フィッシャーマン一家
「ほう、この娘たちが、親父の言っていた《ジョカ》ってアンドロイドたちか? ホント、人間そっくりだなぁ」
「信じられないわよねぇ」
ウイリアムから、イチカたち《ジョカ・シリーズ》のことを聞かされていたトウマとその妻のミカは、改めて彼女たちを見て驚きの表情を浮かべた。
「初めまして、トウマ様、ミカ様。ショウ様に仕えることになりましたイチカと申します」
「同じく、フタバだ」
「ボクはミサキでーす!」
「僕は資料で知ってはいたけど、改めて実物を見ると……うん、凄いとしか言い表しようがないなぁ」
ショウの退院祝いとして開かれた、家族だけのささやかな宴。そこに、フィッシャーマン家の「長男」であるササキ・トウマとその妻のミカ、「次男」のドウモト・コウスケは参加していた。
なお、トウマとミカの娘であるカリンもこの場にはいるが、初対面のイチカたち三人に人見知りを発揮し、母親であるミカの背後に隠れつつちらちらとイチカたちを見ていた。
フィッシャーマン家の「三男」、アルベルト・エリアス・クラウゼは、関東北部に存在するオクタマ・シェルターに移住しているため、さすがに参加できなかった。
「アニキたちに義姉さん、親父から聞いていると思うが、彼女たちが人間じゃないことは秘密にな?」
「おう、分かっているって」
「うん、私も誰にも言わないから心配しないでね、ショウくん」
「それよりもショウ、退院するまで見舞いにも行けなくて悪かったな」
「僕もトウマ義兄さんと同じだ。ごめんな、ショウ」
トウマとコウスケは、ソファに座っている義弟に謝罪する。彼らもショウが入院したと聞いた時にはすぐにでも駆けつけたかったのだが、丁度仕事が手の離せない時期だったため、今日まで弟の元を訪れることができなかったのである。
「気にするなって。怪我はしたものの、俺は元気なんだから」
「義兄さんたちも忙しかっただろうから、仕方ないよ」
キッチンから料理を運んできたアイナも、兄弟たちの会話に交ざる。
「あ、コウスケ義兄さん、悪いけど、料理を運ぶの手伝ってくれる?」
「それでしたら、わたくしたちが」
「そうだな」
「ボクも手伝いまーす!」
アイナと共に、キッチンへと向かうイチカたち。それを見て、トウマとコウスケは嬉しそうに笑う。
「なんだかんだで、ここは男所帯だったからな。同性の家族……と呼ぶにゃまだちと早いから……同居人? まあ、そんなのが増えて、アイナもあれで結構楽しそうじゃねえか」
「僕はてっきり、キャロルがこの光景に加わると……あ、ごめん、ショウ」
トウマとコウスケも、キャロルの失踪とショウの怪我の原因は聞いている。
彼らもキャロラインのことは、近い将来に義妹になると思っていたし、親しくもしていた。
まさか、そのキャロラインがショウを撃ち、突然姿を消すとは思ってもいなかったのだ。
「気にするなよ、コウスケアニキ。俺はもう吹っ切れているから。さすがに自分を撃った相手に、いつまでも気持ちを残すこともないさ」
「それならいいんだが……」
「まあまあ。それより、オヤジから聞いたが、何かすっげえ装甲車も見つけたんだって? 是非、俺にも見せてくれよ」
ちょっと暗くなった雰囲気を吹き飛ばそうと、トウマが話題を変える。
アーミー趣味のあるトウマは、幼い頃から装甲車や戦車などが好きであり、今日は義弟の見舞いの際、義父から聞いていた装甲車を見せてもらおうと思っていたのだ。
期待に目を輝かせる「長男」に、「次男」と「四男」はまた始まったかとちょっと呆れた。
「装甲車……《ベヒィモス》なら、一階のガレージだ。食事が終わったら見せるよ」
「おう、絶対だぜ?」
「ショウおじちゃんの新しいお車、カリンも見たい!」
ようやく場の雰囲気にも慣れてきたのか、母親の陰から出てきたカリンがぴょんぴょんと飛び跳ねながら言う。
「なあ、カリン。何度も言っているけど、俺のことは『お兄ちゃん』と呼んでくれよ。アイナのことは『お姉ちゃん』って呼んでいるだろ?」
「だって、ショウおじちゃんはショウおじちゃんだし、アイナお姉ちゃんはアイナお姉ちゃんだよ?」
カリンの頭を撫でながら、何とか自分の呼び方を矯正しようとするショウだが、その努力はまだまだ続きそうだった。
◆◆◆
「おおおおっ!! すっげえな! これが《ベヒィモス》か!」
夕食後。
フィッシャーマン宅の一階は、半分以上がガレージとなっており、そこに駐められている《ベフィモス》を見て、トウマが嬉しそうな声を上げた。
「なあ、なあ、中も見せてくれよ!」
「構わないよ。フタバ」
「イエス、マスター」
《ベヒィモス》には搭乗者の生体情報が登録されており、ショウ、もしくはイチカたち《ジョカ・シリーズ》が一緒に搭乗しなければエンジンは始動しない。
搭乗用のハッチも同様で、ショウたちの誰かがいないとロックは解除されないのだ。
ガレージまでショウと共に来たフタバがハッチのロックを解除し、トウマを車内へと招き入れた。
ちなみに、イチカはアイナを手伝って食事の後片付け、ミサキはいつの間にかすっかり仲良くなったカリンと遊んでいる。
ショウの装甲車を見たいと言っていたカリンだが、ミサキと仲良くなってからは、彼女と一緒に遊ぶ方が重要らしい。
「おお、中もすげーな! 俺が勤める自警団にも武装車両はあるけど、ここまで装備の整った車両はないからなぁ。くそ、ショウ、上手いことやりやがったな!」
羨ましそうに呟くトウマ。だが、義弟からこの装甲車を奪おうという意思は全くなく、ただ単純に義弟が手に入れた新しい車両を羨ましく思っているだけである。
「自警団を辞めて、ショウと同じ発掘者に転職すっか? そうすりゃ、俺もこんな装甲車を手に入れられるかもしれねえし」
「こんなお宝は、そうそう見つからないぞ? 俺も発掘者を始めて二年以上になるが、これだけ大きな物を発掘したのは初めてだしな」
「やっぱ、そう簡単にこれだけのシロモノは見つからないかぁ」
トウマと共に《ベヒィモス》の車内に入ったショウは、義兄との他愛ない会話を楽しむ。
「なあ、ショウ。おまえ、これからも発掘者を続けるんだよな?」
「そのつもりだよ。フタバたちも手伝ってくれるそうだしね」
「我々《ジョカ・シリーズ》は、マスターのために存在している。マスターの意思には、それが何であろうとも従う所存だ」
「そっか。フタバ……だったよな? 義弟の力になってやってくれ」
「承知した」
「なあ、ショウ。おまえが発掘者を続けるっていうんなら、俺たちやオヤジは何も言わねえ。その代わり、無茶だけはすンじゃねえぞ。おまえに何かあったら、俺たちはもちろん何よりアイナの奴が悲しむからな」
「ああ、分かっているさ」
「なら、よし!」
ぱん、とトウマは義弟の背中を叩く。それがまだ完全には治っていない怪我に響き、思わず顔を顰めるショウを見て、フィッシャーマン家の「長男」は豪快に笑った。
◆◆◆
「え? 家事を教えて欲しい?」
食事の後片付けが終わった時、イチカから突然家事を教えて欲しいと言われ、アイナは驚いたような、それでいて戸惑ったような声を上げた。
「はい、アイナ様の家事技能を、是非ご教授願いたいのです」
と、イチカがアイナに対して頭を下げる。
「アイナ様の料理の味こそが、ショウ様が最も親しんだ味でしょう。わたくしはそれを再現したいのです」
「うーん、教えるのはもちろん構わないけど、今まで誰かに教えたこととかないんだよなぁ……具体的にはどうすればいい?」
首を傾げながら、アイナは問う。
「いつも通りの家事の工程を、わたくしの前でしていただければそれで大丈夫です」
イチカいわく、視覚情報から料理などの家事の様子をデータ化し、それをフタバやミサキと共有するとのこと。
「……そうだった。イチカたちってアンドロイドだったっけ……」
見た目や仕草が人間そっくり過ぎて、ついつい彼女たちがアンドロイドであることを忘れてしまう。
「皮膚の手触りなんかも、本当に人間そっくりだし……イチカたちを造った創造者って人、相当な拘りがあったんだろうねぇ」
つんつんとイチカの手の甲を指で突きながら、アイナは呟く。
イチカたち《ジョカ・シリーズ》の体表には特殊な人工皮膚が張られており、その弾力や手触りなど、人間の皮膚と遜色ないレベルである。
「そういや、怪我が完全に治ったらイチカたちの発掘者としての装備を揃えたいから、買い物に付き合って欲しいってしょーちゃんに言われていたっけ」
ショウが入院中、イチカたちはアイナと共に日常的に必要な衣類を買い揃えた。
しかし、アイナでは発掘者としての装備はまるで分からないため、ショウが退院してから買い揃えることにしたのだ。
もちろん、イチカたちなら戦闘用装備に関しての知識もあるが、主であるショウの許可も得ずに買い揃えるわけにはいかないらしい。
装備には衣類も含まれるので、ショウは念のためにアイナにも一緒に来て欲しいのだろう。
ちなみに、三人の衣類数着分を購入した際の金額を見て、ショウがちょっと遠い目をしていたのを、アイナは知っている。
「……これで三人分の戦闘装備を買い揃えたら、しょーちゃんのお財布に更なる大ダメージを与えそうだけど、大丈夫かなぁ?」
少しぐらい自分も手伝ってあげた方がいいのではないだろうか、と考えつつも、ショウと一緒に出かけられることを嬉しく思ってしまうアイナだった。
◆◆◆
東京湾アクアライン。
かつては、神奈川県川崎市から東京湾を横断し、千葉県木更津市へと繋がる有料道路だった。
しかし、現在では海が【インビジブル】の支配領域となったため、危険すぎて誰も使わない。
当然、整備などされるはずもないため、アスファルトなども割れ放題であり、時折海から道路上へと這いあがった【インビジブル】がうろつく姿も見受けられる、関東エリアでも最も危険な「巣穴」へと変貌してしまった。
そんなアクアラインの中継地点ともいうべき、海ほたるパーキングエリア。こちらもかつては展望デッキやモニュメント、各地のグルメなどが楽しめる観光スポットだったが、当然のように今では誰一人寄り付きもしない無人島と化している。
だが。
そんな無人島に、今日だけは人影があった。
年齢は三十代半ばほどだろうか。2メートル近い巨躯と、それに見合ったがっしりとした体格の、明るい茶髪の男性である。
その男性の傍らには、大口径のマテリアルライフル──対戦車ライフルが、無造作に壁に立てかけられていた。
「うーん、いい天気だねぇ」
建物の壁に背を預けて青く澄んだ空を見上げながら、男性が微笑む。
そこだけ見れば、休日にのんびりと海ほたるを楽しむ観光客にも見えるだろう。
しかし、彼の周囲にはおびただしい数の【インビジブル】の死骸が転がっていた。
命の灯が消え去ってから、まだそれほど時間も経過していないのだろう。【インビジブル】の死骸は崩れることもなく、青白い血の海を形成しながら無言で横たわっていた。
「数年振りに旧き同胞から連絡があったかと思えば、こーんな海の上の『巣穴』を掃除しておけとか勝手なこと言いやがって……あいつ、俺のことを何だと思っていやがるんだ?」
「もちろん、旧き同胞にして、良き友人だと思っているけど?」
突然聞こえてきた、女性の声。だが男性は別段驚くこともなく、声のした方へと振り向いた。
「よう、ティナ。元気そうで何よりだ。三年……いや、もっとか? 随分と会っていなかったけど、変わってないな……って、どうした? 何か変な顔しているぞ?」
「いえ、本名で呼ばれたのが久し振りだったから、ちょっと戸惑っただけよ」
「ああ、そうか。任務中は『キャロライン』とか名乗っていたんだっけか?」
そう。
男性に声をかけた女性は、ショウを撃った後に姿を消した、キャロラインに間違いなかった。
「そういうケビンは……また一回り以上、体が大きくなっていない?」
「おう! 我らが神から、更なる祝福を与えられたからな!」
と、ケビンと呼ばれた男性は、丸太のように太い両腕に力を込め、盛大に盛り上がった筋肉をアピールする。
「暑苦しいから止めてくれない? 私、発達しすぎた筋肉って好きじゃないのよね」
「そういや、そうだったな。だから、例のターゲット……カワサキの代表の息子だっけか? そいつとは随分と仲良くやっていたみたいじゃないか。その息子くん、ティナの好みだったわけだ」
「そうね。彼のことは……ショウのことは、本気で愛していたわ。ただ、私とショウの未来が重ならなかった。それだけよ」
「ふーん。ま、おまえの恋愛にはあまり興味ないからどうでもいいけどな。で、連絡を寄こしてきたってことは、目的の物が見つかったわけだ」
壁から背を離し、ケビンは傍にあったマテリアルライフルを片手で持ち上げた。
そして、そのまま流れるように側面へと銃を振る。向けられた銃口は一切のブレを見せずにぴたりと止まり、そこから強烈な咆哮を放つ。
咆哮と共に吐き出された巨大な弾丸が、音もなく忍び寄ってきた【インビジブル】の頭部を破裂させる。
「〈ストーカー〉……隠密性が極めて高い【インビジブル】ね」
〈ストーカー〉という識別名で呼ばれる【インビジブル】は、その名の通り忍び寄ることを得意としている。
視覚、嗅覚、聴覚など、人間のほとんどの感覚では捉えることが難しく、「暗殺者」の別名でも呼ばれる極めて危険な【インビジブル】である。
「ま、俺にかかればこれくらい、どうってこともねえよ」
「とはいえ、こんな危険な所にいつまでもいたくはないわ。早く『本土』に戻るとしましょう」
「おまえが、ここをランデブーポイントに指定したんだろうが……ったく、しゃーねーなぁ」
ぶつぶつと文句を言いつつも、ケビンは左手首に装着したマルチデバイスを操作する。
しばらくすると、彼らがいる場所のすぐ近くの海が盛り上がり、海面を割って何かが浮上してきた。
「では、シンデレラ姫。カボチャの馬車が到着致しましたので、このネズミの御者めが舞踏会の会場へとご案内いたしましょう」
右手を胸に当てながら、慇懃な態度で腰を折るケビン。
そんな彼に苦笑しながら、キャロラインは……いや、ヴァレンティーナはケビンが言うカボチャの馬車──巨大な武装潜水艦へと、ゆっくりと足を向けるのだった。
これにて第1章は終了。
第2章以後は、かねてからの予定通り、週一での更新となります。
次回の更新は4月28日(月)の予定。
更新は、基本毎週月曜日の午前0時に行いますので、引き続きお付き合いいただけると幸甚です。
では、これからもよろしくお願いします。




