VS
「Oh Jesus ! Oh Great !」
旧荻窪駅周辺での発掘からカワサキ・シェルターへと無事に戻り、規定の隔離期間が終わった後。
ショウたちが持ち帰った旧式記録媒体であるブルーレイ・ディスクを収めたパッケージを見て、その人物は何とも嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。
「【パンデミック】よりかなり前の時代に公開された、戦隊シリーズの劇場版! 最新シリーズとひとつ前のシリーズが競演するいわゆる『VS』モノ! それよりも前のシリーズの『VS』もある! こ、こんなにたくさんのお宝ディスクが……」
「確か、オヤジは古いブルーレイ・ディスクのプレイヤーを持っていたよな?」
「おう、持っているし、まだまだ稼働するぜ! ヨコハマに配属された最初の休日に、アキハバラの中古屋で偶然見つけて、即購入したからな!」
きらり、と白い歯を輝かせてドヤ顔をするのは、もちろんカワサキ・シェルター代表のウイリアム・フィッシャーマンである。
「もっとも、旧式プレイヤーを大喜びで買ったはいいが、すぐに【パンデミック】が発生しちまってなぁ。ほとんど稼働させることもなく今日まで来ちまったが、まだまだプレイヤーが生きていることは間違いないぜ!」
ちなみに、【パンデミック】が発生し旧米軍が撤退を決めた後、この地に残ることを決意したウイリアムが真っ先に軍の宿舎から持ち出したのが、彼にとっての貴重品が幾つかと、件のプレイヤーと僅かに残っていたブルーレイ・ディスクだったりする。
もちろん、持ち出したディスクの中身は大昔の特撮作品であり、彼は今も時々そのディスクを楽しんでいた。
現在では新しい映画やドラマなどを製作する余裕はどこのシェルターにもない。
というより、役者などの芸能人は極めて限られているし、新しく育成する余裕もほとんどないので、新しい映画やドラマを作ることができないと言った方が正しいだろう。
そのため、古い映画やドラマが記録されている各種記録媒体──さすがにブルーレイよりも新しい記録媒体──は、一部の好事家たちの間では非常に人気が高いのだ。
「なあ、ショウ? 当然、このブルーレイ・ディスクは売ってくれるんだよな?」
「そのつもりだよ。そうじゃなきゃ、オヤジにこの話を持って来たりはしないさ。だけど、これらのディスクはかなりの年代物だろ? 劣化してもう見えないんじゃないのか?」
「ちっちっち、いいか、よく聞けよ、My Son? 確かに大昔のCDやブルーレイなどの記憶媒体は劣化しやすかった。それでも晩期のCDやブルーレイは、新素材の研究や開発でかなり劣化に強くなっていたもンだ。それに、こういうレトロディスクの愛好家ってのはいつの時代にもいるもので、ディープな奴になると自分で劣化防止加工も施したんだ。おそらく、このディスクの前の持ち主も劣化防止処理は施しているだろうさ」
一般的に、ブルーレイ・ディスクの寿命は10年から20年とされている。【パンデミック】が発生した時点ですでに風化した記録媒体であるブルーレイだが、それでも大昔に販売されたブルーレイを大切に保管している愛好家も少なからずいたのだ。
そのような愛好家たちのため、ブルーレイ・ディスクの劣化防止技術も開発されていた。
「それならいいが……しかし、自分から話を持って来ておいてこんなことを言うのもアレだが、買い取りでオヤジを頼ってもいいものか?」
「あー、気にすンなよ、ンな細けーこと。おまえは単に使える伝手を使っているだけだ。そもそも、伝手や人脈ってなぁ立派な『力』であって、別に恥じるモンじゃねぇ。それより……」
にこにことしていたウイリアムが、突然困った表情を浮かべて視線を移動させた。
その先には、床に正座しているユウジとジェボク。そして、彼らに主だった【インビジリアン】の基礎的な知識を伝えているイチカの姿があった。
彼らは今、ウイリアム邸のリビングにて、反省会と勉強会の真っ最中なのである。
「どったの、あいつら?」
ぶっとい親指で正座中の新人たちを差しつつ、ウイリアムはショウに尋ねた。
「二人は先日の発掘でちょっとばかりやらかしてね。それを見かねたイチカ教授が特別講義を行っているんだよ」
「ほーん、そういうことか。そういや、フタバとミサキがガレージで何かやっていたな。あれもこの二人に関係してンのか?」
「そういうこと。発掘中に見つけたスクラップのバイクから、二人のバイクの修理に使えそうな部品を取り外しているんだ」
「へぇ、そりゃおもしろそうじゃねーの。後でオレもちょいと覗いてくっかな」
和やかな雰囲気でまったりと会話する父子。
だが、その傍らで不機嫌そうな顔の人物が一人。
「もー、しょーちゃんってば! 怪我人は少し大人しくしていて! 診察できないでしょ!」
狙撃型【インビジリアン】の攻撃を受けた際の怪我の経過を、アイナは真剣な表情で診察していた。
「幸いにも防具は貫通していなったし骨にも異常はなかったけど、結構ひどい打撲だったんだからね! もうしばらくは安静にしていること!」
「は、承知いたしました、アイナ先生」
「ふざけないでアタシの話はちゃんと聞きなさい!」
アイナはショウの胸──診察のため上半身は裸になっている──をぺちんと叩いた。
「…………やっぱ、ショウ先輩とアイナ先生、仲いいよなぁ」
「…………あれで恋人じゃないってンだからさー。傍目にゃ、恋人同士がいちゃこらしているようにしか見えねぇよなー」
「お二人とも、わたくしの話を聞いていますか?」
ちらちらとショウとアイナの様子を窺っていたジェボクとユウジを、イチカが冷たい目で見下ろした。
「い、いえすまむ! 聞いているであります!」
「余所見してごめんなさいっす!」
正座から土下座へと移行する勢いで、二人の新人たちは頭を下げる。
「ショウ様とアイナ様が仲良くすることは喜ばしいことではないですか。お二人の仲が深まれば深まるほど、わたくしの野望成就が近づくのですから」
ショウとアイナの間に生まれた子供を育てる。それがイチカの抱く野望である。
ぶっちゃけ、ショウの相手は誰でもいい──無論、ショウを不幸にするような女性は論外──のだが、現状ではアイナが最もショウの子を生む可能性が高いとイチカは考えていた。
「お二人の邪魔はしたら……分かっていますね?」
自分たちに向けられる視線の温度が更に低下したことを感じた新人たちは、無言で何度も頷くのだった。
◆◆◆
まだまだ講義が続くイチカと新人たちをそのままにして、ショウとアイナ、そしてウイリアムは自宅一階のガレージへと移動した。
そこでは、フタバとミサキが二台のバイクを相手に忙しそうに作業している。
一台は先日の発掘で見つけたジャンクバイク。もう一台は、ユウジたちが利用している側車つきのバイクである。
酷使して動かなくなったユウジたちのバイクを、ミサキたちは拾ってきたジャンクバイクのパーツを利用して修理しているのだ。
「直りそうか?」
近づいて声をかけてきたショウに、フタバとミサキが微笑む。
「正直、難しいですねー。ユウジさんたちのバイクは水素エンジンですけど、拾ってきた方は電気モーターで駆動方式が違いますし。もちろん、流用できるパーツもありますけど、そうはいかないパーツも多くて」
「いっそ、あいつらのバイクを電動に変えちまったらどうよ?」
作業するミサキの手元を覗き込みながら、ウイリアムが問う。
「確かにそれも一つの手ですけど、電動は荒野じゃパワー不足になりがちですし……ユウジさんとジェボクさんがそれでもいいって言うのであれば、電動に換装しますけど……」
どうします? という問いを込めた視線をショウへと向けるミサキ。
「判断するのはもちろんあの二人だが、できれば水素のままの方が望ましいな。荒野で電動だとさすがに厳しいだろう」
「だったら、足りないパーツをどこかで調達するしかないですね」
「幸い、今回の発掘で多少なりとも稼ぎを出せたんだ。安いパーツを見繕えば、何とかなるんじゃないか?」
ミサキとフタバのその言葉に、ショウは少し考える。
先日のユウジたちを同行させた発掘の稼ぎは、ショウたちとユウジたちで平等に折半するという約束になっている。
当初、ユウジとジェボクは発掘品の取り分はショウが好きに決めていいと言っていた。それが彼に同行する条件だからと彼らが言い出したのだ。
それでも、やはり儲けは折半するべきだろうというショウの意見を聞き入れ、ジェボクたちもその条件で納得したのだ。
彼らとしても、折半という条件に文句はないのだから。
「なあ、ショウ。一度、『スルガ屋』へ行ってみたらどうだ? あそこなら廃車から取れるパーツもあるだろう」
「『スルガ屋』か……確かに、あそこなら必要なパーツを格安で売ってくれそうだな」
「スルガ屋」──正式名称は「スルガ・ワークス」だが、常連からは「スルガ屋」と呼ばれるいわゆる「ジャンク屋」である。
ショウが以前に使っていたトラックも、この「スルガ屋」から格安で購入した車両だ。
というのも、「スルガ屋」の店主であるスルガ・コウジロウとウイリアムが旧知の仲であり、その伝手を通して中古だが程度のいいトラックを都合してもらったのである。
「『スルガ屋』へ行くなら、こいつを持っていけ」
と、ウイリアムがショウに向かって放り投げたのは、先ほど彼が買い取ったばかりのブルーレイ・ディスクである。
「コウジロウのヤツも、オレと同じトクサツ・フリークだからな! そのディスクを持っていけば、かなり安くパーツを売ってくれると思うぜ?」
にやりと笑う養父に、ショウは感謝の言葉を告げた。
「となると、問題なのは……」
ショウは自宅の二階……リビングがある辺りへと視線を向けて誰に告げるでもなく呟いた。
「……イチカ教授の特別講義が、いつ終わるかだな……」




