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16)系譜を弾く

 夜。

 錆びた匂い。参道の先の拝殿を見る。

 真っ赤な血溜まり。

 血の海の中に、■■■様が倒れてる。

 すぐ近くに人がいる。立っている。

 水色の袴が血で汚れて、黒ずんで。

 手に刀を持っている。すらりと長い、日本刀。

 刃の部分も赤黒くギラっと光ってて。

 その顔は、知っている。

 知っている。

 なんで?

 どうして?

 お前が、殺したの?



「……え?」

 目を開けると、すでに明るくなった天井。

 涙はいつものように止まらず、心臓がドクドクと早鐘を打っていた。額にはびっしりと、夏の暑さのせいだけではない汗をかいている。

 血の海の、あの人が倒れている光景はいつ見ても慣れない。感じるはずのない錆びた匂いが纏わりついているようで、目眩がする。

 ──殺されたんだ、あの人。

 ただでさえ慕っている人が殺されたのに、殺したらしい犯人はバクの知っている人間のようだ。

 記憶を破り捨てたくなるのも、無理はない。

「……こんなの、覚えていたくないよね」

 身体を丸めて、しばらくゆっくり呼吸することを意識していたら、ようやく涙と動悸が落ち着いた。それから、和都は身体を起こすと、ベッド脇に置いていたノートにペンを走らせる。

 でも、なかなか進まない。文字が震えてしまう。

 神社のことを調べるヒントになるとはいえ、文字に書き起こすのがどうしても憚られる。

 いつもより読みづらい文字になってしまったが、何度も深呼吸して、なんとか覚えている内容を書ききった。

「……できた」

 写真を撮って仁科宛に送信すると、もうそれだけで重労働を果たした気分だ。

 再びベッドに横たわり、天井を見上げた。

 ──あれ、誰だったんだろう。

 水色の、袴を履いた人物。名前の分からないあの人とは別の、誰か。

 今までの夢には出てきていない、見たことのない顔だった。

 スマホの写真フォルダを開き、仁科宛に送った夢のメモ画像を見返す。見ている夢の時系列は、どうもあっていない気がする。バラバラに千切った記憶らしいので、順番通りに見る、というわけではないのかもしれない。

 と、メッセージの通知。仁科からだった。

 夏休みの早朝だし、返信は来ないと思っていた。

 和都は小さく笑ってチャットアプリを開く。

《殺人かー。嫌な夢だったね。大丈夫?》

《大丈夫じゃないけど、大丈夫》

《なんだそれ。今日、手伝いに来る日だろ?》

「……あ」

 メッセージを読んで、和都はそうだった、と思い出した。

 色々と忙しいらしい仁科の手伝いで、学校に登校する予定の日である。すっかり忘れていた。

《忘れてた。眠いから今度じゃダメ?》

《面白いもの見せてやるから、頑張っておいで》

 嫌な夢を見たことを理由に休みたい、と主張したのだが、仁科のメッセージが気になる。

「面白いもの?」

 まんまと釣られる形で癪ではあるが。

《しょーがないなぁ》

 和都はそう返信すると、再び身体を起こしてからうーんと伸びをして、ベッドを降りた。





 7月下旬、狛杜高校は夏休みに入った。

 夏休みとはいえ、教職員は当番制で在校しており、部活動もあるので学校自体は開放されている。なので、学校に用のある生徒は、制服や学校指定のジャージ等を着ていれば登校が可能だ。

 そんな、夏休みでほぼ人のいない学校の保健室に、和都は制服姿でやって来ていた。

「夏休みなのに、なーんでおれは学校に来てるんだろう」

 不服そうな顔で言う和都に、仁科は普段と変わらない白衣姿で、呆れたように言う。

「どーせ暇してんだろ」

「暇ってわけでもないんだけど」

「宿題やるか本読むかしかしてねーくせに」

「……まぁ、ハイ」

 菅原も小坂も部活が忙しく、春日も塾の課題がある関係で、そんなに会うことがない。特にしたいことはないので、適度に宿題をやりつつ、ひたすら本を読むばかりだ。

「研究発表用の資料作成で忙しくて、夏休み中の仕事に手が回らなくてね。誰かさんの探し物に付き合ってたから、色々ギリギリなんだよ」

 そういう仁科は連日本当に忙しいらしく、普段どおりに見えつつも、やはりどこか顔色に疲れが見える。

「わかってまーす。……でもやっぱ、ちょっと怖いよ。みんな居るわけじゃないし」

「ちゃんと堂島も川野もいない日だけ呼んでるから安心しろ。来る時も部活の菅原達と一緒に来れたろ」

 そこは仁科の言う通りで。登校の支度をしていると、菅原からいつも下校の際に別れる十字路で待っているから、と連絡が来たので一緒に登校してきたのだ。

「……そうだけど。采配上手すぎてなんかムカつく」

「ワガママな子ねぇ」

 クチを尖らせて文句を言う和都の頭を仁科が撫でる。するとその手から逃げるように、

「だって、今日は眠いんだもん」

 そう言って和都が普段からよく使っている、1番手前のベッドに横になった。

「なんだ、今朝の夢か?」

「うん……。あの宮司さん、殺されてたんだね」

 横になった和都に近付いて、仁科は一応額に手を当てる。体温は予想通りの平熱だ。

「日本刀持ってた人は、これまでの夢に出てきてる?」

 仁科に問われ、改めて考えてみるが、やはりこれまでの記憶にはない。

「ううん。初めて見た」

 そう答えてから、和都はベッドの傍に立つ仁科をじっと見上げる。

「なに?」

 確かこのくらいの位置から、バクも見上げるようにあの男を見ていた。そのシルエットがなんとなく、

「先生に、似てたな、って……」

 言われた仁科も、流石に困ったように眉を下げた。

「えー、嫌な話」

 殺人を犯した人物に似ていると言われて、いい気分になる人間はいないだろう。和都は若干の申し訳なさから、メッセージの件に話を切り替えた。

「あ、そだ。メッセージで言ってた、面白いものってなに?」

「ん? ああ」

 仁科がそうだった、とデスクに置いていたスマホを取って戻ると、和都の横になっているベッドに腰掛ける。そして、スマホを操作しながら、和都に聞いた。

「お前の、前の苗字、神様の『神』に、谷山の『谷』で合ってる?」

「急になに? そうだけど」

 和都は身体を起こして答えながら、仁科の横に並ぶように座り直す。

「じゃあ、両親の名前は?」

「相模小春と、相模隆世」

「あぁ、そっちじゃないほう」

「……神谷清孝。なんで?」

 そっちじゃない、と言われたのが若干気になりつつも、和都が不審な顔で聞くと、仁科はそうか、と息をついてスマホを見つめた。

「じゃあやっぱ、コレはお前ってことになるのかな」

 仁科がこちらに向けたスマホの画面には、拡大された家系図の一角が表示されている。

 そこには、神谷清孝と小春の名前が並び、その下に『和都』の名前と、生年月日が記されていた。生年月日も間違いない。

「……なに、これ」

「仁科家の家系図」

「はぁっ?!」

 流石に予想外すぎて、和都も大声をあげる。仁科は少し困ったような顔ではあったが、いつも通りの調子だ。

「……ちょっと色々あって、家系図を見直してたら見つけてね。横行ったら俺の名前もあるよ」

 言われて仁科からスマホを受け取り、和都は拡大画像を少しずつスライドする。線で繋がる様々な氏名の中に、ようやく『仁科弘孝』の文字を見つけた。

「曾祖母さんとこが兄妹ってなってるから、えー……再従兄弟(はとこ)ってやつだな」

「……親戚、ってこと?」

「うん。ちょい遠いけど」

 改めて言われて、和都は頭を抱える。

「えーーーー。嘘でしょ?」

「いやー、嘘から出た真ってヤツになったな」

 仁科が楽しげに笑いながら言う。

 そういえば以前、学校外に2人きりでいる時、偶然会った川野相手にそんな有りそうで無さそうな微妙な嘘をついていた。が、それが実際に本当の事になってしまった、ようだ。

「……え? 親戚って初めて遭遇したんだけど。何すればいいの?」

 どうやら本当に初めてのことらしく、和都の狼狽ぶりに流石の仁科も困惑する。

「いや、何もしないよ。近くに住んでりゃ会うこともあるけど、あって冠婚葬祭で会うか会わないかくらいで、他人とそんな変わんねーよ」

「そ、そっか……」

 言われてようやく我に返ったらしい。

 落ち着いた和都は、スマホの中の家系図に再び視線を落とす。

「家系図ってすごいね、もうちょい見ていい?」

「どーぞ」

 隣に座る仁科は、和都の頭を撫でてそう言った。

 開いたままの家系図の『仁科弘孝』の横には『仁科孝文』『仁科雅孝』と並んでいる。各名前の横には、生年月日が記載されているのだが、亡くなっている場合はさらに没年月日と享年が添えられるようで。

 ──享年、13歳。

 雅孝のところに添えられた没年月日と享年の数字に、和都は仁科の家のアルバムで見た顔をなんとなく思い出す。

 自分によく似ていて、自分よりも若くして逝った人物。

「……おれに似てたっていう弟さん、どんな人だったの?」

 きっと、仁科にとって特別な存在だったはずで。だからこそ、聞くのが少しだけ怖くて、なんとなく聞けていなかった質問。

 ちらりと隣に座る人を見上げると、目を細めて笑っていた。

「引っ込み思案で、大人しくて……優しい子だったよ」

「へぇー」

「お前と見た目とかは似てたけど、性格は大違い、だったね」

 頭に乗せられていた大きな手が、頬にするりと滑り降りてきて、そのまま唇に唇が軽く触れる。

 すぐに離れた顔は、やはり笑ったままだった。

「……学校でするなって」

「今、他に人いないよ?」

「……そうかもだけど」

 本当に油断も隙ない。

 でも、本当に嫌だったら、キッパリと拒絶すればいい。そうしたら、仁科も隙をつくようなことは、多分しない。

 そうしない、という選択を自分がしている自覚は、ある。

「見せたかったのって、コレ?」

 和都は仁科にスマホを返しながら聞いた。

「うん。まぁ無闇に送るもんでもないしね」

「……たしかに」

 フルネームと生年月日、そして親戚関係を表した個人情報満載の画像だ。送られてきても、取り扱いに困ってしまうかもしれない。

「まさか、先生が親戚のおじさんだったなんて」

「おじさん呼びはやめて欲しいなぁ」

「え、じゃー何がいいの? お兄さん?」

「……お前に『兄さん』って呼ばれるのも、ちょっと複雑」

「もー、ワガママ」

 和都がクスクス笑うのを、仁科は困ったような呆れたような様子で見ていたが、あ、と何かに気付いた顔をする。

「しかし、この親戚って関係はまぁ、使えそうだな」

「何に?」

「安曇の家に行く時、とか」

「あ、なるほど……」

 親戚同士、ということであれば母親を説得できるかもしれない。しかし、そもそも神社仏閣を毛嫌いする母が、果たして許可するだろうか?

「でも、どうかなぁ?」

 最近の母親は、顔を合わせるだけでヒステリックになってしまうので、正直、普通の会話もままならない。チャットアプリを介してなら説得出来るのだろうか、と和都は考えを巡らせる。

「まぁでもその前に、目の前にある山のような仕事を片付けないとね」

「そーですね」

 仁科がベッドから降りて立ち上がったので、和都も倣ってベッドから降りた。

「さ、新しい保健委員長さんに、頑張って働いてもらおうかな」

「……はーい」

 すでに2学期以降は保健委員の委員長となることが決まってしまった和都は、やる気なく返事をした。



◇ ◇ ◇



「あれ、春日クンじゃん」

 研究発表も間近に迫った7月の終わり。

 仁科が休憩に一服しようと喫煙所に向かって廊下を歩いていると、ちょうど職員室から出てくる春日を見つけて声を掛けた。

「仁科先生」

「なんで学校いんの? 今日は登校日じゃないよ?」

 そう言いながら近づくと、きちんと制服を着た春日の手には、大きめの茶封筒が握られている。

「進路関係の書類で、ちょっと……」

「あらー、気の早いやつねー。って、まぁそんなもんか」

 2年生の夏休みであれば、大学受験に向けた準備を始める生徒がいてもおかしくはない。難関大を目指す場合は特に。

 何気ない会話のつもりだったが、春日はいつも通りの仁科になぜか少しだけ眉を顰める。

「……ちょうどいいんで、少し話せますか」

「顔こわいよ? 煙草吸いながらでもいい?」

「はい」

 春日の返事を聞いて、仁科は中央階段と事務室の間にある、職員用出入り口に向かう。職員が利用する喫煙所は、この中央の職員用出入り口を出た、事務室側に設けられていた。

 まだ日の高い午前中。屋外で暑くはあるが、ちょうど建物の影に隠れる場所なので幾分かマシだ。

「先生、煙草吸うんですね」

「普段授業ある日は吸わないよ。土日とか、休みの日にたまーにね。……最近は悩み事が多いから、ちょっと増えちゃっててさぁ」

 咥えた煙草に火をつけると、仁科は小さく煙を吐き出しながらそう言った。

「で、話って?」

「……昨日の夜、堂島と居酒屋入ってくとこ見たんですけど」

「ガッコーだし、先生はつけなさい。一応ね」

「すみません」

 言われて、仁科は昨夜自分のいた場所が、ここから3駅隣の駅前だったことを思い出す。

 大方、塾の帰りにでも見られていたんだろう。

「話がしたいっていうから、ちょっと乗ってみたんだけどね。……相模のことしか聞いてこねーから、すぐ帰ったよ」

 珍しく堂島から飲みに行こうと誘われた。車で来ているので飯だけと言ってついて行ってみたが、向こうの目的は懐かしい友人との会話ではなく、狙っている生徒の話ばかりで、ほとほと呆れたものだ。

「なるほど」

「俺とお前らでガード固めたからね。取り入る隙がないんじゃない? ……いい気味だわ」

 そうは言いつつも、仁科はどこか悲しげな顔をしていた。

 かつての良き友人の言動が、憑いている怪異のせいだとしても、実際に目の当たりにすると正直いい気分にはならない。

「……先生が向こうについたんなら、ぶん殴ろうと思ってたんですけど」

「春日クン、意外に暴力的だよね」

「だいたいのことは、拳で解決してきたんで」

「まぁこわい。……それは絶対ないから安心しろ」

 規律正しそうな、真面目そうな顔をして、どれだけ力技で乗り越えてきたのか、仁科はあまり考えたくなかった。

 吐き出した煙がふわりと空に舞って霧散する。

「話ってそれだけ?」

「……あと、もうひとつ」

「なぁに?」

 隣に並んでこちらを横目に見ていた春日の視線が、前方に向けられた。

 本校舎と校庭の間に等間隔に立ち並ぶ木々の隙間からは、誰もいない広いグラウンドが見える。

「……俺、姉が1人いるんですが、高校の時に教師と付き合っていたんです」

「ほう」

 そういえば、春日の家族についてはあまり聞いたことがなかったので、姉の存在は少し意外だった。

「卒業したら結婚する、みたいな話もしてたらしいんですけど。……その教師、既婚者だったらしくて」

「えぇっ」

「それで結局ゴタゴタして、自殺未遂を。発見が早かったし、無事だったんで、今は県外に就職して働いてます」

 家族の話をしないのは、単純に春日が無口なせいだと思っていたのだが、そういう状況であれば、話もしづらいのかもしれない、と仁科は思ってしまった。

「あらそう……」

「そんなこともあったんで、生徒と教師の恋愛は正直……。文句はないんですけど、ちょっと応援しづらいというか」

 そこまで言って、春日がいつものような、無表情に近い睨むような視線をこちらに向けて。

「……やめてもらっていいですか」

 誰と誰が、というのは名前を出さなくても分かる。

 どう考えても、自分と和都のことだ。

 仁科は眉を八の字に下げて、小さく笑うしかできない。

「たしか、そういう仲じゃないって話、しなかったっけ?」

「先生はどうか知りませんけど、アイツ無自覚なんで、気を付けて欲しいんですが」

「……あーそー」

 きっと、彼のことはこの友人のほうが正しく認識できているのだろう。

 ここ数ヶ月、ずっと近くにいたからこそ、和都の変化に気付いていないわけじゃない。

 ──分かっては、いるんだけどね。

 だからこそ悩ましい。仁科は口の端から小さく煙を吐き出して言う。

「まぁ、言えることとしては、相模はお前の姉じゃないし、俺はお前の姉に手を出して捨てた教師とも違うわよってこと、くらいかな」

「……それは、分かってますけど」

 不幸な前例とこれまでの経験のせいで、警戒されているのは分かる。

 それならいっそ、とは思わないのだろうか。

「お前こそ、このまんまでいいの?」

 言われた春日の視線が、木々の隙間のグラウンドに戻って。

「……俺は先生と違って、弁えてますから」

「ほー、さようですか」

「アイツが生きてくのに邪魔になりそうなものは、全部『潰す』って、決めてるので」

 夏の暑さを冷ますような風がザーッと吹き抜けて、青々と茂る木の葉を揺らす。

 ──……否定はしないわけか。

 でも、伝える気はないんだろう。そう思いつめてしまうようなことが、知らない過去に多分ある。

 春日がぎゅっと握った拳を見ながら、仁科はそう思った。

 ──それなら。

「そんな真面目な春日クンに、いいことを教えてあげよう」

「は?」

「俺と相模、親戚だったわ。正確には再従兄弟(はとこ)ね」

 得意げな顔で言ってみせると、春日は少し呆れたように返す。

「ああ、和都に聞きましたよ。親戚付き合いとかしてなかったから、普通にビックリしてましたけど」

「うん。そんでここからは、アイツに言ってないことなんだけどさ」

「なんですか」

 興味のなさそうな春日の返答に、仁科はもう一度咥えた煙草の煙を吐き出して、静かに言った。

「仁科家ってねぇ、末子が早死にする家系なんだって」

「……え?」

 春日が分かりやすく驚いたので、仁科は目を細めて笑う。

「病気とか事故とか色々な理由で早死にするんだって。それも直系だけでなく傍系も含めて。おかげでうちの家系は安曇家に比べて人数が少ない。所謂『祟り』みたいなもんらしくてね」

 このご時世に使うべきか憚られる単語だが、他に表す言葉がない。春日の表情に怪訝さが増していく。

「……んで、俺の一番下の弟もその『祟り』とやらで死んでるわけだが、気になってることがあってさ」

「気になること?」

「うん。弟の状況と、相模の状況が、同じすぎる」

 和都と関わるようになってからずっと感じていた、妙な既視感。

 あれは、十数年の自分たちだ。

「弟も、相模みたいにやたら人や怪異に執着されまくってた。事故に見せかけて自殺するくらい、追い詰められてた」

 仁科が大学進学で地元を離れて暫く、中学生になった末弟は自分に電話を寄越した後、亡くなった。状況などから事故と処理されたが、希死念慮に囚われていた彼が自ら選んだ結果としか思えない。

「少し違うのは、相模みたいにやたら倒れなかったことだけ、だな」

 雅孝は元々視るチカラも祓うチカラも強かった。だからこそ、視えないものへの対応は問題がなかった。しかし和都の場合、視えるのに持っているチカラが極端に少なく、対抗できないせいで倒れている。

「でも、和都が色んなものに執着されるのは、狛犬の生まれ変わりだから、ですよね?」

「うん。その性質が狛犬の生まれ変わりが持つ特徴だっていうなら、同じ特性を持った弟が死んだ後に相模が生まれてないとおかしい。でも、弟が死んだのは11年前。相模はその時5〜6歳のはずだから、生まれ変わりというわけじゃない」

「たまたまその『祟り』と同じような性質を持ってる、とか」

「その可能性を考えてたんだけど、親戚に『神谷』がいたの思い出して、念のため家系図を確認したらアイツがいた。仁科家の末子という条件に一応当てはまる。一人っ子だから微妙だけどね。……どう思う?」

 そう言いながら、仁科はスマホを取り出すと、和都にも見せた仁科家の家系図写真を開いて、春日に渡す。

 名前と名前を繋げる血の系譜。

 横に並んだ氏名の、その末尾に記される名前の享年だけ、極端に数字が若い。

「……仁科家の祟りは、狛犬のチカラのせいってことになりますけど」

「だよなぁ。もしかしたら生まれ変わりっていう前提が、違うのかもしれん」

 過剰に人を惹き寄せ狂わせるチカラを持ち、最終的に死へ至る『祟り』と、同じような性質を持つ『狛犬の目』。

 それがもし同じであった場合、あの元狛犬を名乗る怪異への信用が揺らいでしまう。

 春日は『仁科弘孝』の名前から少し離れた位置にある『神谷和都』の文字を見て、顔をしかめた。

「『祟り』の理由とかって、分かってるんですか?」

「それも不明。ただ、末子は二十歳を迎えられないと言われてるよ」

 生まれ変わりも祟りも、現実として目の当たりにしている以上、作り話では済まない。

「……この写真、もらえますか?」

「あー、あとで送る。一応個人情報だから扱い気を付けて」

「わかってます。……少し、調べてみます」

「頼むわ。なんか分かったら教えてくれる? 研究発表もあるから悩んでる場合じゃなくてさ」

 子どもに頼るなんて、大人として情けない話だ。

 しかし、本人以上に彼を生かすことに執着している彼なら、雑念の多い自分より何かを見つけてくれそうな気がする。

「全然、いいことじゃなかったんですけど」

 春日が息を吐きながら、仁科にスマホを返す。眉間のシワがより深くなっていた。

「そう? ストーカーさん的に美味しい情報かと思ったんだけど」

「ストーカーじゃないんですけどね」

「……一応、アイツには『祟り』のこと伏せといてやって」

「分かってます」

 和都のそばには、視えていなくても常にハクがいる。

 もしこちらが生まれ変わりを疑い始めたと分かったら、どんな行動を起こしてくるか分からない。気付かれずに調べなければ。

「そろそろ帰ります」

「おう、気をつけてな」

 春日が1人、中央の職員室用出入り口から校内に戻るのを見送って、仁科は短くなった煙草を咥える。

「あーあ、どうしたもんかね」

 仁科はボヤきながら、夏休みの間は煙草の量が増えそうだな、とゆらりと昇って消える煙を眺めた。



◇ ◇ ◇



 8月上旬。某県にある公会堂の喫煙所で、仁科はメッセージの通知に気付いてスマホを開いた。

 白狛神社について調べるのを春日達に手伝ってもらうようになってから、和都以外の3人とも連絡先を交換していた。その際に5人でまとめて情報共有できるよう、チャットアプリのメッセージグループに入れられてしまったのだが、夏休みに入ってからはここにやたらと写真が届くようになってしまった。

「……楽しそうなことで」

 今日は4人で市民プールに行っているらしく、プールではしゃいでいる写真がやたらと届く。

 仁科自身はずっと準備していた研究発表の日なので、次々届く写真を休憩時間にスーツ姿で見ているだけだ。

 発表会場にある喫煙所で、写真を見ながら小さく笑っていると、

「何か面白いものでも?」

 合同発表者で、狛杜高校の近隣高に務めている先生に聞かれ、仁科はそちらに視線を向けた。

「諸事情で、うちの高校の教え子たちの、メッセージグループに入れられてるんですけど、今日はプールに行ってるらしくて」

「あー、その写真ですか。今日は暑いし、いいですねぇ、プール」

「ま、俺らは終わったら冷たいビールがあるんで、頑張りましょう」

「そうですね」

 時計を見ると、そろそろ休憩時間も終わりが近い。

「そろそろ時間ですし、行きましょうか」

 仁科は短くなった煙草を喫煙所の灰皿に押し当てて捨てると、同室にいた先生達に声を掛けて、喫煙所を後にした。



 小坂の提案で、和都達は数駅先にある市民プールに来ていた。

 市民プールとは言うが、大きなプールがあるだけでなく、ウォータースライダーや流水プール、飲食店もあるちょっとした娯楽施設のような場所だ。

 基本電車に乗ることがない和都にとっては、数駅先に行くだけでもなかなかの冒険であり、こういった場所に来ること自体が数年ぶりだった。

 移動中もおっかなビックリという感じで春日にくっついていた和都だったが、かつてのようなトラブルの気配が微塵もないと分かってからは、プールサイドに陣取った休憩エリアで、菅原と一緒にすっかり寛いでいた。

「みんなで出掛けるのっていいねー」

「ああ、去年は人の多いところはダメって、行けなかったもんな」

「うん! 先生のおかげでだいぶ平気になったからね」

 人混みの中に少しいるだけで、人に絡まれたり追いかけられたりしたものだが、ここに来るまでも来てからも、そういったトラブルは起きていない。また、人の集まる場所でよくある『いやなもの』も、和都自身にはしっかり視えてはいるが、気持ち悪くならず済んでいる。

 これは明らかに、チカラが強くなっている証拠だ。

「よかったなぁ。このまま色々片付いたら、修学旅行も一緒に行けるな」

「それ! 小学校も中学校も、おれ行かせてもらえなかったからさぁ」

 水着にフード付きパーカーのラッシュガードを羽織った和都が、無邪気に笑う。見た目と発言内容の乖離が酷すぎて、さすがの菅原も苦笑せざるを得ない

「……それ、マジだったのか。じゃあ修学旅行以外でも、行きたいとこあったら行こうぜ」

「うん、行きたい!」

「じゃーどこ行きたい?」

「えっとねぇー」

 そう言いながら行きたい場所を挙げていく和都を、明るく笑うようになったなぁと思いながら、菅原は見ていた。

 一緒にいてもどこか距離をとって、少し冷めたように笑っていた印象がなくなってきている。

 ──抱えてるものが、大きすぎるよなぁ。

 和都の抱えている問題は、まだ解決したわけではない。それをふと思い出すと、やはり少し考え込んでしまう。

「菅原、どうかした?」

「ううん、あいつら遅いなーと思って」

「あー、やっぱり混んでるのかな」

 春日と小坂はテイクアウトできる食べ物を買ってくると言って、飲食店エリアに行ったきり戻ってこない。

 夏休み。暑い日の昼下がり。

 家族連れも多く、人気スポットらしく混んでいるのだ。もう暫くはかかるだろう。

「そういや、先生んとこの神社行くの、結局相模だけになったの?」

「……うん」

 菅原に言われ、和都が気まずそうに頷く。

 和都以外のメンツでスケジュールの調整をあれこれ試みたものの、結局安曇神社へ行けそうなのは、和都のみとなってしまった。

「結局、オレと小坂は部活の合宿あるし、春日は塾の夏期講習期間中だし……。あれ? 先生がわざとその辺りを狙った可能性ない?」

 腕を組んだ菅原が片眉を下げて言う。

「それはないよ。だって先生、今は養護教諭の人たちだけの研究発表会? みたいなの、行ってるし」

「あー、そんなのあるんだ」

「確か、今日発表の日じゃなかったかな?」

「それで先生、既読にするだけでコメントしてこねーのか」

 菅原がそう言いながらスマホを開く。暇つぶしにメッセージグループ内に和都がはしゃいでる写真を送りまくっていたが、全く反応がないので気になっていたのだ。

「保健室の先生ってめっちゃ暇だと思ってた」

「おれも! なんか色々難しい文章書いてたよー」

「そっかぁ、保健室の先生も大変なんだなぁ」

 教員を目指してはいるが、養護教諭はやめたほうがいいかなぁ、と菅原は息をついた。

 しかし、おや? と1つの疑問が浮かぶ。

「あ。でもさ、今日は春日が一緒だからプール来れたけど、神社には春日行けないんだろ? 親に何て言うんだよ?」

 今までは春日が一緒なことを理由にしたり、両親が出張で帰ってこないのをいいことに出掛けたりしていた。しかし安曇神社は隣県にあり、外泊を伴う『外出』になる。こっそり行くにしては少し危険すぎないだろうか。

 菅原の心配そうな声に、和都も少々困惑した顔で。

「……それが、先生の手伝いで学校にいる時に、母さんから電話きてさ」

「え、やべーじゃん」

「うん。その時に、先生が替われっていうから替わったら、先生と母さんでしばらく話し込んで。終わった後に先生が『許可とったよ』って」

 ちょうどその、話が込み入り始めたタイミングで、仁科は何故か保健室を出て廊下のほうへ行ってしまったので、和都はどんな話をしたのかは聞けていない。

 ただ以前から『話がしたい』とは言っていたので、教員としての話をしたのではないかと思うが。

「先生、一体どんな手を……?」

「分かんない。けど、親戚だからって感じで話をつけたんじゃないかなぁ?」

 和都と仁科が再従兄弟と分かった際に、仁科が『使える』と言っていたので、その部分から説得したのではないだろうか。

「なるほどねー。じゃあ、まぁ、行くのは心配ないのか」

 果たしてこの『親戚』という関係は、どういう風に作用するのだろうか。

 菅原としては、癖の強いあの教師が悪用するのではないか、とどうしても考えてしまう。

「……しかし、先生と2人きりで旅行か。先生のが1歩リードだなぁ」

「なにが?」

「何でもなーい」

 和都本人が全く何も考えていないようなので、菅原はこの場にいない2人に少しばかり同情してしまった。

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