お宝発見?
「………………はぁ」
「………………はぁ」
「そう気を落とすなって。発掘ではよくあることだ」
苦労してシャッターをこじ開けた──あくまでも新人二人の視点からすれば──後、宝石店と思しき店内へと駆け込んだユウジとジェボク。
薄暗い店内をマグライトで照らし、早速探索を開始する。
彼らの予想では、店内には手付かずの宝石や貴金属、装飾品などがショーケースの中に整然と並べられており、そのきらきらとした輝きを余すところなく自分たちに見せつけてくる──はずだった。
しかし。
しかし、彼らの予想に反し、店内は既に荒らされた後だったのだ。
「…………裏口から誰かが入っていたとかさぁ」
「普通に考えれば、正面が駄目なら裏に回るよなぁ」
「どうして俺たち、そんな簡単なことに気づかなかったのかなぁ」
「そりゃ、俺たちが駆け出しだからじゃね?」
「いや、俺たちが馬鹿だからじゃねーの?」
二人は力なく言葉を交わし、既に何度目かも分からない溜息を吐いた。
床に座り込み、呆然とするユウジとジェボクに苦笑しながら、ショウは改めて店内を見回した。
「どうやらここは、宝石店ではなさそうだな」
「え? そうなんですか?」
「どういうことっすか、パイセン?」
ジェボクとユウジが顔を上げてショウに質問する。
「店の中をよく見てみろ。どう見ても、宝石や貴金属、装飾品を扱っているって雰囲気じゃないだろ?」
そう言われて新人たちが店の中を見回せば、ショウの言っていることがよく分かった。
店の中には確かにショーケースらしき物もあるが、それは宝石などの高額な商品を陳列するための「上品」なものではなく、もっと一般的な物のようだ。
改めて店内をよく見ると、内装のイメージも宝石店とはほど遠く感じる。
「じゃあ、ここって……」
「何の店だったンすかね?」
「それはこれから調べてみれば分かるさ」
◆◆◆
「…………トレーディングカード?」
「なンすか、それ?」
【パンデミック】以前の記憶がほぼない二人は、トレーディングカードという物を知らなかった。
【パンデミック】以後は人口の激減に加え、トレーディングカードを製造する資源があるなら、他に優先して製造しなければならない物が山ほどあり。
結果、【パンデミック】以後はトレーディングカードという物にはほとんど価値はなく、当時を懐かしむ一部の好事家だけが、細々と昔のカードを所有しているぐらいである。
かく言うショウでさえ、トレーディングカードは養父であるウイリアムから聞いて、そういう物が昔はあったと知っているだけで実際に遊んだ経験はないのだが。
「そんなただのカードに、昔は価値があったンすか?」
「らしいな。オヤジの話じゃ、中にはとんでもなく高額な値段がつけられたカードもあったそうだ」
「うわー、信じられねぇ。だって、ただ印刷されただけのカードでしょ? どうしてそんな物に高額な価値がついたんだろ?」
ショウたちには理解できないことであろう。だが、人間という生き物は自分が興味を持った物に対して、惜しみなく大金をつぎ込むというのもまた事実である。
「そういう人たちがいるからこそ、俺たち発掘者の商売が成り立っているという側面があるのは確かだな」
「あー、言われてみればそうかも」
「ところで、パイセンはどうしてここがその何とかカードを扱う店だって分かったンすか?」
「この店の片隅で、イチカがこれを見つけたんだ」
と、ショウが差し出したのは数枚の古ぼけたカード。
何が印刷されていたのかは、既に色褪せてほどんど識別できない。だが、それがかつてトレーディングカードと呼ばれていた物であることは間違いないだろう。
「以前、オヤジが子供の頃に持っていたっていうカードの映像を見せてもらったことがあるが、それによく似ていたんだよ」
「じゃあ、何でこの店の看板には宝石が描かれていたンすか?」
この店の看板に描かれていたのは、斜めになった長方形とその中心に配置された宝石という図案。ぱっと見、宝石店の看板に見えるだろう。
「おそらく、図案で強調したかったのは宝石ではなく、長方形の方だったのではないでしょうか?」
「長方形……? ああ、そういうことか」
それまで黙ってショウたちのやり取りを聞いていたイチカの言葉に、ショウは納得したとばかりに頷いた。
かつてここが、トレーディングカードを扱うカードショップであったのなら。
看板に描かれていた長方形こそがカードを意味していたに違いない。
「じゃあ、宝石には意味がなかったってことっすか?」
「それはどうだろう? もしかすると、『宝石のように貴重なカードを扱っている』という意味だったのかもしれないぞ」
看板の図案が何を意図していたのか、それは当時の店主にしか分からないことだろう。
「どちらにしろ、期待していた物とは全く違う物を発掘するなんて、この商売にはよくあることさ」
ショウのその言葉に、後輩二人は再び力なく肩を落とすのだった。
◆◆◆
その後、ショウたちは改めて店内を捜索した。
その結果、先ほどイチカが見つけた物とよく似た古ぼけたカードが数枚見つかったのみ。当然、印刷は色褪せて何のカードだったのかさえ判別できない。
「はぁ。今回は外れっすかねぇ?」
「そのようだな」
ジェボクの力のない言葉に、ショウも同意する他ない。
だが、発掘とはこういうものでもある。価値のある発掘品を見つける方が少ないのだ。
とはいえ、どうしたものかとショウは考える。
彼らはここ数回の発掘を大成功させているので、今日の発掘が失敗でもそれほど問題ではない。
だが、後輩二人はそうはいかない。
現状、発掘者としての活動資金も尽きかけ、今日の発掘が失敗で終わればこのまま廃業という可能性さえ見えてくる。
もちろん、カワサキ・シェルター内で他の仕事で資金を貯め、改めて発掘者として再始動する、という手段もあるが、できれば少しは彼らに収益を出してやりたい。
過去、自分の面倒を見てくれた先輩たちも、きっとこんな心境だったのだろう、と心の中で苦笑していたショウの耳に、ミサキの声が届いた。
「ご主人様ー! ちょっとこっちに来ていただけませんかー?」
どうやら、何かを見つけたらしい。
今、ミサキとフタバは店舗の奥の住宅スペースを調べている。
ここは店舗と住居が一緒になっているようで、ここの経営者は奥で生活しつつ表の店舗を経営していたのだろう。
ちなみに、かつてここに立ち入った先客たちは、生活スペースに繋がっている裏口から侵入したようだ。
とりあえず、ショウは奥に移動してミサキに声をかけた。
「何か見つけたのか?」
「はい、一応。ただ、これを持って帰っても売れるかどうかボクには判断できなくて……ご主人様に判断していただけたらなーっと」
「一体、何を見つけたんだ? ああ、それからミサキ?」
「はい?」
「そのスカートの奥に隠した特注の拳銃について、後できっちりと説明してもらうからな?」
「あ、え、う、え、えっと…………てへ」
どうやら、先ほどミサキがガン・カタで使用した特別製の拳銃は、ショウに黙って用意していたらしい。
ちなみに、ショウはイチカたちに、発掘で得た収入の一部を分配している。
当初、イチカたちはその金額を受け取ることを拒否したが、彼女たちも建前上は人間として暮らしていく以上、何かと必要な物もあるだろう。
何か必要な物が発生する度、ショウやアイナが買い物に付き合えるとは限らないので、渡した金額は好きなように使っていいと言ってはある。
だが、特注の拳銃を二挺も用意するのは、ミサキに渡してある金額だけだとちょっと厳しいはずだ。
果たして、ミサキはその差分をどうやって埋めたのか。それとも、渡してある金額だけで何とか賄えたのか。
彼女たちの主として、しっかり聞き出しておく必要はあるだろう。
なお、特注の内容──ガン・カタに使用するため、【インビジリアン】の攻撃に対する「盾」としての硬度と耐久性を求めた──に、興味を持った「鍛冶屋の頭領」ことサカキ・ゲンゾウが必要以上に趣味に走った結果、格安でこのカスタムを引き受けてくれた。
だが、それでも僅かに資金が足らず、ミサキはその足りない分をこっそりアイナから借りていたりする。
後にこれを聞いたショウは、アイナに借りた分を返すと共に、あまりミサキを甘やかさないようにときっちり釘を刺したのは言うまでもない。
◆◆◆
「そ、それより、これなんですけど──」
必死に話題転換しようとするミサキは、先ほど見つけた物をショウへと差し出した。
「ん? なンすか、これ?」
「何かのパッケージみたいですね」
ショウと一緒にこちらに来た後輩たちが、彼の手元を覗き込んで首を傾げる。
「これは……ブルーレイのディスクだな」
「ぶるーれい?」
「なンすか、それ?」
「【パンデミック】よりもずっと前に普及していた、記録媒体だよ」
今から60年ほど前──2020年代頃には、ブルーレイという記録媒体が広く普及していた。
だが、新しい代替媒体の進出やサブスクリプション・サービスの普及などの理由により、時代と技術の新陳代謝に飲み込まれて消えて行ったのだ。
発掘者が個人の住宅などを探索した際、極稀に発見されることもあるが、現在ではブルーレイを再生するプレイヤーさえまずないので、ほとんど価値のない発掘品とされている。
ここのかつての住人は、このようなレトロ・アイテムのコレクターだったのかもしれない。
居住スペースの収納奥に仕舞われていた古びた段ボール箱から、ブルーレイのディスクがいくつも発見されたのだ。
「つまり、これは高くは売れないってことっすか、パイセン?」
「そうなるな。せめて、ブルーレイが再生可能なプレイヤーも一緒に発見できていれば、セットでそこそこの値段になるんだが……」
居住スペースの中には、ほとんど物が残されていなかった。ここを訪れた先客が、あらかた持ち去ったのだろう。
ブルーレイは発見できなかったのか、それとも発見したが価値がないと判断して放置したのか。
プレイヤーがなくてディスクだけ残っていることから、先客はブルーレイというものを知らなかったのかもしれない。ブルーレイ・プレイヤーのことは知らなくても、他の家電と合わせて丸ごと持ち去ったのではないだろうか。
段ボール箱に収められたレトロ・ディスクの数は11。これに価値を見出す人物なら、まとめて高額で買い取ってくれるかもしれない。
だが、そんな人物に心当たりは──。
と、ショウがそこまで考えた時、彼の脳裏に一人の人物が浮かび上がった。
「……一人、これを買い取ってくれそうな人物がいた。あの人なら、大喜びでこのディスク全てを買い取ってくれそうだ」
◆◆◆
「ショウ様、よろしいでしょうか」
発見したブルーレイのディスクは全て持ち帰ろうと、ジェボクたちと相談していたショウにイチカが静かに近づいてきた。
「どうした、イチカ」
「店の外を警戒しているフタバが、使えそうな物を見つけました」
「本当か?」
「この店舗の裏手に当たる場所に、ガレージがあるそうです。あまり目立たない印象のガレージなので、以前にこの辺りを訪れた発掘者も見落としたのではないでしょうか」
もちろん、見つけたものの敢えて捨て置いた可能性もありますが、と続けたイチカとミサキを連れ、ショウは裏口から店の外へ出た。
「ユウジとジェボクは、そのディスクを全て店の外へ運び出しておいてくれ。古びた段ボールも、再利用可能な資源だからそっちも運び出せよ?」
「うっす、パイセン!」
「任せてください!」
外へ出たショウたちは、イチカに先導されて少しだけ歩く。そこに、かつては自動車の修理工場だったと思しきガレージがあった。




