3/地竜窟 -2 ハバラ湿原
山道は待ち伏せに有利な地形だ。
歴戦の勇であり、かなりの高精度で敵の気配を看破できるルインラインでさえ、数が多ければ取りこぼすこともあるし、長距離からの射撃には反応が遅れることもある。
ルインラインひとりであればなんとでもなるのだろうが、守るべきはプルなのだ。
そのため、ヘレジナがプルの護衛に回るのだが、先程のように数を頼みに来られると守り切るのは至難の業だ。
だが、俺がいる。
俺の[羅針盤]は、待ち伏せに対し、一方的に有利を取れる能力だ。
相手がどこに隠れ、どのタイミングで奇襲を行うかがわかってしまえば、先手で遠当てを叩き込み、散り散りになった敵を各個撃破するだけでいい。
パラキストリの襲撃は昼に夜にと続いたが、山道を下る頃には人数もまばらとなり、地竜窟のある湿地帯へと至るころには完全に途切れた。
当然だろう。
俺がパラキストリの指揮官でも、こんなところで待ち伏せはさせない。
見通しの良い湿地帯に、身を隠す場所などないのだから。
歩を進めるたび、じわりと滲み出る水に足を取られながら、道なき湿原を行く。
革靴に染み込むぬるい水の感触が不快だった。
「──はあッ、は、はっ……」
「ほら、カタナ。しっかりしろ」
「流転の、……森とッ、はっ、どっちがマシだったか、……なッ」
「軽口が叩けるのであれば、まだ余裕だな。ほら、地竜窟はもう目の前だ」
ヘレジナに手を引かれながら、なんとか顔を上げる。
遥か彼方の丘陵と重なって見えるあの岩山が、地竜窟の入口なのだろう。
もうすぐだ。
もうすぐ辿り着く。
旅路の終わりを喜ぶと共に、帰りも同じ道筋を辿らなければならないことに辟易していると、選択肢が現れた。
【白】そのまま歩く
【白】ヘレジナに礼を言う
【青】後ろを振り返る
【白】プルの様子を窺う
プルの様子は気に掛かるが、青枠があるときは青枠を優先すべきだ。
振り返ると、遠くの空に十数個ほどの点が穿たれていた。
「──なんだ、あれ」
俺の言葉に反応し、全員が背後を振り返る。
「飛竜だ」
「飛竜……」
「まあ、空を飛ぶ騎竜のようなものだ。軍事用に調練されたものだろう」
「そんなことまでわかるのか」
「パラキストリの飛竜騎団と言えば、有名だからな」
「なるほど」
「弓術や魔術の射程外の高度から一方的に攻撃を行う。理に適った戦術だ。……もっとも、私たちに対しては、あまり意味はないのだが」
そうだろうな。
ルインラインが、大儀そうに、折れた神剣を抜き放つ。
「この距離は、ちとつらい──のうッ!」
真一文字に放たれた不可視の剣閃が、数秒後にほとんどの飛竜を撃ち落とす。
「ふむ。二体ほどかすめたか」
この数日で麻痺してたけど、とんでもないことしやがる。
「ヘレジナ、儂は腰が痛い。あと頼む」
「はい、師匠!」
ヘレジナが銀琴を構え、奏でるように光矢を連射する。
青空に二つの花火が上がり、一瞬ののち、爆発音が響いた。
「よし!」
弟子は弟子でとんでもないんだよな、この師弟。
「あれで全部──じゃあ、さすがにないだろうな。他にもいると仮定して動いたほうがいい」
「その通りだ。だが、先遣隊であれ、本隊であれ、以降も無策で突っ込んでくる阿呆揃いではあるまい。次があるとしても、しばし時を空くだろう」
神剣を鞘に収め、ルインラインが俺の腰を叩いた。
「──ほァだッ!」
馬鹿力に思わず仰け反る。
「ほれ行くぞ、やれ行くぞ。地竜窟はすぐそこだ」
叩かれた腰をさすりながら、溜め息を吐く。
相変わらず元気なオッサンだな。
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