2/ロウ・カーナン -14 神代の宝物庫
「──こいつが昇降機か」
安全性をどこかに置き忘れてきたとしか思えない、金属製のフレームと踏み板だけで構成された昇降機に、俺たち四人は恐る恐る乗り込んだ。
迷宮には階層があり、階層間を移動するためには、てんでばらばらな位置にある階段を上り下りする必要がある。
その不便を解消するために考え出されたのが、小城の直下をぶち抜く昇降機だった。
昇降機が設置されたのは十五年前のこと。
徐々に延伸され、現在では、地下二十二階まで安全かつ容易に下りることができるようになっていると言う。
「え、と。この半輝石に魔力を、こ、込めればいいの、……かな?」
プルが、昇降機のコンソールらしき部分を指でなぞる。
「このタイプの昇降機は初めて見ましたが、注入された魔力を用い、箱を吊るすロープを巻き取る単純な仕掛けでしょう。要は、井戸と同じです」
「たぶん、縦に並んでる二個の半輝石のうち、上に魔力を込めれば上昇、下に込めれば下降なんだと思いまし」
なるほど直感的だ。
「じゃ、……じゃあ、行くね」
プルが、下側の半輝石に触れ、意識を集中する。
──ガコン!
昇降機が一瞬落下し、すぐにロープで宙吊りになった。
「うお……」
壁のない箱が前後に揺れる。
たった二本のロープに命を託している。
その事実に背筋が凍る。
「ゆ、揺れまし……」
ヤーエルヘルが、俺の上着の裾を握る。
「だ、大丈夫だろ。……たぶん」
自分でも信じ切れてはいないが、そう口にするより他にない。
現代世界のエレベータと比較すると、異世界の昇降機は、とにかく遅い。
ロープが千切れないよう速度にキャップを掛けているのかもしれないが、それにしたって下まで三十分は長すぎだ。
──ゴゥン……。
踏み台に振動が走る。
昇降機が、ついに最深部へと到達したのだった。
「ふー……」
ただ立っているだけなのに、やたら疲れた。
それは皆も同じなのか、どことなく表情に覇気がない。
昇降機を降り、背筋を伸ばそうとしたとき、
「──ふッ!」
ヘレジナが、俺の左耳をかすめるように、双剣の一本で突きを放った。
「危なかった」
短剣に刺さった蟲の魔獣を振り落とし、ヘレジナが口を開く。
「言っているだろう。気を抜くな、と」
「……すまん」
今のは、油断だ。
意識していれば気付けたはずだ。
それが悔しかった。
「……俺が先行する。ヘレジナはしんがりを頼む。いいか?」
「わかった」
「プルは、地図で道案内を。ヤーエルヘルは、もしものときのために、いつでも魔術を放てるようにしておいてくれ」
「ま、まかせて!」
「わかりました!」
役割を決めたのち、俺たちは、地下二十三階へと続く階段を探し始めた。
幸い、地図は入手できた。
さほど苦もなく枝道まで辿り着けるはずだ。
「地下迷宮、か……」
昇降機で地下二十二階まで下りる際、それぞれの階層を覗き見ることができた。
岩肌、土肌が露出している階層もあれば、細工の施された大理石で作られた美しい廊下に目を見張ることもあった。
綺麗に色分けされた積み木を崩し、目の不自由な人に改めて作らせたならば、この地下迷宮と同じくらい無作為な仕上がりとなるだろう。
「迷宮がどうかしたか?」
「いんや、なんでこんなもんがあるのかと思っただけだよ。地下に巨大な迷路を作ってあちこちに宝を配置する理由がわからん」
「た、た、たしかに……。魔獣の巣だったのも、きっと、意図的だと思う、し」
「うーん……」
ヤーエルヘルが思案する。
「たとえば、こんなのはどうでしか?」
「言ってみてくれ」
「はい!」
元気よく返事をして、ヤーエルヘルが言葉を継ぐ。
「小分けしてさまざまな場所に置いてあるのは、財宝のすべてを一度に奪われないため。魔獣はその番人。ここは、神代の宝物庫だったのではないでしょうか」
「なるほど……」
思いのほか筋の通った意見に、感心してしまった。
「や、ヤーエルヘル、頼りになるう。……へへ」
「私たちの中でいちばん頭が回るのは、ヤーエルヘルなのではないか?」
「その説あるよな。知識も豊富で頭も切れる。ワンダラスト・テイルの頭脳担当かもな」
「そう言ってもらえるの、嬉しいでし……」
ヤーエルヘルが照れたように──
「おっと」
視界の端で蠢いた蟲の魔獣を斬り捨てる。
会話の最中ですら常に気を張り続けるのは、思った以上に精神の損耗が激しい。
気を抜けば、すぐに意識が散漫になる。
これを二十四時間、俺より遥かに高いレベルで常時行っていたルインラインは、改めて怪物だと思う。
地図とにらめっこしながら三時間少々歩き、ようやく、しるしの場所へと辿り着く。
「──こ、こここ、ここだと思う。地図では丁字路なのに、ちょ、直線になってる。壁が崩れた痕跡、あるし……」
プルが、灯術の明かりを、枝道の先へと先行させる。
──カサッ。
音がした。
単なる虫か、あるいは蟲の魔獣か、それはわからない。
だが、何かが枝道の奥にひしめいていることは、容易に想像できた。
「……そう言や、あの蟲の魔獣、枝道から溢れてきたって言ってたな」
「う、うん……」
「ヘレジナさん、大丈夫でしか……?」
「──…………」
すう。
はあ。
ヘレジナが深呼吸をし、
「……問題ない。醜態は、二度は晒さない」
と、力強く頷いた。
ヘレジナならば大丈夫だろう。
なにせ、俺の師匠みたいなものなのだから。
「──行こう」
「ああ」
枝道へと足を踏み入れると、そこは、思いのほか人工的な空間だった。
無数の階段。
無数の通路。
無数の横道。
それらが複雑に絡み合い、エッシャーじみた迷宮となっている。
「……これ、持ってきてよかったな」
俺は、背負ってきた大きめの麻袋を下ろすと、中身を取り出した。
それは、無数の小石だった。
「良いアイディアであったな。落として行けば、道しるべとなる」
所持金十二ラッドでできる準備など、これが精一杯だ。
「まずは、可能な限りまっすぐ進む。突き当たったらいったん戻って、脇道を覗いていく。退路だけは絶対に見失わないようにするぞ。方位針があるったって、あれは詳しい道のりを教えてくれるわけじゃないしな」
「う、うん。そうしよう……」
「カタナの手並みを拝見することにしようか」
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