偵察続行
「あ、あー、フィッシャーマン代表。そ、その……少し話をいいかね?」
カワサキ・シェルターの首脳陣における〈ギガンテス〉対策会議が一段落した後。
会議室を出ようとしたウイリアムを、ケイゴが呼び止めた。
「どしたよ、ケイゴ? さっきの会議の内容で何か気になるコトでもあったか?」
「い、いや、そ、その……会議の内容ではなくてだな……」
「緊急の用件か?」
「そ、そうではなく……わ、私個人のことなんだが……」
「だったら、ここじゃない方がいいだろ。仕事終わりに一杯やりながらでどうだ?」
「う、うむ、それでお願いする」
視線を盛大に泳がせながら、それだけを何とか言葉にするといった感じのケイゴ。
そこへ、第三者が口を挟んできた。
「あら、ケイゴさんが個人的にリアムさんに相談なんて、ちょっと気になりますね」
にっこりと微笑みながら会話に入ってきたのは、ウイリアムたちと同じカワサキ・シェルター首脳陣の一人、アカネである。
「私も参加しちゃまずいですか?」
「ふ、フジムラ主任はさすがに……い、いや、女性であるフジムラ主任にも聞いてもらった方がいいのかもしれないな。よ、よし、都合が良ければ、フジムラ主任も一緒に話を聞いて欲しい」
どこか、普段とは様子の違うケイゴ。彼が立ち去った後、ウイリアムとアカネは首を傾げながら互いの顔を見合わせるのだった。
◆◆◆
カワサキ・シェルターの運営部が置かれている建物。
シェルターの住人たちからは、「役所」や「本部」などと呼ばれるその建物のすぐ近く。
とある狭いスペースのバーに、仕事終わりのウイリアムたち三人が集まっていた。
「それで? 話ってのは何だよ、ケイゴ?」
バーのカウンター席──ここにはカウンター席しかないが──に並んで座ったケイゴへと、ウイリアムは合成ウイスキーに口をつけながら尋ねた。
「そ、そのだね……今日の会議にショウくんと一緒に参加していた女性のことなんだが……」
「ショウくんと一緒だった女性? イチカのことかしら?」
「そ、そうだ。確か、そう呼ばれていた女性だ」
ケイゴとは逆方向のウイリアムの隣に腰を下ろしたアカネが尋ね、その問いにケイゴが頷くと同時に。
ウイリアムとアカネの顔に僅かに警戒の色が浮かび上がる。
だが、視線を手元の合成ウイスキーの入ったグラスへと向けていたケイゴは、それに全く気づかない。
──もしかして、イチカが人間ではないことに気づいたか?
ウイリアムとアカネが内心でそんな警戒をする中、ケイゴはぽつぽつと言葉を吐き出していく。
「そ、その……あ、あのイチカという女性は、ショウくんの新しい恋人なのだろうか……?」
ケイゴも、カワサキ・シェルターの首脳陣の一人として、また、ウイリアムとは古くからの知り合いであることもあって、ショウとキャロラインの間にあったことは知っている。
だからこそケイゴは、モニター越しにとはいえショウに寄り添うようにしていたイチカが、彼の新しい恋人かもしれないと考えたのだ。
「いや、イチカはショウの新しいチームメイトではあるが、恋人ってワケじゃねぇぞ」
「ショウくんの新しい仲間には、イチカ以外にも女性が二人……イチカの妹たちがいるしね」
互いに何度も視線を交わした後、ウイリアムとアカネは当たり障りのない説明を選んだ。
「そ、そうか! 彼女は……イチカさんは、ショウくんとは恋愛関係にはないのだね!」
二人の説明を聞き、ぱあっと顔を輝かせるケイゴ。
そんな彼を見て、「あちゃー」って表情を浮かべるウイリアムと、「やらかした」って顔をするアカネだった。
◆◆◆
「どうしたもンかね?」
「どうしましょうか?」
ケイゴが帰った後も、ウイリアムとアカネはバーに残って飲んでいた。
二人は視線を合わせることもなく、ただただ、大きな溜息を吐いた。
「まさか、ケイゴさんが……」
「イチカに一目惚れするたぁなぁ……」
どうもそうらしい。
「ま、改めて考えてみれば、イチカってケイゴの好みのど真ん中ストレートなんだよなぁ」
「そうなんですか?」
「おう。あいつとも長い付き合いだからな」
ウイリアムとケイゴ。そしてKSSTのトップであるカツトや発掘者として活躍するゲンタロウ、技術部門の主任であるゲンゾウたちは、ここカワサキ・シェルターを最初から作り上げたメンバーである。
苦しみも歓びも共にしてきた彼らは、今でも良好な関係を続けていた。
偶には口論や酒に酔って殴り合いをすることもあるが、それも仲がいいからこそ。
「ケイゴもビビリではあるが、悪い奴じゃねぇ。本来なら、あいつを応援するところだが……」
「相手が悪すぎですね。こんなことになるなら、ケイゴさんにも《ジョカ》のことを話しておくべきだったかも」
「《ジョカ》に関しては、全てオレが判断したことだ。最低限の人間……開発系の連中にだけ《ジョカ》の存在をオープンにしたのもな。アカネが気にすることじゃねぇよ」
ウイリアムが各方面の開発に携わる者たちにだけ《ジョカ》の情報を公開したのは、《ジョカ》の量産を考えていたからだ。
現時点では、技術的な問題ではなく費用的な問題から《ジョカ》の量産は見送られているが、研究だけは今でも進められている。
「だがなぁ……一目惚れは仕方ないとはいえ、ケイゴも年の差を考えろっての。あいつとイチカじゃ、下手をしたら親子ぐらい離れてンじゃねぇか」
「でも、ケイゴさんって、まだ四十前でしたよね? なら、それほど離れているわけでもないのでは?」
「確かにイチカに年齢は意味ねぇかもだが、見た目で判断すればイチカは二十代半ばぐれぇだろ? 四十前のおっさんと二十代の女性はさすがになぁ……」
「あら。歳が離れた男性が好みって女性もいますよ?」
ちらり、と。
何やら意味を含めたような台詞と共に、アカネは隣に座る歳の離れた男性を見る。
アカネのその視線に気づくこともなく、ウイリアムはぐいっと合成ウイスキーを呷る。
そんなウイリアムを見つめながら、アカネはちょっとだけ微笑んだ。
◆◆◆
既定の隔離期間が明ける前に、ショウたちは再びトーキョー遺跡へと出立した。
ウイリアムが〈ギガンテス〉の情報収集を重視した結果、特例として認めたのである。
もっとも、ショウ以外は【インビジブル】に感染する可能性はないのだが。
唯一感染の可能性があるショウのために、一本だけだがIV抗体も準備してある。
製法が公開されているIV抗体だが、必要となる全ての原材料をシェルター単独では揃えることが難しく、近隣のシェルター同士で可能な限り原材料を融通しあっている。
そのため、どこのシェルターもIV抗体は不足気味で、シェルター管轄の医療施設で厳重に管理されているのだ。
ショウが一本とはいえIV抗体を持ち出せたのも、ウイリアムが特例で許可したからだった。
「それで、マスター。今回はどんな方法で偵察を行う予定だ?」
トーキョー遺跡へと向かう《ベヒィモス》の中で、フタバがショウへと尋ねる。
「今回もドローンを使って偵察する。ただし、今回の主目的は〈ギガンテス〉の有効射程距離を調べることだ」
ドローンを慎重に接近させ、どの程度近づいたら〈ギガンテス〉が反応するか、そして、〈ギガンテス〉が放つ振動がどれぐらいまで効果があるのか。
その二点が今回の偵察目標である。
「つまり、ドローンが撃墜された地点が、危険な距離ってわけですねー」
「ミサキの言う通りだな。もちろん、有効射程に入っても〈ギガンテス〉が攻撃してこない可能性もある。撃墜地点が最大有効射程と断言はできないだろう」
「そこは振動の強さを観測することから、ある程度は有効射程を推測することが可能と思われます」
今回の偵察任務のために、カワサキ・シェルターからドローンを十機ほど貸与された。
この十機は安価な飛行するだけのドローンであり、撮影機能などはない。単に標的となるために〈ギガンテス〉へと接近させる。
とはいえ、少しでも〈ギガンテス〉の情報を集めるべく、ミサキが手を加えて低価格な低解像度カメラを積み込んだ。
そうして〈ギガンテス〉の反応する範囲や攻撃してくる範囲、有効な射程距離などを、イチカとリンクした撮影可能なドローンで遠距離から観測するのである。
「今回も割合地味な役回りだが、重要な役目でもある。各自、抜かりのないようにな」
「承知いたしました」
「イエス、マスター」
「わっかりましたー!」
◆◆◆
旧新宿区、旧新宿御苑。
現在では「吸血庭園」と呼ばれるそのエリアから、五キロほど離れた廃ビルの屋上で、ショウたち四人は〈ギガンテス〉に対する二回目の偵察を始めた。
そして。
「十機のドローン、全て撃墜されました」
「よし、撃墜時の映像は保存できたか?」
「それは問題なく。《ベヒィモス》に戻り次第、すぐ解析に取り掛かります」
「解析はイチカに任せる。後は、前回同様にカワサキと連絡がつき次第、今回の映像も送っておいてくれ」
「承知しました」
ショウは仲間たちを見回した後、撤退を命じた。
◆◆◆
「〈ギガンテス〉は前回の位置から動いていないようです。そして、攻撃時の映像を解析した結果、〈ギガンテス〉の攻撃方法が、振動を利用したものであると断定しました。攻撃時の振動を計測したところ、〈ギガンテス〉の最大射程距離は約1800メートル、有効射程距離は1500メートルほどと推測されます。1500メートルを越えた辺りから、振動の威力が減衰し始めることを確認しました。また、特定の色に対して反応を見せる、など視覚情報によって行動が変化するということもありませんでした」
今回の偵察で使用した観測用ドローンには、撮影用のカメラの他に空気の振動を感知するセンサーも積んであった。
そのセンサーによって収集したデータを解析したところ、〈ギガンテス〉の最大射程と有効射程が推測されたのである。
更には、今回使用したドローンたちは、それぞれ異なる色彩で塗装されていた。これは〈ギガンテス〉が特定の色などの視覚情報にも反応するかどうかを確かめるためのものだ。
そちらの調査の結果、視覚情報に対しての反応は鈍いという結論に落ち着いている。
「〈ギガンテス〉の射程が推測できたのは大きいな。だが、前回と今回でヤツは移動していないが、本当に移動できないのかは判断が難しい」
「本当に〈ギガンテス〉が移動しない……いや、できないのであれば、ケイゴさんが言うように放置もひとつの選択になり得るね」
カワサキ・シェルター運営本部の会議室。カワサキの首脳陣と前回同様隔離施設からモニター越しに参加しているショウとイチカは、〈ギガンテス〉へ今後どう対処するかを話し合っていた。
「そ、そうだろう? そうだとも! コウスケくんもこう言っていることだし、やはり〈ギガンテス〉は放置でいいのではないかね?」
自身の意見が採用されそうな流れを感じ取り、ケイゴはここぞとばかりに放置案を推し出す。
「確かに、〈ヨコハマ・メトロ〉なんて前例もあることだしなぁ。本当に〈ギガンテス〉が『吸血庭園』から移動しないのであれば、放置もありっちゃありか……」
腕を組んで目を瞑り、うーむと唸りながら考え込むウイリアム。
もしも〈ギガンテス〉を放置するのであれば、トーキョー遺跡で発掘活動をする発掘者たちには、その存在を知らしめた後、極力「吸血庭園」には近づかないように警告をすればいいだろう。
それでもあえて「吸血庭園」に近づくのであれば、それはその発掘者の自己責任だ。
シェルターはあくまでも生きていくための共同体でしかない。
危険を承知で「吸血庭園」へと近づく者がいたとしても、それを止めたりはしないし、逆に責任を負うこともないのだ。
「分かった。本当に〈ギガンテス〉に移動能力がないのであれば、今後はできる限り近づかずに放置してもいいだろう。だが……」
「移動能力の有無だけは、しっかりと確認するべきですね、フィッシャーマン代表」
アカネの言葉に、ウイリアムは深々と頷いた。そして。
「ショウ」
「分かっている。最後にもう一度確認に行ってくる。〈ギガンテス〉が本当に移動できないかどうか、をね」
「任せたぜ、My Son」
と、ウイリアムは真剣な表情で義理の息子を見つめた。




