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14)作戦会議

 人がいない。誰も来ない。

 境内は荒れ果てて、拝殿も手水舎もあっという間にボロボロになった。

 参道には石畳の隙間から草が生えて、境目がわからない。

 さみしい。

 さみしいね、ハク。

 さみしいね、バク。

 ボクらはどうなるの? どうしたらいいの?

 突然大きく地面が揺れて、あっちこっちが崩れていく。

 台座もくずれて、身体が落ちた。

 ■■■様が褒めてくれた、綺麗なツノも折れてしまった。

 どうして?

 どうして彼は、あんなことを?

 さみしい。くやしい。かなしい。



 ゆるさない。



 ハッと目を開くと、外からの明かりが差し込んでいて、天井が明るい。

 ──なんだ、最後の。

 凄まじい怒りと悪意に満ちた声が大きく頭の中で響いて、そこでぶっつりと途切れてしまった。

 和都は相変わらず溢れ出て止まらない涙を拭いながら上体を起こす。それからベッドのそばに置いておいたノートとペンを取って、見た夢の内容をメモしていった。頻繁に記憶の夢を見るようになったので、最近では起きてすぐにメモができるよう、寝る前にベッドの近くにノートを置いている。

 メモを書き終わって写真を撮り、仁科に送ろうとチャットアプリを起動すると、仁科宛の画面に昨日のやりとりのログが表示された。助けを求めるメッセージと、不可思議な写真の履歴。

 それを見て、今日は学校でこの件について話をするという現実を思い出した。

「やだなぁ〜〜」

 深いため息と一緒に、和都の口からそんな言葉が漏れ出る。

 色々な嘘と、隠し続けてきた秘密を、あの3人にまとめて一遍に話すのだ。怖すぎる。

 一番気になるのは、春日の反応だ。

 どんな顔をされるのか、想像もつかない。

 4年以上の付き合いがあるし、大抵のことは話してきたけれど、視えることだけは、どうしても話せなかった。

『気持ち悪いヤツ』

『嘘つき』

『構って欲しくて言ってるの?』

 小学生の頃に投げつけられた言葉が、今も頭の中で反響する。

 だからこそ、ずっと仕舞ってきた秘密だ。

 ──でも。

 先生は、楽になれ、と言った。

 隣にいてくれる、とも言った。

 それなら、大丈夫かもしれない。

 ずっと嘘をつき続けるよりは、楽なのかもしれない。

 小さく深呼吸して、それからメモの写真を仁科宛に送ると、スマホを閉じた。





 昼休み。

 保健室のドアには『面談中』と書かれた札が下がっている。

「……で、まぁ色々聞きたいわけなんだけど」

 和都達はいつものように屋上で昼食を食べ終えてから、保健室に集合した。

 保健室にある談話テーブルでは、奥の席に仁科と和都が、その反対側に春日・菅原・小坂で並んで座っている。楕円のテーブルなので綺麗な真向かいになるわけではないが、取り調べといえばそう見えなくもない様子だった。

 菅原が妙に楽しげな顔で張り切っているのを、仁科は呆れたように見ながら口を開く。

「その前に、春日クンは昨日の件については聞いてんの?」

「はい。菅原から聞いてます」

「ああ、そうなんだ。じゃあ何でもドウゾー」

 仁科はテーブルに両手で頬杖をついていて、こちらは普段と変わらず飄々とした様子だった。

 ──……帰りたい。

 和都だけ、胃の痛い顔で座っており、春日も小坂も普段通りである。

「とりあえず1番聞きたいのはー」

 菅原がわざとらしく咳払いを一つして、

「ずばり、先生と相模って、付き合ってんの?」

「……それはない、デス」

「いきなり豪速球だねぇ、菅原クン」

 言われて和都はがっくりと俯き、仁科は楽しそうに言った。

「え、じゃあなんで連絡先とか交換したりしてんのよぉ。昨日だってやたら親密そうだったじゃん!」

 菅原が口を尖らせて言うのを見て、そうだったかなぁ? と思いつつ、仁科は隣でうなだれる和都に視線を向ける。

「話すとちょっと長いんだよねぇ。……ほれ、相模から言わないとだろ」

 下を向いたまま、和都が何も言わないので、仁科が背中を叩いて促した。

 気持ちはわかるが、正念場だ。

「あー……うん」

 頭を少し下げたまま、和都は前方に座る3人をそれぞれ見て、小さく深呼吸する。

 それから、隣に座っている仁科の白衣を、テーブルの下でギュッと小さく握ってから、口を開いた。

「えっと、ね……」

 和都はずっと幽霊が見えること、気持ち悪くなって倒れるのがそのせいであること、そして今は仁科にチカラを分けてもらいながら、狛犬の生まれ変わりらしい自分を狙う『鬼』をなんとかする方法を探していることまで、正直に話した。

「はー、なるほどねぇ」

「先生が相模をコキ使ってたのは、そういう理由か」

「まぁ、そんな感じ」

 仁科はそう言うと、頑張ったね、と相模の頭を撫でる。

 しかし、和都の顔はまだ少し浮かない。一番反応が気になる春日が、考え込んだようにずっと黙ったままだからだ。

「先生の距離感がバグってるわけじゃなかったのか」

「そーよー。一緒にいたり触れ合ったりしてたほうが、相模クンのチカラをより強くできるらしいんでね」

 そう言いながら、仁科が隣の相模に抱きつくと、春日がようやくジロリと睨むように視線をこちらに向けた。

「……確かに、最近は全然倒れてないな」

 春日がいつものように口を開いたので、和都は少しだけホッとする。

「でしょ?」

「チカラが強くなれば、気持ち悪くならない、か。なるほどね」

 この件については、まだ少し考えているようだが、春日なりに納得はしたらしい。

「しかし『鬼』かぁ」

「昨日のも、結局それ絡み、なんだよな?」

「うん。あのいっぱい写真送ったとこで、ずっと川野先生に追っかけられてた」

「だから出てきたときにあんな汗だくだったのか」

「……うん。ずっと走ってたからね」

 思い出すだけでも疲れそうな、異空間での鬼ごっこ。あんな体験はもうしたくない。

「その写真ってもう見れないのか?」

「あるよ。見る?」

 春日の問いかけに、仁科が自分のスマホを渡してチャット画面を見せた。

 ああそうだ、と和都も自分のスマホを出すと、テーブルの上に置き、それぞれの画面をみんなで一緒に覗き込む。

「うわ、本当に文字化けしてたんだ」

「そーそー。全然読めなくってさ」

 和都の撮った写真を1枚ずつ見ながら、春日が眉を潜める。

「写ってるの全部、学校周辺にあるいろんな公園の遊具っぽいな」

「春日覚えてんの?」

「まぁ、俺はずっとこの辺に住んでるし、特徴的なものならだいたい分かる」

「そっかー。春日がいたらもうちょい早く特定できたかもなぁ」

 迷い込んでいたのは、あらゆる公園という公園を繋いだ空間、というところだろうか。それなら和都の自宅近くの公園から、学校裏手の公園に移動してしまったのもギリギリ納得できる、かもしれない。

「しかし。お化け云々は、オレと小坂は昨日変な体験をしたからナルホドだけど、春日は全然実感わかねーよな」

「まぁ、なんとなく理解はしたが。正直、実感はない」

「そうだねー」

「ハクがみんなにも視えたら早いんだけどね」

 そう言って仁科と和都が揃って、保健室の隅へ視線を向ける。

「え、なになになに? そこに何かいんの?!」

「あ、うん。ハクが、そこに」

 仁科と和都には、指差した先に最近は随分白さが濃くなった、犬の首だけのお化け、ハクが空中に浮いているのが視えているのだが、やはり他の3人には視えていないらしい。

〔実体化はまだカズトのチカラが足りないからなぁ〕

「おれのチカラが強くなれば、みんなにも見えるようになるの?」

〔そうだけど、とりあえず今できる範囲でやってみる?〕

「出来るなら、お願いしたいかな」

〔わかった!〕

 ハクと和都では成立している会話だが、もちろん3人には和都の声しか聞こえていない。菅原が困ったように眉を下げ、

「え、なに? なんか始まる、の?」

「あ。ハクがみんなにも見えるようにしてみるって」

「そんなことできんの?」

「まだおれのチカラが足りないから、一部だけっぽいけど」

 和都が説明している間に、ハクが真剣な顔で目を閉じ、んんんっ! と全身に、と言っても首から上しかないので顔全体になるが、チカラを込めた。

 和都と仁科には鼻先から口のあたりの色が濃くなった、くらいに見える、のだが。

「おぉ! 犬の口だ!」

 小坂が感嘆の声を上げる。

 3人には、空中にポツンと、犬の鼻先からパクパク動く口の辺りまでが浮いているのが視えていた。

〔どう? 見えてる?〕

「すっげぇシュール……」

「なんだアレ」

 菅原と春日が若干引いてるのに対し、小坂だけが楽しそうにハクの元に近寄っていく。

〔どうかな? どうかな?〕

「あ! 近づくと声もなんとなく聞こえる!」

 小坂が嬉しそうに言いながら、見えている鼻先を撫でる。

〔ほんと? わかる? 聞こえる?〕

「え、マジで?」

 菅原も小坂の言葉に興味を持ったのか、そそくさとハクに近寄っていき、本当だ! と撫で始めていた。

 2人の様子を眺めながら、春日が小さく眉を顰める。

「まぁ、2人の話を全面的に信用するにしても、少し問題が出てくるな」

「え、なんかマズいかな?」

 和都が心配そうに春日を見ると、春日は腕組みをしながら視線を和都と仁科の方に向けて。

「教師が特別な理由なく、特定の1人の生徒と外出したり懇意にしてるのは、立場的にヤバいでしょ」

「あー。やっぱ良くない、よね」

「……そこなんだよネー」

 部活動をしていれば、部活動の関係で顧問と生徒が出掛けることはある。だが、和都と仁科は委員活動くらいしか接点がなく、学校内で一緒にいるのはよくても、学校外となるとまた話は別だ。

「現状、神社の情報を探し出すには、安曇神社まで行く必要があるんですよね?」

「そ。だから夏休みにコイツを連れて行きたいんだけど、いい口実が思いつかなくてさー」

 養護教諭で授業や部活を受け持っているわけではない仁科が、学校外で生徒を連れまわすだけでも厳しいだろうに、隣県まで連れていくとなると正当な理由がないと難しいだろう。

「あ、じゃあさ」

 ハクを撫でながら聞いていた小坂が、何か思いついたように口を開く。

「白狛神社だっけ? その神社、おれらが班の活動で調べてるってことにすればいいんじゃね?」

「班の活動?」

 授業を持たない仁科には、少しピンとこない単語だった。

「はい。授業とかでグループワークなんかをする時に、4人1組の班を作るんです。俺らはこの4人で1つの班になってて」

「任意なんですけど、夏休みに班でなんかやったってレポートとか提出すると、成績とか内申をちょっと付けてもらえるんですよ」

「ああ、あれか。たまに3年が頑張ってるやつ」

 保健委員の3年生が、そういう話をしていたなぁと仁科は思い出す。

「……いい、の?」

 和都が申し訳なさそうに言うと、小坂が気にするな、と笑った。

「だって、うちのばーちゃんに話聞いたりしたのも、その神社探しの一環だったんだろ? ばーちゃんもあれから気にしててさ。あの子が探してた神社は見つかったのかー? って」

「あ、そっか。見つけましたって、今度報告に行ったほうがいいね」

 白狛神社の跡地を探すために小坂の祖母に話を聞きにいったが、確かにその時は、春日以外の3人で聞きにいっている。

「先生が探してる神社の関係者だから、って感じなら納得してもらえんじゃない?」

「そうだな、俺ら4人がその神社について調べてて、仁科先生に情報提供をしてもらう必要があるから、なら理由として成立するかな」

「なるほどね。そういう感じにしてくれるなら、俺的にも助かるかな。職員会議でいつか何か言われねーかと毎回ヒヤヒヤしてはいるのよ」

 今のところ、和都と出掛けたのはまだ1度だけなので大きな問題になっていないようだが、2度3度と重なってくれば、周りから何と言われるか分からない。学習に関連した協力であれば、納得もされやすいだろう。

「タイミングを見て、担任の後藤先生にも伝えておきます」

「うん、お願い。あ、でもなるべく最低限にしといてくれる? 俺がその神社の関係者なの向こうにバレるとちょっと危ないし」

「先生も狙われるってこと?」

「そ。何せ『鬼』を封印してた神社の関係者だからね」

「なるほど」

「その辺は、気をつけます」

 教師陣には、鬼が憑いている川野と堂島がいる。歴史に関連した話なので、下手をすれば川野に情報が流れてしまうかもしれない。そこは慎重に伝える必要があるな、と春日は考えを巡らせた。

「とりあえず、神社については1回まとめたほうがよくない?」

「一応、これまでのことをまとめたノートはあるけど」

「それをそのまま先生に提出はできないだろ」

「……たしかに」

 狛犬の生まれ変わりに、他人を惹き寄せるチカラなど、他人からは信じ難いファンタジーな内容も書いてあるので、提出物とするには問題が多い。

「他の人に見せても問題ないものを別で作ろう。なるべく史跡調査をメインにした感じがいいだろうな。調べた場所の写真とかは撮ったの?」

「メモはしたけど、写真は撮ってない」

「じゃあ、写真とかを撮るついでに一度全員でその跡地に行って、4人での活動だっていう印象づけと、既成事実を1回でもいいから作っておこう。それなら人数減ってても単純にスケジュールの都合って言い訳ができるし」

 春日がすらすらと計画を立てていくので、仁科が感心する。

「……春日クンって、嘘つくの上手そうだね」

「嫌ならやめますよ?」

「褒めたんだよ!」

 冗談が通じないなぁ、と仁科は頭を掻いた。

「じゃー、期末テスト終わったら1度みんなで行こうか。安曇の家からも跡地の現状見たいから写真撮ってこいって言われてるしな」

「倒木のこと、話したんですか?」

「うん。そしたら写真撮ってこいって言われてさ」

 そうこうしているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

 キリのいいタイミングである。

「さー、清掃の時間だ。ほれ行った行った」

「はーい」

 4人を保健室から追いやって、仁科はドアに掛けていた『面談中』のプレートを外す。

「これからも保健室で作戦会議しようよ!」

「たまにならいいけど毎日はダーメ。他の生徒が入りにくくなるだろ」

「たしかに!」

「じゃあねー先生」

 それぞれの清掃担当の場所に向かう4人を見送って、仁科は保健室に戻った。



 小坂と菅原は清掃担当が教室とは違う場所なので、春日と和都は2人で教室へ向かう階段を上がる。

「ごめんね」

 和都が少し申し訳なさそうにそう言った。

「なにが?」

「……ずっと、言ってなかったから」

「まぁ、もう少し早く知りたかったな、とは思ったけど」

「そうだよね……」

 4年以上一緒にいて、大抵のことは話せたのに、どうしても幽霊が視えることだけは、話せなかった。

 ただでさえ迷惑をかけているのに、それ以上負担をかけたくなかったし、視えない彼が信じてくれるとは思えなくて、ずっと逃げていたのだ。

「でも、お前が時々何もないとこ見て怯えたり、急に倒れたりしてたことにちゃんと理由があって、ちょっとホッとした」

 そう言って、春日がどこか呆れるように、けれど心から安堵したように小さく笑う。

「……ありがとう」

 それを見て、和都も胸を撫で下ろした。

 ──先生の言う通りだ。

 心が楽になった気がする。

 2階から3階へ向かう階段を上り始めた辺りで、春日が不意に口を開く。

「で、」

「ん?」

「本当に付き合ってねーの?」

「付き合ってないってば!」

 話し合いの最初、菅原が言い出した話を蒸し返すように言われて、和都も反射的に言い返す。が、

「でも、体育祭の後、保健室で先生とキスしてたじゃん。額だったけど」

 春日の言葉に、和都は息を飲み、愕然として立ち止まった。

「……見て、たの?」

「見てたっつーか、見えたっつーか」

 数段上に登った春日が、和都を見下ろしながら言う。

 よりにもよって、一番見られたくない相手に見られた事実で、顔が熱くなる。

「あれは! クチからのほうが、チカラ分けてもらうのに効率がいいって、ちゃんと理由があってのことだから!」

「へー……」

 春日が冷めた目で棒読みのような返事をした。

「信じてないだろ!」

「そういうわけじゃないけど。あの先生ならそれを理由に手ぇ出してきそうだな、って思って」

「うっ……」

 実際、最初は額だけという話が、最近はエスカレートしてきているので、反論が憚られる。

「先生は、大丈夫だよ。……たぶん」

 耳が熱い。

 ようやく出てきた言葉が、それだった。

「自信ないんじゃん」

「うー……」

 ただ正直な話、自分がそれを本気で拒まないからそうなっている、という自覚はあった。

 本気で嫌がれば、止めてくれる人だというのは、一緒にいる時間が増えたせいか、なんとなく分かる。

「でも、嫌なことは、されてない、から」

 目を伏せて、そう言った。

 自分でもまだ、嫌だと思わない理由に戸惑っているから、それ以上はうまく言えそうにない。

「……そう」

 困ったように和都が言うので、春日は少しだけ口角を上げる。

「まぁ、嫌なことされたら言えよ。今度はちゃんと、助けるから」

「……うん」

 和都はそう返しながら、春日の横に並んで階段を上がる。

「あ、でも殺すのは、ナシにしてよ?」

「それは、そん時の先生の罪状による」

「情状酌量の余地も考えてあげようよ」

「多分、それはないな」

「えー、先生かわいそうじゃん」

 そう言って和都が笑うのを見て、春日も一緒に目を細めて笑った。

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