雑居ビルの探索
発掘者が求める発掘品には、様々な物がある。
鉄、ガラス、プラスチックなどの再生可能な資源類。
酒や缶詰、保存食などの、まだ飲食可能な食料品。
宝飾品や時計などのアクセサリー類。
そして、【クリスタ】や【ブルーパウダー】といった、【インビジリアン】から得られるエネルギー資源。
そんな発掘品の中でも、シェルターでの買い取り価格が高いのは、やはりアクセサリー類とエネルギー資源だ。
エネルギー資源はシェルターでの生活に欠かせないし、アクセサリー類はいつの時代でも富裕層や好事家に好まれる。
【パンデミック】が発生した2070年代中後期、人々は生き残るだけで精一杯だった。
思想や宗教、人種の枠を越えて協力し合うことで、人々は何とか生きながらえることができた時代であった。
もちろん、思想や宗教、人種の枠を越えることは決して容易ではなかった。それでも、生き残るために人々は手と手を取り合ったのだ。
安全な生活圏を得るために力を合わせてシェルターを建設し、食料を確保するために数人で危険な汚染エリアへと向かう。
そして、シェルター建設に携わった人々は公平に住居を得、公平に食料が分配された。
だが、【パンデミック】が終結して10年以上の時が流れた現在、人々の間にはかつてのような様々な格差が発生するようになった。
より安全な住居、よりよい食生活を得るためには、やはり貨幣の力は理解しやすくて絶大だったのだ。
【パンデミック】以前からの富裕層の一部は、何とか持ち出すことが出来た貴金属などを元にして新たな富を築き上げた。
商才のある者は、新たなビジネスを生み出すことで財を得た。
戦う術を持つ者は、その技術を発揮、提供することで貨幣を稼ぎだした。
当然、新たな富を稼ぐことのできない者もいた。かつては富裕層であっても、旧社会の「円」や「ドル」などの価値はなくなり、新たな貨幣を稼ぐ手段を持たない者は、容赦なく貧困層へと落ちていった。
まだまだ旧社会のレベルに遠く及ばないものの、ある程度の生活と安全が確保された2080年代後半の現在、再び貨幣は生活に欠かせないものとなっているのだった。
◇◇◇
「……つまり、トーキョーもヨコハマも、外周部から中層部にかけてはほぼ発掘品は掘り尽くした感じだな。もちろん、取りこぼしもあるだろうが、あまり期待はできない」
「確かに、【パンデミック】から10年も経過していれば、そうなりますね」
旧国道15号を北上しながら、ショウはイチカと言葉を交わしていた。
イチカたち《ジョカ》も基本的な知識を持ち合わせているが、それでも現地ならではの知識には疎い。
その知識差を埋めるため、情報担当のイチカは特に情報収集に貪欲だ。
彼女たちが起動を果たしてから今日まで、ウイリアムやアイナを筆頭に様々な人々と交流して、各種の知識をどんどん集積している。
「マスター、次にこの辺りまで来る時は、《ベヒィモス》に乗ったまま来ることを進言する。徒歩での移動は時間がかかりすぎて、資源が残っていそうな場所まで辿り着けない」
「そうですね。わたくしもフタバの意見に同意します。ミサキの操縦技術と《ベヒィモス》の機動性であれば、この道路のコンディションでも通行できるでしょう」
「はーい! ボクにお任せでーす!」
遺跡と化したかつての大都市には、当然ながら道路が残っている。
だが、メンテナンスなど行われるわけもなく、アスファルトはひび割れて剥がれ、近くに建っていたであろうビルが崩れて瓦礫が散乱している。
かつて住民の足となっていた自動車なども、主要パーツは全て外されて持ち去られ、残骸だけが放置された状態だ。
少し前までショウが愛用していたトラックでは、とてもではないが通行できるような道路状態ではない。
「こんな最悪な道路コンディションで、あの大型の装甲車が通行できるのか?」
「《ベヒィモス》の足回りはメカナム・ホイールですからねー。四輪がそれぞれ独自に稼働するため真横にだってすすーっと移動できちゃいますから、これぐらいのコンディションならお茶の子さいさいですよー!」
「じゃあ、次はそうしよう。今日のところはあくまでも連携などを確認するための訓練だ。本格的な発掘は次回以降だな」
ショウはミサキの言葉を聞き、彼女たちの進言を受け入れることにした。
これまでは車両の性能から、遺跡の外周部に車両を駐めて徒歩で遺跡内を移動していた。だが、遺跡内でも車両で移動できれば、時間を大幅に節約できる。
それに、現場近くまで車両を持ち込むことができれば、発掘品の輸送も楽になるだろう。
次回からの探索計画を頭の中で練っていたショウの耳に、小さいが鋭いイチカの警告が届いた。
「ショウ様、敵が接近しています。識別名〈ウルフ〉、数8」
識別名〈ウルフ〉は、かつてペットとして飼われていた犬が【インビジブル】に感染して変異・狂暴化した存在である。
犬は多くの家庭で飼われていたこともあり、どこでも見受けられる【インビジリアン】だ。
なお、犬同様に飼われていた猫も多数変異しており、そちらの識別名は〈タイガー〉と呼ばれている。
「〈ウルフ〉はヒトガタよりも素早い。注意しろ」
「承知いたしました」
「イエス、マスター」
「はーい」
ショウの忠告に、《ジョカ》たちが応える。
四人は十全な戦闘態勢を整えて、迫る〈ウルフ〉を待ち構えた。
◆◆◆
ショウが構えたバトル・ライフルの銃口から、マズル・フラッシュと共に銃弾が吐き出され、迫る〈ウルフ〉の一体へと吸い込まれていく。
腕の中で傍若無人に暴れるライフルを力づくで押さえつけ、銃口を標的へと固定し続ける。
銃の反動ばかりは、《ジョカ》たちのサポートも及ばない。だが、バトル・ライフルの大きな反動もショウにはすっかり慣れたものだ。
迫る〈ウルフ〉の一体が、全身に銃弾をくらって後方へ吹き飛ぶように倒れた。
ショウは物陰に身を隠し、素早くマガジンを交換する。
その際、後方へと目を向ければ、イチカとミサキがPDWを操って応戦している姿が見えた。
二人とも、フタバには及ばないものの人間以上の筋力を誇る。そのため、PDWの反動を難なく飼い慣らし、正確な射撃を行っていた。
戦闘特化タイプのフタバなど、バトル・ライフルを小口径の拳銃でも扱っているかのように、軽々と操っている。彼女なら、大口径のマテリアル・ライフルでさえ軽々と取り廻すだろう。
マガジン交換を終え、ショウは遮蔽物から上半身を乗り出すように露わにする。そして、残る〈ウルフ〉へと素早く照準を合わせる。
残る〈ウルフ〉は一体のみ。既に他の〈ウルフ〉は倒されており、地面に青白い海を広げていた。
「最後の一体は、マスターに任せてもいいか?」
通信機越しにフタバが問う。それに応えるために小さく頷き、ショウは引き金を引き絞る。
再びショウのライフルが咆哮し、最後の〈ウルフ〉を穴だらけにした。
◆◆◆
「さすがに四人もいると〈ウルフ〉八体ぐらいじゃ苦戦しないな」
「〈ウルフ〉は基本、遠隔攻撃手段を持ちませんから、初手を得られれば有利に戦えますね」
戦闘後、周囲の確認をしながらショウが呟けば、それにイチカが応えた。
以前はショウとキャロラインの二人体制だったので、八体もの敵は十分強敵だった。
だが、チームの頭数が倍になり、イチカの各種サポートを受けられることで、ショウたちの戦闘力は実質倍以上になっている。
特にイチカの高い索敵能力が、ショウたちの戦闘を随分と楽なものへと変えてくれた。
「この辺りでそろそろ、一度資源を探してみるか」
ショウは近くに立つビルを見上げながら提案した。
五階建てのビルで、かつては様々な店舗や事務所が入っていた雑居ビルだったのだろう。
一階から二階が店舗や事務所で、三階以上は住居のようだ。
店舗や事務所には再利用できる資源が多く眠っていることが多いが、それは住居にも言える。
実際にそこで生活が営まれていた以上、生活に必要な各種物資が蓄えられていたはずだからだ。
問題は、この場所が既に他の発掘者たちに探索されているかどうかである。
ショウはビルの入り口付近へと目を向けた。
「入り口付近に【インビジリアン】の痕跡はほぼなし。だが、油断するな」
ショウの言葉に《ジョカ》たちはそれぞれ頷き、フタバを先頭にしてビルへと足を踏み入れる。
ビルの一階部分は飲食店が集まっていたようで、かつては居酒屋や喫茶店、ラーメン屋などが入っていたようだ。
開け放たれたままの入り口から、ショウたちは居酒屋だったと思しき店舗へと入る。
フタバとショウが素早く店舗内を索敵し、敵がいないことを確認。
同時に、やや後方からイチカも各種センサーを動員して敵がいないことを確かめた。
「…………さすがにここは既に発掘された後だな」
荒らされ放題の店内を見回して、ショウはそう判断した。
椅子やテーブルまで既に持ち出されているため、店内は実に見回しやすい。
厨房を確かめれば、鍋や包丁などの金属製品は一つも残っていない。やはり、ここは既に他の発掘者が探索し尽くした後のようだ。
「おそらく、一階は全部同じような感じじゃないですかねー?」
「だろうな。だが、一応全部確認してから上階へ上がろう」
「承知いたしました、ショウ様」
ショウたちは一階と二階の各種店舗を見て回ったが、予想通り全て発掘された後だった。
目ぼしい資源は全て持ち出され、中には壁紙まで剥がされていた店舗もあったほどだ。
「壁紙を剝がしたのは、隠し部屋でも探したのか?」
「そんなもの、一般的な雑居ビルにあるわけがないだろう」
ショウの問いに、フタバがやや呆れたように返答した。
「じゃあ、どうして壁紙まで剥がしていったんでしょうねー?」
「おそらくだけど、何か興味を引くような絵柄でもプリントされていたのではないかしら?」
ショウたちが今いる店舗は、ビルの二階にある古着屋だったと思しき場所。
もちろん、商品であった古着は全て持ち出され、レジスターさえも見当たらない状態だ。
ここがかつて、どんな印象の古着屋だったのかは不明だが、店内の雰囲気作りに壁紙まで気を配っていたのかもしれない。
なお、そんな店内の状況から、どうしてここが古着屋だったと分かったのかと言えば、店舗外の壁にスプレーアートでここが古着屋だと描かれていたからである。
もちろんスプレーアートもかなり変色、色褪せてはいたが、それでもその宣伝効果は今も有効だった。
「どうする、マスター? 上の住居部分も調べるか?」
「そうだな。折角だし、上も調べてみるか。まあ、あまり期待はできないがな」
と、肩を竦めるショウ。
彼らは再び隊列を組み、慎重に上階への階段を上がっていった。




