう。
「イチカ姉さま! ご主人様を見つけました! で、ですが……っ!!」
焦りを含んだミサキの声に、イチカとフタバは互いに頷き合った後、イチカはミサキの方へと駆けだした。
「ショウ様の様子はっ!?」
「全身のあちこちに酷い怪我を負っていますが、命に別状はなさそうです」
フタバから少し離れた場所で仰向けに倒れていたショウ。
その傍らにミサキは跪き、ショウの容態を確認していた。
「意識を失ってはいますが、呼吸も心拍も安定しています。ですが……」
不安そうな様子で、倒れたショウへと視線を向けるミサキ。
近づいたイチカも、ミサキが不安そうにしている理由をすぐに悟る。
「これは…………?」
倒れたショウの、閉じられた両目。その周囲の皮膚が青白く変化し、若干だが罅割れたように積層化しているのを、イチカは確かに目にしたのだった。




