改めて発掘へ
「ボクの趣味でーす!」
なぜ、ミサキがショウを「ご主人様」と呼ぶのか。その疑問にミサキはそう答えた。
それを聞いたジェボクとユウジは、調子に乗って自分たちのことも「ご主人様」と呼んで欲しいとミサキに頼んだら。
「え? 嫌ですけど?」
と、きっぱり断られてその場で崩れ落ちた。
そして、そんなことがあった数日後。
「おおおおおおおおっ!! す、すっげぇぇぇぇぇぇっ!!」
「さすがショウパイセン! 噂には聞いていたっすけど、こんなすげー装甲車を発掘したとか……さすがっす!」
《ベヒィモス》を前にしたユウジとジェボクが、とても分かりやすく興奮していた。
「ショウ先輩、本当に今回の燃料費、俺たちは負担しなくてもいいんですか?」
「これだけの装甲車だと、燃料費もかなり高いじゃないンすか?」
今回の合同発掘において、ショウたちは《ベヒィモス》一台で出かけることになる。
複数の発掘者チームが合同で発掘に行く場合、チームごとに車両を使うか、大き目の車両を有するチームがあれば、その一台を使用して燃料費をチームで分担するのが普通である。
だが今回、ショウはユウジたちから燃料費を受け取らないことにした。
理由はもちろん、ユウジたちの逼迫した経済状況のためだ。
「今回は気にしなくていいと言っただろ。だが、今まで遺跡までの移動はどうしていたんだ?」
「俺たち、廃車寸前のおんぼろバイクに側車を付けて使っていたンすけど……」
「とうとう、そのバイクも動かなくなっちゃって。修理するだけの金もないし……」
新人の発掘者にはよくあることである。発掘者になったばかりの者は、当然活動資金も少ない。ごく一部には、様々な理由から潤沢な資金で発掘者を始める者もいるが、ほとんどの新人発掘者は移動用の車両を手配できないことさえあるのだ。
そんな新人たち向けに廃車寸前の車両を安く売る業者や、格安でレンタルできるサービスもある。
「以前、トラックをレンタルしたことがあるンすけど、返却が遅れたらすっげえ延滞金を取られたことがあって……」
「ああ、レンタル業者は借りるだけなら格安だが、その反面返却遅延には厳しいからな」
新人向けの格安レンタル業者とはいえ、彼らも商売をしている以上、赤字になるようなことは絶対にしない。
レンタル料自体は格安でも、遅延金にはかなり厳しいのが新人向けレンタル業者なのである。
仮に荒野で事故や襲撃などでレンタルした車両が返せなくなった場合も、厳しい違約金が請求される。車両が破損した場合は、その修理費が請求されるのは言うまでもない。
これらの条件を承知した上で、新人たちは車両を借りて発掘に挑むのだ。
「俺の場合はオヤジの伝手があったから、中古だけどそれなりのトラックを手に入れられたんだよな」
義父であるウイリアムは、シェルターの代表をしているだけあって顔が広く信用もされている。
その伝手を利用して、ショウは発掘者として活動し始めた時から、そこそこのトラックを手に入れることができた。そういう面では、彼は恵まれていたと言えるだろう。
「うう、やっぱショウパイセンは羨ましいっすね……」
「親父さんの伝手とかもそうだけど、チームを組む相手が常に美女ばかりだし、どんだけ前世で徳を積んだのか……」
ユウジはちらりとイチカたちを見る。
それぞれタイプの違う美女美少女が集う光景は、年若い彼には相当眩しく見えた。
「キャロル先輩とかアイナ先生とか、以前から美人と縁があるし……羨まし過ぎる……っ!!」
「そういや、キャロルパイセンとはどうなったンすか? 噂じゃいろいろ言われているけど……」
以前よりショウと交流のあったユウジたちは、当然キャロラインとも面識がある。
最近の同業者たちの間では、「ショウがイチカたち三人を新たに愛人にしたため、キャロラインがショウを刺してどこかへ逃亡した」という説が有力視されているが、二人をよく知るユウジとジェボクにしてみれば、そんな噂を信じてなどいない。
だが、実際にキャロラインはカワサキ・シェルターから姿を消し、ショウの周りには新たにイチカたちがいる。
ジェボクたちも、やはり気にはなるのだ。
「そこまでにしておけ」
そんなジェボクたちの質問を遮ったのはフタバだった。
「人には事情ってものがある。あまり他人の事情に首を突っ込むな」
「う、うっす! 承知っす、フタバの姉御!」
「す、すんません、姉御!」
長身で妙に迫力があるからか、初対面の時からなぜかフタバのことを「姉御」と呼ぶジェボクとユウジ。
フタバもそう呼ばれることが気に入ったようで、二人には好きなように呼ばせている。
おそらく、姉御呼びがカッコいいと思っているのだろう。
◆◆◆
「なあなあ、ユウジ。イチカさんたちって、噂通り本当にパイセンの恋人や愛人だと思うか?」
「うーん……どうかなぁ? 姉御やミサキちゃんは、先輩のことを『マスター』とか『ご主人様』とか呼んでいるけど……恋人とか愛人とかって感じじゃない気がするなぁ」
出発の準備をする傍ら、ジェボクとユウジは小声でこそこそとそんなことを話していた。
彼らから見ても、イチカたち三人とショウは、単なる発掘者仲間には見えない。それ以上の「何か」があるのは間違いないだろう。
「もしも、イチカさんたちが本当にパイセンの恋人とか愛人とかだったら……」
「だったら?」
「アイナ先生…………狙えたりするんじゃね?」
「ばっか! ばっかじゃねえの、おまえ! アイナ先生がショウ先輩ことどう見ているか、まる分かりだろ? 絶対、おまえじゃ無理無理の無理だっての! それに、さっきはミサキさんのこと気に入ったみたいだったじゃね? そっちはどうすんだよ?」
「それはそれ、これはこれ、だろ? 俺たちのような非モテ男は、可能性があれば全てに飛びつくぐらいじゃないと!」
「非モテの可能性うんぬんには同意するが……だけど、あのアイナ先生だぜ? あの人がショウ先輩以外の男に興味を示すわけがねーだろ?」
「分かンねーだろ、そんなこと! パイセンに新しい恋人ができて、傷心のアイナ先生を慰めるとかして……するるっとアイナ先生の心に忍び込めたりするかもしれねーじゃン?」
「そんなこと無理……いや、案外アリなのか……?」
「いいえ、そんなことはあり得ません」
突然背後から聞こえてきた声に、二人は飛び上がらんばかりに驚く。
「い、いいいいい、イチカさん……っ!?」
「い、いつからそこに……いや、どこから聞いていたっすかっ!?」
驚いて目を見開く二人を前に、イチカは優しく微笑む。
「アイナ様は、現時点でショウ様のお子を生む可能性が最も高い女性なのです」
「は? ええっと? ……え?」
「な、何の話っすか?」
イチカが話し始めた内容が、現状から離れすぎてすぐには理解できない二人。
そして、イチカはそんな二人を前に、優しい笑みを絶やすことなく続ける。
「ショウ様のお子……なんて素晴らしい……っ!! ショウ様のお子を抱く自分の姿を記憶領域に自動生成するだけでもう……っ!! もしもショウ様とアイナ様の間にお子が生まれれば、わたくしも当然育児に協力して…………ふふふふ」
どこまで優しい微笑み。なのに、なぜか恐怖を感じて言葉も出ないユウジとジェボク。
「現在、ショウ様のお子を生む可能性が最も高いアイナ様を、わたくしは守護優先順位第五位と設定しました。何人たりとも、アイナ様に手出しをすることは許しません。分かりますね?」
「い、いいいいいいえすまむ!」
「は、はははは、じょ、冗談っす! アイナ先生を狙うとか単なる冗談っすから!」
「よろしい」
始終優し気な笑顔を絶やすことはなかった、イチカ。だが、ユウジとジェボクは、フタバ以上にイチカには絶対逆らわないと心に刻み込んだのだった。
◆◆◆
ショウたちとユウジ、ジェボクを乗せた《ベヒィモス》は、旧都道府県道45号から同じく311号に入って更に北上し、旧世田谷区から旧杉並区へと入っていく。
「ご主人様、今日の目的地はオギクボ・エリアでいいんですよね?」
「ああ、今日の目的地はオギクボ・エリアだ。以前は車両ではそこまで行けなかったが、《ベヒィモス》なら行けそうだからな」
多摩川を越えた旧世田谷区外周部の辺りまでなら、普通の車両でも進入できる。
だが、それよりも奥のエリアになると、周囲の建物から崩れ落ちた瓦礫や、放棄されて朽ち果てた車両などがあちこちに点在するため、車両での通行が難しくなる。
特に旧世田谷区は、かつて【インビジリアン】との大規模な戦闘があった区域である。大型【インビジリアン】を討伐するために、ロケット・ランチャーなどの大型兵器が使用されたこともあり、道路に転がる瓦礫が半端なく多い。
「オギクボはかつて、住宅街として賑わったエリアですね。井伏鱒二や太宰治などの著名人が住んでいたという記録も残されています」
2020年代中盤には14000世帯25000人の人口を数え、区域内に公園や商店街などが数多く点在していたこともあって、住みやすさと利便性に優れた住宅エリアだった。
公共交通機関もJR中央線、東京メトロ丸の内線などが走り、青梅街道や環八通りなどの主要道路もあり、交通の便も優れていた。
「具体的な目的地は旧荻窪駅。周辺にはいくつもの店舗や施設が集まっていたそうだ」
「パイセン、パイセン! パイセンはオギクボに行ったことがあるンすか?」
《ベヒィモス》の後部シートに腰を下ろしていたジェボクが、車長席のショウに尋ねる。
最初こそ興奮して《ベヒィモス》内のあちこちを見てはしゃいでいたジェボクとユウジも既に飽きたのか大人しく後部シートに座っていた。
「スギナミ・エリアって、それなりにトーキョー遺跡の奥じゃなかったです? 先輩はそんな所まで行けるんですか?」
まだまだ駆け出しのジェボクとユウジは、トーキョー遺跡の外周部までしか足を踏み入れたことがない。
これまでバイクぐらいしか使えなかったこともあり、仮に大きな発掘品を見つけても運べなかったのだ。
そのため、二人はトーキョー遺跡の外周部に取りこぼされていた、細々とした発掘品を集めることしかできなかったのである。
「いや、俺もオギクボまで行くのは初めてさ。これまで使っていた車両では、あんな場所までは入り込めなかったからな」
通常の車両では入り込めない場所でも、小回りの利く《ベヒィモス》は目的地を目指して──時にはフタバが〈粉砕くん〉で道を塞ぐ障害物を物理的に排除しながら──進んでいく。
やがて、目的地である旧荻窪駅の近くまで到達した。これ以上は、さすがの《ベヒィモス》でも進めそうもない。
「よし、この周辺から探索するぞ。どこにどんな敵が潜んでいるか分からないから、警戒は密にな」
「了解っす!」
「了解です!」
びしっと敬礼しつつ答えるジェボクとユウジ。
「あと、出発前にも言ったが、《ベヒィモス》に連結しているユニットには絶対入るなよ? あそこはイチカたち女性陣の生活スペースだ」
《ベヒィモス》が牽引している整備ユニットについて、ショウは後輩たちに「女性が荒野で生活するためのユニット」と説明してある。
確かに、《ベヒィモス》に連結した整備ユニットには野外で生活するためのシャワーやトイレなどの設備があるが、同時に《ジョカ》用のメンテナンス・カプセルも存在するので、二人には絶対に入るなと厳命しておいた。
実際、シェルター外の環境は、女性には特に厳しい。トイレや着替えなどのスペースが確保できないなどざらであり、それが女性発掘者の数が少ない最大の原因となっている。
それを知っているからこそ、ジェボクとユウジもショウの言葉をすんなりと受け入れていた。
「まずは三組に分かれて周辺を簡単に捜索だ。その後、目ぼしい建物や住宅が見つかれば、全員でそこを調べよう」
体調不良につき、来週の更新はお休み。
次回は7月21日(月)に更新します。




