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8)写真の中の

 昼食をとったファミレスから車で5分ほどの距離にある、大きな焦茶色の建物は、県内でも有数の蔵書量を誇る市立図書館だ。数年ほど前に建て替えられたばかりで、外観も内観も新しく、とても綺麗である。

 入り口付近は天井高く吹き抜けており、思いの外開放的な空間になっていて、子供向けの本のコーナーとなっている箇所は、親子連れで賑わっていた。

「おっきいねぇ」

「この辺りじゃここが一番大きいはずだよ」

 館内を進んでいくと、遥か遠い天井に届きそうな、うず高くそびえる本棚の列が視界に入り、和都は目を輝かせる。

 館内地図を見ると、郷土資料などを置いてある『2類 歴史・伝記・地理』のエリアは1つ上の階だ書かれており、そのまま案内図近くの階段へ足を向けた。

「すごい! ここに住みたい」

 楽しそうに周囲をキョロキョロしながら和都が言う。

「そういやお前、結構本読むんだっけ」

「うん。何でも読むけど、冒険する系ならわりとなんでも好きかな」

 途中、見たことのある作家名の書かれた小説コーナーが目に入り、和都は吸い寄せられるように立ち止まった。

「あ、学校の図書室にないやつ……」

「こら。目当てはそっちじゃ無いでしょ」

「……はぁい」

 図書館は本好きには堪らない、誘惑しかない場所である。呆れた顔の仁科にたしなめられて、和都はしぶしぶ階段を上った。

 2階に上がってすぐのところに、『郷土資料』と書かれたプレートの付いた棚があったのでそちらを覗くと、地域の伝承や史跡のまとめといった本がずらりと並んでいる。そして並んでいる本の殆どの背表紙に『貸出禁止』『館内のみ』などのシールが貼られていた。

 あまりの数の多さに、和都も頭を掻く。

「……ここから探していくのかぁ」

「まぁ場所は分かってるから、地域絞って見ていきゃなんとかなるよ。多分」

「うん……」

 和都は地域の伝承などの本を、仁科は神社関係にまつわる本を、それぞれ手分けして探した。一通り棚を見て周り、気になったものを取り出して、本棚近くの閲覧用テーブルに積んでいく。

 閲覧スペース用の椅子に隣り合って座り、それぞれ気になる本を捲っていく。和都がふと隣に視線を向けると、仁科が『神社明細帳』と書かれた分厚い本の文字を熱心に目で追っている。

「先生が見てるの、なに?」

「これ?『神社明細帳』って言って、どこにどんな神社があってどんな神様を祀ってて、神職や氏子が誰だったか、が書いてある本だよ。本物はめちゃくちゃ古い貴重なものなんだけど、その内容を資料として書き起こした本だね」

 確かに本そのものは新しいが、表紙には実際の本が作成されたと思われる年号が書かれている。随分古い年代のもののようだ。

「へー……。神社ってそんなにちゃんと記録されてるっていうか、管理されてるんですね」

「明治あたりに『神仏判然令』って言って、神社とお寺をしっかり区別しようってのがあったんだよ。そん時に神社は国が管理するからって、各地にこういうリストを作らせたんだ。今は国の管理とかじゃないけどね」

「あ、日本史の教科書で見たかも。じゃあその頃にまだ神社があったら、載ってるってこと?」

「そーいうこと」

 再び仁科の視線が分厚い本へ向けられる。

 普段のヘラヘラした雰囲気からはとても予想していなかった話が出てきたので、和都は戸惑いながら当たり前の質問をした。

「……先生、保健室の先生だよね?」

「え。うん」

「なんか詳しくないですか? あ、親戚が神社やってるから、とか?」

 思いついた理由を見つけて納得しようとしてみる。が、仁科は眼鏡の奥の目に少し険しさを見せながら、しばらく間を置いて、

「……昔、ちょっと納得いかないことがあってね。色々と神社関係は調べたことがあんの」

「そう、なんだ……」

 怒りと悲しみが静かに混ざり合ったような、いつもとは違う表情に、和都はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 困惑した和都に気付いたのか、仁科はすぐに普段の、どこか飄々とした顔で笑いかける。

「さ、俺は神社そのものの所在とかについて調べるから、お前はそのまま伝承とかそういうのを見てみてよ。意外に個人が作った本とかに面白いこと書いてあるかもよ」

「……うん、わかった」

 そう答えると、和都は情報を得られなかった本を戻しに席を立つ。そしてずらりと立ち並ぶ本棚から、それらしい本がないかと再び見て回った。

 和都が近くの本棚をうろうろと見て回る横で、仁科は神社明細帳をひたすら捲る。地名が現在のものと少し違うので、ある程度は絞れるものの、目的の場所までなかなか辿りつかない。が、明細帳の半分にきた辺りで、現在の狛杜(こまもり)高校周辺の地名が出てきた。

 看板があった箇所に書かれていた神社の名前を見つける。その『氏子総代』欄には、どこか見覚えのある名字。

「……ん?」

 仁科は眉を顰めつつ、そのままページを捲っていく。

「……あった」

 ページの右端に書かれた『白狛(しろこま)神社』の文字。そしてその下の神職名には、

「……安曇真之介」

「あ、先生あった?」

「うん、あった、けど。うーん……」

 本を数冊抱えて戻って来た和都に問われ、仁科はページを見つめたまま腕組みして答える。何やら深く考え込み始めてしまった。

 その様子を見ながら、和都は持ってきていた大学ノートに、明細帳に書かれてた内容を一通り書き写していく。

「どうしたの先生。さっきから唸ってるけど」

「ちょっとね。……メモった?」

「うん。明細帳が出来た頃にはまだあったってことだね」

「そうなるな……」

 仁科の表情がどうにも浮かない。不思議に思っていると、仁科の視線が和都の広げているノートの上で止まる。

 ちょうど看板の設置された神社の、その移動先について書いてあるページだった。

「……これって?」

「え? ああ、看板ができてた場所にあった神社は、隣の県の『安曇神社』ってとこに移されたらしいです」

「そうか……」

 仁科がまた何やら深く考え始めてしまった。

 どうしようか悩んだが、さっき神社関係については調べたことがあると言っていたので、和都はとりあえず聞いてみよう、と思い口を開く。

「あの、先生が知ってたら教えて欲しいんですけど」

「ん? なに?」

「神社を神社に引っ越すって、できるんですか? 大きい神社に移動っていうのが、ちょっとよく分かんなくて」

 和都は山から移動したという神社についてまとめたページを広げる。

 当初ハクが『神様が連れていかれた』と言っていたので、どこか違う場所に新しい神社が建てられたのだと思っていた。しかし、キヌエの話を聞くに、山にあった神社は安曇神社に移動したと言う。神社はそこにいるものを祀っているという印象があるので、どうしても引っ越すというイメージに結びつかない。

「あぁ、大きい神社ってのは、色んな場所の小さな神社の管理もしてたりするんだ。宮司が常駐してない神社も結構あるでしょ?」

「うん、人の居ない神社は見たことある」

「そういう神社が、地域で管理が出来なくなったり、どうしても移動が必要ってなったら、『合祀』っていって大きい神社の敷地内で一緒にお祀りするんだよ。大きい神社の境内に、たまに小さな社があったりするでしょ。あーいうのがそう」

 仁科にそう言われるが、和都はやはりピンとこない。

「……あんまり大きい神社って、行ったことなくて」

「あれ、そうなの? まぁそうやって神社を引っ越すことはあるよ」

「なるほどぉ」

 言われた内容を和都は大学ノートにまとめていく。ちょっとした探し物をまとめるはずだったのが、なんだか日本史の授業ノートのようになってきてしまった。

「しかし、看板のあったとこが安曇神社に移動済みってことは、白狛神社も安曇神社に移動した可能性が高そうだなぁ」

「そうですね。白狛神社の宮司さんも『安曇』だったし」

「隣の県だけど、この辺で一番大きいしな」

 仁科はそう言うと、先ほどまで熱心に見ていた神社明細帳を閉じて立ち上がる。

「俺は安曇神社の記録とかないか探してみるよ。お前は伝承のほう調べといて」

「……うん、わかった」

 本棚の列の先へ消えていく仁科を見送って、和都は改めて積み上げた伝承や歴史などの資料を手当たり次第に捲っていく。ハクの記憶では、白狛神社は『鬼を退治して封印した』神社らしいので、神社名ではなく内容から絞っていくことにしたのだ。

「やっぱないなぁ」

 似たり寄ったりの話はあるのだが、どれも違う神社ばかりである。

 分厚い本をいくつか積み上げながら、ふと仁科に言われたのを思い出し、個人寄贈の本にも手を伸ばす。手に取ったのは、市内の全域と広範囲だが、口伝えでのみ残されている伝承を個人がまとめたという変わった冊子だ。発刊は五十年ほど前と記されている。

 目次を指でなぞりながら目を通していると、ちょうど鬼にまつわるタイトルを見つけて開き、あっ、と息を飲んだ。


 田畑ヲ守リ、周辺ノ災厄ヲ食ラウ真神アリ。

 シカシ乱心ノ末、人を食ラウコト鬼神ノ如シ。

 後ニ退治サレ、白狛神社(現在廃社)ニコレヲ祀ツル。


「……あった」

 わずか数行ではあるが、ようやく『白狛神社』と書かれた本に行き当たり、和都はほっと胸を撫で下ろす。そこにちょうど、仁科も閲覧用のテーブルに戻ってきた。

「お、見つかった?」

「うん! ……真神って、なんだろう?」

「あー、オオカミのこと」

「へえー!」

 和都は感心しながら、本の内容をノートに書き写していく。その隣で仁科が本の表紙や奥付を捲って、著者名や発刊日を確認していた。

「口伝しかされてないのか。そら見つからんわけだね」

「これが書かれた時点で廃社ってなってるから、それ以前の資料を見ればいいのかな?」

「でも口伝でこれしか残ってないなら、ないんじゃねーかな」

「そっか。この本書いた人が個人的に集めただけだからないかぁ……」

 和都も困ったなぁという顔で腕組みをする。確かに古い神社ではあるが、ここまで言い伝えが見つからないものだろうか。

 ふと、そういえば仁科のほうはどうだったのだろう、と思い立ち、

「あ、安曇神社の資料ってありました?」

「いんや。やっぱり隣の県のせいか、たいしたのは置いてなかったわ」

「そっかぁ……」

 ここにきて、手詰まりだ。

 確かに『白狛神社』はあの山中にあったが、わずかな伝承と安曇神社に移動したかもしれないという、中途半端な情報しか得られなかった。これでは鬼を封じる方法に辿り着きそうもない。

「やっぱり、地道にチカラを増やすしかないのかなぁ」

 そうして大きなチカラを得て実体化したハクに、鬼を食ってもらうしかないのかもしれない。

 どうしたものかと仁科のほうを見ると、何故か困ったような呆れたような、なんとも言えない顔をしていた。

「……何その顔」

「いや、もしかしたら白狛神社の行方、分かるかもしれない、と思って」

「えっ!!」

 思わず大きな声を出してしまい、和都は慌てて自分の手で口を塞ぐ。

「……どういうこと?」

 極端な小声で仁科に問うが、やはり少し歯切れが悪い。

「確証はないけど。でも多分、安曇神社にあると、思う」

 そう言いつつ仁科が時計に視線を向けたので、和都もつられて時計を見た。調べるのに夢中になっていたからか、気付けば閉館の時間が迫っている。2階から見える吹き抜けの、向こう側の窓の外は綺麗な夕焼け空だ。

「そろそろ戻らないとな。お前ん家、今日は門限とかあるの?」

「あー、ないない。……てか今日も両親、家にいないしね」

「……お前のご両親は、ちゃんと実在してる人間だよな?」

 持ち出した本を2人で手分けして書架に戻しながら、仁科は不審がるように言う。平日ならまだしも、休日も子供を置いてひたすら仕事というのは妙な話だ。

「してますよ。……出張とかが多い仕事だから、仕方ないんです」

「あっそう」

 和都の言葉に、時間の制約がないのなら、と仁科は思い立って。

「んー……まだ平気なら、俺ん家行くか」

「え、なんで?」

「神社探しの続き、だよ」

「は?」

「ほら、行くぞ」

 本を戻し終え、仁科に言われるまま図書館を後にする。

 仁科の住んでいるマンションは図書館から比較的近いそうで、数分もあれば着く距離らしい。

 しかし図書館を出てすぐの辺りで車が渋滞しているようで、進まなくなってしまった。

「……あれ。普段混まないんだけどな」

「なんか先の方に赤いランプ見えるよ」

 和都が連なる車の先頭のほうを見てみると、数台先の車の向こう側で、チカチカと目に痛い、赤い光がチラついているのが分かった。

「事故でもあったかね」

 そうであれば、暫く待てば多分動き出すだろう。なんとなく手持ち無沙汰な時間だ。

「……煙草吸っていい?」

 そう言いながら、仁科が不意にどこからか煙草の箱とライターを取り出し、運転席側の窓を開けた。

「あ、うん。……先生、煙草吸うんだね」

 仁科が手慣れた様子で煙草を1本咥え、火を付ける。

「学校の日とか平日は吸わないよ。休みの日に少しだけね」

「ふーん。なんで?」

「保健室の先生が煙草くさいと嫌でしょ」

「……確かに」

 車内にふわりと、煙草の燻った香りだけが微かに漂う。

 久しぶりに嗅いだ煙の香りに、なんだか心地よい懐かしさを感じた。

「父さんはしょっちゅう吸ってたな。禁煙頑張ったりしてたけど、結局ダメだった」

 どこか懐かしくて、落ち着く匂い。

 その理由に、今の両親は煙草を吸わないのだった、と思い至って和都は小さく苦笑する。

「1回吸うと止まらなくなる人多いけど、俺は吸わなきゃ吸わないで平気なタイプだからねぇ」

「へぇ」

 何でもない話をしていたら、不意に前の車が動き出すのが見えた。

「お。動いたな」

 そう言って仁科が車を発進させた。





 敷地内の駐車場から少しだけ歩いて着いた場所は、20階ほどはあると思われる大きなマンションだった。

 オートロックのマンション出入り口を通り抜け、天井の高い玄関ホールの奥にあったエレベーターで15階まで上がる。見晴らしのいい通路を暫く歩くと、仁科が『1506』とプレートの掲げられたドアを開けた。

「はいどーぞ」

「……お邪魔します」

 仁科に連れられるままに付いてきてしまったが、今朝車に乗り込んだ時のような妙な罪悪感が再び押し寄せていて、和都は手に変な汗をかいていた。

 部屋に来るまでに見えた設備といい、室内の造りといい、所謂高級マンションとしか思えない場所である。

「先生ってさ」

「ん?」

「お金持ってる人?」

「あー、実家がね。ここも実家所有のマンションだし」

「なるほど……」

 玄関からまっすぐ伸びた廊下の先に中扉があり、そこを開けると左側にキッチンが目に入る。反対側にリビングダイニングが広がっていて、奥にはドアが2つあった。見える範囲でも十分広いが、この先にまだ部屋があるらしい。

「適当に座って。何か飲む? コーヒーは、飲まないよなぁ」

「牛乳!」

「はいよ」

 和都は辺りを見まわし、ひとまずリビングダイニングの奥にあったソファに座った。ソファの前にはガラスのローテーブルとその向こうに壁掛けのテレビ。隅には仕事用なのかパソコンの載ったデスクがある。白い壁と家具は黒やグレーで統一されていて、散らかった印象はなく、掃除も行き届いているようだ。

「先生って、ひとり暮らし、なの?」

「そうだけど?」

「部屋、広すぎない?」

「これでも、ここだとこの部屋が一番狭いんだけどね。元々ファミリー向けのマンションで、他は家族連ればっかだし」

 そう言いながら、仁科がキッチンからカップを持って来て、和都に牛乳の入ったほうを渡す。

「そうなんだ。一緒に住んでる人でもいるのかなって。テレビも大きいし」

「そう? まぁ、映画くらいしか見ないけどね」

「ふーん」

 受け取ったカップに口をつけながら、和都はテレビの周辺に視線を向けた。画面の大きなテレビの近くには色々な映画のものと思われる、ディスクケースを並べた棚が置いてある。こちらもきちんと整頓されていた。

 そういえば保健室の机の上が散らかっていた印象がないので、どこかズボラそうな雰囲気のわりに、意外とこの辺はきちんとするタイプなのかもしれない。

「……あ。それで、神社の行方が分かるかもって、どういうことですか?」

 飲み物を飲んで落ち着いて、ようやく本題に入る。

「あぁ、ちょっと待ってな」

 そう言うと、仁科が奥の部屋から大きな段ボール箱を2つ持ってきた。開けると、中にぎっしりと大量のアルバムが入っている。

「すごい量……全部アルバム?」

「なにかあるとすぐ写真撮る家でね。大量にあんのよ」

「はー……。え、それで? これと白狛神社に何の関係が?」

「明細帳にもあった『安曇』は『安曇神社』に仕えてる宮司の苗字でね。そこの宮司ってのが、前言ってた俺の親戚」

「えっ?!」

 確かに仁科は以前から、宮司をやっている親戚がいる、とは言っていた。それが安曇神社だったのは、予想外だ。

「だから俺が前どこかで見た気がするって言ってたの、多分安曇神社の中に白狛神社があったからだと思うんだよね」

「じゃあその時に撮った写真があるかも、ってこと?」

「うん」

 図書館で見せた、困ったような呆れたような顔で仁科が答える。

 和都はとりあえず、アルバムを1つ取り出した。布製の分厚い表紙を開くと、のっぺりとして少し色褪せた、古い年代らしい写真がいくつも並ぶ。うち1枚の、神社の拝殿前で撮ったと思われる、学生服に身をつつんだ男の子の写真に目が留まる。顔立ちからして学生時代の仁科のようだ。

「……これ、先生?」

「ん?」

 そう言って仁科が和都の開いているアルバムを覗き込む。指差した写真に、ああ、と気付いて、

「そう。中学生ん時かな」

「面影残ってるねー。かわいいじゃん」

「楽しんでんじゃねーぞ。探せコラ」

「はーい」

 アルバムを1ページずつ捲りながら、1枚ずつ写真を確認していく。安曇神社で撮ったと思われるものは多いが、それらしいお社はなかなか見当たらない。

 それよりも、昔の仁科と一緒によく小さい子供達が写っていて、そちらのほうが気になってしまった。

「……先生と一緒に写ってる小さい子達が弟さん?」

「そうだよ」

 1番小さい男の子が亡くなったという末弟だろうか。写真の中で笑う小さな彼は、どことなく自分の小さい頃に似ているような気がする。

「確かに、ちょっと似てるかも」

「でしょ?」

 以前仁科が言っていた、逢いたい人というのは、もしかしてその末弟のことなのだろうか。死んだ人間を視ることが出来るはずなのに、和都自身も死んだ父親に逢えたことがない。

 ──弟さんに似てるから、こんなに協力してくれてるのかな。

 自分も父によく似た人が困っていたら、手を差し伸べるに違いない。そう思うとなんとなく合点がいった。

 そう思いながらアルバムを捲る。そのページの1枚にハッとした。

「……あっ」

「どうした?」

「この写真さ、ここ!」

 最初に見た時よりも古い写真。赤ん坊を抱いた小学生と幼児が小さなお社の前並んで笑っている。

 その背景。小さな社の前の、小さな鳥居の柱に『白狛』の文字が見えた。

「……あった。これだ」

 アルバムの透明なフィルムを剥がし、その写真だけを取り出す。

 間違いなく『白狛』と書いてある。

「これも、安曇神社で?」

「ああ。安曇家と仁科家は、元々本家と分家の関係でね。だから何かあれば『安曇神社』に集まってたんだ。これも多分、雅孝が生まれた頃に神社で撮ったやつだ」

「じゃあ、やっぱり」

「うん。白狛神社にいた神様は、何かしらの理由で今は安曇神社にいるってことに──」

 仁科の言葉に、和都の目が一瞬だけ金色に光って、それからポタポタと涙が溢れてきた。

「……どうした?」

「あれっ、わかんない……」

 和都の意思とは無関係に、涙が溢れて止まらない。悲しいという感情はなくて、どちらかというと嬉しいという気持ちがじんわりと何処かから伝わってくる。

〔バクが喜んでるんだよぉ〕

「あ、ハク」

 不意に空中から声がしてそちらを見ると、嬉しそうに涙を流す犬の首だけのお化けがいた。

「……そうか、居なくなっちゃった神様の居場所、分かったから」

〔うん。よかった、よかった……!〕

 ハクと和都で泣いていると、仁科がタオルを持ってきてくれた。

「ほら」

「あ、すみません」

 タオルを受け取って涙を拭き始めると、ようやく落ち着いてきた。それを見ながら仁科は、広げたアルバムを段ボール箱に詰め直し始める。

〔これで1個わかったね!〕

「なにが?」

〔ニシナとカズトの波長が合う理由だよ。ボクらの神社の関係者だったからなんだ〕

「縁があったってこと?」

〔そういうこと!〕

 段ボール箱を奥の部屋に戻して帰ってきた仁科が、ソファに座っていた和都の隣に座る。

「とりあえずはよかった、のか?」

「でも、なんか納得したかも……」

 どうやら、あの神社と縁がある人間とは波長が合うようだ。

〔んー、でも、ニシナも気をつけてね〕

 不意にハクが少し心配そうな声でそう言い出した。

「え、なんで?」

〔ニシナは鬼を封じてた祠のあった神社の関係者なんだよ? 鬼からしたらまた封印されるかもって、思っちゃうよ?〕

「……あっ」

「なるほどね」

 鬼達が何を目的としているかは分からないが、その立場を考えれば分からない話でもない。

〔カズトは『狛犬の目』を持ってるから狙われてるけど、ニシナは別の意味で気をつけないと。それにニシナは結構チカラも持ってるし、向こうに知られたら危ないよ〕

「そんな……」

「それは嫌すぎるな。なるべく伏せておくようにしないとだな」

「……うん」

 仁科が隣を見ると、和都が不安そうな顔で写真を見つめていた。多分また、自分のせいで、ということを考えているのではないだろうか。

「大丈夫だよ。バレなきゃいいんだ」

「そう、だけどさ……」

 仁科は和都の頭を優しく撫でる。けれど、和都の表情は強張ったままだ。

 少し考えて、すっと和都の持っていた写真を取り上げ、すぐそこのテーブルに置く。

「あ」

 小さく声をあげて驚く和都のほうに身体を向けると、小さな肩を掴んでそのままソファの上にゆっくり押し倒した。

「えっ、ちょ、ちょっと。……せんせ?」

 仁科の予想していなかった行動に慌てすぎて、和都の声が上擦る。

「今日の分、してなかったと思って」

 上から降ってきた声は普段と変わらない。

「だからって、なんでこの体勢……」

「んー、雰囲気?」

「いや、雰囲気なんか作ってどうす──」

 仁科の顔が覆い被さってきて、言葉の途中で唇を塞がれる。

 唇の隙間から舌が入りこんできて、口の中で自分の舌を絡めとられた。

「……んんっ」

 ソファについた仁科の腕を掴んで、身体の中から迫り上がるザワつきに堪える。

 いつかの、水を飲まされた時と違って、大きな舌が口の中を蹂躙していく。そこに少し、コーヒーの苦味と煙草の香りがじわりと滲むように混じって、内側で一緒くたになった。

 息が苦しくなったあたりで、ようやく唇が離れて、解放される。

「なん、で……?」

 顔が熱い。大きく息を吸い込みながら、内側の熱を冷ます。

 目の前にある顔は、いつもと変わらない、どこか楽しそうに眼鏡の奥の目を細めて笑うので、悔しい。

「まぁ、学校じゃないし。こっちのが効率いいんでしょ?」

「そう、だけど……」

 問いかけにも当たり前のように答えるので、悔しさが増してしまう。鼓動がいつもより早くて、答えるにも息が少し苦しい。それが余計に悔しくなって、堪らない。

 戸惑うこちらに構わず、仁科の身体はすぐに離れて、スッと立ち上がった。

「……さ、夕飯食って家まで送りますかね」

 平然とした声音が聞こえてくる。

 和都は身体を起こしつつ、眉を顰めながら目を閉じた。

 悔しくて、そしていつもなら、怖いとか嫌だとか、そういった感情が真っ先に来ていたはずなのに、仁科相手だとそういったセンサーが反応しなかった。これは、困る。

 ──嫌じゃなかったから、困る。

 これも普段の日課のせいなのだろうか。

 まだ、顔が熱い。

「どうした? 行くよ」

 仁科が涼しい顔をして、ソファから動けないままの和都を呼ぶ。

「……なんでもない!」

 こちらの反応を気取られるのも嫌なので、勢いをつけて立ち上がった。そしてソファの横に置いていたショルダーバッグを肩に掛けると、

「夕飯、焼き肉がいーな!」

 そう言って笑いながら、仁科の元に駆け寄る。

「お前と行くの怖いんだけど、財布的に」

 和都の提案に、仁科が少し困ったように笑って答えた。

「安いとこ! 安いとこなら大丈夫!」

「しゃーないなぁ……」

 そんなことを言い合いながら、2人は部屋を後にした。





 ──ホントによかったの? コレで。

 ──ああ、構わない。このほうが、きっと愉快だ。

 ──君がいいならいいけどね。


 愉快なほうへ、転がっていく。

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