空中機雷
「これか?」
ショウは目の前にあるモノを見た後、傍にいるフタバに尋ねた。
「ああ。これなら出発前にマスターが言っていた物に十分だと思うが?」
「確かにそうだが……これは本当に動くのか?」
ショウとフタバが見つめている物。それは半壊したバイクだった。
電動モーターを動力とした中型バイクで、おそらくは町中で使うことを想定して設計されたバイクなのだろう。
ぱっと見ただけでフレームが曲がっていることが分かる、立派なジャンクバイク。当然、このままでは動くわけがない。
「だが、パーツ取り用と思えば使えるかもしれないだろう?」
「そういうことか」
「あとはこれを持ち帰り、ミサキにあいつらのバイクを修理させればいい」
ショウは改めて周囲を見回す。
ここはおそらく、個人経営の自動車修理工場か何かだったのだろう。ガレージと思しき建物の屋根は崩れ落ち、その屋根を支えていた鉄骨や建材がガレージの中に散乱している。
屋根が崩れた際、下にあったこのバイクも落ちた鉄骨や建材の下敷きになったのだろう。積み上がった建材などがカモフラージュとなり、今日まで残されていたと思われる。
もしくは、発見はされたのだが、崩れた鉄骨や建材を移動させる手段がなかったため、そのまま放置されていたのかもしれない。
もちろんそれらの鉄骨や建材は、フタバがその膂力を活かして既に移動済みなのは言うまでもない。
「バイクを運ぶのはあいつら自身にも手伝わせるか。イチカ、ミサキにユウジたちを連れてこっちに来るよう伝えて──」
と、ショウがそこまで告げた時。彼の傍にいたイチカが、緊迫した様子で告げた。
「緊急事態です。何かが空中を漂いながら近づいてきます。おそらく〈ボマー〉ではないかと」
◆◆◆
ショウに言われたように、ブルーレイのディスクが入った段ボール箱を店の外へと運び出したユウジとジェボクは、わくわくとした表情を隠すことなく話し合っていた。
「なあなあ、ユウジ。この古ぼけたディスク、いくらになると思う?」
「俺では見当もつかねぇよ。でも、ショウ先輩が買ってくれそうな人に心当たりがあるそうだから、それなりに期待していいんじゃね?」
「だよな、だよな! ねえねえ、ミサキたんはどう思う?」
「うーん……ボクにはちょーっと分からないですねぇ。でも、ご主人様が言っていたのはきっとあの人だろうし、結構高く買ってくれると思いますよー?」
ミサキは段ボールからディスクが収められたパッケージを一つ取り出して眺める。
色褪せ、古ぼけてはいるが、数人の人間が色とりどりのコスチュームを纏い、躍動感あふれるポーズで収まっている写真が見て取れた。
このディスクには何の映像が記録されているのか、とミサキが更によくパッケージを見ようとした時。
イチカから、《ジョカ》同士のリンク回線を用いた緊急連絡がミサキの頭の中に響く。
「ユウジさん、ジェボクさん! 〈ボマー〉がこちらへ近づいているって姉様から連絡がありました!」
だが、ミサキが発した警告はちょっと遅かった。なぜなら、ジェボクとユウジはそれを既に見つけていた。
いや、見つけてしまっていたのだ。
◇◇◇
それは、ミサキがイチカからの緊急連絡を受ける少し前。ミサキがブルーレイ・ディスクのパケージを見つめていた時。
たまたま、ユウジの視界の隅にそれは映り込んだ。
「あれ、何だ? 何かが浮かんでいるぞ?」
ユウジの視線を追ったジェボクも空へと目を向ければ、そこには確かに何かが浮かんでいた。
「ジェボクはあれ、何だと思う?」
「さあ? 何か知らんけど、撃ってみればいいンじゃね?」
ユウジの問いに答えたジェボクが、SMGの銃口を謎の浮遊体へと向けた。
「だ、駄目です! それを撃ったら──っ!!」
イチカから緊急連絡を受けたミサキが、慌てて制止しようとするも間に合わず。
ジェボクが構えたSMGの銃口から数発の弾丸が飛び出し、ゆらゆらと空に浮かんでいたソレへと吸い込まれていく。
そして。
銃弾を浴びた謎の浮遊体は、その場で大爆発を起こしたのだった。
◆◆◆
「た、大変です! ジェボクさんとユウジさんが、〈ボマー〉に攻撃を加えちゃいまいた!」
ミサキからの連絡を受けたイチカは、すぐにそれをショウへと告げる。
だが、イチカからの連絡を受けるまでもなかった。彼らがいる場所にまで、爆発音は届いていたのだから。
「間に合わなかったか! あいつら、よりにもよって『空中機雷』に攻撃するとは!」
識別名〈ボマー〉。
発掘者たちの間では、「空中機雷」や「風船爆弾」の別名でも呼ばれる【インビジリアン】である。
元々は海に生息するクラゲが【インビジブル】に感染して変異した存在で、体内に可燃性のガスを蓄えているのが特徴である。
体内に蓄えた可燃性ガスによって体が空中へと浮き上がり、風に流されるままに空を漂うだけの【インビジリアン】であり、攻撃性は低いことでも知られている。
【パンデミック】初期には〈ボマー〉の特性は当然ながら広まっていなかったため、ふらふらと空を漂うこの【インビジリアン】に攻撃を加えた結果、大爆発を起こした事件が頻発した。
現在、廃墟と化したトーキョーやヨコハマなどで、ビルなどの建築物が崩れ落ちている原因の大半は、この浮遊性【インビジリアン】が爆発したからである。
以後の交戦データなどから〈ボマー〉の特性が知られてからは、自発的には攻撃をしかけてこないためこちらから攻撃しないことが一番安全だと、発掘者たちの間では知れ渡っている。
だが、発掘者としては駆け出しであるユウジとジェボクは、この浮遊性【インビジリアン】の特性を知らなかったようだ。
「ショウ様。人間の可聴範囲外の音波を感知しました」
「厄介なことになってきたな! イチカ、フタバ、急いでユウジたちの所へ行くぞ! あいつら……帰ったら絶対説教してやる!」
◆◆◆
〈ボマー〉には、爆発と併せてもう一つ厄介な特徴がある。
それは、同種を呼び寄せることだ。
彼らが爆発する際、人間の耳には聞き取れない周波数の音波を発する。その音波が他の〈ボマー〉たちを引き寄せるのだ。
普段は風に流されるままの浮遊性【インビジリアン】も、この音波を聞きつけた時だけは自発的に移動し、音波の発生源へと集まってくる。
過去、一体の〈ボマー〉を倒したことで百体近い同種が集まったという記録があるほどだ。
そして、一定数の〈ボマー〉が集まると、〈ボマー〉同士が触れ合う僅かな刺激でも爆発してしまう。
そのため、〈ボマー〉が集まり出したら、できる限り遠くへ逃げるのが鉄則とされている。もしくは、地下や頑丈な建物の中に逃げ込むか、だ。
ただし、建築物に逃げ込む場合は、爆発でその建造物が倒壊する恐れがあるので、できる限り頑丈な建築物へ逃げ込む必要がある。
「イチカ! この辺りで最も頑丈で安全だと思われる場所はどこだっ!?」
「この近辺で最も頑丈だと思われる場は、旧東京メトロ丸ノ内線、地下鉄荻窪駅かと」
「よし! フタバはミサキたちを地下鉄の駅まで引っ張って来てくれ! 俺とイチカは地下鉄駅へ先行する!」
「イエス、マスター」
ショウたちと並走していたフタバは、一気に加速して離れていく。
人間とアンドロイドである〈ジョカ・シリーズ〉とは、根本的に身体能力に違いがある。
三体の〈ジョカ〉の中で最も身体的な能力が低いのはイチカだが、それでも人間以上のフィジカルを誇るのだ。
文字通り人間離れした走力で、どんどんと離れていくフタバの背中を見送りながら、ショウとイチカは進路を変えて旧地下鉄丸ノ内線・荻窪駅へと向かった。
◆◆◆
「ミサキ! と、その他二人!」
「フタバの姐御!」
「その他って、ひでーっすよ、姐御」
ぞんざいな扱いをされて文句を言うジェボクとユウジ。先ほどの爆発で多少の負傷はしているものの、大した怪我ではないようだ。
「フタバ姉さま! イチカ姉さまから連絡を受けました! ボクたちも旧荻窪駅へ向かいます!」
ユウジたちを先導するように走るミサキは、ディスクの入った段ボールを抱えていた。
段ボール自体はそれほどの重量でもないが、それでもミサキが走る速度は新人二人よりも速い。
「マスターとイチカが先行しているが、地下鉄構内には何が潜んでいるか分からない。十分注意しろ!」
地下鉄などの地下建造物は、【インビジリアン】の「巣穴」になりやすい。
【インビジリアン】は日光を嫌うわけではないが、地下鉄構内やビルの地下室などの閉鎖的な空間に集まる習性でもあるのか、発掘者たちが地下を探索する際に数多くの【インビジリアン】と遭遇することがよくあるのだ。
フタバが先頭を駆け、ユウジとジェボクが続き、ミサキが殿を務める。
そして、旧地下鉄荻窪駅への入り口が見えきた時、ミサキがちらりと背後の空を振り返れば、既に十体以上の〈ボマー〉が集まっていた。
おそらく、連中が連鎖爆発を起こすまであと数分しかないだろう。
既にフタバとジェボクたちは構内へ駈け込んでいる。ミサキも彼らに続いて地下鉄の入口へと飛び込むと同時に、奥から銃声が響いてきた。
「フタバ姉さま!」
「分かっている! 急ぐぞ!」
「え? え? 何が起こっているっすか?」
「こ、これって銃声だよな? ってことは、ショウ先輩が何かと戦っているのか?」
状況を掴み切れていない新人たちは戸惑うが、フタバは彼らを無視して奥へと急ぐ。
「ミサキ、こいつらのことは任せた! 私はマスターの元へ急ぐ!」
「了解です!」
荒れたアスファルトを踏み砕く勢いで、フタバが一気に加速する。
旧地下鉄構内に光源はない。入口付近はまだ明るいが、ちょっと奥へ進むともう真っ暗だ。
そんな闇の中で、続けざまに銃声が響いて火花が散る。ショウとイチカが交戦しているのだろう。
暗闇の中でも、暗視装置が内蔵されているフタバの目にははっきりと見えた。地下鉄のホームへと続く改札ゲートを遮蔽として、その奥へと射撃を行っているショウとイチカの姿が。
改札ゲートの陰からイチカはPDFを、ショウは左肩を負傷しているためか、サブ武器の拳銃を片手で構え、地下鉄駅の奥へと向けて発砲している。
フタバはショウが遮蔽としているゲートの陰へと飛び込み、即座にバトル・ライフルを構えた。
「状況はっ!?」
「〈ゴブリン〉が少数のみだ」
「マスターは肩を怪我しているんだ、無理はするな」
ショウと入れ替わるようにして、フタバが射撃を開始する。
「フタバの言う通りです。ショウ様は無理をなさらず休んでください。すぐにミサキたちも来るでしょう」
二人の言葉に従い、ショウは構えていた拳銃を下ろした。痛み止めで応急処置を施したものの、やはり戦闘となると肩から鈍い痛みが伝わってくる。
しばらくすると、ミサキと共にユウジとジェボクもやって来た。
ミサキはともかく、ユウジとジェボクは暗所では何も見えないため、携帯用のライトで視界を確保している。
「ボクもすぐに援護に入ります!」
「いや、大丈夫だ。もう終わった」
構えていた銃器を下ろしたイチカとフタバがミサキへと振り返る。
「この辺りには〈ゴブリン〉が少数いただけのようです。更に奥へ行けば何がいるか分かりませんが、これ以上奥へ行く必要もないでしょう。それよりも、そろそろ爆発に備えた方がよろしいかと」
「イチカの言う通りだ。ユウジ、ジェボク、柱の傍で姿勢を低くしていろ。もうすぐ──」
と、フタバがそこまで口にした時、ずずん、という重々しい音が響き、同時に震動も伝わってきた。どうやら、集まった〈ボマー〉たちが連鎖爆発を起こしたようだ。
爆発の振動は地下鉄構内にも伝わり、天井の一部が僅かに崩落する。だが、怪我をしたり生き埋めになったりするほどでもない。
「爆発地点が空中だったことと、爆発地点からここまでやや距離があったため、爆発の影響はそれほどでもなかったと推測されます」
「え、えっと……ショウ先輩?」
「一体、何がどうなっているンすか? 俺たちにはさっぱり分からないンすけど……」
ことの成り行きに流されるだけだった新人二人は、まだ状況がよく理解できていないらしい。
「安心しろ。カワサキに帰ったらゆっくりと説明してやる。しかも、床の上に正座という特別待遇でな」
僅かとはいえショウの言葉に含まれる怒気に、新人たちはようやく自分たちが「やらかした」ことに気づいたのだった。




