後輩たち
「よくぞ、戻った我らが同胞よ」
どことも知れない薄暗い空間。
広さだけはあるのだが、なぜか非常に息苦しさを感じるその空間に、二人の人間がいた。
一人は男性。
煌びやかな法衣のような衣服を纏い、頭髪の薄い頭部にはこれでもかと装飾の施された司祭帽。
首から下げているのは聖印だろうか。黄金製と思しきその聖印は、四つの逆正三角形でひとつの逆正三角形を作り、下と左右の逆正三角形の中に目をあしらったデザインが施されている。
小柄でひょろりとした体形と、ぎょろりとした大きな目は、威厳という言葉からは真逆の印象を受ける。人種はモンゴリアンだろうか。
「ただ今、戻りました教主猊下」
法衣を纏った男性にそう告げたのは、20代の金髪の女性だ。
誰が見ても美人と評するであろう美貌の持ち主で、その身に纏うはトーガのような薄衣の服。どのような素材で織られたのかは不明だが、女性のボディラインは明らかに透けて見えている。
だが、女性はそのことを気にする様子もなく、男性の前に片膝をついて頭を下げていた。
「うむ。長きに亘る任務、大儀であった」
「ありがとうございます」
頭を上げることなく、女性は教主と呼ばれた男性に応える。
「して、《ジョカ》に関する研究資料を見つけたと聞いたが?」
「はい。リー・ハオ博士が遺したと思しき《ジョカ》の研究資料を──」
「違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違うっ!!」
女性の言葉を遮り、教主が叫ぶ。
「『リー・ハオ』は私だ! この私が『リー・ハオ』なのだっ!!」
癇癪を起した子供のように、教主は顔を真っ赤にして唾を飛ばし、激昂する。
しばらくそうして喚き散らしていた教主も、ようやく落ち着いたのか激しく肩を上下させながら呼吸を整えた。
「…………うむ、取り乱して済まない」
「いえ。教主猊下のお言葉は全て正しいかと思います」
女性の言葉に、教主は満足そうに何度も頷いた。
「して、その研究資料の完成度はいかに?」
「現在、技術班にて最終精査中ですが、精査途中の判断によると《ジョカ》の設計図……とまではいかなくとも、あの研究資料を基に《ジョカ》を製造することは可能とのことです」
「うむ。それは重畳よ」
教主は満足そうに女性を見下ろした。
「下がってよい。しばらくは任務の疲れを癒すがよいぞ、選ばれし同胞ヴァレンティーナよ」
「はい。ありがとうございます」
そう告げると、女性はこの空間から立ち去った。その後ろ姿を見えなくなるまで見つめる。
そして。
「……『リー・ハオ』の名は、この私が冠するのが最も相応しい…………たとえあやつであろうとも、『リー・ハオ』を名乗ることは絶対に許さぬ……っ!!」
ぎょろりとした大きな目を更に見開いて、教主と呼ばれた男は虚空に向けてそう呟いた。
◆◆◆
「よう、お疲れさん」
教主の前から下がった女性──ヴァレンティーナを通路で待っていたのは、2メートル近い巨躯を持つ男性だった。
ヴァレンティーナは、その男性を見てあからさまに顔を顰める。
「ケビン……その暑苦しくて大きな体、どけてくれる?」
「相変わらずの塩対応だねぇ」
巨躯の男性──ケビンは、苦笑しながら肩を竦めた。
「それで、教主猊下との謁見はどうだった?」
「どうもこうも……いたわりのお言葉をいただいただけよ。長期任務の報酬は、既に〈教団〉からもらっているしね」
「お、随分と儲けたんだろ? 今晩、飯とか奢れよ」
「嫌よ」
「ご機嫌斜めだなぁ。まぁだ、恋人が死んだことを引きずっているのか?」
「…………」
ヴァレンティーナは、鋭い視線でケビンを一瞥すると、それ以上の言葉を交わすこともなく、闇の中へと立ち去っていった。
「……へえ。あいつもしかして、例の恋人のことを本気で愛していやがったとか? あいつにそんな感情があったとは驚きだな」
ケビンが知るヴァレンティーナという女性は、任務を最優先にする人間だ。たとえ実の親兄弟であっても、任務のためなら平然と殺してのけるような人物。
しかし、長期任務から戻った彼女は、どこか違っているように思える。
「おもしれぇ。その恋人だったって男……アリサワ・ショウとか言ったか? 俺も一度会ってみたかったぜ」
にやりと笑うケビン。
彼もまた、薄暗い闇の中へと歩き去って行った。
◆◆◆
「俺たち、もう後がないンす、ショウパイセン!」
「お願いします、ショウ先輩! この通り!」
「そうは言われてもなぁ…………」
バー「冒険者ギルド」。発掘者たちが集うその場にて、ショウは困惑していた。
その理由は、彼の前で土下座する二人の人物。
もちろん、ショウはその二人のことを知っている。
テイ・ジェボクとヤマダ・ユウジ。彼らはショウの後輩に当たる新人発掘者である。
「俺たち、ここンところずーっと発掘に失敗していて、活動資金が厳しいンす!」
「どうか、一度だけでいいから俺たちを先輩の発掘に同行させてください!」
彼らの言い分はこうだ。
ジェボクとユウジの二人は、コンビの発掘者として活動してきた。だが、最近発掘が失敗続きで、発掘のための資金も底を突きかけているらしい。
そこで、顔見知りでもあり、最近好調続きのショウの発掘に同行させて欲しいと希望しているのである。
「仮に俺と一緒に発掘に出かけたとしても、成功するなんて保証は全くないぞ?」
「もちろん、分かっているっす!」
「発掘品の取り分も、ショウ先輩が好きに決めていいですから! 俺たちを一緒に連れて行ってください!」
土下座を続ける後輩たちを前に、カウンターに座っていたショウは隣──イチカを見る。
「わたくしたちは、ショウ様の決定に従うまでです」
分かり切っていた答えに、ショウは小さく嘆息する。
今、ショウと一緒にいるのはイチカのみ。フタバとミサキの二人は、発掘に必要な物資の調達に出かけており、ここ「冒険者ギルド」で合流の予定だ。
特にフタバは、前回防具一式を失っているので、彼女にはそれらの購入も必要だった。
いまだに土下座を続ける二人の後輩を見て、ショウは再び溜め息を吐く。
そろそろ、周囲の目も痛くなってきた。ここは発掘者たちが集う酒場であり、当然他の発掘者たちも居合わせている。
彼らは楽し気な様子を隠すこともせず、にやにやとショウたちを見ていた。
「最近、この手の話が多いよなぁ……」
誰に聞かせるでもなく、ショウが呟く。
ここ最近の彼の好調ぶりは、カワサキ・シェルターで活動する発掘者なら誰もが知っている。
そのため、ショウの発掘に同行したいという同業者は後を絶たないのだ。中には、かなりのベテラン発掘者も同行を希望しているのだが、ショウはそれらを全て断ってきた。
その大きな理由は、イチカたち《ジョカ》の秘密漏洩を防ぐためだ。
彼女たちがアンドロイドであることは、一部の者しか知らない。要らぬ混乱や憶測、思惑などの騒動を防ぐためにも、彼女たちのことは秘密にしろというのがシェルター代表としてのウイリアムの意見であった。
汚染エリアでも防疫装備が必要ないことや、人間離れした身体能力や索敵能力など、同行者がいるとそれらを隠す必要があるだろう。
身体能力や索敵能力などは、ショウのような【インビジブル】感染の後遺症ということにすれば誤魔化せるかもしれないが、それでも同行者がいない方がショウたちにとっては都合がいい。
更には同行希望ではなく、イチカたちを個人的に引き抜こうという勧誘もかなり多い。
もちろん、イチカたちがこれを受け入れるはずもないのだが、やはり女性発掘者、それもとびきりの美女揃いとなれば、勧誘されるのも当然と言えるのかもしれない。
できれば、ショウとしても同行は避けたい。だが、よく知る後輩の頼みを無下に断るのも気が引けるのも事実であり。
「いいじゃないか。一度だけでも同行させてやったらどうだ? 困っている後輩を助けるのも先輩の務めだろう?」
傍で話を聞いていた店主のギルドマスターが、助け舟を出す。
ショウは後輩たちやギルドマスターの顔を何度も見返して、ようやく一つの決断を下す。
「…………分かった。一度だけ同行を許可しよう。ただし、同行中は俺の指示に絶対従ってくれよ?」
「もちろんス!」
「ありがとうございます、先輩!」
ショウの言葉を聞き、ジェボクとユウジはぱあっと顔を輝かせた。
◆◆◆
「ただいま戻りましたー」
同行することになったジェボクとユウジを加え、次の発掘の相談をしていると、物資を調達に出かけていたミサキが戻って来た。
「買い込んだ弾薬や食料、医薬品と予備の武器と服、燃料などは《ベヒィモス》に積み込んでおきましたよ、ご主人様ー」
「ああ、ありがとう、ミサキ」
「いえいえー。あれ? こちらの人たちはどなたです?」
ショウとイチカの他、見慣れぬ顔があることにミサキは首を傾げる。
そして、見慣れぬ顔──ユウジとジェボクは「冒険者ギルド」に入って来たミサキをぽかんとした表情で見つめるばかり。
「どうした、二人とも?」
後輩たちの様子がおかしいことに気づいたショウが尋ねる。
「ぱ、ぱぱぱぱぱ、パイセン! ショウパイセン! こ、この娘、誰っすかっ!? めっちゃ可愛くて俺のストライクゾーンど真ん中なンすけどっ!!」
わたわたとしながらも、小声でショウに聞いてくるのはジェボクだ。
名前から分かる通り、朝鮮半島系の出身で現在18歳。本来は黒い髪を金に染め、ちょっと吊り目気味なのが特徴の青年である。
「え? え? ショウ先輩の知り合いですか?」
と、こちらも落ち着きのないユウジ。彼もジェボクと同い年の18歳で、つんつんと逆立てた髪が印象的だった。
「彼女はミサキ。こっちのイチカと同じく、俺のチームメンバーだ。他にももう一人、フタバという仲間もいるな」
「ボク、ミサキっていいまーす! お二人はご主人様のお知り合いですかー?」
にっこりと微笑むミサキ。その笑顔と甘い声は、年若い二人の心臓をこれでもかと撃ち抜いた。
「み、ミサキちゃん……いや、ミサキたんっすね! お、俺、ショウパイセン……いや、ショウさんの後輩でテイ・ジェボクって言うっす!」
「お、おおお俺、ヤマダ・ユウジ! 次の発掘でショウ先輩と同行することになったんだ! よろしくね、ミサキさん! ところで……」
でれでれとした表情でミサキを見ていたユウジとジェボク。その視線がやや鋭さを帯びてショウへと向けられた。
「どうして、パイセンはミサキたんから『ご主人様』なんて呼ばれているンすか?」
「説明してくださいよ、ショウ先輩!」
「あー……それはだなぁ……」
さて、どう二人に説明したものか。
「冒険者ギルド」の天井を見上げながら、ショウは内心で頭を抱えた。




