装甲車《ベヒィモス》
ショウと《ジョカ》たちは、まずは彼女たちが研究室と呼んでいた場所から外へ出た。
この研究室には、ショウには理解できない機材が山ほどある。これらをカワサキ・シェルターに持ち帰ることができれば、もしかしたら一財産を築けるかもしれない。
だが、ここの機材を運び出すには、大掛かりな準備が必要だろう。
この研究室は地下にあるため、重機などがなければ掘り出すことさえできないだろうし、その作業も一日や二日で終わるとは思えない。
更に、周囲には危険な【インビジリアン】が数多く徘徊しているので、仮にここの設備を運び出すとしても、相当な難易度になるのは間違いない。
その辺りも親父と相談だな、とショウは心の中でそう決めた。
研究室には扉は一つ。その扉は通路へと繋がっていた。その通路を《イィ》に支えられながら歩けば、見覚えのある場所へと出た。
「…………ここは、俺たちが見つけた隠し通路か?」
そこは間違いなく、ショウとキャロラインが見つけた隠し通路だった。薄ぼんやりとした明かりが灯る通路の壁には、ショウが付けた赤黒い斑模様がある。
「隠し通路の途中に別の隠し通路を造るとか、ここを設計した奴は相当アレだな」
思わずそう零すショウに、彼に肩を貸す《イィ》はちょっとだけ苦笑するが、それ以上は何も言わなかった。
「まずは、マスターが捨て置いてきたというライフルの回収だ。マスターを守るためにも武器はあった方がいい」
ショウが最後に持っていた拳銃とその予備マガジン、ナイフは、今は《アァル》に預けてある。
銃撃戦も格闘戦もこなせるという《アァル》は、戦闘に特化したアンドロイドらしい。
《イィ》も《サン》も銃器を扱うことはできるが、やはり特化型に任せるのがベターだろう。
ショウたちはゆっくりと書斎らしき場所へと戻った。そして、そこに放置してあったライフルを回収し、改めて今後の逃走路について相談する。
「さて、問題はどうやってカワサキ・シェルターまで戻るか、だな」
ショウたちがカワサキからここまで来るのに使ったトラックは、おそらくキャロラインが持ち去っているだろう。
逃走した彼女がどこへ向かったのかは不明だが、カワサキ・シェルターに向かうことだけはないと思われる。そして、キャロラインがどこに向かったにしろ、トラックを使わないわけがない。
ここから徒歩でカワサキ・シェルターに戻ることもできなくはないが、ショウが軽くはない負傷をしている以上、徒歩での移動は避けるべきだろう。
「どこかに稼働可能な自動車でも放置してあればいいが……」
「単に故障しているだけなら、ボクが修理できるかもしれませんしねー」
操縦特化の《サン》は、操縦だけではなく修理系のスキルも所持しているらしい。更には、戦闘車両に搭載された機銃や砲などの扱いにも長けているとか。
「少しお待ちください。《サン》、主様をお願いね」
この書斎らしき部屋にあったソファにショウを座らせた《イィ》は、先ほどキャロラインが操作していた端末へと向かった。
いまだ電源が入ったままの端末を、慣れた様子で操作する《イィ》。
情報特化の彼女は、端末の操作やプログラミング、果てはハッキングやクラッキングといった行為を得意としているとのこと。
彼女のボディには様々なセンサーが搭載されており、それらを使った情報収集も《イィ》の得意分野であるとか。
キーボードの上で、《イィ》の細くて白い指が優雅に踊る。
端末のモニター上を、目で追えないほどの速度で表示が流れる。それを、ショウはソファに座りながらぼんやりと眺めていた。
◆◆◆
「傷、痛みますか、ご主人様?」
傍に立っていた《サン》が、心配そうな表情を浮かべてショウを覗き込む。
「さすがに全く痛まないというわけではないが、痛み止めを射ったから耐えられないほどじゃない…………しかし、本当に君たちはアンドロイドなのか? 見ただけでは人間と全く区別つかないぞ?」
「ボクたちは特別製ですからねー。えっへん!」
彼女たちの仕草や表情など、とても人工的に造られたものとは思えない。
ショウもこれまで二足歩行するロボットを見たことはあるが、それらは一目で「機械」であると分かる外見をしており、戦闘用や作業用に設計されたロボットたちは、それなりに滑らかに動くのだが、彼女たちほど「人間らしく」はない。
ロボットの設計などについては完全に素人であるショウから見ても、明らかに彼女たちのスペックは異常だろう。
現在のテクノロジーを遥かに超えた、オーバーテクノロジー。それが《ジョカ》と呼ばれる彼女たちなのだ。
一体、誰がこれほどまでの性能を有するアンドロイドを造ったのか。
そして、そのアンドロイドたちが、なぜショウに仕えるようにプログラミングされていたのか。
彼女たちに聞けば、何か分かるのかもしれない。だが、それはカワサキ・シェルターに戻り、養父であるウイリアムと相談してからでも遅くはないだろう。
彼女たちに関する情報は、養父と共有しておくべきだ。ショウはそう考えていた。
「どうだ、《イィ》?」
「少し待って……ああ、やっぱり、残されていたわ。わたくしたち《ジョカ・シリーズ》と一緒に開発された、《ジョカ・シリーズ》運用特化装甲車」
「運用特化装甲車……《ベヒィモス》だな?」
◆◆◆
「《ベヒィモス》……我ら《ジョカ・シリーズ》をより効率よく運用するために開発された、戦闘兼支援装甲車のことだ」
《アァル》の説明によれば、《ジョカ・シリーズ》をより効率的に運用するため、直接的な戦闘と《ジョカ・シリーズ》のサポートを目的として、《ジョカ・シリーズ》と同時に開発された装甲車。それが《ベヒィモス》と名付けられた装甲車のことらしい。
「チタン合金……α+β型合金をメインの装甲にして車重を軽減、装甲強度と高い機動性を有するのが特徴ですねー。あと、単なる装輪式ではなくメカナムホイール式にしたことで、より複雑な機動も可能となっています。反面、整備性や量産性はほぼ考慮されていないというデメリットもありますが、そもそも量産目的で設計された車種ではないのでー」
「戦闘用の装甲車の後方に整備用ユニットを連結することで、たとえ戦地でも我々の整備・修理を可能としています。また、整備用ユニットには、人間が生活できる簡易的な設備……ベッドやトイレ、シャワーブースなども付属されていますので、《ジョカ・シリーズ》だけではなく人間もある程度の快適性を確保できます」
「ちなみに、人間さんが使用する簡易トイレは、燃焼式でーす」
「トイレを我々が使用することはありませんが、シャワーの方は使用することもあるかと。人間のように新陳代謝による垢や皮脂などは発生しませんが、体表に汚れが付着することはありますので。我々が汚れたままだと、それは主様の不名誉にも繋がります」
《アァル》に続けて、《サン》と《イィ》も解説を付け加えた。
その《ベヒィモス》という装甲車は、《ジョカ・シリーズ》とそれを指揮・運用する人間双方のことを考えて設計されているらしい。
「それで、その《ベヒィモス》とやらは動かせるのか?」
《ジョカ》たちからの説明を受けたショウは、肝心なことを尋ねる。
その《ベヒィモス》とかいう装甲車がどれだけ優れていようとも、動かないのでは意味がない。
「問題ないようです。今すぐにでも動かせます」
端末を操作した《イィ》が、そう断言した。更に、彼女は続けて端末を操作していく。
すると、ぴ、という電子音と共に書斎の壁の一部が横へとスライドした。どうやら、ここにも隠し扉があったらしい。
「……また隠し扉か……この地下設備を設計した奴は、どれだけ秘密を抱えることが好きなんだか……」
呆れたように呟くショウ。そんな彼にやや苦笑する《ジョカ》たち。
「さあ、行きましょう、主様」
再び《イィ》に支えられ、ショウたちは隠し扉の向こうへと足を踏み入れた。
◆◆◆
「これが《ベヒィモス》とかいう装甲車か……」
隠し扉の先は階段になっており、その階段を下りた先はガレージになっていた。
そして、そのガレージに鎮座していたのが、件の《ベヒィモス》という名の装甲車である。
全長約8メートル、車幅約3メートル、全高約3メートル、総重量約20トン。
駆動は装輪式──四輪のメカナムホイールを装備し、それぞれのホイールが個別に駆動するため、通常の装輪式では不可能な機動も可能となっている。
エンジンは水素式で、補助に電気モーターも使用。現在の車両の動力は電気式が主流だが、戦闘などのパワーが要求される車両には水素式エンジンが搭載されることが多い。
余談だが、現在においてはガソリンの入手が困難であるため、ガソリン式エンジンはほとんど淘汰されてしまった。
主兵装にターレット式12.7ミリ連装機関砲。銃座からの直接操作、操縦席からの遠隔操作のどちらにも対応している。
副兵装として7.62ミリの機関銃が二門。こちらは車体側面に固定されて前方に銃口が向いているが、メカナムホイールの機動性を考えれば、どの方角にも素早く対処可能だろう。
乗員は車長一名、操縦手一名、砲手一名、情報管制手一名。その他、後部座席に四名まで乗車可能である。
連結された整備ユニット──整備ユニットを連結した際の全長は約12メートルになる──は、《ジョカ》たちの整備・修理用のメンテナンス・ベッドが二台の他、簡易的なソファやキッチン、ベッドやトイレ・シャワーなどの人間用の設備もあり、長期間に亘る野外活動を視野に入れて設計されている。
ちなみに、《ジョカ・シリーズ》の動力源は電気であり、基本的にはメンテナンス・ベッドで充電する。
一応、彼女たちの髪の毛が光蓄電素材でできており、こちらは補助充電的な役割を果たす。
日常生活にはこの光蓄電でも問題ないが、電力消費負が大きくなる戦闘行為の後などは、メンテナンス・ベッドによる充電が必要となるだろう。
整備ユニットに動力はなく、装甲車に牽引されるだけ。装甲車側から連結を解除できるので、戦闘時は整備ユニットを切り離すのが基本である。
◆◆◆
「これまたかなりの性能だな……」
《ベヒィモス》の車長席に座らされ、装甲車のスペックをざっと説明されたショウは、車内をぐるりと見回しながら呟いた。
車内は思ったよりも広く感じられる。閉塞感を感じさせないようにデザインされているのだろう。
「かつてこの国にあったというジエイタイで採用されていた装甲車をベースに、新規に設計したのがこの《ベヒィモス》でーす」
運転席に収まり、各種のチェックをしながら《サン》が言う。
今より50年ほど前──2022年に自衛隊での採用が決定した、フィンランドのパトリアが設計した装輪式装甲車であるAMV。後年にはそれの更なる発展型であるAMV-50が発表され、そちらも自衛隊で制式採用される運びとなった。
《ベヒィモス》は、そのAMV-50をベースに開発されたという。
「《ベヒィモス》の乗員登録、完了しました。以後、この装甲車は主様か我々の誰かが乗車していないと動かせません」
ショウの場合は、網膜と指紋の生体認識、《ジョカ》たちは特殊なパスコードを指先から発信することで、《ベヒィモス》を操縦する権利を得る。
これで、《ベヒィモス》はショウたちの誰かが乗車していなければ、全く操作できなくなった。
乗員登録としては、ショウが車長、《イィ》が情報管制手、《アァル》が砲手、《サン》が操縦手である。
「では、主様の怪我のこともありますし、早急に主様の拠点へと帰還しましょう」
「分かっているとは思うが、マスターの怪我に負担のかからないようにな、《サン》」
「はーい、了解でーす!」
「主様が拠点としているのは……距離的にカワサキ・シェルターでしょうか? 通信衛生よりロードデータを受信……《サン》に転送したわ」
【パンデミック】以前に打ち上げられた通信衛星は、今もまだいくつかが稼働している。
合わせて、最近はデータ収集用の衛星を新規に打ち上げるシェルターも増えてきており、カワサキ・シェルターでも一つの衛星を管理している。
この衛星を利用して、天気予報のデータ取得や、他のシェルターと情報のやり取りを行っているのだ。
「ロードデータ、受け取りましたー。これよりカワサキ・シェルターへと帰還しまーす」
そう宣言した《サン》がハンドルを握り、アクセルをゆっくりと踏み込む。
途端、ガレージ内に響く水素エンジンの静かな音。同時に、《イィ》が車内の端末を操作して、隠されていた地上への通路が開いていく。
「わたくしの各種センサーと車体をリンク。周囲の状況データ収集開始」
「ではではー! 《ベヒィモス》、発進しまーす!」
隠されていたガレージの出入り口が完全に開き、《ベヒィモス》がゆっくりと前進する。
通路から外へ出ると、《イィ》が再び出入り口を閉じる。ガレージ内や研究室などに、【インビジリアン】を侵入させないためだろう。
《ベヒィモス》が地上に出ると同時に、東の空が明るく輝き出す。どうやら、ショウたちはあのビルの中で一晩を過ごしてしまったらしい。
いろいろあったせいで、すっかり時間感覚が麻痺していたショウは、《イィ》に命じてカワサキ・シェルターへと連絡を入れる。
幸い、【ブルーミスト】は発生していないようで、何とか不明瞭ながらもカワサキと連絡を取ることができた。
もしかすると、【ブルーミスト】の濃度ではなく、この《ベヒィモス》と《イィ》の通信能力が高いからなのかもしれない。
ともかく、カワサキ・シェルターに帰還の連絡を入れたショウは、ウイリアムやアイナに今回の件をどう説明しようかと軽く悩みながら目を閉じた。
そして、そんな彼と三体の《ジョカ》を乗せた《ベヒィモス》は、どんどんと加速して荒野を疾走し始めるのだった。
《ベヒィモス》の設定考えるのが楽し過ぎて、気づけば今話の文字数が妙に増えてしまったのは、君と僕だけの秘密だからね? 誰にも言っては駄目だよ?
ちなみに、パトリアのAMVは実在しますが、発展型のAMV-50は自分の創作で実在はしておりません。




