〈ギガンテス〉討伐戦4
「ホイールに蔦が絡みついて動けません!」
ミサキの報告に、カツトは鋭く舌打ちをした。
「ちぃっ! こうなったら、車外に出て直接蔦を攻撃するしかねえか!」
砲手席から立ち上がり、カツトは愛用する大振りな剣鉈を手にする。
車両の間近まで迫られては、車載兵器で攻撃することは射角的に不可能だ。そのため、カツトは車外に出て直接吸血性の蔦に攻撃を加える覚悟を決めた。
「無茶ですよ、カツト様! 車両の外に出たら、あっという間に吸血蔦に巻き付かれます!」
「そうは言うがな、ミサキの嬢ちゃん! こうしている間にも部下や仲間たちが次々に蔦にやられているんだ! 放ってなんかおけるかよ!」
「それなら、ボクが外に出ます! ボクたち《ジョカ》には吸収するような体液がありませんから、蔦も攻撃対象にしないかもしれません!」
「そうはいかねえな! 俺はショウから嬢ちゃんたちを任されたんだ! 嬢ちゃんたちに何かあったら、ショウに会わせる顔がねえんだよ!」
「ボクたちは人造の存在です! 記憶さえ無事なら、いくらでも造り直すことができま……」
「そういう問題じゃねえっ!!」
ミサキの言葉を遮り、カツトは一喝する。
「いいか? 嬢ちゃんたちは既に、ショウに……いや、ショウやリアム、アイナたちにとって立派な家族だろうっ!? その家族を任された以上、危険な状況に追いやるわけにはいかねえんだよっ!! たとえそれが、つまんねえ中年親父のクソの足しにもならねえ、ちっぽけな面子でしかなかったとしてもなっ!!」
「ですが、わたくしたちは道具です。ショウ様が所有する道具にすぎません。ここはわたくしとミサキが車外に出るのが最も効率的かつ効果的と推測します」
ミサキだけではなく、イチカまでもが車両の外に出ることを提言するが、カツトはやっぱり認めない。
「ったく、おまえらはまだまだショウのことをよく分かっちゃいねえな。嬢ちゃんたちは、あいつが古ぼけた工具セットを使っているところを見たことがあるか?」
「え、えっとカツト様? こんな時に何を言い出すんです……?」
緊迫したこの状況で、あまりにも的外れなことを言い出すカツトに、ミサキだけではなくイチカまでもが困惑した表情を浮かべる。
だが同時に、確かにショウが古ぼけた工具のセットを、発掘に出かける時は常に車両に積み込んでいたことを二人は思い出していた。
「あの工具はな、ショウが子供の頃にリアムに買ってもらったモンでな? あいつ、それを今でも大事に手入れしながら使っていやがんだぜ?」
「カツト様……? 何を言いたいんですか?」
ミサキの問いにカツトはにやりと笑みを浮かべた。
「だからよ、あいつは……ショウは道具を大切に使う奴なのさ。仮におまえらが道具であったとしても、お前らに何かあれば、ショウの奴は相当落ち込むだろうし、相当悲しむだろうよ。おまえらは、主であるショウにそんな思いをさせたいのか?」
◆◆◆
「おー、おー、こいつはまた、デカく育ったモンだなぁ」
その男性は、トーキョー遺跡の廃ビルの屋上に立ち、遠くに見える巨大な【インビジブル】を見てそう呟いた。
「当初の計画とは違う結果になっちまったけど、これはこれでなかなか興味深い実験結果じゃねえの?」
2メートル近い巨躯と、それに見合ったがっしりとした体。そして、傍らには巨大な対戦車ライフル。
「当初の計画では……えっと、どうだったっけか? あははは、ぜんっぜん覚えてねえわ」
左の手首に装着したマルチデバイスを操作し、そこに保存されている「当初の計画」のデータを引っ張り出す。
「あーあーあー、そうだった、そうだった。当初の計画は、『【インビジブル】を人工的に感染させて造り出した【インビジリアン】をコントロールすることが可能か』とかいうコンセプトの実験だったな」
マルチデバイスに表示される「実験計画書」と、遠くに見える巨大な植物型【インビジリアン】を見比べて、その男性はおもしろそうな表情を隠そうともしない。
「通信が繋がらないからって、カワサキ・シェルターの近くまで遠路はるばる『お使い』に出されたわけだが……こんな楽しい見世物が待っていたなんてな!」
呵々と笑う男性。彼はおもむろに傍らの対戦車ライフルへと手を伸ばすと、視線を向けることなく片手で構えて空へ発砲した。
巨大なライフルが轟音を奏でた僅か後、空から巨大な「何か」が落ちて来る。
「うげ、〈ロックバード〉かよ。こんなヤベぇ【インビジリアン】がごろごろしているなんざ、さすがは魔境と名高いトーキョー・ダンジョンだな!」
認識名〈ロックバード〉。鳶が【インビジブル】に感染したことで変異した【インビジリアン】であり、両の翼長を合わせると優に8メートルを超える大型【インビジリアン】である。
当然その危険度は高く、どのシェルターでもトップクラスに危険な【インビジリアン】と認定している。
「あのデカブツを造り出した同胞の研究者たちはどうなったのかね? ま、おそらく無事じゃねえだろ。そもそも、俺の任務は研究者たちの救出でもねえし? この研究データや資料などは既にダミニの奴に届いているだろうし、それを彼女から受け取ったら俺の任務は終了、っと」
男性は愛用の対戦車ライフルを肩に担ぎ上げると、改めて遠くに見える巨大【インビジリアン】を見つめた。
「ホント、『教団』は人使いが荒いぜ。この短期間に本拠地からトーキョーまで、何回往復させられたことか。それに、中にはティナやダミニみたいに何年も潜入させられる任務もあるしよぉ」
男性は肩を落としながら大きく溜息を吐いた。そして、とあることを思い出して言葉を付け加えた。
「そういや、ダミニの本来の任務……『実験体』の捜索はどうなったんだろうな?」
◆◆◆
ひび割れたアスファルトを割り裂きながら、無数の吸血蔦や吸血蔓が〈ギガンテス〉討伐隊に襲いかかっていた。
各車両は足回りに蔦や蔓が絡みつき、立ち往生状態。徒歩だった者たちの大半は既に蔦や蔓に搦め捕られ、各種体液を吸い尽くされて絶命している。
「調子に乗るんじゃねえぞ、このクソったれな蔦どもがっ!!」
ベテラン発掘者であるクノ・ゲンタロウは、用意しておいた火炎放射器のノズルを迫る吸血性【インビジリアン】へと向けた。
粘着性のあるゲル状燃料が【インビジリアン】に纏わりつき、その体を高温の炎が包み込む。
ゲンタロウのチームは、念のためにと火炎放射器も準備していた。このような用意周到さは、様々な経験を積み上げたベテランならではだろう。
火炎放射器は様々な用途に用いることができる汎用性の高い道具ではあるものの、兵器としては極めて運用しづらい。
射程が極めて短いため至近距離まで敵に接近する必要があり、また、携帯する燃料タンクに被弾すれば、使用者自身が火だるまになる危険性が高いなどの理由から、火炎放射器は前線で敵と戦うための兵器ではなく──塹壕戦など一部の状況下では非常に有効的な例もある──、どちらかと言えば逃げ隠れする敵をあぶり出したり、敵拠点を焼き払ったりするために用いられることが多い。
それは現代でも言えることで、人間よりも身体能力に優れた【インビジリアン】が相手の場合、マンストッピングパワー──銃弾などが生物に命中した際に、どれほど行動不能にさせるかを示す指数的概念──に劣る火炎放射器では、接近する敵の足を止めることが難しい。
そもそも、植物型以外の【インビジリアン】は炎や熱に対する耐性が高いため、全身を炎に包まれたままでも平然と接近してくることが多々あるのだ。
結果、自分たちが用いた炎で自分たちが焼かれることになる。加えて、使用する燃料が割高で運用コストが高くなるため、新人や中堅の発掘者がわざわざ火炎放射器を準備する機会は少ないのである。
そんな火炎放射器を用意するだけの余裕があるのは、ベテランぐらいだ。
「おい、ゲンタロウ! これ以上火炎放射器を使うのは逆効果だ!」
チームメイトの一人が叫ぶ。
ゲンタロウのチームを取り囲む、無数の吸血性【インビジリアン】。植物型ゆえに炎には弱いが、それでもすぐさま燃え尽きるわけでもないので、燃え盛る敵に囲まれるという地獄が展開されつつある。
吸血性蔦が少数であれば、火炎放射器で一掃できただろう。だが、敵の数が多い場合はそうもいかない。
「数」は力。それが証明されつつあった。
「だがよぉっ!! ライフルやマシンガンじゃこれだけの数の蔦どもを片付けるのは簡単じゃねえぞ! かと言って、後退するわけにもいかねえしよっ!!」
ゲンタロウたち〈ギガンテス〉討伐隊の後方は、確かに開けていて退路が残されているように見える。
しかし、現在の地点より後方へと下がれば、〈ギガンテス〉が放つ粉砕振動の効果範囲に入ってしまう。
「こんちくしょうがっ!! おい、誰か芝刈り機持ってねえかっ!?」
「芝刈り機で何しようってんだよ、ゲンタロウっ!?」
「決まってンだろっ!! 芝刈り機でこのくそったれな蔦どもを全部刈り取ってやるんだよっ!! 知らねえのかっ!? 芝刈り機さえあれば、ゾンビやサメだって退治できンだぞっ!!」
「そりゃ大昔の映画の話だろうがっ!! それも『ど』が付くマイナーなヤツっ!!」
そんな軽口を叩き合いながら、ゲンタロウのチームは迫る吸血性蔦に対して銃撃を浴びせ続けた。
◆◆◆
既に、「ファイヤーストーム作戦」の参加者たちの進退は極まっていると言ってもいいだろう。
後退すれば、粉砕振動を浴びて塵となって絶命する。
この場に留まれば、吸血性の蔦や蔓に巻き付かれ、全身の体液を吸われて死を迎える。
周囲に群立する廃墟の中へと逃げ込むことはできるだろうが、どこまで蔦や蔓が追いかけてくるか分からないし、下手をすれば〈ギガンテス〉の振動を浴びて廃墟ごと粉砕されるかもしれない。
もはや、考えられる限りの残された道は、〈ギガンテス〉本体を討伐するのみ。だが、いまだ燃え続ける超大型【インビジリアン】は、燃え尽きる様子を全く見せない。討伐隊の面々は、迫る吸血性蔦を相手にするので精一杯で、とても〈ギガンテス〉へ攻撃するだけの余裕はない。
更には、〈ギガンテス〉を包む炎は明らかにその勢いを弱めていた。
〈ギガンテス〉討伐隊の指揮官であるカツトは、《ベヒィモス》の小さな窓から見える巨大な松明を見据えてぎりっと奥歯を噛み締めた。
──ここまでか? そうとなりゃ、最後に玉砕覚悟で……。
カツトは心の中で覚悟を決めた。ゲンタロウに生き残った連中の指揮を任せ、彼らが逃げられるよう少しでも時間を稼ぐ。
既に逃げ場などないかもしれないが、生き残るために僅かな可能性にかけるしかない。
彼がそう考え、ゲンタロウに連絡を取ろうとした時。
突然、イチカが鋭い声を発した。
「────銃声確認!」




