表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

20)宵星を拐う

「今度は調べ物じゃなくて、遊びにおいでね」

「はい、ありがとうございました」

 翌日は仁科がなかなか起きなかったのもあり、少し遅い昼食をいただいてから、安曇神社を後にすることになってしまった。

 神社の専用駐車場を出て、来るときには通らなかった墓地の見える通りを抜け、田畑の広がる街から遠ざかる。

「女の人苦手って言ってたけど、凛子とは結構話せてたね」

「凛子さんとか、安曇の家の人は怖い感じしなくって」

「波長が合う合わないの影響もあるのかね?」

「どうなんだろ? でも、ちゃんと話せるんだって、自信にはなったかも」

 そんな話をしていたら、仁科が交差点で高速道路に向かう道とは逆方向にハンドルを切った。

「あれ、先生。道、違わない?」

「ちょっと寄り道。せっかくこっち来たから、実家の方にも顔出しておきたいなって」

「……あ、そっか」

 仁科の実家、つまり和都にとっては所謂『本家』となる場所だ。

 和都が少し緊張しているようにも見えたので、

「まぁ、仁科の本家にはなるけど、安曇の分家みたいなもんだからね。そこまで大きくないし、親父達は今ちょうどいないらしいから、心配要らないよ」

「それなら、いいんですが」

 仁科はそう言うが、到着した日に見た安曇家の人達の反応を思い出すと、やはりどうしても気が引ける。

 赤信号で停まったタイミングで、仁科の手が伸びてきて頭を撫でた。

「もう1人の弟が、俺の代わりに家を継いで頑張っててさ。子どもが2人いるんだ。アイツの代わりにってわけじゃないけど、会ってやってよ」

「はい……」

 和都が答えてすぐ、信号が青に変わったので、仁科はゆっくりアクセルを踏んだ。





 安曇家から車で約20分。

 繁華街から少し離れている開けた場所の、広々とした庭園の入り口へ車は進んでいく。低木で区切られ、白い砂利石の敷き詰められた通路。綺麗に整備された日本庭園が低木の向こうに見えた。しばらく進むと、大きな平屋造りの日本家屋が見えてくる。

 ──大きくない、の基準が多分違うなコレ。

 自分の家の3倍は軽くあるな、と和都がそう思いながら見ていると、玄関が見える位置にある駐車場のような場所で、ようやく車が停まった。

 するとちょうどその庭先にいた、Tシャツにハーフパンツ、サンダルを履いたラフな格好の男性が、にっこり笑って車の方へ手を振る。顔はどことなく仁科に似ていて、もう少しだけ若い。

「よぉ、兄貴」

「ただいま、フミ」

 仁科が車から降りて、声を掛けてきた人物にそう答えた。

 どうやらこの話しかけた相手が、弟の孝文(たかふみ)らしい。

「おかえり。兄貴はかわんねーなぁ」

「そうか?」

 車の前で2人が話していると玄関が開き、長い髪を後ろで1つの三つ編みにした、孝文と同じくらいの年齢と思われる女性が出てくる。

「あら、ヒロさん。おかえりなさい」

「咲苗ちゃんもただいま」

 おっとりとした雰囲気で、のんびり喋る女性は、孝文の妻で、咲苗(さなえ)というようだ。

「あれ、チビどもは?」

「2人ともお昼寝中よ。さっきまで水遊びしてたから」

「そっか」

 よく見れば孝文は子ども用のビニールプールを片付けている。その水遊びで使ったものらしい。

 和都は車に乗ったまま、3人の様子をそっと窺う。しかし、降りてこないことに気付いた仁科が、こちらを向いて手招きした。

 呼ばれた以上は仕方ない。

 緊張しつつも車から降り、仁科の近くまで歩み寄ってから、口を開く。

「えっと……。相模和都、です」

 そう言って頭を下げると、孝文も早苗も、とても懐かしいものを見るような、そして切なそうな顔でこちらを見た。

「……君が、和都くんか」

「まぁ、本当に」

 しばらくじぃっと和都を見ていたが、孝文が申し訳なさそうに笑う。

「あ、いや。申し訳ないね。兄貴に聞いてはいたんだけど、末の弟にあまりに似てるもんだから」

「いえ……」

 孝文がじんわり潤んだ目尻を抑え、気持ちを切り替えるようにして顔を仁科の方へ向けた。

「兄貴は泊まっていかないのか?」

「いいや、今日はもう戻らないとだし。それに、こっちに泊まったら親父たちに凛子との縁談、勝手に進められそうだしさ」

「あー、それもそうだな」

 そう言いながら孝文と仁科が玄関へ向かうので、和都もとりあえず後をついていく。

「例の本、受け取ったら帰るよ」

「そうか。じゃあ、こっちだ」

 家に入ると、孝文が廊下の右奥の方へ案内しようとする。それについていく仁科を和都も追いかけようとしたのだが、あ、と気付いた仁科がこちらを見て、

「相模、お前は咲苗ちゃんと待ってて」

「えっ」

 そう言われて、仁科の指差したほうを見ると、早苗がニコニコと笑って和都を見ていた。

「じゃあこっちで飲み物でもどう?」

「は、はい……」

 孝文たちとは逆方向へ咲苗が案内するので、和都は緊張しつつも大人しくそちらへついて行った。





「ごめんなさいね、こっちで子どもたちが寝てるから」

「はい、大丈夫です」

 大きな平屋の日本家屋。歩くたびにギシギシと鳴る廊下からは、来るときに見えた日本庭園が綺麗に見える。

 障子の閉まった部屋を2つ通り過ぎたその先で、小さな子どもが2人、畳の上に敷かれた小さな布団の上で、寝ているのが見えた。

 ──小さい。

 自宅近くの公園に来る小学生たちより、まだ下の年齢に見える。

 ちょっと待っててね、と咲苗が奥に引っ込んだので、和都は近くの座卓の横に座って、すやすや眠る子ども達をぼんやりと眺めた。

 しばらくして咲苗がお盆に麦茶を乗せて戻ってくる。差し出された麦茶に口をつけると、咲苗はやはりニコニコと笑っていた。

「そうだ『カズト』ってどんな字書くの?」

「和風とかの『和』に『(みやこ)』です」

「あら、じゃあこの子達とお揃いね」

 そう言うと嬉しそうに寝ている子ども達の方を見るので、和都もつられてそちらを見る。

「こっちの大きい子は、千の都に、世の中の『世』で『千都世(ちとせ)』、下の子は最後が留まるの『留』で『千都留(ちづる)』っていうの」

「……本当だ」

 繋がりのある名前に、和都はなんとなく嬉しくなった。緊張していた表情が崩れたらしいと見て、咲苗が優しく笑う。

「和都くんは、ヒロさんの高校の、生徒さんなのよね?」

「はい」

「どう? ヒロさん、ちゃんと先生してる?」

「あー……どうですかね。いい先生だとは、思いますけど」

 他の生徒と自分に対しての対応を比べると、少し違うような気もするので、改めて聞かれてしまうと、答えるのが難しい。

「やっぱり、人のために動くのが性に合ってる人なんでしょうね」

 和都の歯切れの悪い回答でも、咲苗は気にならないようで、しみじみと言った。

「私ね、フミさんと中学の頃からお付き合いしてて。だからヒロさんや、弟のマサくんともよく遊んでいたの」

「そう、なんですね」

「ヒロさんはマサくんのこと本当に大事にしてて。マサくんは色々なものを惹き寄せてしまう性質の子だったから、大変だったわぁ」

「……え」

 咲苗の言葉に声が詰まる。

 雅孝が自分と同じような性質を持っていた、というのは、和都が初めて聞く話だった。

「だから、ヒロさんが大学に入ってすぐ、マサくんがあんなことになって……。その後もここの書庫に引きこもっちゃったり、しばらく音信不通になっちゃった時もあったから、みんな心配してたのよねぇ」

 咲苗の言葉を聞きながら、和都は仁科が昔、神社関係について調べていた時期があった、という話をしていたのを思い出す。

 ──もしかして、弟さんに関係あるのかな。

「でも、ちゃんと先生になってお仕事してるなら、きっとそれがいいんでしょうね」

 和都の知らない、仁科の話。

 ──おれ、先生のこと、全然知らないかも。

 それを自分が聞いていいのか分からない。胸元に咲いた赤紫の痣が、じくりと痛んだ気がする。

 黙ってしまった和都を、咲苗がじぃっと見て、何かに気付いたように言う。

「……和都くん、もしかしてヒロさんのこと好き?」

「えっ、あ、いや。その……」

 突然言われて、慌てて何か返そうとするも、言葉が出てこなかった。

「んふふ、隠さなくてもいいのよー。私、そういうの解っちゃうほうだから」

「……分かるんですか? 咲苗さんも『視える人』?」

 楽しそうな咲苗に対し、和都は耳を赤くしながらそう尋ねる。

「ううん、霊感とはちょっと違って、第六感っていうのかなぁ。ヒロさんやマサくんみたいに、幽霊とかが視えるわけじゃないの」

「え、孝文さんは、視えないんですか?」

「うん、フミさんはからっきし。安曇のお家の人たちは視えるチカラが強い人が欲しいから、私は孝文さんと一緒になれたんだけどね」

 以前、仁科が安曇の家は『本物』だと言っていた。

 チカラのある人間が家を継ぐことで『本物』であることを維持しているのかもしれない。

「……本当は、マサくんが凛子ちゃんと一緒になる筈だったんだけどね」

 雅孝が亡くなったことで、状況が変わった。

 だからこそ、仁科は凛子との結婚に興味がないと、ずっと言っているのかもしれない。

「先生に婚約者がいるっていうのは、聞いてるんで。……だから、べつに」

 膝の上で握った拳に力が入る。

 自分はそこに、口出しをできる立場ではないのだ。

「……和都くんは、我慢しちゃう子なのかなぁ」

 咲苗が少し困ったような顔をして笑う。まるで心の中を、全て見られているような気がした。

「大丈夫よ、和都くん。ヒロさんにはいっぱい甘えて大丈夫。遠慮なんてしちゃダメよ! ……ね?」

「は、はい……」

 ずっと笑っているものの、にじり寄って言う咲苗の圧が妙に強くて、和都はそう答えるしかない。

 と、すぐそばの畳のほうから声がした。

 そちらを見ると、千都世が目を覚ましたようで、大きな欠伸をしながら身体を起こすところ。

「あら、起きたの。いっぱい寝たねぇ」

 咲苗がすぐにそちらに近寄って、抱っこをねだるように手を伸ばした千都世を抱え上げた。

 寝癖でふわふわした髪の毛を整えるように、咲苗が千都世の頭を撫でる。ぼんやりしていたが、見慣れない人間に気付いたらしい千都世は、和都のほうをじぃっと見て指を指した。

「だれー?」

「親戚の和都くんだよー。千都世は初めましてだねぇ」

 そう言って咲苗が千都世を抱えたまま、和都に向かってお辞儀するように小さく前屈みになったので、和都も慌てて頭を下げる。

 顔を上げると、千都世はやはりこちらをじぃっと見ていた。が、視線が少しズレているような気がする。すると、すっと和都の横を指差して言った。

「……おっきいワンコ」

「え、視えるの?」

 意外だった。

 確かに、常に自分のそばにハクはいるが、今はチカラがあっても視えないよう、隠れた状態になっているはずだ。

「あら、和都くんはお犬様を連れてるの?」

「えっと、まぁ、はい……」

〔すごいね! 姿隠してたのに、ボクのこと視えちゃった!〕

 さすがに驚いたらしく、ハクが和都にも視える状態になって現れた。

「あ、ハク。それはすごく強いってこと?」

〔うん! リンコとおんなじくらい強い!〕

 和都も仁科から、安曇家で今1番チカラが強いのは凛子だというのは聞いている。

 当の千都世は、咲苗に抱っこされたまま、ハクを触ろうと懸命に小さな手を伸ばしていた。

「お犬様はなんて言ってるのかしら?」

「……凛子さんくらい強いそうです」

 本当に視えていないんだ、と思いつつ和都が答えると、咲苗も驚いた顔をしながら、少し嬉しそうに言う。

「あらー、そうなの。前から視えてるみたいねぇ、とは言っていたんだけど。安曇さんに相談しなきゃねぇ」

 咲苗が笑う傍らで、ハクが興味深そうに近づけた鼻先を千都世に掴まれていて、和都も一緒になって笑った。



= =



 屋敷の奥の方へ向かう廊下を、孝文の先導で弘孝がついていく。

「久々に顔が見られてホッとしたよ」

 廊下を歩きながら、孝文がどこか嬉しそうに言った。

「そう?」

「こっちには全然帰ってこないしさ」

「仕方ないだろ。帰ったら即『結婚』しか言わねー親父達に、会いたかねーよ」

「あはは、それもそうだなぁ」

 弘孝にとって、孝文は2つ下の良き家族であり、理解者だ。

 雅孝を奇異な状況から一緒に守った戦友で、雅孝を喪い荒んでしまった出来損ないの兄を、咲苗と一緒になって立て直してくれたのも、孝文である。

「そっちの仕事はどうよ」

「まだ親父がバリバリやってるからね。覚えるのに必死さ」

 他愛なく近況を話しているうちに、仁科邸の奥にある、物置部屋を兼ねた書庫に着いた。

「仁科孝四郎に関する本なんて、そもそもあったか?」

「昔、兄貴がここに籠ってた時、開かなかった金庫あったろ」

「あー、あったね」

 雅孝の死が祟りによるものだと知らされ、納得がいかない、と弘孝はこの書庫に引きこもっていた時期がある。仁科家に関する書物や安曇神社についても散々調べたが、祟りの理由も解く方法も結局分からなかった。

 金庫はその頃にヒントがあるのでは、と一度開けようとしたもののかなわず。気がかりだったはずが、仕事に没頭するうちに、いつの間にか忘れてしまっていた。

「あれから俺もずっと金庫の中が気になっててさ。あの時は兄貴を引き摺り出すのに精一杯だったから、放置してたんだけど」

「……悪かったよ」

「安曇の蔵を探しに行くって連絡もらった時に思い出して、業者を呼んで開けてもらったんだ」

 そう言って書庫の奥へと進む。物置としても使っているせいか、入り口付近には子ども用のおもちゃや、シーズンオフのものが雑然と積まれていた。その山を抜けた先に、壁に作り付けの本棚がいくつかあり、その本棚と同じ並びに黒い金属製の金庫が鎮座している。

 ただ、重厚に見える金属の箱は、扉の辺りが激しく損傷していて中身が見えており、金庫の役割をほとんど果たしていなかった。

「え、結局ぶっ壊したの?」

「うん。なんでも業者曰く『わざと開けられないようにされていた』ってさ」

 ダイヤル式の鍵を開けた後、開いた鍵穴に保管されている鍵を差し入れて開ける二重ロックだったのだが、差し込む鍵穴は潰されていた上、さらにダイヤルもわざと回らないよう、意図的に固定されていたらしい。

「マジか……」

「あの時は、業者が匙投げて開けられなかったけど、今は技術も機械も進歩してて。結局壊す羽目にはなったけど、ようやく開けられたって感じ」

 仕方なく、父親の許可も得た上で物理的に破壊しての解錠となったようだ。

「よほど見つかっちゃいけないものでも入ってたのかね……」

「まぁ、見られたくはないかもね。歴代当主の裏の記録とか、安曇の家に置いておけない昔の帳簿みたいなのとか、マジで色々出てきたし」

 弘孝は床から自分の胸元辺りまである金庫に近づき、こじ開けられた金庫の内側を覗く。金庫の内面には、安曇の蔵でも見たようなお札がところせましと貼られており、眉を顰めた。

「裏の記録って?」

「安曇の裏支えとしてのヤバい記録とか、怪異周りのあれこれ、とか」

 そう言いながら、孝文が本棚に移動しておいたらしい帳簿を、眉を下げた顔で手渡す。弘孝は受け取ったそれをパラパラとめくりながら、同じように眉を下げ、目を細めた。

「……へぇ、巨大な繁栄の裏側ってやつか」

 チラリと見ただけでも、現代ならば危険そうな仕事内容が書かれている。

「ご先祖達は本当に色々やってたみたいだな。だからこそ神社なんて建てたんだろうけど。……で、その中に、白狛神社の記録と仁科孝四郎が書いたと思われる日記があって」

 そう言いながら、孝文は金庫の一番下の段から、お札がベタベタと貼られた箱を取り出した。漆塗りの綺麗な箱を、墨文字が書かれたたくさんの札で包んでいるように見えた。確認のため一度開けたらしく、茶色く変色した札は蓋の辺りが破れている。

「なんだこれ……」

 改めて蓋を開けると、中からは古びた本が4冊出てきた。

「中をざっと見てみたんだが、白狛神社に関する記録と、仁科孝四郎の日記らしい」

「やたら厳重だな。結局、仁科孝四郎は何者なんだ? 白狛神社の権禰宜(ごんねぎ)としての名前は確認できたけど、他では見当たらなかった。家系図にもいないし」

 日記の方を数ページ飛ばしで捲りながら、弘孝が聞く。

「金庫から出てきた古い家系図には、初代仁科家の末弟として記録されていたよ」

「存在ごと消されてたのか」

 明治時代の半ばに一度戸籍の様式が改められているので、そのどさくさで存在を消された可能性が高そうだ。あれだけ徹底して痕跡を消しているのだから、そのくらいやっていても可笑しくはない。

「ああ。そして、自死してる」

「なるほど」

 孝文から渡された、古い家系図。黄変した紙の上部には、見覚えのある仁科家初代の名前が並んでいた。そして兄弟として連なる名前の一番最後に『孝四郎』の文字。

 末弟に科せられる祟りの、始まりの名前だ。

「……兄貴は」

「ん?」

「まだ、マサのために調べてるのか?」

 孝文が弘孝の目を見つめてそう言った。

 彼がそう思うのも仕方がない。亡くなった者に囚われ、生きることを蔑ろにした過去がある。

 でも、今は違う。

「……いいや。和都のため、それから、千都留のためだよ」

 決して納得のできる過去ではないが、これは未来のための足掻きだ。

 弘孝の言葉に、孝文は少し安堵したような顔をした。

「そうか」

 が、千都留の名前に、表情が曇る。

「本当に、祟りは終わるんだろうか」

 仁科家を継ぐことが決まった者にだけ伝えられる、他言無用の祟り話。特に女性には伝えることが憚られる内容だ。

 家督を継ぐ孝文も、弘孝同様に聞かされ、知っている。お互いに唯一この件で相談ができる身内のため、昨晩バクから聞いた話は共有していた。

「どうかな。でも、祟り神様に頼まれた以上は、やるしかないさ」

 月明かりの下で、金色の瞳の獅子は『真相』を見つけろと言った。

「そうじゃなきゃ、2人はまたマサと同じことになる。それだけは、避けないと」

 自分より小さな命が、先に逝く。

 子どもの未来が、本人と関係のない場所で決められてしまう。

 これほど不幸なことはない。

「……頼む」

「ああ。この本、借りてくよ」

 辛そうな表情で頭を下げた弟の頭を、兄は優しく撫でながらそう言った。





「結局先生は、何の用事で寄ったんですか?」

 夕方近くになってようやく仁科家を後にし、帰路についた車の中で、助手席の和都が聞く。

「え? 甥っ子の顔見たかったから。可愛かったでしょ?」

「……いやまぁ、可愛かったけど」

 親戚付き合いをしたことのない和都にとって、小さい子どもや赤ん坊と触れ合うのは、殆ど初めての体験だった。それはそれでいい経験だったが、それとは違う目的も気になる。

「孝文さんと何してたんですか? 本がどうとか、言ってたじゃん」

 仁科がチラリと助手席を見て、聞いていたか、と少し困った顔をした。

「……安曇の蔵になかった、白狛神社と仁科孝四郎に関する本を受け取ってた」

「えっ」

「向こうの親父殿とも相談して、白狛神社については『宮司が自殺したため廃社した神社』ってとこまで公開していいってなったし、鬼についてはハクを頼るって結局はなったじゃん?」

「はい」

「でも、お前が見た夢、バクの記憶に出てきた仁科孝四郎については、やっぱり気になるだろ。孝文に連絡したら書庫で関連しそうな本を見つけたっていうから、借りて行こうと思って」

「じゃあ、その本を受け取りに?」

「そういうこと」

 和都は、バクに意識を取られている時の記憶がない。

 事件の真相を探す本当の理由を説明しようとすると、祟りのことやハクとバクの目的についても話す必要が出てくる。

 ──きっと、それなら自分が犠牲になればいい、とか思っちゃうだろうし。

 少しずつ、生きることを楽しむようになってきてくれたのだ。

 まだ、話すことはできない。

「お前は咲苗ちゃんと何話してたの?」

「別に、世間話、というか」

「ふーん?」

 安曇神社で凛子や親類の女性たちとちゃんと話せて、自信も少しついていたようだったので2人にしてみたが、やはり問題はなかったようだ。

「先生はちゃんと先生やってるの? って」

「やってるだろ」

「うん。それから、マサさんの話」

「……その話になるよなぁ。咲苗ちゃんもよく一緒だったし」

 3人で手分けして、トラブルの多い雅孝を守っていた日々が頭を過ぎる。

 窓の外、遠くに見える夕焼けがだんだんと夜に飲み込まれていく時間。

「マサさんも、おれみたいに惹き寄せる人だったんだね」

「あー……。言ってなかった、か」

「聞いてないよ。先生が『よく似てる』って言ってた意味がやっと分かった」

「……ごめん」

 和都が不服そうに口を尖らせて言うので、仁科はとりあえず謝っておいた。

 祟りの件もあり敢えて伝えていなかったのだが、咲苗が雅孝の話をする時に、そのことにも触れたのだろう。

「おれは、マサさんとは違うからね」

「……分かってるよ」

 これは自分を弟の代わりにするな、という彼なりの釘の刺し方だ。

 彼なりに思うところがあったのかもしれない。

「あとなんか、色々、バレた……」

「ん?」

 和都が妙に口籠ったのでチラリと横を見ると、俯いた顔を耳まで赤くしていた。そういえば、と咲苗の特技を思い出す。

 自分は特に言われなかったが、終始やたらニコニコと普段以上に笑っていたので、きっと同様にバレているだろうな、と仁科は呆れるように言った。

「あー……咲苗ちゃんには隠し事ができないんだよなぁ」

「うん、ビックリした」

「視えてはいないんだけどねぇ。でも勘だけはピカイチだから、本当こわい」

 眉を下げて苦笑するように言うと、和都が隣でクスクス笑う。

「……色んな体験できて、楽しかった」

「次行く時は、遊びで行こうな」

「うん!」

 和都が嬉しそうに返すのを横目に見て、仁科も笑った。





 サービスエリアでゆっくりしすぎたためか、和都の家に着くころには、辺りはすっかり暗くなっていた。

 それでも、和都の家に明かりはない。誰もいない真っ暗な家へ、和都は自分が持って行った荷物を、仁科は安曇の家を出る時にお土産として凛子に持たされた紙袋を運び込んだ。

「なんか、いっぱい貰っちゃったなぁ」

「いいじゃん。春日達に土産だって言って配れば」

「それもそっか」

 玄関を入ってすぐの土間で、和都が荷物の確認をしていると、仁科が後ろから抱きついてくる。

「……拐っちゃいたいなぁ」

 呟くように言われて、和都は嬉しそうに、けれど少し困ったように笑って言う。

「何言ってんの。明日の午前中には母さんたち帰ってくるし、家にいないとまた大騒ぎになるよ」

 夏休みの前半、仁科の手伝いで学校に行っていた時も、出張から帰ってきた母から鬼のような電話があった。あれをまたされるのは、コリゴリだ。

 今回は大人しく、予定通りの日程を終えて、家にいるのが一番いいだろう。

「じゃあしょうがないな」

 仁科はそう言うと、ふっと頭を下げて、和都の首の後ろをベロリと舐めた。

「ひゃっ! ちょっと!」

 流石に驚いて、和都が身体をこちらに向ける。それをそのまま包むように抱きしめると、Tシャツの襟ぐりを背中側に少し引っ張って、首の後ろの根本に吸い付いた。

「……んっ」

 ギュゥッと摘まれるような小さな痛み。頬をくっつけたポロシャツの胸元に掴まる。

 何をされたのか、分かった。

「どこにつけてんだよ……」

 顔が熱い。

 首の後ろに回っていた顔が戻ってきたので、見上げて文句を言うと、目を細めて笑った顔にそのまま唇を塞がれる。

 和都は目を閉じて、胸元を掴んでいた手を離し、仁科の首周りに腕を回した。

 移動する車内で香りだけ嗅いでいたコーヒーの、苦い味が口の中で舌に絡まる。

「……素直になっちゃって」

 唇が離れると、仁科が少し嬉しそうに笑って言った。

「咲苗さんに、先生には甘えていいよって言われた、ので」

 正しい甘え方はよく分からない。

 でも、躊躇っていたことに「大丈夫だよ」と背中を押されたから。

「それに、学校じゃないし」

「……そっか」

 赤い顔で少し照れながら言う和都の頭を、仁科は優しく撫でた。

「さ、そろそろ行かないと。ちゃんと戸締りしなね」

「うん、先生も気をつけてね」

「あぁ、おやすみ」

 笑顔で小さく手を振る和都に仁科はそう返して、玄関の扉を閉めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ