調査結果
「それで、あのお姉ちゃんたちを調べた結果はどうだった?」
カワサキ・シェルター代表としての執務室。そこに据えられた机に肘をつき、ウイリアムは目の前に並ぶ三人の人物たちに質問した。
「じゃあ、ワシからいくか」
そう答えたのは、50代後半の男性だ。
ウイリアムほどではないが、大柄な体と太い腕を持つ、白髪を短く刈り込んだ気難しそうな男性である。
「あのアンドロイドたちの体内にゃ、危険物は見当たらなんだ。とはいえ、さすがに分解しちまうわけにもいかねえってんで、X線を始めとした各種スキャナーで検査した範囲に限った話だけどな」
そう言いながら、男性は《ジョカ》たちをスキャンして得た資料を空中投影しながら話を続けた。
「しっかし、あれだけ精巧なアンドロイドをどこのどいつが造り出したのやら」
「ゲンゾウでも複製は難しいか?」
ウイリアムの問いかけに、男性──カワサキ・シェルター技術部門主任のサカキ・ゲンゾウは、その白くてぶっとい眉毛を不愉快そうに吊り上げた。
「おい、リアム。てめぇ、誰に向かって聞いていやがんだ? 確かにあの嬢ちゃんたちに使われている技術はとんでもねえが、目の前に実物がある以上、ワシに同じ物が造れねえはずがねえだろ!」
じろり、とウイリアムをゲンゾウは睨みつける。
その鋭い視線を軽く受け流し、ウイリアムはにやりと口の端を吊り上げた。
「じゃあ、複製できるんだな?」
「できるかできないかで言やぁ、できる。ただし、材料費や製造費、製造するための設備などのコスト面、造った後の整備性などの一切合切を無視すれば、な」
「そいつはつまり、製造はできるが量産は厳しいってことか?」
「そういうこった。ま、ワシに可能なのは、あくまでもボディを製造するだけだ。それ以外に関しては、他の二人の担当だな」
ゲンゾウに言葉と共に視線を向けられて、残る二人の内、茶色い髪を肩で切り揃えた30代前半ほどの女性が口を開く。
「彼女たちのメイン動力は電気だけど、搭載されている人工筋肉を動かすために、特殊な薬品も使われているわね」
「特殊って、どう特殊なんだよ、アカネ」
カワサキ・シェルター化学・薬品部門の主任であるフジムラ・アカネは、フレームレスの眼鏡を指で押し上げ、ゲンゾウ同様に資料を空中投影しながら言葉を続ける。
「例えば、私たち人間の筋肉は微弱な電気に反応して収縮しているのは知っているわね? だけど、彼女たちに搭載されている人工筋肉は、ある種の化学反応を応用して収縮しているのよ。人工筋肉やそれを動かす薬品自体は作れなくはないけど、こちらもかなり割高になりそうね」
「薬品ってことは、使っている内に劣化するってことか?」
「そういうこと。あの人工筋肉はかなりの出力を期待できる反面、薬品の劣化も相当早くなるから定期的な交換が必要と思われるわ」
「…………つまり、更にコスト面で負担になるってわけか?」
ウイリアムの言葉に、アカネはゆっくりと頷いた。
「じゃあ、最後は僕だね」
最後に残った人物。癖のある黒髪を緩く伸ばした20代後半の男性が、説明を引き継ぐ。
彼はカワサキ・シェルターの電子・通信部門の主任であり、ウイリアムの養い子の一人でもあるドウモト・コウスケだ。
「ゲンゾウさんとアカネさんの経験と技術があれば、あのアンドロイドのボディは完全に近い状態で再現することも可能だと思う。だけど、最大の問題は頭脳……思考を司るAIだと僕は考えている」
「確かに、あのお姉ちゃんたちは、ほぼ人間と同じと言ってもいいぐらい高性能なAIを積んでいるのはオレにだって分かるが、コウスケがそう言うってこたぁ、相当難義なシロモノってことか?」
「難義……というか、再現するのはまず不可能だと思うよ」
コウスケが言うには、三体の《ジョカ》たちに搭載されているAIは、あくまでも補助的なものでしかないらしい。
「つまり、本体ともいうべき超高性能AIがどこか別の場所にあって、特殊な回線でリンクされているんだ。でなきゃ、人間の頭サイズに収まるAIであれだけ複雑な情報処理が可能なわけがないんだよ」
「だが、【ブルーミスト】などで通信障害が発生したらどうなる?」
ウイリアムが疑問に感じるのももっともだろう。【ブルーミスト】に限らず、通信障害はいつ生じるか分からないからだ。
「だから、たとえ【ブルーミスト】でも接続が邪魔されないような、かなり特殊な回線を利用していると思う。僕も可能な限り調べたけど、どんな回線を利用しているのかまるで分からなかったよ」
三人の各部門の主任からの報告を聞き、ウイリアムは椅子の背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
「つまり、あのお姉ちゃんたち……《ジョカ・シリーズ》を完全に複製、運用するのは現状じゃ無理ってわけか……」
ウイリアムは、《ジョカ》を複製してシェルターの防衛戦力として利用できないか、と目論んでいたのだ。
確かに彼女たちは息子であるショウを助けてくれた。そのことに関しては、ウイリアムも彼女たちに感謝している。
だが同時に、ここカワサキ・シェルターを預かる代表としても、あれこれと考えを巡らせていたのだ。
「元より、ロボットを戦力化するって計画は【パンデミック】中にもあったろう? ワシの所にも当時、何とかまだ機能していた政府……というか、間に入った得意先からそんな依頼があったのを覚えておるぞ」
地球上のあらゆる生物に感染しうる【インビジブル】に対し、感染する恐れのない戦力として機械化兵や自動兵器を投入することは、誰もが思いつくアイデアだった。
だが当時、そして現在でも、人間と同様に状況を判断し、作戦展開が可能な機械化兵は実用化されていない。
【パンデミック】後期にいくつかの自動兵器が投入された記録はあるが、《ジョカ・シリーズ》ほど独自に、かつフレキシブルに運用できるものではなく、逐一人間が命令を与えたり、遠隔操作が必要だったりしたことで、期待されたほどの戦果は挙げられたかったのだ。
「だけど、研究するのは無駄じゃないでしょう? 研究を続ければ今は無理でも、将来的には彼女たちに近い機械化兵が造り出せるかもしれないしね」
「……だな。よし、財務部門にはオレから話して予算を計上させておくから、少しずつでもいいから研究してみてくれ。とはいえ、どれだけの予算をぶん取れるかは不明だけどな」
最後、おどけたように付け加えたウイリアムに、三人の主任たちは苦笑を浮かべる。
「ウチの財務部は厳しいわよね。いろいろと」
そう口にしたアカネに、残る二人の主任も頷く。そうやら、各主任たちも予算には苦労しているらしい。
◆◆◆
「ようやく退院だねぇ、しょーちゃん」
ショウが《ジョカ》たちと共に、ヨコハマ遺跡から生還して、既に二週間が経過していた。
キャロラインに撃たれた怪我も順調に回復し、まだまだ完治はしていないものの、ショウには退院の許可が下りたのである。
もちろん、完治するまでは定期的に通院し、自宅療養に徹するわけだ。
「……随分と体が鈍っちまったな。元通りのコンディションを取り戻すまで、どれだけかかるか……」
「リハビリ、頑張ってね。もちろん、アタシも全面的に協力するから」
「アイナ先生が協力してくれるのは、非常に心強いな」
「でしょ、でしょー」
えっへん、とばかりに胸を張るアイナに、ショウは柔らかく微笑む。
入院中、アイナはかいがいしくショウの面倒を見てくれた。この病院が勤め先ということもあり、仕事の手が空いた時などしょっちゅうショウの病室へ来ていたほどだ。
そして、ショウの面倒を見ていたのは彼女だけではない。
「主様。荷物の片づけと運び出しの準備、つつがなく終了しました」
「いつでも退院できるぞ、マスター」
「ボク、ご主人様の家に行くのがすっごく楽しみー!」
当然のように、三体の《ジョカ》たちもショウに尽くしてくれた。
アイナもよくショウの所に顔を出してくれていたが、それでも仕事がある。アイナがショウの傍を離れる時でも、《ジョカ》の誰かは常にショウの傍にいたのだ。
「なあ、三人とも、いい加減、その主様とかマスターとかご主人様っての、どうにかならないか?」
辟易した様子で零すショウ。《ジョカ》たちは人前でもショウのことをそう呼ぶので、さすがに恥ずかしい。
「…………では、わたくしは『ショウ様』、とお呼びさせていただきます」
「マスターはマスターだ。別に気にしなくてもいいだろう?」
「そうそう。ご主人様はご主人様ですからー」
《イィ》は素直にショウの提案を聞き入れてくれるようだが、他の二人は無理らしい。
「申し訳ありません、ショウ様。妹たちのAIはちょっと融通が利かなくて……」
「まあ、コンピューターとかAIってのは本来、融通が利かないものだけどな」
コンピューターや未学習状態のAIなどは、フレキシビリティが低くて融通が利かないものだが、どうやら《アァル》と《サン》のAIは、逆にフレキシビリティが高すぎて融通が利かないようだ。
「あ、そうだ! しょーちゃん、お義父さんからの伝言なんだけど、『装甲車の方も調査が終わったから、今後は自由に使っていい。ただし、維持費は当然自分で持てよ』だって」
「ああ、あの装甲車……《ベヒィモス》も調査したのか。そりゃ《ジョカ》たちだけじゃなく、あの装甲車も調査するよな」
「お義父さんが、《ジョカ・シリーズ》のメンテナンスシステムに関しては、鍛冶屋の頭領が目の色変えていたけど、装甲車自体はそれほど目新しい技術は使われていないって言っていたよ?」
「あの装甲車、既存の装甲車の改修型って感じだったからな」
「ふーん。アタシ、装甲車とかよく分からないけど、アタシも一度乗ってみたいから、今度乗せてね?」
アイナのお願いに頷きながら、ショウは腰を下ろしていたベッドから立ち上がった。
すかさず、怪我でまだ満足に歩けないショウを、アイナが肩を貸して支える。
「じゃあ、みんなで家に帰ろうか」
ショウの言葉に、《ジョカ》たちが嬉しそうに微笑む。
検査の結果、特に異常も危険もないとカワサキ・シェルターの上層部に判断された《ジョカ》たちは、正式にショウの「所有物」となった。
ただし、余計な混乱や憶測を呼び込まぬよう、彼女たちがアンドロイドであることは伏せることとなったが。
彼女たちがアンドロイドであることを知るのは、ショウとアイナ、そしてウイリアムを筆頭としたカワサキの上層部、その一部だけである。
ショウの「所有物」となった《ジョカ》たちは、これからはショウとアイナ、そしてウイリアムと同じ家で暮らすことになる。
そして、今後も発掘者を続ける予定のショウを、《ジョカ》たちはサポートしていくことになるだろう。
「あ、そうだ!」
病室を出たところで、ふと思いついたようにアイナが言葉を発した。
「彼女たち……《ジョカ》たちにも、ちゃんとした名前があった方がいいと思わない?」




