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鉄(くろがね)の獣

「大丈夫ですか、フタバ姉さま?」

「ああ、私のことは心配するな。それより急いで《ベヒィモス》へ戻るぞ」

「はい!」

 隠れていた民家の裏口から外へと出たフタバとミサキは、ショウたちとは逆方向へ──住宅街側へと向かって走る。

「先に行け、ミサキ。今の私はいつもより速度が出せない」

「そうはいきませんよ、姉さま。ご主人様より姉さまの護衛を命じられた以上、姉さまと別行動はできません!」

「だが、それではマスターが……」

「ご主人様にはイチカ姉さまがついていますから、大丈夫ですって!」

 イチカたち《ジョカ》の中で、最も速度と俊敏性に優れるのがミサキである。彼女が本気で走れば、イチカやフタバでも追いつくことはできない。

「ボクたちの使命は《ベヒィモス》に辿り着くことですよ!」

「そうだな……私も可能な限り急ごう」


◇◇◇


 ショウと別れたイチカは、あえて目立つように住宅街を走る。

 そんな彼女に〈アラクネ・ベイビー〉たちが気づかないはずがなく、すぐにわらわらとイチカへと集まってきた。

 フタバによって半数近くが倒されたものの、まだ十体以上は残っている〈アラクネ・ベイビー〉。

 〈ベイビー〉たちは、愚かにも姿を現した獲物へと、容赦なくその牙や爪を突き立てていく。

 いや、突き立てようとした。

 〈ベイビー〉の鋭い爪がイチカの体に触れる直前、彼女は脇の下からPDWの銃口を背後に向け、視線を全く向けることなく引き金(トリガー)を引き絞った。

 そして、銃口から撃ち出された弾丸は、全て〈ベイビー〉たちへと吸い込まれるように命中する。

 無造作に背後へと向けられた銃撃。一見しただけではそうとしか見えないが、実際にはしっかりと照準が定められていた。

 イチガは内蔵する各種のセンサーを活用し、たとえ背後でも敵の位置を正確に把握している。

 標的の位置さえ分かれば、後はそれを狙い撃つだけ。

 ライフルよりも取り回しの利くPDWの利点を最大限に活かし、イチカは視覚に頼ることなく背後へと正確無比な銃撃を続ける。

 それでも、強靭な生命力に支えられた【インビジリアン】は、全身に穴を穿たれても獲物を狙い続ける。

 ネイビーブルーのジャケットに覆われたイチカの背中へと、満身創痍の〈ベイビー〉が爪を振り下ろす。

 だが、爪の切っ先がイチカに触れる直前、彼女は大きく跳躍し、手近にあった民家の塀の向こうへと姿を隠した。

 当然、〈ベイビー〉たちは逃げた獲物を追って、塀をよじ登ろうとする。

 だが。

 集まった〈ベイビー〉たちの足元が、突然弾けた。

 跳躍する直前、イチカが地面に転がした二個の手榴弾が爆発したのだ。

 この手榴弾は、先のレザージャケットで得た利益で購入した物であり、これまでショウも手榴弾は使ったことがなかったので、試しに二個だけ買ってみたのである。

 イチカが塀の向こうへと逃げ込んだのは、単に〈ベイビー〉から逃れるためだけではなく、手榴弾の爆発から身を守るためでもあった。

 手榴弾の爆発と破裂した破片を体の下側から浴びせられ、〈ベイビー〉たちは致命的なダメージを受ける。そして、塀の上へと跳び乗ったイチカは、動きの鈍った【インビジリアン】の幼体たちへ、とどめの銃撃を浴びせていくのだった。


◇◇◇


 〈アラクネ・ベイビー〉がイチカを追って動き出すと同時に、倉庫の上に陣取っていた〈アラクネ〉もまた、動き出そうとしていた。

 だが、〈アラクネ〉は気づいた。獲物の一体が、再び工場の敷地内へと入って来たことに。

「女王陛下にご拝謁を賜り、まことに恐悦至極。此度は何卒、この私めにダンスのお相手を務めさせてはいただけないでしょうか?」

 ライフルの銃口を〈アラクネ〉へと向けながら、獲物──ショウは防弾防疫ヘルメットの中でにやりと笑う。

「Shall we Dance?」

 ショウのライフルが、ダンスの開始を告げる円舞曲(ワルツ)を奏で始めた。


◇◇◇


 ショウとイチカの役目。それは囮である。

 フタバとミサキがここから離れ、《ベヒィモス》まで辿り着く時間を稼ぐこと。それこそが彼らの真の目的だった。

 本来であれば、このような囮にはフタバが適任だろう。だが、今の彼女は性能が低下しているので、あまり無理はさせられない。

 ミサキは《ベヒィモス》を操縦する必要がある。

 そのため、ショウとイチカがこの場に残り、〈アラクネ〉たちの注意を引き付ける役目を負うことにしたのだ。

 四人全員で逃げたとしても、《ベヒィモス》に辿り着く前に捕捉されるだろう。〈アラクネ〉を倒し切るだけの火力に欠けるショウたちにとって、それは全滅に等しい。

 イチカが〈アラクネ・ベイビー〉を引き寄せて倒し、その間はショウが親〈アラクネ〉の注意を引き続ける。

 7.62mm強装弾でも、〈アラクネ〉の外殻を貫くのは厳しい。なので、ショウは牽制射撃に留め、逃げ回ることを優先する。

 〈アラクネ〉の武器は、爪と牙、そして〈ベイビー〉と同じく腐食性の毒液。

 爪と牙は接近さえされなければ問題ないだろう。注意すべきは毒液の方だ。

 盾でもあれば、毒液に対して安全性が高まるが、生憎とそんな物は準備していないし、〈アラクネ〉の腐食毒には在り合わせの盾では心もとない。

 一定の距離を保ち、吐き出す毒液弾には細心の注意を払う。それがショウの基本戦術だったが、その戦術はすぐに破綻してしまった。

 まさか、〈アラクネ〉が体表から散弾の如き攻撃をしてくるとは思ってもいなかったからだ。

「変異種ってのが、これほど厄介だったとはな……っ!!」

 既に工場の敷地から飛び出し、付近の民家に隠れながらショウは独り呟く。

 そのショウを狙い、〈アラクネ〉から散弾が撃ち出される。

 この散弾に用いられているのは、〈アラクネ〉の外殻の一部のようだ。ライフル弾さえ弾く強度の外殻が、散弾として撃ち出される。その脅威は想像するまでもない。

 連射時間が短いことが、せめてもの救いか。強力無比な〈アラクネ〉の散弾攻撃は、民家の壁程度など瞬く間にぼろぼろにしてしまう。

「やれやれ。女王陛下はダンスがお嫌いらしい」

 外殻散弾によって空けられた壁の穴にライフルの銃口を突き刺し、ショウは女王蜘蛛に向けて発砲する。

 もちろん、ダメージを期待したものではなく、あくまでも〈アラクネ〉の注意を自分に引き付けるためだ。

 本来、知能らしきものを持たず、本能によって支配されるだけの昆虫やその近縁種は、同時に複数の行動が取れないと言われている。

 餌を食べる時はそのことに集中し、獲物を追いかける時もまた、それに集中する。

 とはいえ、集中している最中に生命の危機を感じれば、警戒、時には迎撃することもある。だが、この行動もまた本能によるものだろう。

 今、〈アラクネ〉は目の前にいる獲物を喰らうことしか頭にない。眷属たる〈ベイビー〉が窮地に陥っていても、そちらへと思考を回すことはなかった。

 だがそれは、ショウが〈アラクネ〉の攻撃を一方的に受けることを意味する。

 防戦一方に追い込まれたショウ。彼の体感時間では、既に何時間も経過したように感じられた。

 後どれぐらい逃げ続ければいいのか。

 思わずそんな弱音を考えてしまった時。

 ショウが待ち望んだものが、ついにやってきた。


◆◆◆


 それは咆哮だった。

 目の前にいる〈アラクネ〉が上げるような、耳障りで甲高い咆哮とはまるで違う。

 どどどどどどど、と腹に響く水素エンジンの駆動音。

 ぎゃりりりりり、とメカナムホイールが回る回転音。

 そして。

「ご主人様ー! おっ待たせしましたー!」

 可憐な少女の声と共に、ひび割れ、荒れ果てたアスファルトを更に砕きながら、(くろがね)の獣が姿を現した。

 全長8メートルにも及ぶ鉄の獣──チタン合金の外殻と12.7mm機関砲という牙を持つ、〈アラクネ〉の巨体にも劣らないその獣の名は、《ベヒィモス》。

「後は任せて離れろ、マスター!」

 その《ベヒィモス》の上部に設置されたターレットが音を立てて回転し、12.7mm連装機関砲の銃口が〈アラクネ〉へと向けられる。

「ミサキ、回避は任せるぞ!」

「了解でーす、フタバ姉さま!」

 〈アラクネ〉の注意は、既に小さな獲物から新たに現れた巨大な鉄の獣へと向けられている。

 この大型【インビジリアン】も、即座に理解したのだ。この鉄の獣が、自分にとっても十分脅威となることを。

 〈アラクネ〉は四対八本の脚をざわざわと蠢かせ、《ベヒィモス》と対峙する。

 そして、即座に体表から撃ち出される無数の外殻散弾。〈アラクネ〉の前方、コーン状に広がる弾丸の嵐を、操縦席に座るミサキはメカナムホイールの特性を最大に活かした鋭角的な機動で巧みに回避、もしくは強固なチタン合金の装甲と車体前面の傾斜を上手く利用して弾いていく。

 同時に、砲手席のフタバが連装機関砲の照準を合わせ、引き金(トリガー)を絞る。

 連装機関砲の銃身が回転すると同時に、轟音と共に12.7mmという巨大な弾丸を無数に吐き出し、金色に輝く空薬莢が次々に舞い上がる。

 いくら強固な〈アラクネ〉の外殻といえども、さすがに12.7mmの弾丸を防ぐことはできないようだ。

 瞬く間に全身に穴を穿たれ、苦し気な咆哮を〈アラクネ〉は上げる。

 12.7mm弾の嵐が、〈アラクネ〉の脚を一本、また一本と砕いていく。この時点で、命の危機を悟った〈アラクネ〉は、生物の本能に従って逃走を選択した。

 何本かの脚を失いながらも、〈アラクネ〉が逃げる速度は相当なものだ。だが、水素をエネルギーにして鼓動する心臓(エンジン)を持つ、鉄の獣を振り切るだけの速度は既にない。

 もしも、〈アラクネ〉の脚が八本とも全て無事であれば、鉄の獣から逃げ切ることもできたかもしれない。だが、半分近くの脚を失った今の女王蜘蛛では、逃げ切ることは無理だった。

「あの怪物を追い越せ!」

「Yes, ma'am!」

 フタバの指示に従い、ミサキは更にアクセルを踏み込む。

 エンジンが更なる咆哮を上げ、ホイールもそれに応えてけたたましく回る。

 瞬く間に縮まる彼我の距離。そして、鉄の獣は女王蜘蛛を易々と追い抜いた。

 《ベヒィモス》が〈アラクネ〉を追い越した瞬間、《ベヒィモス》の後部乗降用ハッチが開いたのだった。


◆◆◆


 砲手席から離れたフタバは、《ベヒィモス》の内部に積んでおいた()()()をひっつかむと、開いた乗降用ハッチから〈アラクネ〉目がけて跳躍した。

 フタバの強靭ながらもしなやかな肢体が宙を舞う。

「これで────」

 空中のフタバが、手にした物を振り上げる。

「────とどめだっ!!」

 跳躍しながら頭上に振りかぶった超重量のそれ──「天使の館」でディスプレイされていた超巨大ハンマーである〈力天使(ザ・パワー)の福音〉──を、フタバは全力で〈アラクネ〉目がけて振り下ろす。

 同時に、打撃面の反対側に仕込まれた指向性爆薬を点火。巨大ハンマーは文字通り火を噴いて〈アラクネ〉の頭部を直撃する。

 巨大ハンマーの質量と、落下による位置エネルギー。

 フタバの人間離れした膂力と、振り下ろした際の遠心力。

 そして、指向性爆薬による瞬発力。

 それらの全てが〈アラクネ〉の頭部へと収束した結果、女王蜘蛛の巨大な頭部は見事に爆散したのだった。



…………レザー製のA-2(Schott694)、古着屋で見つけて買っちゃった。だって3万円しなかったんだもん(笑)。

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― 新着の感想 ―
とある工場跡。 イチカの索敵にも反応はなく、フタバがその膂力を以て扉をこじ開ける。  途端。 壱「センサーに反応! 急激に高まっています!」 シ「どういうことだ!?」 壱「フタバが扉を開けた途端、反応…
突然の遭遇戦となった変異種の〈アラクネ〉戦。なんとか《ベヒィモス》を活用する事で斃しましたが、並みの相手では太刀打ち出来ませんでしたね。勝利したものの経費の出費がとんでもないことになっているのでは!?…
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