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15)遠雷の行方

「……おれ、やっぱりさっさと死ぬべきじゃないかと思うんだけど」

 腕と足と、あちこちが擦り剥けて、それぞれに滲んだ血が痛い。

 大きい背中。たぶん春日だ。

 その背中に背負われて、どこかへ運ばれている。

「ふざけんな。俺の目が黒いうちは勝手に死なせねーからな」

 走りながら、怒った声で春日が言った。顔は見えない。

 少し考えて、口をついて出てきた言葉が最悪だった。

「……ユースケって、もしかしておれのこと好きなの?」

「嫌い」

「即答かよ」

「嫌いだから、嫌がらせしてる」

「なるほどね?」

 何度やっても上手くいかなくて、毎回邪魔されていると思ったら、そういうことか。

 嫌いなのか。そうか。だから近くにいても変にならないんだな。

 でも、それならいっそ、放っておいてくれればいいのに。やっぱり変なヤツだ。

「……高校も、同じとこ行くからな」

「はぁ?! お前とおれじゃ偏差値違いすぎるでしょ」

「どーとでもなるし、する」

「……嫌がらせのレベルえっぐい。おばさんにおれが睨まれるじゃん」

 春日家には、ただでさえ迷惑をかけている。

 自分を理由に息子がレベルの低い高校に行くなんて知ったら、どう思うだろう。なんでそんなことまで考えが至らないんだ。

 こいつ、やっぱり馬鹿なんじゃないか。

「じゃあとっととその死にたがる癖を治せ」

 それは無理だよ。

 死にたくない理由が見つからない。

「……大学までついてこないよね?」

「高校で治らなかったら続けるぞ」

「あーもー、わかったよ。……完敗だよ」

 また、迷惑をかけてる。

 これ以上はダメだ。

 でもきっと、本当に高校はついてくるんだろうなぁ。

 それ以上はダメだ。

 自分のせいで、誰かの人生がおかしくなるのは、もう見たくない。

 もう見たくないのに、嬉しいのはなんでだろうな。

「困ってることは、全部助けてやる。全部俺に言え。全部、なんとかするから」

「うん」

「だから、自分から死にに行くな」

「……うん」



「……なっつかしい夢ぇ」

 和都はそう呟きながら目を開けた。辺りはすでに明るい。

 あれは、いつだっただろうか。

 確か中学の頃。当時は気分が塞ぐとすぐ死にたくなって、ふらっと死ねそうな場所を探して彷徨っていた。

 学校の裏山を彷徨ってたら、知らないヤツに追いかけ回されて、最終的に崖から滑り落ちたところを春日が助けてくれた、のではなかったか。

 意識がぼんやりしている片隅で、スマホが鳴っている気がした。

 アラームをかけたような気もするし、そうじゃなければメッセージの通知音だろう。

 でも止まる気配がない。ああ、これは着信か、とようやく思考が繋がって、ベッドのどこかに放ったスマホを手で探って捕まえ、応答を押す。

「あい……」

「まだ寝てんのか。早く来ないと置いてくぞ」

 春日の声で言われて、一気に現実に引き戻された。

「あっ!!」

 和都は短く叫んで飛び起きると、慌てて支度を始める。

 今日は仁科を含めたみんなで、白狛神社の跡地に行く日だった。





「ごめん、遅れた」

 急いで支度して、待ち合わせ場所にしていた駅裏の公園までたどり着くと、すでに春日と菅原がいた。

「大丈夫、大丈夫。先生も渋滞で遅れてる」

「よかったー」

 期末テストも終わり、間も無く夏休みという時期。

 和都は安堵の息を吐きながら、暑さと走ってきたせいで吹き出る汗を拭いた。

 以前、仁科と出掛ける際も指定した公園だが、相変わらず人がおらず、休日だというのに閑散としている。今日は幸い雲が多くて、日差しはそこまで強くないが、少し蒸し暑い。

「夜更かしでもしたのか?」

「いや、普通に寝たんだけど……」

 和都は頭を掻きながら、春日のほうをチラリと見て、

「ん?」

「……昔の夢、見てた」

 少し前のはずなのに、もう懐かしいと思ってしまう、昔の夢。死にたくてたまらなかった頃の記憶。

 ──今は、考えなくなったなぁ。

 多分、自分の厄介な特性の理由と解決策が見えてきたからというのが1番大きい。そしてそれを、助けてくれる人が増えた。今日だってその為の、自分なんかの為の集まりだ。

 そんなことを考えながら辺りを眺めて、和都は自分を含めて3人しかいないことに気付いた。

「あれ、小坂は?」

「途中で拾う」

「そうそう。あいつんち山の麓だから」

 そんな話をしていたら、駅前の方から白の乗用車が1台近づいてくる。見覚えのある仁科の車だった。

「車来たな」

「あ、先生の車、あれだよ」

 和都が話していると、車はウインカーを光らせ、3人の前に静かに停止する。

「悪いねー。日曜だと混むのねこの辺」

 助手席側の窓を開け、仁科がそう言った。

「おはよーございます」

「前来た時、土曜だったもんね」

 和都がそう言いながら助手席に乗ろうとすると、着ていたパーカーのフードを春日が掴んで、

「和都、お前は後ろ。俺と菅原が後ろだと小坂が乗れないだろ」

「……たしかに」

 こればかりは仕方がない話。

 結局助手席には春日が乗り、後部座席に菅原と和都が乗ることになった。

「先生、いい車乗ってんね」

 全員が乗り込んで出発すると、菅原がそう言い出した。

「あぁ、実家の金だけどね」

「安曇家の親戚なんでしたっけ」

 隣県を拠点とする安曇家こと安曇グループは、こちらの県でも有名なグループ企業で、有名百貨店やレストラン、マンションなどなど広く手掛けている。

「そー。元はいわゆる分家だったのを、姓を変えて分けててね。神社以外にも不動産とかアパレルとか、代々一緒にやってるのよ」

「羨ましい話!」

「色々面倒臭いことも多いけどね」

 仁科が笑いながら菅原に返す言葉を聞いて、和都は婚約者の話を思い出す。それもまた、面倒なことの1つなのだろうか。

 ──ずっと気にしちゃってるんだよなぁ。

 電話越しに怒っている声を聞いたせいなのか、それともこれまでのことへの申し訳なさなのか。仁科が気にしないせいで、余計に気にしているのかもしれない。

 車は一方通行の多い住宅街の路地をぐるりと抜けて、進行方向に山の先が見え始める。今日は少し雲が多いので、緑色は少し褪せて見えた。

「あ、相模。例のノートは持ってきた?」

「うん」

 隣に座る菅原に言われ、和都は持ってきたショルダーバッグから大学ノートを1冊取り出し、広げて見せる。

「おぉ、すげーすげー。まず『狛犬の目』ね。これのせいで執着されるんだっけ?」

「うん。いろんな人に言い寄られたり、襲われかけたりね」

「あれなー。去年も大変だったもんなぁ、本当」

 菅原が過去のことを思い出しながら、和都の頭を撫でた。呼び出しからの告白以外に、ほぼ毎日下駄箱に手紙が入っているのも見ている。その回数がほぼゼロに等しくなったので、傍からみていてもチカラの凄さは実感してしまう。

「……最近はあまりないな。その必要な霊力(チカラ)って奴が強くなったおかげか?」

 助手席から春日がこちらを見ながら聞いてくる。

「うん、そうだと思う!」

「保健委員としてコキ使ってるからねぇ」

 運転する仁科が楽しそうに言うので、春日は冷たい視線を隣に向けて。

「……真っ当な理由があったのが、未だに解せないです」

「もうちょい信用して欲しいんだけどなぁ」

「無理ですね」

「えぇー」

 春日と仁科の会話に、菅原が和都に眉を顰めつつコソコソと聞いてくる。

「あの2人、なんかあったの?」

「ユースケが先生に1回、おれに委員の仕事させすぎって言いに行ったことあってさ」

「まじか」

 和都の答えに、菅原も呆れた顔をした。それから助手席のほうに向かって、

「春日ぁ、先生はもう警戒しなくていいじゃないの? こんだけ協力してくれてるんだしさ」

「いいぞ菅原、もっと言え」

「まだ検討中」

「きびしーなぁ」

 春日の中ではまだしばらく、仁科は警戒対象のようだ。

 そんな話をしているうちに、車は線路の向こう側の道路に入り、山の麓にある隣駅前へ到着する。

 駅前のタクシーなどが止まるロータリー付近に、ビニール袋を持った小坂が立っているのが見えた。

「あ、小坂いた」

「おっすー」

 座っている位置をすこし詰めて、小坂が後部座席に乗り込む。

 それから、持っていた袋の中身を出して見せた。ジュースやコーヒーなどが入っている。

「これ、ばーちゃんから貰ったから、飲んで」

「あら、お気遣い頂いて」

 受け取ったコーヒーを飲みながら、仁科は車を山の低い位置を回る道へ向かわせる。

「先に白狛神社じゃなかったほうの跡地、回るからな」

「え、なんで?」

 後部座席で真ん中になった和都が、地図とノートを広げながら聞き返す。

「そこも安曇の土地らしいんだ。現状の写真、頼まれててさ」

「安曇家どんだけ土地持ってんの」

「そこの山全体が、もともと安曇のもんだったんだって。線路通すのとか山頂の開発とかで、一部以外は譲ったんだとよ」

「はー、安曇家やべーな」

 線路近くの神社跡地と、徒歩で移動が必要な跡地の2箇所を巡り、それぞれを写真におさめていく。

「こういうのあったほうが、調査した感出るよな」

 提出するレポートは史跡調査をした、という体で作るので、跡地の看板もしっかり写真に撮っておいた。

「じゃー、本命行きますか」

 車で山の一番高い位置を通る坂道を上がると、カーブの膨らんだ先に小さくできた駐車場のような空き地が見えてくる。そこに車を駐めると、上りからも下からも見えにくい位置にある通路を、雑草をかき分けて入っていった。

 石段が崩れ、なだらかな登り坂になってしまっている通路。それを見た小坂が、やっぱり、と口を開く。

「ここ、小学生の時にたまに遊びに来てたわ」

「え、こんな上の方まで上がってきてたの」

「うん、チャリで」

 そこまで急勾配ではないし高くもない山だが、小学生が遊びに来るには麓から少し距離があるような気がする。小坂の小学生時代のパワフルさに感心しながら登り坂を上がった。

 登りきった先には、ぽっかりと開けた空間。雑木林の壁と、雑草と砂利だけの広い空き地は前回来た時とさして変わらない。少しばかり緑色が濃くなったくらいだろうか。

 参道だったと思われる場所の、まっすぐ伸びた先には黒く焦げた倒木が変わらずに横たわっていた。

「ここが、白狛神社の跡地かぁ」

「ただの空き地っぽいな」

「看板とかもないからね」

 木々に囲まれて日陰になっているせいか、車を駐めた場所よりもいくらか涼しい。それ以外は何もなく、何も知らなければ、ただの空き地だ。

 そうでなければ、小学生だった頃の小坂が遊びに来たりもしないだろう。

「おれらが遊びに来てた時は、入り口の草とかも刈ってあったから、わりと簡単に入れたんだよな」

「あ、じゃあもしかして、ここにあった祠とかも覚えてる?」

 和都が倒木のほうを指差すと、小坂はあー、と腕組みしながら頭を捻る。

「祠っていうか、小さい人形の家って感じのがあった気がするな。だからそっちにはボール投げないようにしようぜって気を付けてたような」

「ここでボール遊びしてたんだ……」

「そういや小坂のおばあさんが、毎週お世話に行ってたお爺さんがいたって言ってたな」

「あ、そっか。そのお爺さんが出入り口の草とか刈ってたのかな。それなら小学生でも入れるのか」

 一緒に話を聞いた菅原が思い出したように言うので、和都もなるほどと納得する。もし、そのお爺さんが今も生きていたら、この倒木については早々に騒ぎになっていたかもしれない。

「とりあえず、ここの倒木はなんとかしないとなぁ、危ないし」

 仁科は敷地内を一通り写真に撮っていき、倒木のある辺りは念入りに写真に収めていた。

「元々は何の神社だったとかは、分かってんの?」

 春日に聞かれ、和都は持ってきたノートを捲る。

「えーと、田畑を守ってたオオカミが人を食べる鬼神になっちゃって、それを退治して祀った、らしいよ」

「オオカミ信仰的なやつかな」

「悪い奴も祀ると神様になるもんなん?」

「どうだろう?」

 小坂に言われ、和都も一緒に首を傾げた。

「それ以上悪いことが起きないようにって、祀って鎮めたりするんだよ」

 写真を撮り終わったらしい仁科が近くに来て説明してくれたので、へー、と小坂と2人で感心する。

「あとは神様の良い面と悪い面をわけて祀ったりとかもする」

「神様の扱いって自由なんだな。粘土かよ」

「白狛神社の場合は、オオカミが田畑を守ってくれてたから、その辺りのご利益かもね」

「あー、五穀豊穣とか?」

 山の周辺、特に駅から遠くなる辺りには今も田畑が広がっているので、その地域のためのご利益としてはあり得そうな話だ。

「でも、なーんで人を食べちゃったんだろうな」

「じゃあその祠って、その人間を食っちまったって部分を封じてたのか?」

「ハクは『鬼』が出てくるから開けちゃいけない祠だった、て言ってた。色々探したけど、口伝でその話があるだけで、詳細は分かんないんだよね」

「そっかー」

 白狛神社が結局どういう神社だったのか、まだ概要すら掴めていないが、ここには確実に神社があった。どんな場所で、どんな理由で移動されてしまったのか、まだ分からない。

 ふと、和都は倒木の近くまで行くと、その先をじっと見つめた。

「和都、どうした?」

 そこから動かない和都に春日が気付く。

「……ここで、たぶん誰か死んだんだ」

「なんか、視えるのか?」

「ううん。バクの時の記憶を夢で見るの。それで、ここが真っ赤になってて……」

 バクの慕っていた人間が死んだ。

 思い出すだけで、少し目眩がする。そのくらい、バクは酷い衝撃を受けていた。

「人が死んだ神社、か。それが無くなった理由だったりするのかもな」

「……まだわかんないけど、そんな気がする」

 春日が考えこむのを、和都はジッと見つめる。視線に気付いて、春日がこちらを見た。

「……なに?」

「いや、こういう話、信じないと思ってたから、意外だなって」

「まぁ、今更だし。それに、お前が言うなら信じるよ」

 薄く曇っていた空が厚みを増してきたようで、まだ昼だというのに少し薄暗い。

 遠くの方で小さくゴロゴロと雷の音が聞こえた。

「なーんか雲行き怪しくなってきたな」

「車に戻ろうか」

 駐車場に戻り車に乗り込んでいると、小坂が、あ、と声を上げる。

「雷で思い出したんだけどさ」

「なに?」

「今年の春くらいに、大雨あったじゃん」

「あーあったね」

「あん時に山の方に結構落ちてたんだよね。それで木が倒れたんじゃねーかなって」

 言われて4人もそういえば、と思い出した。

 卒業式が終わり、春休みがもうすぐという時期だった。

「春の大雨、3月の半ばか終わりくらいだったっけ?」

「そう考えると、タイミング的にもありえるな」

 鬼に憑かれた川野と堂島。

 2人がどういう経緯でそうなったのかは分からないが、その時期に祠が崩れて封印が解けたのであれば、理屈が通る気がする。

「時間もちょうどいいし、昼飯ついでにファミレスでも行きますかね」

 話が一段落したところで、車は山の向こう側へ降りるように移動した。





 神社跡地から移動して、以前も利用した山向こうのファミレスに入ると、昼食時と言うこともあって混雑していた。なんとか座れたものの、少し広めの4人席に、無理やり詰めて5人で向かい合った状態。

「そういや、相模が見た昔の夢って、どんな?」

 家族連れで賑わう中、なかなか届かない注文を待ちながら、和都が大学ノートを広げて小坂の話していた雷や祠の件を書き足していると、向かい側に座っている菅原がそんなことを言い出した。

 今朝合流した際にそう言ったのを思い出し、和都は「あー」と少し考えて、

「コイツがおれに、高校でも『ストーカーする』って宣言した時の夢」

 隣に座っている春日の方を指差し、笑いながら言う。言われた春日は、グラスに口をつけたまま、顔をしかめて和都を睨んだ。

「なにそれ。ストーカー?」

「……違う。見張りだ」

「意味は一緒でしょ」

「何を見張ってたんだよ」

 春日は呆れたように息を吐きながら、眉を顰めたままの顔で。

「コイツが『死なないように』。中学の時はやたら家出したり、変なとこ行って死のうとしたりしてたんだよ」

「なんだ、メンヘラか」

「……今はしてない!」

 反対側の隣に座る小坂に言われ、和都はムキになって返す。

「てか、それいつ?」

「あー……中3、かな? 中学校の裏山の、崖から落ちた時だと思う」

「は? 崖から落ちた?」

「コイツよく落ちるんだよ。川にも落ちたしな」

「好きで落ちてるわけじゃないし」

 4人の会話を黙って聞いていた仁科は、呆れつつも春日に楽しげな視線を向けた。

「ふーん、春日クンの愛もなかなか重たいねぇ」

 しかし、春日は普段と変わらない、冷めた顔で言う。

「……これは『嫌がらせ』です」

「あれぇ、そうなの?」

「そーそー。おれへの『嫌がらせ』で高校も第1志望蹴ってるんだよ。バカなやつぅ」

 和都がクチを尖らせて言う。

「ちなみに第1志望どこだったの?」

白鷹(はくよう)大の付属」

「げ、マジか」

 白鷹大はこの辺りでは1番偏差値が高く、超一流の政治家や経営者を輩出している、本当に頭の良い人間しか入れないと言われている難関大学。その附属高校もまた、その大学に進む人間が殆どというような名門高校だ。

「模試の判定評価、ずっとAだったくせに」

 中学1年の頃から塾に通い、白鷹大付属に入るために努力していたのを、和都は知っている。

 だからこそ、未だに自分なんかに合わせて高校を選んだことを、根に持っていた。

「うへぇ、偏差値……」

「全教科きっちりギリギリ足りない状態にしてやった」

 春日が表情を変えずに言うので、菅原も小坂も驚きを通り越して、ただただ呆れる。

「どこ頑張ってんだよ」

「別の意味でやべー奴じゃん」

 以前、春日が狛杜高校に来たのは第1志望に落ちただけ、と言われたのを仁科は思い出し、そういう手を使ったのか、と逆に感心してしまった。本当に嘘が上手いヤツだ。

「このままだと大学もついてくるって言うから、諦めて高校では大人しくするって決めたの」

 和都は少し諦めたような、怒ったような顔でそう言った。

「高校入ってからは確かにないな」

「でしょ? 高校卒業すれば、あの家からも出ていけるし、メーワクかけずに自由に出来るまで、大人しくするって決めてんの」

 そう言うと、和都は持っていたグラスの中身を一気に飲み干して、

「ドリンクバー行ってくる!」

「俺もいく」

 勢いよく席を立った和都に、春日も続いてついて行く。

 残った3人はドリンクバーへ向かう2人を見送りながら、ただただ呆れていた。

「いやー、分かっちゃいたけども」

「あれはどっちもヤベェな」

「拗らせてんねぇ、あいつら」

 仁科がそう言うと、隣りに座っていた菅原がじっと見て、

「先生と大差ないっすよ、多分」

「……菅原クンは俺の何を知ってるのよ」

 すると菅原は楽しそうな顔で視線を逸らして言う。

「いいません♪」

「賢いガキどもめ。嫌いだわぁ」

 和都の周りには、一癖も二癖もある人間ばかりだな、と仁科は苦笑した。

 人も多く混雑しているドリンクバーでは、ようやく順番が回ってきた和都と春日が、それぞれ氷を入れたグラスをジュースサーバーにセットしたところだった。

「……なんで、その話したの」

 隣りに立った春日がそう聞きながら、ジンジャーエールのボタンを押す。視線は薄茶色の液体が炭酸独特の泡を立てながら、コップに注がれるのを見ていた。

「別にいいじゃん。昔の話だし。それに、」

 和都はその隣りで、コーラのボタンを押しながら、目を細めて笑う。

「最近は、そんなに死にたいって思わなくなっちゃったしね」

「……そ。なら、いいけど」

 春日はそう答えて、それから少しだけ口角を上げた。





 ファミレスを出た後は、近くの市立図書館へ移動し、ちょうど空いていた会議室を借りて提出用ノートに載せる内容を吟味することにした。

 基本的には和都の『狛犬の目』や鬼の要素を除き、昔は山に神社があったらしいということから、地元の人(と言っても小坂の祖母だが)に聞き込みをして探し始めた、といった内容に落ち着く。

 まとめたノートを見ていた小坂が、

「これ、文化祭のお化け屋敷のネタに使えんじゃね?」

と、言い出した。2年3組は文化祭でお化け屋敷をやる予定なので、神社をモチーフにしたものになりそうだ。

 白狛神社以外の、きちんと看板の立っていた神社跡地の情報を郷土資料から追加で集めるなどしていたら、あっという間に閉館時間が迫っていた。

「今日はここまで、かな」

 菅原の家は電車でまだ数駅先にあるため市立図書館の最寄駅で降ろし、山のこちら側に戻ってくると、祖母の家に自転車があるからと小坂を隣駅前まで送る。

 そこから次に近いのは春日の家だ。

「じゃー順番的には、春日の家行って、相模の家かな」

 春日の家の住所を確認し、そう言いながらバックミラーで仁科が後部座席を見ると、小坂に手を振って見送っていたはずの和都が寝ていた。

「あれ、寝てる」

「……大勢で出掛けることなかったんで、疲れたんじゃないですかね。はしゃいでたし」

 助手席から春日も後部座席を覗き込む。シートベルトは付けたまま、和都が小さく寝息を立てている。

「色々経験できてないんだろうなぁとは思ってるんだけど、『友達と出掛ける』も、やっぱりそんなにないの?」

 仁科はそのまま春日の家に向かって車を走らせながら、助手席に訊ねた。すると春日は、少し考えてから口を開く。

「……アイツの母親が、妙なこだわりを持ってて」

「こだわり?」

「神社仏閣に近づけるなって。そのせいで、修学旅行や校外学習の類に行けたことないんです。たいてい、そういうとこ行ったり、通ったりするじゃないですか」

「まぁ、そうだね。歴史の勉強とか兼ねてるだろうし」

「神社はまだ大丈夫っぽいんですけど。一度、校外学習のルートにお寺があるのを知らせずに参加させたら、学校に抗議の電話がきて大変だったことがあって」

「……なるほど」

 お寺は神社に比べて死を取り扱うことが多い。

 もしかしたら、和都の母親は彼の特異な性質を知っていて、だからこそ家の中に閉じ込めているのかもしれない、と仁科は考えた。

「今は、アイツが視えたり幽霊のせいで倒れたりするからなのかなって、理解はできますけど。中学の時はそれもあって色んな意味で問題児扱いされてましたね」

「まぁ、そうなっちゃうよね」

「それに、近づいてくるヤツはだいたい下心を持ってるし。俺以外の人間と出掛けたことは殆どありません。だから、複数人で出掛けるの、ほぼ初めてだったと思いますよ」

 そうであるなら、和都に付き合っていた春日自身も周りに色々と言われていたはずだ。それについて一切触れないのは、本人の性格なのだろうか。

「……お前も苦労してるねぇ」

「もう慣れました」

 春日が小さく笑いながら言う。『狛犬の目』の影響を受けていない彼の、違う形での執着。その真意は、自分と近いような気がして、仁科はそれ以上聞かなかった。

 狛杜高校の最寄駅から割とすぐ近く、大きめの道路に面したところに春日の家があるので、仁科は家のそばの路肩に停める。

「今日はありがとうございました」

「どーいたしまして」

 車から降りた春日は、まだ後部座席で寝ている和都に一瞥をくれて、

「……寝込み、襲わないでくださいね」

「しないってば!」

 春日の念押しに、仁科は呆れて返した。

 バックミラーで確認すると、和都は変わらずぐっすり眠っている。

 とりあえず車で和都の家まで向かうが、数分もかからない距離なので、あっという間に着いてしまった。

 日が落ち始めて、薄暗くなってきた時間。周辺の家々に明かりが点き始めているのに、和都の家は暗いままだ。休日だというのに、両親は今日も家にいないのだろう。

「相模、着いたよ」

 そう声を掛けるが、反応はない。運転席から顔を後ろに向けてもう一度言ってみるが、起きる気配は微塵もない。

 仁科は仕方なく後部座席に移動し、和都の隣に座って肩を揺する。

「こら、相模起きろ。家着いたぞ」

「んぇ……」

 和都がようやく目を開けて、俯いていた頭を上げた。

「あ、ごめん。寝てた」

 まだ覚醒しきっていないようで、ぼんやりした顔で目を擦る。完全に熟睡していたらしく、仁科も流石に呆れてしまった。

「さすがにちょっと無防備すぎない?」

「……先生は、嫌なことしないから」

「嫌なこと?」

「うん」

 まだ少し夢の中にいるのか、ふんわりした答えで和都が笑う。それから猫のように背中を丸めながらうーんと伸びをして、少しずつ意識を取り戻し始めたようだった。

「ほら、お家入んなさい」

 近くの街路灯に照らされて、少しだけ明るい車内。そこから見える和都の家は、他の家々の明かりで薄暗い景色の中、ぽつんと暗い。

「……おなかすいた。ご飯行きたい」

 視線を外に向けたまま、和都の口から出たのはそんな言葉で。

「それは、今度にしよう。今日は4人の生徒の引率者って役割だしね」

 仁科は少し考えてから言った。

 なんとなく気持ちは分かるのだけれど、今日の大人数での外出は、今後動きやすくするための、ある意味カモフラージュだ。ここで2人きりの行動をとっていては意味がない。

「あー、うん。……そう、そうだよね」

 和都が小さくかぶりを振った。どうやら、状況は分かっているのに、まだ寝惚けた頭が無意識に口走ったものらしい。

 仁科はぽんぽんと和都の頭を撫でると、指先を頬、そして顎の下にするりと滑らせて、顔を上げさせる。それから、あ、と息を吸う間もなく小さく開いた唇を自分の唇で軽く塞いで、離れた。

「今日の分ね」

「……うん」

 驚いたようにこちらを見ていた視線が逸れて、付けたままのシートベルトをギュッと握りながら、和都が小さく頷く。それが少しだけ意外で。

「あれ、怒んないの?」

「怒っても、どうせするじゃん」

「まぁ、うん」

「それに、学校じゃないし」

 呆れたような、困ったような顔だった。どうやら半分くらいは諦められたらしい。

「ま、夏休み入ったら手伝いで学校に呼ぶから。飯はそん時に、部活の奴らも誘ってまた行こう」

 仁科が笑って頭を撫でながらそう言うと、和都が驚いた顔でこちらを向いた。

「えっ」

「どうせ暇だろ?」

「そう、だけど……」

 明からさまに嫌な顔をされる。いつもの調子が戻ってきたようだ。

「さ、いい子はお家に帰んなさい」

「はぁい」

 不貞腐れた声で言いながら和都はシートベルトを外し、車から降りて玄関へ向かう。

「じゃーね、先生」

 こちらに手を振って、玄関の戸が閉まったのを見届けると、仁科は運転席に戻り、車を発進させた。



「……何やってんだろ」

 玄関の戸を閉めて、その場の明かりを点けてすぐ。和都はそのまましゃがみ込んで、頭を抱える。

 仁科の本心もよく分からないが、それ以上に自分のことがもうよく分からなくなってきた。

 頭が上手く働いていなかったのか、2人きりになって気が緩んでいたのか。

 ──もう少し、一緒にいたかった、とか。なんで考えたんだ。

 よく分からない。分からないけど、顔が熱い。

〔カズト、大丈夫?〕

 声が聞こえて顔を上げると、犬の首だけのお化け、ハクがいた。

 相変わらず身体はないが、最初に会った頃より、白くて輪郭もハッキリして、立派な狛犬らしく見える。そして、

「ハク。……なんか、長くなった?」

〔うーん、そうだね!〕

以前は首輪を付けるような辺りに赤と白のねじり紐が巻かれていて、そこでぶつりと切れていたのが、その下の、犬の前足の付け根の辺りまで見えてきた。

「身体が全部見えるくらいになったら、鬼も食べられるようになる、のかな?」

〔そうだと思うよ!〕

「……そっか」

 ハクが強くなるということは、その分チカラが増えているわけで。

 つまりそれだけ仁科からチカラを分けてもらっているという証拠でもある。

「うーん……」

 どうしても、考えてしまう。

〔カズトどうしたの? さっきからずっと1人で百面相してるよ?〕

「なんかもう、よく、分かんなくって……」

〔なにが?〕

「先生もよく分かんないけど、自分のことも何かもう分かんない……」

〔そうなの? それはねぇ、〕

 ハクが何か言いかけたクチを、和都は慌てて両手で塞ぐ。

 魂が繋がっている関係で、ハクには自分の内面が分かってしまうのだった、と思い出したからだ。

「……言わないで、ハク」

〔ボクのクチ、閉じても意味ないのにぃ〕

 基本的にハクの言葉は頭の中に入ってくるものなので、この行為に意味はない。意味はないが、制止したいものは制止したい。

「分かってるけど、言わないで!」

〔もー、しょうがないなぁ〕

 そう言いながら、ハクがケラケラと楽しそうに笑う。

 自分のこの、よく分からない感情を言語化したら、色々とダメな気がする。

「もう、笑わないでよ」

 和都は妙に楽しそうなハクを見ながら、困ったよう眉を顰めた。

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