〈ギガンテス〉討伐戦2
「こちらA班。所定の位置についた」
「こちらB班。準備よし」
「こちらC班。展開完了」
「こちらD班。指示を待つ」
「こちらE班。いつでも行けるぜ!」
「了解。そのまま待機せよ。俺の指示で一斉に焼夷弾をぶっ放せ」
指示された攻撃地点に展開を完了させた各班からの連絡を、カツトは《ベヒィモス》の車長席で受け取っていた。
現在展開中の車両の中で、最も通信設備が充実しているのが《ベヒィモス》である。この鋼の獣が、「ファイヤーストーム作戦」の司令部となるのは当然の選択だった。
今、《ベヒィモス》の中にいるのは、カツト以外では情報分析担当のイチカと操縦担当のミサキの二人だ。
ショウとフタバは、ここから離れた狙撃地点で〈ギガンテス〉狙撃の指示を待っている。
「よし、間もなく『ファイヤーストーム作戦』の第一フェイズを開始する。F班、囮のドローンの準備はいいな?」
「こちらF班、ドローン問題なし」
カツトの指示に従い、囮のドローン操作を担当するF班が答える。
「イチカの姉ちゃん、フタバの姉ちゃんにいつでも狙撃できるように指示を出せ。フタバの姉ちゃんとのリンクは問題ないな?」
「はい。リンクは問題ありません。わたくしが現在取得している〈ギガンテス〉の情報は、全てフタバと共有しております」
《ベヒィモス》に搭載されている全てのレーダーやセンサーを動員し、イチカは〈ギガンテス〉の情報をリアルタイムで収集し、ショウ、フタバ、ミサキと共有している。
イチカの体内にインストールされている小型の各種センサー類の出力は、それほど高くはない。人間サイズのボディに搭載する以上、どうしても性能が限られてしまうからだ。
だが、《ベヒィモス》の各種センサーとリンクすることで、イチカの性能は最大限に発揮される。
《ベヒィモス》の設計コンセプトは、戦闘よりも《ジョカ》の各種支援に重きを置かれている。情報収集・分析を担当するイチカは、《ベヒィモス》の影響を最も受けていると言ってもいいだろう。
「現時点を以て、『ファイヤーストーム作戦』を開始する! 総員、気合を入れやがれ!」
◆◆◆
ゆっくりと前進する〈ギガンテス〉の姿を、ショウとフタバは500メートルほど離れた廃ビルの屋上から眺めていた。
位置的には〈ギガンテス〉を基点とした右斜め前方。ゲンタロウ率いるA班のやや後方で、方角としては南西に向かって移動する〈ギガンテス〉の西側に当たる。
「作戦開始だ。いつでも狙撃できるようにな、フタバ」
「イエス、マスター」
フタバは巨大な20mm対戦車ライフルを改めて構えた。
本来なら、地面などに設置して運用する20mm口径の大型対戦車ライフルを、フタバは両手で支持して構えている。
その理由として、地面などに設置してしまうと、細かな照準調整が難しいからだ。
現在、フタバの視界には、イチカから送られてくる各種情報が次々と表示され、500メートル離れた〈ギガンテス〉の三か所の狙撃ポイント──振動発生器官がレティクルではっきりと囲われている。
気温、湿度、風速など、全ての環境データを基に、フタバは無言でターゲットへと照準を合わせた。
廃ビルの屋上に片膝をつき、対戦車ライフルを構えるフタバのすぐ横に、ショウは立っている。
彼の役目は観測手。視力だけはイチカさえ上回る彼は、狙撃が成功するかどうかを見極めるためにここにいるのだ。
口元だけを覆う防疫マスクを装備し、露わになっているショウの瞳には、青白い燐光がいつも以上に煌めている。
「マスター、標的は見えているか?」
「ああ、例の振動発生器官が三つともはっきりと見えている。問題ない」
双眼鏡などを用いることもなく、ショウは〈ギガンテス〉の振動発生器官をはっきりと捉えていた。
そんな彼の視界の隅に、五つの小さな飛行物体が映り込む。囮として飛ばされたドローンたちである。
「囮が来た。狙撃準備」
「イエス、マスター」
フタバは装填レバーを操作し、20mm弾という凶悪な弾丸を約室へと送り込む。
この対戦車ライフルは単発式で、一発撃ったら手動で次弾を装填しなくてはならない。
そのため、次弾の準備にやや時間がかかる。〈ギガンテス〉の振動発生のタイムラグを考えれば、三か所を狙撃する時間はぎりぎりだろう。
「心配するな、マスター。必ず全弾命中させてみせるさ」
対戦車ライフルを構えながら、フタバは不敵に笑った。
◆◆◆
「囮ドローン、五機全ての撃墜を確認!」
《ベヒィモス》の車内で、作戦の進行を観測していたイチカは、囮として飛ばされたドローンが全て破壊されたことを告げた。
「よし、作戦第二フェイズ開始!」
◆◆◆
「狙撃開始!」
作戦本部から指示を受け、ショウはフタバへ狙撃を命じた。
実際、ショウも五機の囮ドローンが破壊されたのを視認している。
イチカから送られてくる各種データを計算し、フタバは対戦車ライフルの引き金を引き絞る。
どん、という轟音と共に、途轍もない反動がフタバの細い体を襲う。
だが、人間より遥かに強靭な彼女の体は、何とかその反動を受け止めた。それでも反動で彼女の体は大きく後退し、廃ビルの屋上にブーツが摩擦熱による軌跡を刻み込む。
「初弾命中! 次の標的を撃て!」
ショウの指示に、フタバは無言で対戦車ライフルを操作する。
〈ギガンテス〉の振動発生のタイムラグは9秒弱。最初の振動発生から既に4秒が経過した。
素早く姿勢を正してライフルを保持し、照準を合わせて引き金を絞る。
「次弾命中! 次!」
残る時間は3秒もない。
だが、フタバはまさに精密機械のごとく正確な動作と射撃をもって、ショウの指示と期待に見事に応えてみせた。
◆◆◆
「全ての振動発生器官の破壊を確認!」
ショウからの連絡を受けたイチカが、カツトへと報告する。
「よし、第三フェイズ突入! 各班、焼夷弾を一気に放て!」
カツトの指示が飛ぶ。
同時に、〈ギガンテス〉を扇状に包囲するように展開したA班からE班が、一気にロケットランチャーに装填された焼夷弾を全弾解き放った。
腹に猛火を孕んだ20匹の猟犬たちは、イチカのレーダー誘導と連動して全て〈ギガンテス〉へと牙を剥く。
その牙を〈ギガンテス〉へと突き立てた猟犬たちは、腹に抱えた燃料を巨大な怪物へと全てぶちまけ、そこへ容赦なく炎を放つ。
イチカが誘導することにより、焼夷弾は〈ギガンテス〉の巨体が全て炎に包まれるようにばらけて命中していく。
そして。
ご、という音と共に、〈ギガンテス〉の巨躯が炎に包まれた。
炎はその腕をどんどんと伸ばし、瞬く間に〈ギガンテス〉全体を抱き締める。
「〈ギガンテス〉への着火を確認! 燃焼範囲はどんどん広がっています!」
「『ファイヤーストーム作戦』、最終フェイズへ突入! 各戦闘車両及び各人員は〈ギガンテス〉へと全速で接近、それぞれの火器で攻撃を加えろ! ここで一気に〈ギガンテス〉の足を止めて完全に燃やし尽くせ!」
イチカからの報告を聞き、カツトは最後の指示を出した。
「《ベヒィモス》も発進します! 攻撃はカツト様にお任せしますねー!」
「おう、了解した! 攻撃は任せろぃ!」
車長席から火器管制席へと移動したカツトが、12.7mm連装機関砲の安全装置を解除する。
《ベヒィモス》の上部に設置されたターレットが唸りを上げて転回し、連装機関砲の銃口が〈ギガンテス〉へと向けられた。
「イチカの姉ちゃん! 〈ギガンテス〉の様子はどうだっ!?」
「炎による高熱により、各種センサーの働きが阻害されています! 詳細なデータの取得は不可能です!」
熱感知センサーはもとより、移動中のために振動センサーや動体センサーも正確に作動できない。
望遠センサーも燃え盛る炎によって空気が揺らぐため、炎の中の〈ギガンテス〉を捉えることができなかった。
「ち、しゃーねーか! だが、ここが勝負所なのは間違いない! 各員、攻撃開始!」
カツトの命令に従い、KSSTの隊員たちが、雇われた傭兵や発掘者たちが、それぞれの武器で攻撃を始めた。
◆◆◆
「大丈夫か?」
「ああ、問題ない……と言いたいところだが、さすがに20mm対戦車ライフルの三連撃の反動は大きいな」
途轍もない反動を生じさせる20mm対戦車ライフル。三度その大きな反動を受けたフタバの体は、さすがに無傷というわけにはいかなかった。
右肩と下半身に大きなダメージ。特に右肩は対戦車ライフルの反動をまともに受け止めたため、右腕が全く動かない状態だ。
「フタバは無理をせず、このまま《ベヒィモス》に戻れ」
「マスターはどうするつもりだ?」
「近くにいるゲンタロウさんたちと合流して、直接攻撃に加わるよ」
ショウの視界の中では、足を止めた──いや、足を止められた〈ギガンテス〉が、集中攻撃を受けている姿が見えている。
「了解した。確かに今の私のコンディションでは拳銃ぐらいしか使えないからな。だがマスター、無茶なことは絶対にするなよ?」
「分かっているさ。無茶をしてアイナに怒られたくはないからな」
互いに笑みを見せ、拳と拳を触れ合わせたショウとフタバは、廃ビルから地上へ降りるために階段へと足を向けた。
前を行くフタバの背中を見ていたショウは、何気なく背後を振り返った。
そこには、今も巨大なキャンプファイヤーのように燃え盛る〈ギガンテス〉の姿がある。
──この様子なら、いくら巨体を誇る植物型【インビジリアン】でも、燃え尽きるのは時間の問題だろう。
ショウが内心でそう考えた、次の瞬間。
彼らがいる廃ビルが……いや、〈ギガンテス〉を基点とした前方120度の範囲に存在するビルなどの建築物が、突然崩壊を始めたのだった。




