とある発掘者たちの悲劇
人間は、個々で様々な性格、人格を持っている。
当然、善良な人物もいれば、その真逆の人物もいる。
たとえ善良な人物であっても、少しぐらいは心の中に闇を抱えているものだ。それこそが人間という生き物なのだから、と言っても過言ではないだろう。
だが、中には心が抱える闇が大きくなり過ぎてしまった人物たちもいる。
例えば、彼らのように────。
◆◆◆
「本当かよ、その話?」
「おうともよ。最近、ショウの奴が頻繁にトーキョー遺跡、それも『吸血庭園』の辺りをうろうろしているらしいんだよ」
四輪駆動式の大型車両の中で、四人の男たちが言葉を交わしていた。
「噂によると、カワサキの上層部からの直接依頼で、何度も『吸血庭園』の辺りに行っているらしいんだ」
「ってことは何か? シェルターの運営が欲しがるような『何か』が、『吸血庭園』の近くに眠っているってことか?」
「おそらくそうだろうよ。ショウはカワサキの代表の身内だ。シェルターの運営連中が欲しがるようなお宝の発掘を、密かに依頼されていたとしても不思議じゃねえ」
車両に乗り合わせた男たちは、互いに顔を見回しながらにやりと笑う。
「つまり、そのお宝を横からかっさらおうって算段か?」
そういうこった、と、ハンドルを握る男が答えた。
「だけどよ? 具体的にショウの奴がどこで何を探しているのか、分からねえだろ? そこんトコはどうすんだ?」
「ショウが最近使っている装甲車は、足回りがかなり特殊でな。んんっと……何とかホイールっつう奴? で、その特徴的な装甲車の走行跡とか調べれば、ある程度はどこら辺へ向かっているか分かるだろ? もしも分からなかったら、ショウ本人に案内させればいい」
「本人?」
「ってことは……」
三人の男たちは、リーダー格であるハンドルを握る男へと視線を集めた。
「のこのこと遺跡にやって来たあいつらをシメて、お宝の情報を吐かせればいいのさ。それに、最近ショウが連れている女たちがいるだろ?」
「おう、見たぜ、見たぜ! 三人もいるよな!」
「それも、いい女ばかりだったよな!」
「も、もしかして、あの女たちもいただいちまおうってわけか?」
「シェルターの外じゃ、何が起こるか分かりゃしねえ。【インビジリアン】に襲われるかもしれねえし、盗賊の類に襲撃されることだってあるかもしれねぇ。シェルターへ帰還できなかった発掘者なんて、ゴマンといるからな」
ショウたちを襲撃し、必要な情報を吐かせた後で始末する。死体はトーキョー遺跡の適当な場所へ放り出しておけば、【インビジリアン】に襲われたと誰もが思うだろう。
三人の女たちも、心行くまで楽しむだけ楽しんだ後、殺して放置しておけばいい。
美しい女たちが見せるであろう嬌態を想像し、四人の男たちの顔に下卑た笑みが浮かぶ。
「お宝の発掘は早い者勝ち。それが俺たち発掘者のルールだ。お、そうだ。お宝と一緒にショウの遺体もシェルター代表に届けてやろうぜ。そうすれば、シェルター代表から礼金が貰えるかもしれねえぞ?」
リーダー格の男の言葉に、残る三人はげらげらと笑った。
◆◆◆
「…………な、何だ、ありゃ?」
トーキョー遺跡の中、「吸血庭園」と呼ばれるエリアへ向かっていた男たちは、その途中でソレに気づいて唖然とした。
でかい。とにかく、でかい。
「吸血庭園」までまだかなり距離はあるが、その姿は崩れたビルの間からはっきりと見えた。
「お、おい、ありゃ何だ?」
「お、俺が知るかよ!」
「い、【インビジリアン】なのか、あれ……?」
「そ、そうなんだろうな……あ、あんな化け物、【インビジリアン】以外に考えられねえ……」
車両を降りた男たちは、それぞれ銃器を手にして巨大な【インビジリアン】──〈ギガンテス〉へと近づいていく。
「も、もしかして、あの怪物こそがショウが探しているってお宝なのか……?」
「だとすると、あの怪物から価値のある物が掘り出せるとか、か?」
「よ、よし、近づいてみるぞ」
男たちは慎重に、ゆっくりと〈ギガンテス〉──彼らはこの巨大【インビジリアン】が〈ギガンテス〉と命名されていることを知らないが──に近づく。
そして、近づくにつれ、その異様なまでに巨大な体の詳細を知ることになる。
「こ、このデカブツ……もしかして、植物なのか……?」
「体表は完全に樹皮って感じだな。ってことは、こいつは樹木が【インビジブル】に感染して変異したってことか?」
言葉を交わしつつも、男たちは巨大な【インビジリアン】……〈ギガンテス〉へと近づいていった。
この時、彼らは気づいていなかったが、幸運なことがひとつだけあった。
それは、〈ギガンテス〉の索敵可能な範囲が、ある程度の高さ以上──地上から約2メートル以上──に限られていたことだ。
この事実はまだ、ショウたちでさえ掴んでいない情報である。偶然と幸運が重なった結果、徒歩で接近した男たちは比較的安全なルート……いや、唯一安全と言えるルートで、〈ギガンテス〉のすぐ近くまで移動することができたのだ。
〈ギガンテス〉の巨体を呆然と見上げる男たち。彼らは、この巨大【インビジリアン】の体の一部が、何らかの資源として利用できるのだろうと考えた。だから、ショウたちは、カワサキ上層部からの依頼で何度もここに来ている、と。
「もう少し近づくぞ。ショウたちが何度も来ているんだ、近づいてもそれほど危険はないだろう」
「植物っぽいし、無害な【インビジリアン】なのかもしれねえな」
男たちは「吸血庭園」の中へと足を踏み入れた。
彼らもここを訪れるのは初めてであったが、この場所がトーキョー遺跡でも最も危険なエリアの一つということは聞き及んでいる。
だが、彼らが「吸血庭園」へと入り込んでも、全く襲撃の気配はない。
そのことに男たちは首を傾げつつも、巨大な【インビジリアン】へと近づいていく。
「そ、それで、あの化け物からどんなお宝が採れるんだ?」
「そんなこと知るか! だが、あのデカブツのどこかにショウたちが発掘した形跡があるはずだ。それを見つければ……」
「そこを俺たちも発掘すればいいわけだな!」
「そういうこった」
銃器を構えつつ、彼らは周囲を警戒しながら〈ギガンテス〉へと近づく。
彼らとしては、十分周囲を警戒しているつもりだった。だが、彼らの索敵レベルでは、ここ「吸血庭園」に巣くう【インビジリアン】を完全に把握しきれない。
いや、常識的な発掘者であれば、そもそも「吸血庭園」のような危険レベルの高いエリアには近づかないだろう。
がさり。
手近な茂みが僅かに揺れた。
「ん?」
男たちの一人が、それに気づいた。他の三人は、〈ギガンテス〉の体を注視している。どこかにあるはずの、何らかの発掘形跡を必死に探しているのだ。
ひゅん、という風を切る音と共に、男の姿が消えた。
目視できないほどの速度で伸ばされた蔦が男の首に巻き付き、男と共に再び茂みに戻されたことに、他の三人は全く気付いていない。
「…………」
男は何も言わない。蔦が首に巻き付き、それを引かれた瞬間に首の骨を折られて絶命したからだ。
そして、物言わぬ骸と化した男の体に、無数の蔦が巻き付いていく。
蔦の先端は男が身に着けている各種装備の隙間を掻い潜って、口、鼻孔、耳孔、尿道口、肛門など、人体の穴という穴から男の体の中へと侵入していく。
更には、皮膚の表面を突き破り、体内へと入り込んでいく蔦もある。
そして、男の体に潜り込んだ蔦たちは、無遠慮にエイヨウを吸い上げていった。
男の体から、全てのエイヨウがなくなるまで。
◆◆◆
「おい、あいつ、どこ行った?」
一行のリーダー格の男が、いつの間にか一人いなくなっていることにようやく気付いた。
彼らはショウがつけたはずの発掘形跡を必死に探していたため、一人足りなくなっていることにようやく気付いたのだ。
「ああ? その辺でションベンでもしてんじゃねえの?」
かははは、と笑う仲間たち。リーダー格もそれに納得しつつ、周囲を見回した。
「ここって『吸血庭園』だよな? 噂では、吸血性の植物【インビジリアン】がうようよいるって聞いていたが……」
周囲は静まり返っている。生い茂る樹木の葉が重なり合い、気持ちのいい木陰を作っているほどだ。
吹き抜ける風も、豊かな植物の間を流れるせいか、とても清涼に感じられた。
「噂は所詮、噂でしかなかったってのかね? 聞いていたほど危険な場所とは思えねえな」
仲間たちと一緒に、巨大な植物型【インビジリアン】を見上げながら、その周囲を歩いていく。
「どこにも発掘した形跡がねえぞ!! どういうこった!?」
仲間の一人が、いらいらした様子で〈ギガンテス〉の体表を蹴りつけた。
「リョウたちの目的って、このデカブツじゃねえのか?」
「いや、俺の勘だが、発掘痕そのものが既に回復したんじゃないのか?」
リーダー格の言葉に、他の二人がなるほどと納得する。
この植物型【インビジリアン】には、異様なまでの自己再生能力があるのだろう。彼らはそう考えたのだ。
「ってことは、ショウの奴も適当に発掘したってことだろう。おい、試しにナイフを突き刺してみろ」
「おっしゃ、任せろ!」
仲間の一人が、喜々とした様子で腰からナイフを抜き、力一杯【ギガンテス】へと突き刺した。
軍用ナイフは刃の半ばほどまで埋まり、男たちはその様子を見つめた。
だから。
だから、彼らは気づくのに遅れた。
自分たちの足元へ、無数の「緑の蛇」が音もなく忍び寄っていることに。
そして、そのことに彼らが気づいた時、既に何もかもが手遅れだった。
そう。
何もかもが。
◆◆◆
「ん?」
再びトーキョー遺跡を訪れたショウたちは、目的地である「吸血庭園」からやや離れたエリアに、見覚えのある大型車両が停車していることに気づいた。
「あの大型車両は確か……」
ショウは、カワサキ・シェルターに拠点を置く発掘者たちをある程度知っている。
発掘者は、横の繋がりを重視するからだ。とはいえ、中には「付き合いたくないから知っている」という者たちだっている。
その「付き合いたくない」連中の一部が、あの大型車両を使っていたはずだ。
「確か……ヨウスケって奴を中心とした、あまり評判の良くない連中だ」
「わたくしたちに何度も絡んできた連中ですね」
「『ショウみたいなガキじゃなく、俺たちと組めよ。そうすりゃ、いろいろと楽しめるぜ』、とか言っていた連中だな。当然、そんな要求は断ったが」
「『いろいろと楽しめる』が何を意味しているか、あの粘ついた目つきを見れば考えるまでもないですねー」
そもそも、ボクたちには「そっち」の機能はないですけどー、と続けたミサキに、ショウは苦笑する。
「あいつらが来ているってことは、何か罠を仕掛けているかもしれない。イチカ、警戒を最大レベルまで上げてくれ」
「承知いたしました」
「フタバ、もしもあいつらが襲撃してきたら、命を奪っても構わないから遠慮なく反撃しろ」
「イエス、マスター」
かつてキャロラインと組んでいた頃、彼女を狙って襲撃してきた発掘者も少数ながらいた。もちろんショウたちは反撃し、襲撃者たちを返り討ちにしている。
時にはどこのシェルターにも属さない「盗賊」に襲われることだってあった。シェルターの外で身を守るのは自分自身であり、相手の命を奪うことに躊躇っている余裕はない。
ショウも理由もなく他者の命を奪うつもりはないが、自分や仲間を守るために他者の命を奪うことに躊躇うことはない。【パンデミック】以降、「そういう世界」になってしまったのだから。
「ミサキ、あの大型車両がどれくらい前からここに駐められているか、判断できるか?」
「そうですねぇ……下手に近づくとトラップが仕掛けられているかもしれないので、ここから見た範囲で判断すれば、タイヤ痕の乾き具合などから、少なくとも1時間は前だと思われますねー」
「エンジン予熱の反応からみても、ミサキの判断は正しいかと」
イチカがミサキの判断を補強する。
「1時間か……罠を仕掛けるには十分だな」
と、ショウがそう零した時。
彼らの足元を、大きな揺れが襲ったのだった。




