2/ロウ・カーナン -1 賠償金
「──起きろ」
野太い声に促され、目を開く。
石造りの床で寝たせいか、背筋が強張っていた。
身を起こし、軽く伸びをする。
「証言の裏が取れた。ルルダン二等騎士邸へのテロ行為という可能性は極めて低い」
「そりゃどーも……」
俺がいるのは、ベイアナット公安警邏隊詰所の地下にある留置場の一室だった。
パラキストリの司法はよくわからないが、即時処断されなかっただけマシと言えるだろう。
「なあ、仲間はどうしてる?」
「静かなものだ。手が掛からなくて助かる。ここの連中は揃って血の気が多いからな」
そう言って、警邏官が肩をすくめた。
「過失である以上、ここからは公安警邏隊の管轄ではない。慣例に則れば自警団へと引き渡すのが常だろう。だが、相手が貴族となれば話は別だ」
「──…………」
「先程、ルルダン二等騎士が到着なされた。事と次第によっては、お前たちは重罪となる。気を付けて発言することだ」
警邏官が、留置場の扉に鍵を差し込み、回す。
「出ろ」
「荷物は?」
「保管している。何事もなく出られるとなれば、その時に返そう」
「……了解」
背の低い扉をくぐり、留置場を出る。
「では、ついてこい」
「──…………」
歩き出した警邏官に続き、地上へ通ずる階段を上がっていく。
案内されたのは、応接室のような部屋だった。
「──か、かたな!」
ソファに浅く座っていたプルが、立ち上がって俺の名前を呼んだ。
「だ、だ、だいじょうぶだった……?」
「床で寝たから体が痛い。でも、その程度だ。そっちは何もされてないか?」
「わ、わたしは平気……」
「少々肌寒かった程度のものだ。支障はない」
「──…………」
「ヤーエルヘルは、どうだ?」
「……え……?」
痛ましいほどに憔悴したヤーエルヘルが、うつろな目でこちらを見上げる。
「……マジで大丈夫か?」
「大丈夫、でし……」
「再会の挨拶はそこまでだ。座れ」
「はいよ」
唯一空いていたヘレジナの隣の席に腰掛ける。
「では、ルルダン二等騎士をお呼びする。失礼のないように」
警邏官がきびすを返したとき、
「──その必要はない」
凜とした声が、応接室の扉の外から響いた。
扉が開く。
そこには、中年に差し掛かった身なりの良い男性が立っていた。
既に頭頂部が薄いのは家系か何かなのだろう。
「やあ、こんにちは。よくもやってくれたな、とでも言うべきかな」
「──…………」
「報告を受けて帰宅してみれば、屋敷は半壊。思わず気が遠くなりかけたよ。たしかに魔獣は駆除してくれたようだが、とても釣り合わない。それはわかるね?」
「お言葉はごもっともです。申し訳ありませんでした」
ヘレジナが、深々と頭を下げた。
俺とプルもヘレジナに続く。
「頭を上げたまえ」
ルルダンが冷たく言い放つ。
「謝罪には一銭の価値もない。私としては、損失分の補填ができれば、それで構わないのだ。幸い、財産は別に管理してあった。君たちが支払うべきは、屋敷の再建費用のみとなる」
「あー、……その」
恐る恐る尋ねる。
「……いくらくらいになりますかね」
「先程、見積もりが出たよ」
ルルダンが懐から紙を取り出し、開いてテーブルに置いた。
「百三十万シーグルだ。多少、迷惑料を含めてはいるがね」
百三十万シーグル。
一シーグルは、日本円に換算して、二百円少々のはずだ。
つまるところ、およそ三億円。
気の遠くなる数字だが、あれほどの屋敷の再建費用となもれば妥当かもしれない。
「──…………」
思わず、借家の箪笥に仕舞ってある俺のスーツのことが脳裏をよぎった。
世界で一着しかない異世界の装束。
だが、その価値を十分に理解するためには、俺がこのサンストプラの外からやってきたことを証明する必要がある。
スマホの電池はとっくに切れているし、難しいだろう。
それに、仮に価値を認められたとして、それが三億円に届くかと言えば疑問が残る。
「当然、君たちには支払えない額だろう。であれば、体で支払ってもらうしかない」
そう来るわな。
「ワンダラスト・テイル──四人中三人が奇跡級の術士か。それが事実であれば、娼館へ売り払うよりよほど金を産みそうだ。ひとりを幽閉し、残る三人には馬車馬の如く働いてもらうとしよう」
だが、唯々諾々と従うわけには行かない。
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