帰還と説明
「お義父さんっ!! しょーちゃんが大怪我したってどういうことっ!?」
と、大声を上げながら部屋──カワサキ・シェルター外周部にある隔離施設の談話室──へ飛び込んできたのは、もちろんアイナだった。
だが、しかし。
「しかも、しょーちゃんが怪我しただけじゃなく、キャロルも行方不明って…………え? あ、あれ?」
談話室へと飛び込んだアイナが、きょとんとした表情で部屋の中を見回す。
なぜなら、そこにいたのは義父であるウイリアムだけではなく、見知らぬ女性が三人もいたからだ。
「あ、ご、ごめんなさい。てっきりお義父さんしかいないと思って……」
「ったくよぉ、ショウが怪我したって聞いて、慌ててここに来たンだろうが……おまえの職務上、ショウの怪我についてはいくらでも詳しいことを聞けただろうに……」
アイナは、ここカワサキ・シェルターを代表する医師の一人である。そのため、ショウが負った怪我について、いくらでも情報を得ることだってできる。
今のカワサキ・シェルターに、医師の数はまだまだ十分とはいえない。そのため、医師の間で患者の各種情報は共有される場合が多いからだ。
加えて、ショウとアイナがウイリアムの家族であることは、カワサキ・シェルターでは結構有名である。
若いながらも評判のいい発掘者と、同じく年若くても有能な医師兼研究者。加えて、義理とはいえシェルター代表であるウイリアム・フィッシャーマンの子供である。
シェルターの運営、もしくはそれに関連する仕事に就いている者であれば、この二人とその関係を知らない者はまずいないだろう。
「ショウの怪我については、決して軽傷ではないが命に関わるって程でもないから安心しろ。ショウは弾丸摘出手術も無事に終えて、今は精密検査中だ」
「そ、そうなんだ……よ、良かったぁ……」
ふうううう、と大きく息を吐き出すアイナ。
その後、彼女の視線はこの場にいる三人の女性たちへと向けられた。
「それで……この人たちは?」
「実はオレもまだ詳しいコトは聞いちゃいねえンだが、どうも彼女たちがショウを助けてくれたみたいでな」
「あ、そうなんだ。それは……しょーちゃんを助けていただきまして、ありがとうございました」
三人の女性たちに向けて、アイナはぺこりと頭を下げた。
「いえ、我々は主様……ショウ・アリサワ様に仕える存在。当然のことをしただけです」
アイナの感謝の言葉に対し、三人の内の一人、金髪で赤い瞳の女性がそう答えた。
「は? え? あ、主とか仕えるとかって……どういうこと?」
アイナの視線は、女性たちから義父であるウイリアムへと移動する。
「それに、この人たちってしょーちゃんと一緒にカワサキ・シェルターに戻ってきたんじゃないの? だったら、まだ隔離期間中のはずだけど?」
今、アイナたちがいるのは隔離施設の中ではあっても、誰もが入れる談話室である。そのため、隔離期間中の者は談話室には入ることはできないのだ。
「それなンだがなぁ……このladyたちが言うには、彼女らは人間じゃないんだとよ」
信じられるか? と続けた義父の言葉を、アイナはぽかんとした表情で聞いていた。
◆◆◆
ショウの隔離期間が終わった三日後。
改めて、ショウと《ジョカ》たち、そしてウイリアムとアイナは、ショウが入院している病室──隔離期間が終了した後、一般の医療施設へと移動した──で、詳しい事情を聞くことにした。
なお、ショウの隔離期間中、《ジョカ》たちも他の人間と同様に隔離されていた。《ジョカ》がアンドロイドであることはあまり大っぴらにしない方が良さそうだ、とウイリアムが判断したためである。
そして、三日の隔離期間が終わり、【インビジブル】感染の検査も晴れて陰性であったことから、改めてこの場を設けたのだった。
「…………つまり、何だ? ショウにもこの《ジョカ》って連中のことは良く分からねえってことか?」
「その通りだよ、親父。彼女たちがどうしてあんな場所に隠されていたのか、そして、どうして俺を主人としたのか、全く分からないんだ」
ベッドを起こし、そこに背中を預けたショウは、ウイリアムの問いにそう答えた。
そして、ショウは自身が身を預けているベッドの傍らに立つ、三体……いや、三人の《ジョカ》を見た。
「改めて聞かせてくれるか? どうして君たちがあんな場所にいたのか、そして、どうして俺を主と認定したのかを」
「はい、主様。権限が許す限りお答えします。その前に、改めて皆様に自己紹介をしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
《イィ》の言葉に、ショウは黙って頷いた。
「では皆様、改めまして。わたくしは《ジョカ・シリーズ タイプ:イィ》と申します」
「同じく、《タイプ:アァル》だ」
「ボクは《タイプ:サン》でーす」
そして、一糸乱れぬ姿勢で三体同時にぺこりと頭を下げた。
「『イィ』に『アァル』に『サン』ねぇ……確か、中国語で『1』『2』『3』って意味だったよな?」
「多分、機体の形式番号みないなものじゃないかな? それに、『ジョカ』……『女媧』って中国の神話に登場する、人間を創造したっていう蛇身人頭の女神じゃなかったっけ?」
「中国の神話に中国語の『1』『2』『3』ねぇ……単純に考えれば、このお姉ちゃんたちを造ったのは中華系の人間ってことになるが……じゃあ、どうしてヨコハマ遺跡にこのお姉ちゃんたちは隠されていたンだ?」
「残念ですが、その質問にはお答えできません」
「なに?」
ウイリアムは、その悪党顔を更に凶悪にしながら《イィ》を見る。
とはいえ、彼に《イィ》を脅そういう意図は特になく、単に顔を顰めたら元々の悪党顔が更に凶悪になっただけだが。
対して、《イィ》はウイリアムの強面など全く気にすることなく言葉を続けた。
「我々を造り出した創造者に関しての情報は、最上位でプロテクトがかけられております。そのため、たとえ主であるショウ様にも開示することはできません」
「ほう? じゃあ、例えば……あくまでも例えばの話な? おまえさんらの頭の中から、強引にその情報を引っこ抜いたらどうなる?」
「そんなことは不可能、とお答えします。わたくし自身が自分、及び《アァル》と《サン》のAIに常に防壁を構築しておりますので、それを突破するにはそれこそ我らが創造者でもなければ不可能でしょう。仮に、わたくしが組み上げた障壁を突破したとしても、その際は全ての情報が消去されるようにプログラムされております」
きっぱりとそう答えた《イィ》に、ウイリアムの悪党面が強張り、すぐに苦笑へと変わった。
「あー、OK、OK. オレとしても、息子の恩人相手に無体な真似をするつもりはねえよ。たとえ、相手がアンドロイドだったとしても、な。ンじゃ、次の質問だ」
◆◆◆
「おまえさんらは、ショウを主と認定した。その理由を聞かせてくれ」
ショウ自身も、なぜ《ジョカ》たちが自分を主として認定したのか、全く心当たりがない。だが、そこには明確な理由があるはずだ。
ただ単に、彼女たちを目覚めさせたから主に認定された、ということはないだろう。
「わたくしたちには、仕えるべき者……言い換えれば、優先的に命令を与えることができる方の遺伝子情報が四名登録されております。その中でも最上位に登録されているのが、我らが創造者です」
「んー…………まあ、それは理解できるってもンだな。自分が造り出したアンドロイドに対して、最上位で命令権を有するよう設定するのは当然だろうしよ」
ウイリアムは納得したように何度も頷く。そして、無言で《イィ》に続きを促した。
「創造者に続く第二位の命令権を有する方は三名。マサオ・アリサワ、ルイ・アリサワ、そして、ショウ・アリサワのお三方が登録されております」
「え? も、もしかしてそれって……」
《イィ》の言葉を聞いたアイナが、弾かれたようにショウへと視線を向けた。
そして、ウイリアムもまた、無言でショウをじっと見ている。
「ああ、親父とアイナが考えた通り、アリサワ・マサオとアリサワ・ルイは俺の両親の名前だ」
「しょーちゃんだけじゃなく、しょーちゃんのお父さんとお母さんも、彼女たちへの命令権を有しているってこと? 一体どうして……」
「その創造者って奴が、ショウの肉親だって考えれば頷けなくはないが……おい、ショウ、何か心当たりはないか?」
「…………いや、ないな」
ショウはしばらく考えた後、そう答えた。
「俺の両親はごく普通の会社員だったし、父方・母方どちらの祖父母もよく知っているが、こんな精巧なアンドロイドを造り出せるような人たちじゃなかったよ」
「他の肉親はどうだ?」
「俺の両親はどちらも兄弟姉妹はいなかったみたいで、他の肉親に心当たりは……」
ショウがかつての東京で両親と暮らしていたのは、11歳の時までだ。それまで彼が会ったことのある肉親は、両親と双方の祖父母だけ。伯父(叔父)や伯母(叔母)、従兄弟などとは会った記憶はない。
そして、ショウの肉親たちは日本生まれの日本育ち。《ジョカ・シリーズ》を造り出した創造者とやらが中華系の人間である可能性が高いのであれば、それにも該当しない。
「そういや、中華系の人間といえば……」
「ん? 何か思い当たることがあるのか?」
ふと思い当たったことを口にしたショウに、ウイリアムが問う。
「この《ジョカ》たちが隠されていたビルは、LHエレクトロニクスの日本支社だったみたいなんだが……」
「LHエレクトロニクスだぁ? そりゃまた、かつての大企業じゃねえか!」
【パンデミック】以前の生まれであるウイリアムは、当然LHエレクトロニクスを知っている。
「確か……LHエレクトロニクスって、リー・ハオ博士が興した企業じゃなかったっけ? 博士は多方面にわたる天才だって話だから、もしかして彼女たちを造ったのは……」
アイナもLHエレクトロニクスとリー・ハオ博士について知っていたようだ。それを知り、もしかして自分の知識量が一般よりもやや劣っているのか、と密かに心配になったショウである。
「リー・ハオ博士は、公表によると中華系アメリカ人だったな。なら、中国の神話やらに詳しくても納得できなくもないが……となると、ショウはリー・ハオ博士の肉親ってことになるのか? まあ、件の創造者とやらがショウの肉親って推測が正しければの話だがよ?」
「それは違うと思う。俺の祖父母はどちらも日本生まれの日本育ちだ。実際、双方の祖父母とは何度も会った記憶があるし、祖父母たちが住んでいた場所も関東だったぞ?」
「じゃあ、仮に《ジョカ》たちを造ったのがリー・ハオ博士だったとしても、しょーちゃんとの関係が全く不明よねぇ……」
病室の中に静寂が訪れる。自分たちを造り出した創造者に関して、《ジョカ》たちは全く話す気はないようだ。もちろん、そのようにプロテクトをかけられているからだろう。
「まあ、いい! 現状で分からないモンは、これ以上考えても無駄だ! それよりも、これからのことを考えようぜ!」
ぱん、と大きく手を叩いたウイリアムは、その視線を三体の《ジョカ》たちへと向けた。
「おまえさんらがショウの恩人だってことは理解している。だが、俺もここの代表って看板を背負っている以上、カワサキ・シェルターに得体の知れないモノを入れるわけにはいかねえのよ。そこで、おまえさんらの体、しっかりと調べさせてもらえないか?」
《ジョカ・シリーズ》は未知のアンドロイドである。そのボディの中にどのような細工が仕込まれているか、全く不明だ。
もしかすると、カワサキ・シェルターにとって致命的な機能が仕込まれているかもしれない。それこそ、《イィ》たち本人も気づかない内に。
シェルターの代表という立場上、ウイリアムの提案は当然だろう。
「分かりました。わたくしたちの調査を受け入れます。ただし、主であるショウ様が許可すればですが……」
あくまでも、自分たちはショウの「所有物」である。という立場を彼女らは貫くようだ。
病室内にいる者の視線が、全てショウへと向けられる。そして、その視線を受けたショウは、苦笑しながら肩を竦めた。
「もちろん、許可する。しっかりと調べてもらって、文字通りの身の潔白を証明してくれ」
「承知しました、主様」
「イエス、マスター」
「はーい、ご主人様ー!」
三体は揃って頭を下げる。そして、再び頭を上げた時、《ジョカ》たちの視線は何故かアイナに向けられていた。




