プロローグ
新連載、はっじっまっるっよー!(笑)
そこは、完全なる廃墟だった。
かつて、日本と呼ばれた国の、東京と呼ばれた都市。
世界でも有数の大都市であったこの街も、今ではカラスさえ寄り付かぬ死都となってしまった。
後に【パンデミック】と呼ばれるようになった、宇宙からの侵略を契機に。
いや、それは侵略ではなかったのかもしれない。
単なる生存競争の結果、だったのかもしれない。
それでも人類は──いや、地球上に生息する全ての生物は、宇宙から飛来した未知の侵略者によって、その数を激減させた。
結果、国という枠組みが壊れ、人種という壁が崩れ、かつての半数以下にまで減少した人類は、誰とでも手を取り合って侵略者に対抗した。手を取り合うことでしか、侵略者に対抗する手段がなかったからだ。
だが、侵略者を完全に駆逐することは、結局不可能だった。
◆◆◆
動くものの全くない、幹線道路──かつては国道15号と呼ばれた道路の残骸を、四人の人物がゆっくりと歩いていく。
彼ら以外に、周囲に動くものはない。それでも、四人は緊張した様子を隠すことなく、注意深く、ゆっくりと歩を進めていく。
先頭に立つのは、長身の女性。おそらく、身長は170センチを超えているだろう。
見た目の年齢は20代前半ほど。ショートの黒髪と同色の双眸が、彼女の凛とした雰囲気を際立たせている。
黒系統の戦闘用ツナギの上から、所々に強化プレートを取り付けた防弾ジャケット──ダブルライダース風のジャケット──を着込み、手には大型のライフル。
腰に予備武器の拳銃と大型のナイフを提げ、足元は頑丈なアーミーブーツ。
表情にこそ緊張した様子は浮かんでいないが、その視線は刃のように鋭く周囲に向けられている。
その女性の次を歩むのは二人。
一人は小柄な女性──いや、少女と呼ぶべきだろうか。
内巻ワンカールにしたライトブラウンのミディアムの髪と、ぱっちりとした同色の瞳は大きくて愛くるしい。
年齢は15歳前後だろうか。活発で可愛い印象の少女だ。
ただ、なぜかこの少女は「可愛い」を前面に押し出したメイド服を着ていたが。
そんなメイド服の少女に並ぶのもまた、女性だった。
先頭を行く女性よりは低いものの、余裕で165センチを越えているその身長は、女性としては長身の部類に含まれるだろうか。
陽光に輝くロングウェーブの黄金の髪に、瞳の色は紅玉のごとく。
その身に纏うは、ネイビーブルーのスーツ風の戦闘服。ただし、ボトムスは膝上のスカートで、黒のストッキングに包まれた形のいい足を露出させているのが、やや場違いでもある。
落ち着いた印象のその女性は、三人の中では最も年上らしく、外見で判断する限り20代の半ばか後半ほどであろう。
その手には、隣のメイド服の少女と同じPDW──パーソナルディフェンスウェポン──に分類される銃器が握られている。
一行が十字の交差点へ差し掛かった時、三人の女性たちが素早く展開して、銃を構えながら索敵を行う。
「マスター、前方に敵影なし」
先頭を行く黒髪ショートの女性が告げる。
「ショウ様、左サイド、クリア」
「ご主人様、右もクリアでーす」
黒髪の女性に続き、残る二人も索敵を済ませて最後尾の人物へと報告する。
「イチカ、センサー類に反応は?」
最後尾にいた人物──四人の中で唯一、頭部をすっぽりとヘルメットで覆っている──が、交差点の左を警戒する金髪の女性へと問う。
体格やヘルメットの奥から響く声で、その人物が男性と分かる。
声の調子から、おそらくは20代の前半か中盤といったところだろうか。先頭の女性よりもやや長身の体は、都市迷彩柄の戦闘服と防弾ジャケットに包まれている。
「音響、振動、動体、全てのセンサーに反応な……いえ、お待ちください。音響と震動に反応あり」
イチカと呼ばれた金髪の女性が、緊張した様子で声を発した。
「種別は分かるか?」
「音響と震動センサーの反応をデータ照会…………照会完了。小型の二足型感染生物──識別名〈ゴブリン〉と推定。数は3、方角は正面」
少しだけ考えるような仕草をしてから、女性──イチカが答えた。
ただし、彼女が装備しているのはPDWと腰の拳銃、そして、肩から腰へと続くサスペンダーに予備の弾倉とナイフぐらいで、索敵用の機器は一切見受けられない。
そのことに一切疑問を持つこともなく、最後尾の男性が指示を出す。
「フタバと俺でツートップ、イチカとミサキはフォロー。ただし、フレンドリー・ファイアは遠慮してくれよ?」
「承知しました、ショウ様」
「イエス、マスター」
「お任せください、ご主人様―!」
ショウと呼ばれた男性の指示に従い、三人の女性たちが戦闘態勢に移行する。
前方に立った黒髪の女性──フタバとショウがライフルを構え、道路の先を睨みつける。
「──来ます」
背後からイチカの小さな警告。同時に、ショウとフタバの目に小さな人影が映り込む。
「撃て」
ショウの小さな呟きに、連続した銃声が応じた。廃墟と化した都市に二丁のライフルの咆哮が響き、その合間を縫うように舞い踊る空薬莢が地面に落ちて甲高い金属音を小さく奏でる。
二つの銃口から吐き出された7.62ミリのライフル弾が、ようやくこちらに気づいた小さな生物たちを捉える。
銃弾の嵐は小さな生物の体に無数の穴を穿ち、その命を容易く刈り取った。青白い血を噴き上げながら、倒れる二体の小さな生物。
弾倉一つ分──三十発分の銃弾──をフルオートで瞬く間に撃ち尽くし、ショウとフタバは素早く新しい弾倉をライフルに叩き込む。
しかし。
鉛玉の嵐を掻い潜り、最後の一体がショウとフタバに迫る。
全身に銃弾を受け、そこから青白い血を滴らせながらも、その命の炎は消えていない。
その小さな生物は、異形だった。
大きさこそ小学生か中学年ほどだが、全身を青白く硬質化・積層化した皮膚に覆われ、両手の爪は鋭く硬い。ショウたちが着こんだ強化プレートの入ったジャケットでさえ、その爪は容易く引き裂くだろう。
頭髪はなく、頭部全体も硬質化・積層化した皮膚に覆われているため、表情さえ窺えない。だが、大きく開いた口からは爪同様に鋭い牙が覗き、敵対的であることだけは明白だった。
だが、その鋭利な爪も牙もショウたちに届くことはない。
先頭に立つショウたちのやや後方から、彼らが持つライフルよりは若干軽い銃声が連続して響いたからだ。
後方でフォローに回っていた二人の女性、イチカとミサキがPDW──Personal Defense Weaponの略で、主に歩兵以外が自衛用に用いるライフルとサブマシンガンの中間的な銃器──の引き金を引き絞り、残る一体の異形の生物に更に穴を穿っていく。
SMGよりも高い貫通力を誇るPDWから吐き出された弾丸は、最後の異形の生物──感染生物の体を容赦なく貫いた。
こうして、現れた異形の怪物たちは、ショウたちに届くことなくひび割れたアスファルトに倒れ込むのだった。
◆◆◆
半日ほど時間が経過した後。
ショウたち四人は再び旧国道15号を南に向かって進んでいた。
半日前に比べて、彼らの様子は若干違う。
着込んだ都市迷彩の戦闘服のあちこちに、青白いシミが目立つ。
更には、四人が背負うバックパックは、かなり重量を増していた。
特に黒髪の女性──フタバが背負うバックパックは、他の三人よりもかなり大きく重量も相当なものだろう。
だが、フタバはその重量をまるで気にすることもなく、足取りも乱れることはなかった。
「ショウ様。汚染エリアから十分離れました。もう防疫ヘルメットを外しても大丈夫です」
「そうか。ありがとう、イチカ」
金髪の女性──イチカの声に応えたショウは、手慣れた様子で頭部全体を覆うヘルメットを外す。
その中から現れるのは、二十代前半のなかなかに整った顔立ちの黒髪の男性だった。襟足がやや長めの頭髪の所々に入った、金のメッシュがそれなりに目立つ。
ヘルメットを外して露わになった黒い双眸。そこには淡いながらも明らかに光が宿っていた。
ホタルの光のような色合いをした、淡い燐光。それは人間が持つはずもない輝きであり、ショウは防弾防刃ジャケットの内側から色の濃いサングラスを取り出すと、それで燐光を隠すように両目を覆う。
「今回の発掘はなかなか大量だったな」
「ホントですねー。【結晶体】もいくつか見つかったし、衣類や医薬品なども見つかりましたから、リアムさんも喜んでくれますよね、イチカ姉さま?」
「そうね、ミサキ。最近のリアム様は、【結晶体】の発見が少なくて電力不足だってよくぼやいていましたから」
「ああ、これで少しは親父も気が楽になるだろうな。それよりもフタバ、発掘品の重量は大丈夫か?」
「問題ない、マスター。我々《ジョカ・シリーズ》のボディの強度、膂力は人間を超えるように設計されている。特に私は戦闘特化の《タイプ:アァル》だ。この程度の重量、ボディ各所の関節、骨格、人工筋肉に影響を及ぼすことはない」
「それでも、装甲車に戻ったら三人とも簡易メンテを忘れるなよ?」
「はい、ショウ様。順番に一人ずつメンテナンス・カプセルで簡易メンテを行います」
「装甲車の運転は、いつものようにミサキに任せるぞ」
「ボクは操縦に特化した《タイプ:サン》ですからねー。自転車から航空機まで、操縦ならなんでもボクにお任せでーす!」
四人の中で唯一メイド服を着込んだ、明るい茶髪の少女──ミサキがにこやかに答えた。
「帰り道の索敵はイチカに任せる」
「索敵、情報収集、情報分析は《タイプ:イィ》のわたくしの担当ですから、任せてもらって問題ありません、ショウ様」
「よし、では帰ろうか。我らがカワサキ・シェルターに」
「イエス、マスター」
「はーい、ご主人様」
「承知しました、ショウ様。我ら三体の《ジョカ・シリーズ》、AIとボディが朽ち果てるまで主であるあなたと共にあります」
フタバとミサキ、二人の妹たちの言葉を、イチカがまとめる。
その言葉を受けたショウは、穏やかに笑うと再び足を進めるのだった。