月が青い理由
知らない人と繋がることができるアプリで
私も固定の話し相手ができた。
その子とは都合の合う夜に電話をするけれど、
家は落ち着かないので必ず外で話をする。
私たちの会話は、いつもその日見えた月の話から
始まる。私の住んでいる住宅街からは月がよく
見えない。いつも長くて急な坂を登り終えた十字路の
隅から、空を眺めるけれど、その子はいつも
私が坂を上り終えたぴったりのタイミングで、
「今日も綺麗だね。」
と言ってくる。
私も慌てて月を見ては、「本当だ。」 と返す。
私たちはその日起こった出来事を話すだけで、
お互いのことは何も知らなかった。
歳はいくつなのか、どこに住んでいるのか、
ましてや性別さえもよく分からないくらい。
でも、そんな事がどうでも良くなるくらい毎晩
その子と話すのが楽しみだった。
昼間に電話をしようと誘ったことがあるけれど、
その子は夜に電話をする方がその日あったことを
たくさん話せて気持ちがいいと
なんだかんだ一日の終わりに電話をすることになる。
今日は、電話をする前に家族と喧嘩をした。
涙が出ていたけれど、その子との電話では
何もないフリをして普通に喋った。
いつもの坂道を登って月を見ると、その子は
「今日も綺麗だね。」 とは言わなかった。
珍しく私の方が早く月を見れたと思い、
「今日も月が綺麗だね。」 と話しかけると、
「泣いているの?」
そうその子は言ってきた。
普通にしていたはずなのに泣いていることが
バレてしまって恥ずかしかったけれど、
拙い言葉で泣いている理由を話した。その子は
私の話に1度も口を挟まず、ただうんうんと相槌を打った。
話し終えると
「君が泣いているとこっちまで悲しくなってしまう。」
そんなふうにその子は言ってくれた。
結局、その日の電話は最後まで下を向いて
泣きっぱなしのまま終わってしまった。
帰る前に元気をだそうと空を見上げたけれど、
不思議と月は青くなっていた。
「ねぇ、今日は変な月だね。」
そう言うとその子は
「しかも今日は満月なんだ、やっぱりいつもより
綺麗に見えるね。」
そう言った。
普通ならちょっと不気味なその月も
その日その子と話をしている時だけは、
今までで1番綺麗な月に見えた。
次の日からテスト週間が始まった私に、親は
テストが終わるまで夜10時以降の携帯を禁止する。
と言ってきた。
当然、その子とも電話ができなくなってしまった。
私はどうにか話をしたいと思い、休日の昼間に
電話をしようと誘ったけれど、その子は
「夜に電話をするのが好きだったのに。」
と言ったきり連絡がつかなくなってしまった。
あの子にとって私は、
夜の話し相手程度、ただの寝る前の暇つぶしなんだ。
そう思うようになり、その子のことを忘れようとした。
そうだ。他に話し相手は沢山いるんだから。
今は新しい話し相手と順調に仲を築いている。
その人は、私より2つ年上の男子で、受験勉強で
毎日忙しいけど、そういう時にアプリで知らない人と
話してひと息つくのがマイブームなんだ。と話し、
疲れていながらも明るい声で私に話しかけてくれる。
その人とは、昼夜関係なくかけたい時に電話をする。
夜に電話をする時は、あの坂の十字路の隅で
月を見ながら会話をする。相手は当然
私が月を見ながら話しているなんて思っていないだろう。
そう。
私はあの時、あの子と見た月を忘れることが
できなかった。
そして、月を見る習慣は抜けないまま、
今日も空を見上げる。
月は今でも青いままだ。
初めて書いた物語です。
話し相手は誰なのか想像つきましたか?