1/流転の森 -8 危機
しかし、強国であるパレ・ハラドナの騎士団長か。
そんな人に護衛されているとなれば、プルはやんごとなき地位の少女なのだろう。
だが、あまり話したくはなさそうだし、わざわざ追求することもあるまい。
言いたくなれば、聞く。
その程度のスタンスで構わないだろう。
「プル」
「は、は、はい」
あらかじめ決めてあった通り、プルが一歩前に出る。
遠方の人間に自分の存在を知らせたいとき、取るべき手段は大まかに三つあるだろう。
聴覚に訴える。
嗅覚に訴える。
そして、視覚に訴える。
どの手段にも一長一短あるが、今回適しているのは視覚だ。
「──…………」
プルが、両の手のひらで作った杯に息を吹き掛ける。
すると、指の先ほどの小さな光が手の上に幾つも立ち現れ、くるくるとその場に舞い踊り始めた。
無数の光は、やがてひとつの球体を成し、徐々にその光量を増していく。
「えい!」
プルが、球体を上空へと解き放つ。
高台の周辺のみが、真夏の陽射しよりも強い光に包まれた。
まるで小さな太陽だ。
「ほー……」
思わず胸を撫で下ろす。
「夜を待ってよかったな。これならルインラインも気付くはずだ」
「──…………」
ヘレジナが、俺の前でスッと片膝をつく。
「……へ?」
「これまでの非礼を詫びよう。そして、謝意を」
こちらに右手の甲を向け、そのまま静かに頭を下げる。
恐らく、この世界における最上級の敬意だ。
「此度は知恵を貸していただき、感謝に堪えん。カタナがいなければ合流まで何日かかったことか……」
「お、おいおい、勘弁してくれ。落ち着かない!」
慌てた俺の言葉にヘレジナが苦笑し、立ち上がる。
「俺は知恵を出し、お前たちは安全を確保してくれた。お互いさま以外の何物でもない。そうだろ、プル」
「え!」
いきなり話を振られて、プルが狼狽する。
「そ、それは、……そう思いまっす」
「ほらな」
ヘレジナが立ち上がり、薄い胸を張る。
「ふふん。私は大人だからな。非礼をしたなら素直に詫びるし、恩人に礼を欠かすことはないのだ」
「大人、ね……」
見た目も、態度も、どこから見ても、プルと同じかそれより下だ。
プルに勝っているところと言えば、精神年齢くらいのものだろう。
「む。文句のありそうな顔だな」
「いや特に」
「……そ、その。かたな」
プルが、ヘレジナの背後から、へたくそなウィンクを何度か送ってくる。
アイコンタクトのつもりらしい。
いや、わからんて。
「お前、私のことを何歳だと思っている?」
即答する。
「十四歳」
「二十八だ、馬鹿者!」
「は?」
二十八歳?
俺のひとつ下?
顎に手を当て、ヘレジナの爪先から頭頂部までじろじろと観察する。
この鎧、思いのほかエロいな。
「な、何を見ている」
「頑張って十六歳」
「二十八だと言っておるだろうに……」
ヘレジナが肩を落とす。
「ま、まあ、慣れている。慣れてはいる。だが、二十八歳なのだ。ほんとなのだ……」
ああ、いじけていく。
「いや、そのだな。こんなことで嘘はつかないと思うんだが、あまりに信じがたくて」
「へ、ヘレジナ! だいじょうぶ! どこからどう見ても、に、二十八歳の熟れた女の体だよ!」
それもどうなんだ。
話題を逸らすつもりで尋ねた。
「じゃあ、プルは?」
「わ、わたしは、十五歳でっす……」
よかった、こちらは見た目通りだ。
「プルさまより下に見られておったのだな……」
ヘレジナの瞳が、あちらこちらへふらふら泳いでいる。
若く見られることは悪いことではないと思うのだが、本人は大いに気にしているらしい。
「その、なんだ。三十路を迎えれば、自分の若い外見がむしろ誇れるように──」
下手な慰めの言葉をひねり出そうとしていたときのことだった。
【赤】ヘレジナの肩に手を置く
【赤】プルに向かって苦笑する
【白】視線を逸らす
──瞬間、総毛立った。
赤。
赤。
白。
何気ない会話。
そのはずだ。
にも関わらず、三択のうち二つもの選択肢が、明らかな危険へと繋がっている。
理由を見出せないまま、白枠を選択した。
選ばれた白枠の選択肢が光の粒子に変換され、再び世界が色を帯びる。
俺の体が勝手に動き、ヘレジナから視線を逸らす。
──光球が作り出す墨色をしたプルの影が、ぶくぶくと奇怪に膨れ上がっていた。
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