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1/流転の森 -7 巨大な月

「──ひッ、ひい、ふう……、きッつ……!」

「ほら、しゃんと前を向け! 男のくせに情けないぞ、カタナ!」

 小柄なくせに恐ろしく力強いヘレジナの手が、繋いだ俺の手をぐいぐいと引っ張って行く。

 女の子に手を引かれて歩くなどごめんだと最初は突っぱねていたのだが、すぐにそうも言っていられなくなった。

 豪雨に吹雪、砂丘に沼地、虎、熊、狼、大ムカデ──この数時間で幾度の死線をくぐり抜けたことだろう。

 ブラック営業で鍛えた強靱な足腰ですら、この数時間ですっかりへろへろになっていた。

 にも関わらず、ヘレジナは元よりプルさえ平気な顔をしているのは、いまいち納得が行かない。

 この世界の人間は、よほど頑丈なのだろうか。

 プルに至っては、三回ほど盛大に転んでフリルマシマシの下着を大公開していたが、怪我ひとつしていなかった。

 パンモロよりパンチラのほうが好みであるため、さほど嬉しくもないけれど。

「か、か、かたな。顔、上げて」

「──…………」

 もはや言葉もなく、反射的に従う。

「うッ」

 赤銅色の陽光が、俺の網膜を焦がした。

「ゆ、夕日が射し込んで、きた。木々がまばら。も、もうすぐ森を抜ける、と、思う。が、がんばって」

「なんとか……」

 重要なのは西日だった。

 どんな方向音痴だって、日が沈む方角は西だと知っている。

 日が傾いている僅かのあいだ、ルインラインとやらも西を目指すに違いない。

 ある程度距離を詰めてさえくれれば、いくらでもやりようはある。

 流転の森のほとりで束の間の休息を取ったあと、俺たちは、すぐ近くに見えていた高台へと移動した。

 時刻は午後八時を過ぎ、日はとっぷりと暮れている。

 見慣れたものより遥かに巨大な月が、ここが異世界であることを声高に主張していた。

 月が明るすぎて、思いのほか星が見えないほどだ。

「……まーじで異世界だな、こいつは」

 俺の呟きに、プルが興味を惹かれたらしい。

「か、かたなの世界は、月がない、の……?」

「いや、ある。あるにはあるが、小さいんだよ。あんなに明るくもない」

 ヘレジナもまた、空を見上げる。

「あの月はエル=タナエルそのものと言われていてな。昼も夜も、夏も冬も、常に私たちを見守っていてくださるのだ」

「常に?」

「ああ、常にだ」

 かすかに違和感があった。

「常には無理だろ。満ち欠けもするし、一日の半分は沈んでるもんだ。これだけ明るければ昼間も見えるだろうけど」

「し、沈む……?」

「沈む……」

 プルとヘレジナが、きょとんとこちらを見る。

「まさか、カタナの世界の月は、太陽のように昇ったり沈んだりするのか?」

「……こっちではしないのか」

「しない。と言うか、そのように忙しなければ、我々を見守ってくださる余裕もないだろう」

「あー……」

 常識が打ち崩されていく。

 月が沈まない世界だから、月を神格化したエル=タナエル信仰が生まれたのだろう。

 そんなことを思った。

「そう言や、ルインラインについても聞いてなかったな。どんな人だ?」

「我が師だ!」

「それ以外で」

「私の師匠なのだから、人格も実力も折り紙付きと言うものだろう?」

「まあ、実力はそうだろうな」

「何故人格を含めない」

 ヘレジナの実力は、流転の森で嫌と言うほど見せてもらった。

 まさに鎧袖一触。

 二刀流の短剣で虎の爪をいなし、親指で弾いた小石で熊の目を潰し、魔術の炎で狼の群れを追い払い、銀琴と呼ばれる魔法の弓で体長数メートルはあろうかという大ムカデを縦に真っ二つと来たものだ。

 あれ以上の実力となると、さすがに想像がつかない。

 人格ともなれば完全にお手上げだ。

「る、ルインラインは、……その。〈不夜の盾〉っていう、パレ・ハラドナ騎士団の、き、騎士団長でっす……」

「うむ。齢六十に近くして、いまだ不敗と謳われる。師匠の存在こそが国家間の楔となっていると声高に叫ばれるほどだ」

「政治的手腕に優れてるってことか?」

「いや、単なる抑止力としてだ。師匠は、世界に四人しか存在しない陪神級の剣術士でな。小国相手であれば、恐らく単騎で滅ぼすことが可能だ」

「──…………」

 この世界のパラーバランスが心配になってくる。

「他にも理由はあるが、パレ・ハラドナが強国たる所以のひとつに、ルインライン=サディクルを擁していることが挙げられるだろう」

「正直、すごい以外に何言えばいいのか」

「師匠のすごさに納得していればよい」

 ただ方向音痴なんだよな。

「で、でも、緊張することない、です。優しいおじさん……」

「弟子である私には少々厳しいが、人格者であることは保証するぞ」

「二人に対してはそうかもしれないけどな……」

 ルインラインからしてみれば、俺なんて、ちょっと目を離した隙に護衛対象にまとわりついていた羽虫のようなものだろう。

 問答無用で殺されてはたまらない。

「……説明頼むぞ、マジで」

「う、うん……」

「大丈夫だと言っておろうに」

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