ガン・カタ
遠方より撃ち出された生体弾丸が、ショウの体に着弾する。
撃たれた箇所──左肩を押さえながら、ショウはその場に蹲った。
その彼をカバーするように、イチカとフタバが陣形を組み、ミサキが蹲るショウへと近づいた。
「イチカっ!! 敵はどこだっ!?」
「探知不能! わたくしの索敵範囲外からの遠距離狙撃よ!」
「ち! 射撃型……いや、狙撃型が混じっていたのか!」
素早く情報のやり取りをするイチカとフタバ。
その間に、ミサキは負傷したショウをユウジたちに任せて後方へと下がらせる。
「ご主人様っ!! ご無事ですかっ!?」
「あ、ああ……何とかな……」
地面に手をついたまま、苦し気な声でショウは答える。
「ユウジさん! ジェボクさん! ご主人様をどこか遮蔽物の陰に運んでください!」
「う、わ、分かったっす!」
「ま、任せてください!」
射撃型【インビジリアン】の中でも、超遠距離からの攻撃を得意とするタイプを狙撃型と呼ぶ。
その最大射程は【インビジリアン】の種類や個体差でまちまちだが、過去には3000m以上の射程を有する個体も存在した記録が残されている。
もっとも、そんな個体は大型の特殊な個体であり、人間サイズの【インビジリアン】であれば、1000mが最大有効射程だろう。
イチカの各センサーの有効距離は、彼女を中心とした半径500m──大気の状態など環境条件で左右されるが──ほど。今回の狙撃型は、それ以上の射程を有していることになる。
「私たちがこの場に来た時、〈ゴブリン〉は四体だけだったぞ」
「だけど、ユウジさんたちは五体確認していたっぽいですね」
「おそらく、フタバたちの接近にいち早く気づき、この場から離れたのでしょう」
「無駄に知恵の回るヤツだったという──っ!!」
フタバは言葉を途中で止め、その場に伏せた。そして、その彼女の頭上を何かが高速で通過していく。
イチカの動体センサーとリンクされており、なおかつ人間以上の反射速度を有するフタバだからこそ今の遠距離狙撃を回避できたが、《ジョカ》以外では今の狙撃も致命的であっただろう。
「攻撃してきた方角は?」
「東北東、距離は不明」
「まずは攻撃方向の死角となる遮蔽へ逃げ込むぞ。ミサキ!」
「合点です!」
フタバの声に応え、ミサキは低い姿勢のまま走り出した。
◆◆◆
「大丈夫っすか、パイセン?」
負傷したショウに肩を貸し、ジェボクとユウジは手近にあった建物の中へと転がり込んだ。
「ああ、何とか大丈夫だ。撃たれはしたが、防具を貫通するまでじゃない」
撃たれた左肩を押さえながら、ショウは無理矢理笑みを浮かべた。
確かに敵の生体弾丸は防具を貫通するには至らなかったが、それでもショウの体が受けた打撃は大きい。
試しに左腕を動かしてみれば、少し動かしただけで激しい痛みが走る。骨折まではしていないようだが、ヒビぐらいは入っているかもしれない。
「……〈ゴブリン〉は確かに五体いたんだな?」
「そうっす。でも……」
「戦うことに必死で、一体がいなくなっていたなんて気づかずに……」
まだまだ駆け出しと言ってもいいユウジとジェボクである。迎撃することばかりに意識が向き、いつの間にか一体が戦場から離脱していたことに気づかなくとも無理はない。
イチカのように索敵に特化した特別な存在ならともかく、それなりに経験を積んだ傭兵や発掘者でも、戦闘中に敵の正確な数を把握することは難しいだろう。
「そう気にするな。生きてさえいれば、挽回の機会はあるものさ」
落ち込む二人にそう声をかけるショウ。
後輩たちを気にかける一方で、彼の意識は外での戦闘にも向けられていた。
「イチカ、そっちの様子はどうだ?」
「こちらに被害はありませんが……ショウ様の方は?」
無線を使い、外で戦闘中のイチカたちの様子を確認する。
「俺なら大丈夫だ。防具を貫通するほどじゃなかった」
ショウはイチカから外の情報を得た。現在、遮蔽に隠れて様子を見ていること、敵がイチカの索敵範囲の外側から狙撃してくること、そして。
「現在、ミサキが敵へと接近中です。敵は動かずに狙撃してくるようで、既にミサキは敵の位置を把握しております」
「ミサキだけで大丈夫なのか?」
「はい。接敵さえしてしまえば……格闘距離におけるミサキを倒すのは、フタバでも難しいですから」
◆◆◆
──見つけた!
ミサキは低い姿勢を維持したまま、声に出すことなく心の中で叫んだ。
半ばで折れたビルの三階部分。屋根もなく露天状態のそこに、青白い体色の小柄な人影がいた。
外見的な特徴は確かに〈ゴブリン〉だ。だが、その右腕だけが異様に太くて長い。そして、掌部分に存在する「銃口」。
「敵、狙撃型の存在を確認。これより接敵、討伐します」
声に出すことなく、ミサキは互いのリンクを用いてイチカに報告する。
その狙撃型は狙撃地点を動くことなく、遮蔽に隠れたイチカたちを何度も攻撃していた。
おかげで、その狙撃地点は早々に判明し、ミサキは足音を立てることもなく接近できたのだ。
どうやら、狙撃型【インビジリアン】はミサキが近づいていることに気づいていないようだ。
【インビジリアン】、特に脅威度の低い個体は知性も低い傾向にある。しかし、目の前の個体は、いつのまにか戦線から離脱して遠距離より攻撃するだけの知恵はあるらしい。
しかし今、その狙撃型はイチカたちを狙うのに集中している。そのため、音もなく近づくミサキに気づくのが遅れたのだろう。
射撃型や狙撃型が使う生体弾丸とは、文字通り彼らの体の一部を弾丸として撃ち出している。つまり、自身の皮膚や歯、骨などを体内で弾丸へと加工し、それを利用しているのだ。
文字通り身を削りながら攻撃しているわけであり、余程の大型個体でもない限り、ライフルやSMGのように連射はできない。
実際この狙撃型も、狙撃のインターバルは結構長い。もしもこれが人間の狙撃手なら、初撃が失敗した時点で逃げ出していただろう。狙撃地点が割り出された狙撃手など、早々に包囲されて手酷い反撃を受けるだけなのだから。
しかし、遠方から攻撃するだけの知恵はあっても、失敗した時点で逃走するまでには至らないらしいこの狙撃型【インビジリアン】は、同じ地点から何度も狙撃を繰り返していた。
「さて、さっさと片付けてご主人様の所に戻りましょうか」
走りながら、ミサキはちろりと舌で唇を舐める。
同時に。
彼女の中でかちりとスイッチが入ったかのように、何かが入れ替わった。
◆◆◆
「おおおおおおおおおおりゃああああああああああああっ!!」
気合一閃。
至近距離まで近づいたミサキは、狙撃型【インビジリアン】に回し蹴りを叩き込む。
この時になってようやくミサキの接近に気づいた狙撃型は、その蹴りを回避することなくまともに受け、ビルから叩き落された。
「アタイのご主人様を傷つけた報いだ! ざまぁみさらせ!」
ビルの瓦礫に片足をかけ、右手の中指を突き立てて。
ミサキは地面に落下した狙撃型に向けて、にぃぃと笑いかけた。
「腐っても【インビジリアン】が、これっぐれぇでくたばるわけねぇよなぁ?」
狂気じみた笑みを浮かべたまま、ミサキは戦闘用メイド服のスカートをふわりとはためかせ、その下の太ももに装備していたホルスターから二挺のオート拳銃を引き抜いた。
小柄な彼女に比べると、そのオート拳銃はかなり大きい。
「さぁて、ちょっくらアタイと踊ってもらおうか!」
狙撃型【インビジリアン】が立ち上がったのを確認し、ミサキはそこから飛び降りた。
そして、落下しながら両手に構えた拳銃を眼下の敵に向かって撃ち放つ。
どん、どん、どん、という重々しい音が数度響くが、地面を抉るだけに終わる。
落下してくるミサキを確認した狙撃型が、その場から大きく飛び退いて銃撃を回避したのだ。
そして、左右に激しくステップを踏みながらも、落下するミサキへと向けて右腕の掌を向ける。
ぎりりりりりぃぃという異音と共に、掌の「銃口」から生体弾丸が撃ち出された。
着地直前という、ミサキにとって最悪のタイミングを狙った狙撃。普通であれば回避など絶対に無理な体勢であり、それはたとえアンドロイドのミサキといえども例外ではない。
だから。
だから、ミサキは回避をしなかった。
その代わりに、彼女が選択したのは手にした拳銃を「盾」にすること。
生体弾丸が拳銃のスライド部分に命中し、甲高い金属音を奏でる。
「ざぁんねぇんでぇしぃたぁっ!!」
狂気じみた笑みを浮かべたまま、着地したミサキが即座に跳ねる。その方向は、狙撃型がいる方だ。
「この拳銃……〈聖なる首刎刀〉は『鍛冶屋の頭領』に造ってもらった特注品でなぁ! フレームとスライドをめっちゃ硬ってぇ合金であしらえてあんのさぁ!」
彼我の距離がほぼゼロになるまで近づき、ミサキの笑みが更に深くなる。
だが、狙撃型も黙ってはいない。狙撃に適した能力を有してはいるが、近接戦闘ができないわけではない。その体には爪も牙も備えているのだ。
狙撃型の太く長い右腕が、接近するミサキへと伸びる。その指先には鋭い爪。
揃えられた数本の爪が、鋭利な剣となってミサキを貫かんと高速で迫る。
だが、その爪を再び彼女の拳銃が弾く。
左手の拳銃で狙撃型の攻撃を弾き、残る拳銃の銃口が狙撃型へと向けられた。
「さあさあさあさあ! 踊ろうぜぇ!」
ミサキの右の拳銃が数度咆哮する。
今、彼女が使用している拳銃〈聖なる首刎刀〉は、.44マグナム弾を撃ち出すいわゆる「マグナム・オート」である。
ウイリアムのような屈強な体格をした人物ならともかく、ミサキのように小柄な少女が片手で撃てるようなシロモノではない。
だが、フタバには及ばないものの高出力の人工筋肉を搭載したミサキは、この怪物的な拳銃を片手でも十分扱える。
肉薄するほどの至近距離から放たれた、数発の.44マグナム弾。普通の人間なら──いや、たとえ【インビジリアン】でも回避は不可能だろう。
しかし、この狙撃型はあくまでも〈ゴブリン〉だ。〈ゴブリン〉は【インビジリアン】の中で最も小柄で非力だが、その反面反射速度に優れるという特性を持つ。
今も至近距離から放たれた弾丸を、〈狙撃ゴブリン〉は身を捩って躱してみせた。
「は! 楽しくなってきやがったぜぇっ!!」
〈狙撃ゴブリン〉が振るう爪を片方の拳銃で防ぎ、その隙にもう片方で射撃する。
ミサキと〈狙撃ゴブリン〉は、まさに踊るように何度もその立ち位置を変え、攻撃と防御を繰り返す。
至近距離における、拳銃を用いた格闘術。それはかつて、とある映画を切っ掛けにして脚光を浴びた戦闘技術。本来なら実用性など皆無であり、あくまでも映画という創作の中だけに存在した架空の格闘術のはずだった。
だが、ミサキはそれを実現させた。いや、正確にはミサキを造り出した創造主が架空の格闘術を再現させた、というのが正しいだろう。
銃と近接格闘を組み合わせた、その格闘術。
拳銃と格闘──銃と格闘の型を合わせたことから、「ガン・カタ」と呼ばれる、ある意味で幻の戦闘技術。
それこそが、《ジョカ》の中でも特に敏捷性と速度に優れるミサキが、最も得意とする戦闘スタイルであった。




