オギクボ探索
踊る。
踊る。
踊る。
黒を基調としたメイド服姿の少女と、青白い体色の小柄な異形が、くるくると回るように踊っている。
今もまた、一人と一体の腕と腕が交差し、メイド服の一部が斬り裂かれ、青白く積層化した皮膚の一部が吹き飛んだ。
「はははははは! 楽しくなってきたなぁ、おい!」
【インビジリアン】の鋭い爪を右手の拳銃で弾き上げ、できた隙に左手の拳銃で鉛玉を叩き込む。
銃口より吐き出された.44マグナム弾が、咆哮を上げながら〈狙撃ゴブリン〉の脇腹を抉った。
青白い体液が飛び散り、ひび割れたアスファルトを染め上げる。
「さて、アタイだけいつまでも楽しんでいるわけにもいかなくてなぁ! そろそろ終わりにしようじゃねぇか!」
この〈狙撃ゴブリン〉を倒すのに、あまり時間をかけるわけにもいかない。
主であるショウの怪我も気になるし、もたもたしていると二人の姉もここに駆けつけて来るだろう。
いや、姉の一人はショウの護衛に残るだろうから、来るとすればどちらか一人か。
「てめぇの動きも学習し終わったし、そろそろダンスタイムも終わりだ!」
ミサキは一度大きく後方へ跳び退くと、両方の拳銃のマガジンキャッチを押して空になった弾倉をその場に落下させた。
そして、弾倉の抜けた二挺の拳銃を上へと放り投げる。
緩やかに回転しながら舞い上がる拳銃。その隙に、ミサキはスカートの奥から予備の弾倉を引き抜いた。
放り投げた拳銃が落下してくる。
ゆっくりと回転しながら落下するタイミングを完全に把握し、ミサキは宙に浮いた拳銃の銃把に弾倉を正確に叩き込む。
そのまま空いた掌をスライドさせ、ミサキは再び二挺の拳銃を握りしめた。
ミサキは使用した弾数を正確に把握している。薬室に最後の一発を残したまま弾倉を再装填したので、スライドストッパーを操作する必要もない。
「さあ──幕引きだ」
再装填の済んだ拳銃を手に、前方へと勢いよく駆け出すミサキ。
彼我の距離を再び詰めたところで、左右の銃口が連続して咆哮を上げた。
〈狙撃ゴブリン〉が、襲い来る銃弾の嵐を躱そうとする。だが、既にこの【インビジリアン】の動きを全て学習したミサキは、回避先を埋めるように銃弾を放っていた。
それでも、〈狙撃ゴブリン〉は最大の武器であり、同時に最も硬質な外殻を持つ長くて太い右腕を盾にして、鉛玉の嵐を耐えようとする。
だが、膨大なエネルギーを有した.44マグナム弾たちは、容赦なく【インビジリアン】の外殻を砕いていく。
右腕の外殻が砕かれ、露出した腕の内部構造をも無遠慮に食い荒らしていく.44マグナム弾。
盾とした右腕は瞬く間に破壊され、続く銃弾が〈狙撃ゴブリン〉の小さな体を情け容赦なく蹂躙し始めた。
◆◆◆
どん、という衝撃を後頭部に受け、ミサキの意識が切り替わった。
「あ、あれ? ボク……」
「戻ったか」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはフタバが立っていた。
きょとんとした表情で、周囲を見回すミサキ。
その視線が、地面に倒れて息絶えている〈狙撃ゴブリン〉を捉える。
「あ…………もしかしてボク、またやっちゃいました?」
「そのようだな」
ちろりと舌を出すミサキに、フタバは苦笑する。
「おまえのその癖、マスターには説明してあるな?」
「はい、一応、話してはありますよー」
「なら、いい。それより、マスターの所へ戻るとしよう」
それ以上は何も言わず、踵を返して歩き出すフタバ。
その彼女の横に並びながら、ミサキはちょっと不満そうな顔をする。
「もー、僕にダメージはないかとか、ちょっとは心配してくれてもいいんじゃないですかー?」
そう言って口を尖らせる三女を、次女はふんとばかりに笑い飛ばした。
「おまえが〈ゴブリン〉程度に後れを取るわけがないだろう」
ちらりと妹を見下ろして、フタバはにやりと笑う。
「えへへー。さすがフタバ姉さま、よく分かっていますねー。でも……」
ミサキは自身の姿──戦闘用メイド服を見やってちょっとだけ溜息を吐く。
「ご主人様に折角買ってもらったのに、結構傷つけられちゃいました。この服、お気に入りなのになー」
【インビジリアン】と格闘距離で戦闘を行ったせいで、メイド服のあちこちが斬り裂かれていた。このまま着用できないわけではないが、ミサキのような小柄な少女がそんな服を着ている姿は、ちょっと痛々しい。
「その程度なら、シェルターに戻ってエマに頼めば直してくれるだろう。私なんて、マスターに買ってもらった防具一式を早々に駄目にしたんだぞ。それに比べればマシだ」
どうやら、フタバはショウに買ってもらった防具を全損させたことが結構ショックだったらしく、まだ気にしているようだ。
「確かに、言われてみればそうかも」
ぽん、と手を叩いて納得するミサキ。そんな妹に、姉は再度苦笑を浮かべる。
「マスターの怪我のことも気になるし、急いで戻るとしよう」
「はーい」
◆◆◆
フタバとミサキがショウたちの許へ戻ると、丁度ショウの治療が終わったところだった。
「ご主人様、怪我の具合はいかがですか?」
「俺は大丈夫だ。ミサキこそ、怪我はないか? 狙撃型は……聞くまでもないようだな」
戻った二人の様子から、〈狙撃ゴブリン〉は倒されたとショウは判断した。
「マスター、発掘は続けられそうか?」
「そのつもりだ。一応、痛み止めも注射したから、何とかいけるだろう」
「承知した。だが、カワサキ・シェルターに戻ったら、アイナに診てもらえよ?」
「分かっているよ。だが……アイナにはぶつぶつ言われそうだ」
「それはどうしようもない。覚悟しておくんだな」
苦笑して肩を竦めるフタバに、ショウも覚悟を決めてほほ笑む。
アイナもショウの職業を理解しているので、怪我をするのは諦めている。だが、それでも怪我をする度にぶつぶつと文句を言ってくるのは、彼女の職業上の立場とショウを心配すればこそだろう。
ショウもそれは理解しているので、甘んじて受け入れているのだ。
「さて、改めて周囲を探索しようジェボク、ユウジ、大丈夫だな?」
「もちろんっす、パイセン! ここまで来て、諦めて帰るわけにはいかないっすよ!」
「何か利益が出そうな物を見つけないと、同行させてくれた先輩に申し訳ないですし」
後輩二人はSMGに新しい弾倉を装填し、準備万全で待っていた。
「敵は……【インビジリアン】はあれで終わりじゃない。くれぐれも注意を怠るな」
「いえっさー!」
「了解っす!」
びしっと敬礼するユウジとジェボク。素直な後輩たちに笑みを浮かべながら、ショウは治療のために脱いでいた防弾ジャケットに再び袖を通す。
「この辺りはかつて駅前だけあって、数多くの店舗が並んでいたようだ。荒らされた形跡の少ない店舗を重点的に探索してみよう」
「ミサキは負傷中のショウ様のフォローをお願いね。極力、お傍から離れないように」
「はーい、イチカ姉さまー」
「わたくしとフタバで周囲を警戒。何か異常があったら、まずはフタバが動いて」
「承知した」
これからの方針を決めたショウたちは、潜んでいた建物の中から外へ出る。
旧荻窪駅周辺も、全く手つかずのエリアというわけではなく、ある程度は同業者たちが探索を行った形跡が見受けられる。
だが、まだまだ残されている資源や物資も多いだろう。
最近のショウたちが連続して発掘したレザージャケットや、巨大な【クリスタ】のような「大当たり」の発見は難しいにしても、それなりの価値のある物はまだまだ埋もれている可能性が高い。
そのような発掘品を求めて、ショウたちは改めて探索を開始した。
◆◆◆
「お、おい、ユウジ! こ、ここここ、ここって……」
「お、おう、ジェボク。も、もしかしてここ……宝石屋だったんじゃね!?」
互いに見合わせた顔を輝かせながら、ユウジとジェボクは慌ててショウを呼ぶ。
「ぱ、パイセン! ショウパイセン! 大発見! 大発見っすよ!」
「宝石屋だと思われる店舗を見つけました! 何か価値の高い物が残されているかもしれません!」
二人がいるのは、駅前に並ぶかつての商店街の一角。そこにはカットされた宝石を意匠化した──やや斜めにした縦置きの長方形の中心に、ダイヤモンドと思しき宝石のイラストが描かれている──、古ぼけた看板がぶら下がっていた。
シャッターが下ろされていて店の中は見えないが、看板を信じるならここが宝石や貴金属を扱っていた店の可能性が高い。
しっかりと下りているシャッターを見る限り、店舗内が探索された様子は見られない。となれば、このシャッターの奥には宝石や貴金属が大量に残さているかもしれない。
ユウジとジェボクが心を躍らせるのも無理はないだろう。
そして、二人に呼ばれたショウはというと、その看板を見て首を何やら考え込んでいた。
「イチカ、何かデータはあるか?」
「いえ、店名や看板のロゴマークに該当するデータはありません。何らかのグループ企業や、チェーン展開された店舗ではないようです」
かつては、地球上を覆い尽くしていたと言っても過言ではないインターネット。
そのインターネットも、現在ではほぼ使えない。一部復旧されたり新規に構築されたりして、限定的なシェルター間での情報共有に利用されてはいるものの、かつてのようなほぼ地球規模での情報網の構築は望むべくもない。
また、【パンデミック】以前のような情報通信網を利用した娯楽も、現在ではほぼ途絶えている。これは配信元がほとんど存在していないためだ。
現在の通信網を利用した娯楽は、個人やグループが細々と行っている各種の配信が主流であるが、これもかつてのように再生数や広告表示によって金が稼げるようなシステムが復旧されていないため、本当に個人的な趣味の範囲での配信に留まっている。
「つまり、ここは個人が経営していた店舗の可能性が高いわけか」
期待に顔を輝かせる後輩たちに聞こえないように、ショウとイチカは限定的な無線で会話を行う。
「パイセン! このシャッター、どうにかこじ開けられないっすかねっ!?」
「こんなことなら、小型のバーナーでも持って来れば良かったな」
シャッターに手をかけ、何とか持ち上げようとするジェボクとユウジだが、何かが引っかかっているのか、それとも単にロックされているのか、シャッターは全く動かない。
「フタバ、試してみてくれ」
「イエス、マスター」
新人たちとは違い、ショウは携帯用のバーナーも用意している。だが、ここはバーナーを使うまでもないだろう。
ショウに指示され、フタバがシャッターに手をかける。そして、特に苦労する様子もなく彼女はシャッターを押し上げた。
「す、すっげぇ……」
ジェボクたち二人でも持ち上げられなかったシャッターを、軽々と持ち上げたフタバに二人は目を見開いて驚いた。
「も、もしかして、姐御って筋力系の感染克服者?」
というユウジの質問に、フタバは意味ありげな微笑みのみで応えた。
ショウやウイリアムのように、【インビジブル】に感染してもそれを克服した者は一定数存在する。そんな克服者の中には、人並外れた身体能力を有する者がいることも有名だ。
ユウジやジェボクが、フタバのことをそんな克服者だと勘違いするのも無理はないだろう。
「では改めて、店舗の中の探索をしようじゃないか」
ショウの声に、ユウジとジェボクははっとした表情で我先にと店舗の中へと駆け込んでいった。




