様々な偶然の重なり
トーキョー遺跡、シナガワ・エリアにて。
ショウたちは、とある雑居ビルの中を探索していた。
一階、二階の店舗・事務所エリアを探索した後、三階以上の住居エリアの探索に入るショウたち。
だが、住居エリアも店舗エリアと同様、ほとんど探索され尽くしていた。
日用雑貨や再利用可能な資源は元より、家具の類まで持ち出された後で、ショウが予想した通りの状況と言えるだろう。
「やっぱり、どこも探索され尽くしていますねー」
「時間的なことを考慮すれば、早々に別の場所の探索へと切り替えた方がよろしいかと」
ミサキやイチカも、この雑居ビルには既に見切りをつけたようだ。
そして、それにはショウも同意だった。
「よし、次の部屋を確認したら、別の場所へと移動しよう」
「次だけでいいのか、マスター? ここは四階で、まだ五階が残っているが?」
ショウたちが今いるのは、ビルの四階である。この階の各住居も探索し終え、残すはあと一部屋である。
「ここまでの様子からして、おそらく五階も探索され尽くしているよ。なら、早々に次の場所へ移動した方がいいと思わないか?」
「それもそうか。マスターがそう判断したのであれば、私はそれに従うのみだ」
ショウの考えに、フタバも同意する。
「四階最後の部屋だけ探索しないのも、何かすっきりしないからな。ここだけ探索したら、次へ行こう」
最後の部屋の扉は、他と同様に破壊されている。それもまた、ショウたちがこのビルに見切りをつけた理由の一つであった。
それでも、念のためにと部屋の中に足を踏み入れる。
「…………やはり、ここも期待できそうもないな」
部屋の中に入った途端、ショウは呆れの溜息と共にそんな言葉を吐き出した。
なぜなら、ここだけ部屋の天井が崩れ落ち、五階部分が部屋の中に落下していたからだ。
前にここを探索した連中が、何かしでかしたのだろうか。理由は不明だが、なぜかここだけ天井が崩落していたのである。
◆◆◆
これまで探索した各部屋の様子から、このビルの住居エリアは一人暮らし、もしくは少人数用の賃貸物件だったのだろう。
各部屋は2Kで、風呂とトイレはユニット式。部屋の位置によって間取りが逆になっている場合もあるが、全部屋ほぼ同じ造りと言っていい。
「これは駄目っぽいですねー」
部屋の中を覗き込んだミサキも、早々にここの探索を諦めたようだ。
それにはショウも同意見で、彼の気持ちは既に他の場所の探索へと切り替わっていた。
だが。
「少々お待ちください。この崩れた瓦礫の向こう側、部屋になっているようです」
イチカの言葉に、ショウたちは足を止めた。そして、改めて部屋の中を観察する。
入口から短い廊下が真っすぐに延び、その先に部屋が一つ。だが、その部屋の半分以上が崩れ落ちた瓦礫で埋まり、やや狭苦しい。
慎重に部屋の中に入り、中を見回す。
「五階部分だけではなく、その上の天井まで崩れたのか」
部屋の真ん中で上を見上げれば、晴れた青空が覗いている。何かが上から落下して、五階部分を崩したのだろう。
「瓦礫の様子から見て、崩れたのはかなり前のようですね。もしかすると、【パンデミック】中に崩れたのかもしれません」
崩れ落ちた瓦礫を観察し、イチカはそう判断した。
「【パンデミック】中に崩れたのだとしたら、何が落ちて天井を崩したのか分かったものじゃないな」
鳥型の【インビジリアン】が地上から撃墜され、それがここへ落下して天井ごと崩れたのかもしれない。
周囲に【ブルーパウダー】などの残留物はないので、崩れた後に【インビジリアン】が入り込んではいないようだ。
「確かに他の部屋の間取りからも、瓦礫の向こうに部屋はあると思われるな」
「ということは、もしかして瓦礫の向こうにお宝が眠っているかも?」
わくわくとした様子でミサキが言う。
確かに、瓦礫が部屋を塞いでいたため、向こう側の部屋は手つかずだろう。であれば、ミサキの言うように何か発掘品が残されている可能性が高い。
だが、瓦礫で塞がれてから推定十年。部屋の中の状態によっては、ほとんどが使い物にならなくなっているかもしれない。
「向こう側の部屋を確かめる価値はあるが、問題はこの瓦礫をどう移動させるか、だな」
部屋を塞いでいる瓦礫は大小様々だ。小さな物はショウが片手でも持ち上げられるが、大きな物は人力だと持ち上げることさえ難しそうだ。
ユンボなどの小型の重機を持ち込めれば移動させることも難しくはないが、この場に小型重機を持ち込むのはまず不可能。
何らかのツールを用いて瓦礫を砕いてから運ぶか? と、ショウが考えていると、フタバが無造作に瓦礫へと近づいた。
「ふむ……この程度であれば、問題ないな」
フラバは瓦礫の傍でしゃがみ込み、そのまま無造作に立ち上がった。
もちろん、瓦礫を持ち上げて、である。
「…………」
思わず呆然とするショウの目の前で、フタバだけではなくイチカとミサキも結構な大きさの瓦礫をどんどんと移動させていく。
比較的小型の瓦礫は部屋の外へ、大型は隣の部屋に入るのに邪魔にならない場所へ。
隣の部屋を完全に塞いでいた邪魔な瓦礫たちは、《ジョカ》たちによってあっという間に除去されたのだった。
◆◆◆
「改めて、イチカたちが人間じゃないってことを理解したよ……」
人間では持ち上げることさえ難しそうな瓦礫を、《ジョカ》たちのおかげであっさりと取り除くことができた。
改めて、彼女たちが人間ではないことを理解したショウである。
「さてさて、お部屋の中はどんな感じですかねー?」
瓦礫をどけて露わになった扉を、ミサキがあちこち調べている。
「うーん、天井が崩れた影響か、ドアのフレームが歪んじゃってますねー。これ、普通じゃ開けられそうもないです」
「となると、扉そのものを切断する必要があるか?」
ショウたち発掘者が発掘作業をしていると、様々な理由から開けられなくなったドアと遭遇することは多々ある。
そんな時は、蝶番を外してドアそのものも外したり、それが無理であれば何らかのツールを使ってドアを破壊したりする。
ショウもそのようなことは何度も経験しており、小型の携帯用バーナーは常に準備している。携帯用バーナーでドアそのものを切断すれば、部屋の中に入ることができるだろう。
だが。
「わざわざツールを使うまでもないだろう?」
というフタバの言葉と同時に、ばきり、という何かが破壊される音が響いた。
思わず唖然としたショウがフタバへと視線を向ければ、彼女は「ドアだったもの」を床に置いているところだった。
どうやら、フタバは力任せに──とはいえ、全力ではなさそうだ──ドアそのものを引っこ抜いたらしい。
「さーて、何かありますかねー?」
呆然とするショウを完全に置いてけぼりにして、ミサキとフタバは部屋の中へと入っていった。
◆◆◆
「おいおいおいおい! こりゃすげぇな! 全部お宝じゃねえか!」
カワサキ・シェルターへと帰還し、隔離期間が終わった後。
瓦礫によって塞がれていた部屋の中でショウたちが見つけた物を前にして、ウイリアムは酷く興奮していた。
「ライダースジャケットにフライトジャケット、カーコートまである! しかも、全部レザー製ときたもンだ!」
ショウたちが足を踏み入れたあの部屋は、一言で言えば衣裳部屋と思しき場所だった。
それも、部屋の主がアーミー系のウェアを好んでいたのか、部屋の中にあったのは実にたくさんのアーミージャケットだったのだ。
そのほとんどがレザージャケット、いわゆる「革ジャン」と呼ばれる物で、個々のジャケットは手入れも行き届き、以前は室内の空調もしっかりと調えてあったと推測された。
「電気の供給が途絶えて空調そのものは止まったものの、崩れた瓦礫が部屋を封印したことで、湿気の浸入などが最低限に抑えられ、皮革の劣化も最低限に留まったと思われます」
部屋にあった窓は遮光カーテンで覆われていて、日光もほぼ入らなかったのだろう。かつての部屋の主は、レザージャケットの保管にかなり気を遣っていたようだ。
もちろん、【パンデミック】から10年以上が経過しているので、劣化してしまったジャケットも多数あった。
それでも、様々な偶然が積み重なった結果、多少劣化はしているものの、まだまだ使用できる状態のジャケットは20着近くも残されていた。それをショウたちは持ち帰ったのである。
「本当に一着、貰っちゃってもいいのか?」
「構わないって。こういう衣類、オヤジは好きだろ?」
「大好物ですっ!!」
新しい玩具を与えられた子供のように、きらきらと目を輝かせながらレザージャケットを見るウイリアム。
そんな彼の様子を、ショウとアイナは微笑ましく見つめた。
「G-1タイプにA-2タイプにMA-1タイプ……こっちはN-1か? くぅ、どれを選ぼうか、おじさん迷っちゃうぅ」
部屋の中にあったジャケットのサイズは、大小様々であった。もしかすると、あの部屋は階下にあった古着屋の店主が、高額商品を保管するために利用していた「倉庫」だったのかもしれない。
そう考えれば、様々なサイズのジャケットが残されていたことにも納得できる。
「このN-1タイプ、オレのサイズ的にはちと窮屈か? だが、ライダースならぴっしぴしで着るもンだが、フライト系ならゆったりと着こなしたいところだよなぁ」
「お義父さん、ホント嬉しそうだねぇ」
「全くだな。アイナも欲しいジャケットがあったら持っていってもいいぞ?」
「え、いいの? わぁ、ありがと、しょーちゃん!」
今の時代、レザーに限りなく似せたフェイクレザーは作れても、本物の皮革を使った衣服やバッグなどはほぼ製造できない。
そのため、今回ショウたちが見つけた本物の皮革を使ったレザージャケットたちは、一着でも相当な収入となるだろう。
もちろん、ショウたち四人もそれぞれ一着ずつ自分用に確保している。サイズ的にはやや外れていても十分着られるし、残りのジャケットを売却すれば今回は十分に黒字となるはずだ。
発掘者が何かを発掘した際、それを売らずに自分たちで利用することはよくある。
廃墟で引き揚げた発掘品の所有権は、発見した者のものとなるのが今の時代の通例だ。
よって、発掘品を売却するのも自分たちで利用するのも、それは発見者の自由である。
「お、アイナはダブルのライダースにするのか? 女性がライダースを着るのって、カッコ良くてイイよな!」
「えへへー。実はフタバが着ている戦闘用のジャケット、ちょっといいなーって思っていたんだー」
「ライダースもいいけど、オレぁやっぱりフライトジャケット派かなー」
フタバが使用している戦闘用ジャケットは、ダブルのライダースジャケットをモデルにしたタイプだ。
すらりとした体形で上背のあるフラバが、ダブルライダース風のジャケットを着ると非常に様になる。
そんなフタバに、アイナは密かに憧れていたようだった。
特にフタバは体形がはっきりと浮き出るタイプの防弾防刃ツナギや戦闘用ジャケットを着ているので、女性的な魅力にあふれたボディラインが異性、時には同性の目さえも非常に惹く。
余談ながら、イチカたち三姉妹の「胸部戦闘力」は、フタバ、イチカ、ミサキの順に高い。更に余談だが、アイナの「胸部戦闘力」は、イチカとミサキの間だったりする。
「アニキたちにも連絡しておかないとな。オヤジとアイナにだけ渡して、アニキたちの分がないってことになれば、絶対拗ねるから」
「トウマ義兄さんとコウスケ義兄さんはそれでいいとして、アル義兄さんの分はどうするの?」
ショウが座るソファの隣にぽすんと腰を落として、アイナが尋ねる。
「そうだな……アルアニキが好きそうなやつを勝手に選んで、保管しておくか?」
「うん、それがいいよ。今度アル義兄さんに会った時にでも渡せばいいと思うな」
現在はオクタマ・シェルターで暮らしている、フィッシャーマン家「三男」のアルベルト・エリアス・クラウゼ。
彼はオクタマ・シェルターで物資の輸送を仕事としている。そのため、ちょくちょくこのカワサキ・シェルターにも顔を出すのだ。
関東に存在するカワサキ、オクタマ、そして、かつての千葉県船橋市跡のあるフナハシの三つのシェルターは、互いに連携する関係にある。
そのため、この三つのシェルター間では、物資の流通があるのだ。
とはいえ、どのシェルターも物資に余裕がそれほどないため、流通している量はごく少量に限られてはいるが。
また、【インビジリアン】を始めとした様々な危険が潜む荒野をトレーラーなどで物資を輸送するので、それも流通量が少ない理由の一つであった。
アルベルトは、そんな危険な輸送を請け負う輸送屋であり、世間ではそんな輸送屋たちのことを「トラッカー」などとも呼んでいる。
「なあなあ、ショウ! 余ったジャケット、いくつかオレが買い取ってもいいか? もちろん、相場で……いや、相場よりもちょっとだけ高めで買わせてもらうからよ!」
選んだレザージャケット──A-2系のブラウンのジャケットで、背中にセクシーな女性のイラストが描かれたもの──を早速着込んだウイリアムが、興奮冷めやらずといった様子でそんなことを言い出した。
「もちろん、金さえ払ってくれるのなら俺は構わないが、オヤジに売るのはアニキたちが自分の分を選んでからだぞ?」
「おう! 分かっているって!」
と、嬉しそうに微笑むウイリアム。
そんな彼を見て、ショウとアイナは苦笑しながら小声でこんなことを囁き合っていた。
「悪人顔のオヤジがレザージャケットを着て笑うと、圧がとんでもないことになるな……」
「そだね……小さな子供が見たら、絶対泣き出すよね……」
作中のウイリアム父さんはフライト系が好みのようですが、自分は最近Schottの103usを古着で購入して愛用しています(笑)。
更に先日、10年ほど前に発売されたSchott×フラグメントのコラボ革ジャン(オールブラックのシープレザー製ワンスター)も古着で見つけてついつい買っちゃった。てへ。




