3/地竜窟 -4 古き血脈
蛇のように曲がりくねる緩やかな下り坂を抜けると、半径五十メートルはあろうかという巨大な縦穴が姿を現す。
縦穴は、下方へ向かうほど細い逆円錐台になっており、その内周に螺旋状の階段が設えられていた。
明らかに人工的なものだ。
「──地竜窟。かつてここには、地竜と呼ばれる巨大な竜と、それを操る一族が暮らしていた。地竜は、名の通り地を司る。彼の竜は、霊脈を支配し、この地に災厄を齎すことができた」
階段を下りながら、ヘレジナが語り続ける。
「一族には、古い竜の血が流れていた。それ故、地竜と心を通わせることができたのだろう。一族と地竜は共生関係にあった。地竜は、一族の口を借り、自らの意をパラキストリに伝えた。一族は、地竜の威を借り、パラキストリに贄を求めた。食料、女、財宝──一族の欲は留まることを知らなかった」
「欲望に正直なやつらだ」
「記録にある限り、パラキストリは、数百年間も食い物にされ続けた。あのハノンも、ほんの四十年前までは、地竜に贄を差し出していたのだ。むろん、唯々諾々と従っていたわけではない。討伐隊は幾度も組織された。国を跨いで古強者が集められ、奇跡級のみならず、陪神級の術士すら地竜の元へと派遣された。だが、彼らのほとんどは、二度と帰ってこなかった」
「四十年前、何があった?」
「銀輪教の聖典が、供物に紛れ込んだのだ」
「……?」
「一族の若者がそれを読み、エル=タナエルの敬虔な信徒となった」
「内側から瓦解したってわけか」
ヘレジナが、小さく頷く。
「若者は自らの行いを恥じ、一族郎党及び地竜を殺害せしめ、地竜窟を後にした」
「もしかして、それって──」
「ああ。その名は、古き血脈。ルインライン=サディクル。竜の血を宿す者だ」
「──…………」
なるほどな。
「この地竜窟は、ルインラインの故郷ってことか」
「そうなるな」
四十年前、ルインラインは十九歳だ。
陽の光も射さぬ虚穴で生まれ育った少年は、何を思い、外の世界へと飛び出したのだろう。
「──だが、この件を知っているのは、パラキストリの高官と、師匠の知己に限られる。対外的には、地竜はいまだこの地で生きているのだ」
「どうしてだ?」
「政治のことはよくわからん。だが、積もり積もった数百年分の財宝のこともあるし、パレ・ハラドナを含む他の北方十三国から受けている地竜対策支援を打ち切られるのも痛手なのかもしれん。師匠はパラキストリに負い目があるから、パレ・ハラドナに対しても、地竜が既に斃されたことを公表できずにいるのだろう」
「政治屋のやりそうなことだな」
「ずるいったらありゃしない」
「まったくだ」
そんなことを言い合っていると、縦穴の底へと辿り着いた。
そこにあったものは、
「──……骨、か」
子供の頃に博物館で見た恐竜の化石など、比較にならない。
頭蓋骨など、地竜窟の入口より大きいのではないだろうか。
「これを殺したのか……」
ルインラインは、四十年前から既に超人だったらしい。
たとえ不意を突いたとしても、ヘレジナにすら不可能な芸当だろう。
「──カタナ、静かに。灯術の明かりだ」
慌てて口を閉じる。
縦穴の底の壁に穿たれた、人工的な洞穴群。
そのうちの一つから、薄明かりが漏れていた。
選択肢が現れる。
【白】来た道を戻る
【赤】奥へ向かう
「……ッ」
駄目だ。
この先へ進むことはできない。
流転の森を思い出せ。
黄枠であの有り様ならば、赤枠は、死かそれに準ずる何かで間違いない。
やめだやめだ。
地上へ戻って二人を待つべきだろう。
ルインラインがいれば、大抵のことはなんとかなる。
ルインラインがいれば──
気付く。
ルインラインがいる。
ヘレジナがいる。
そして、俺の[羅針盤]がある。
俺たちは、この異世界において、最も実力のあるパーティに違いない。
パラキストリの刺客のことごとくを鎧袖一触にするほどの戦力があってなお、俺に死が訪れるほどの脅威がこの先にある。
そこに、プルがいる。
俺の友達が、いる。
「──プルッ!」
俺の足が、勝手に走り出していた。
放っておけない。
放っておけるはずがない。
プルが傷つくかもしれないのだから。
俺は、いつの間に、あの子のことをこんなにも大切に思い始めていたのだろう。
細い洞穴を駆け抜け、最奥の岩室へと飛び込む。
俺がその場で見たものは、
皓々とその場を照らし出す灯術の明かり、
逆光で黒くそまった人影、
そして──
一糸まとわぬ姿で石台の上に横たわるプルの姿だった。
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