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発令

「人形二体が中破して、相手の損害は無し」


 ブレンダは部屋に戻ってくるなり、イクセルとヴィクターの二人に声を掛けた。その顔には疲労の色が濃い。ブレンダとヴィクターの人形が行動不能になったため、徒歩でここまで戻ってきている。


「我々はすでにあの森で何度も演習を行なってきた。それを考えれば、ぼろ負けとでも言うべき内容だな」


「おい、自分で自分の傷に塩を塗ってどうするんだ?」


 イクセルの問いかけに、ヴィクターは肩をすくめた。


「客観的な評価というやつだ。侍従人形の奇襲に気づけなかったのが、致命的だった」


 ヴィクターの意見に、イクセルがフンと鼻を鳴らす。


「まるで奇術師だ。いきなり現れたようにしか見えなかったぞ。それに、あのずいぶんと色っぽい人形はなんだ? いくら選抜を抜けてきたとはいえ、古参兵みたいな動きだったし、実に容赦のない攻撃だった」


「侍従服姿のお嬢さんよ」


「侍従服……? 生まれた時から、護衛役として育てられでもしたか?」


 ヴィクターがイクセルへ、首を横に振った。


「閥族の本家筋ならいざ知らず、庶民でそんなものは聞いたことがない」


「だよな……」


「とは言え、いろいろとつじつまが合っていないのも確かだ。我々の性根を確かめるというのは絶対に嘘だな。彼らの集団としての実力を確かめる。そのために、この演習は仕組まれたんだろう」


「政治向きの話なんか、もうどうでもいいわよ。それよりも、ヴィクターがすぐに試合を止めてくれたのは良かった」


 それを聞いたヴィクターが、少し驚いた顔をする。


「早すぎると文句を言うと思っていたが、違うのか?」


「もちろんよ。何かあってからでは遅いもの。それに、あのフリーダというお嬢さんはとってもいい子よ。同期だったら、間違いなく友達になれたと思う」


「確かにそうだな。だがここを放り出されるのは確定だ。二人とも、これからどうするつもりだ?」


 イクセルの問いかけに、ヴィクターは考え込む表情をした。


「一族からは勘当扱いだろうし、デスストーカーを修理する金もない。さてどうしたものか?」


「とりあえず俺のハマーは動く、それで流れの人形師にでもなって、金を稼ぐか……」


「あのね、商家の娘として言わせてもらうけど、人形の維持にどんだけ金がかかるか、イクセルは全然分かっていない」


「他に手はないだろ!」


「デスストーカーの修理と、あなたたちの食い扶持の紹介は、私が父に土下座してでも何とかする。いやと言ったら、母さんに内緒で囲っている、愛人の居所をばらしてやるわ!」


「ブレンダ、家に戻るつもりか?」


「いろいろと胸糞悪いこともあったけど、人形師にはなれたし、あんたたちと一緒にやってこれて楽しかった。子供のころの夢の大部分はかなったから、後はおとなしく、親の言うとおりに生きていくことにする」


「似合わないよ――」


 イクセルがボソリとつぶやく。


「何が似合わないの!?」


「生き方だ」


 ヴィクターがイクセルの言葉の先を続けた。


「どういう意味!」


「君の人形と同じだ。そんなところで、じっと我慢なんか出来るわけない」


「ヴィクターの言うとおりだ。すぐに死んだ方がましとか叫んで、暴れ出すに決まっている」


「あのね!」


 バタン!


 背後で扉の開く音がした。三人は慌てて椅子から立ち上がると、背筋を伸ばして敬礼する。


「楽にして――」


 不機嫌そうな顔をしたアイラが、三人に着席を即す。そして自分も椅子へ腰をかけた。


「演習お疲れ様、と言いたいところだけど、新入生相手に、ずいぶんな結果ね」


「申し訳ありませんでした!」


 三人が声を合わせて答える。


「現状、うちがどれだけ人形の修理を抱えているか、分かっているの?」


 そうぼやきつつ、アイラは手にした書類挟みへ目を走らせた。そこから取り出した何枚かの書類を、三人の前へ差し出す。


「あなたたちへの発令になります。王都守護隊士官候補生の免職に関する書類です」


 それを見たブレンダたちは、やはりという顔をした。


「それからもう一枚、新規任免の発令になります」


 そこには「国家人形師養成学校の教官助手へ任ずる」との一文があり、下には人形大臣の印章も押されている。


「あ、あの……首ではないのですか?」


 それを見たブレンダの口から、思わず声が漏れた。


「演習で人形を二台も壊したんです。その分はきっちり働けとの、団長、もといアルマイヤー校長からの伝言です」


「あ、ありがとうございます!」


 ブレンダがアイラに向けて、思いっきり頭を下げる。それを見たアイラは眉をひそめた。


「ブレンダ元士官候補生、何を勘違いしているんです。これはあなたたちへの懲罰ですよ。これから思う存分、こき使ってやるから覚悟しなさい」


 アイラは書類を傍らのテーブルに置くと、敬礼をして部屋を出る。だが廊下に立つ人影に足を止めた。


「あら、随分と機嫌が悪いのね?」


 イフゲニアの声を聞いたアイラが、さらに眉をひそめる。


「この体たらくなのに、甘すぎ!」


「せっかく坊ちゃん(フィリップ)のために、書類仕事をいっぱいしたのが、パーになったんだから、機嫌が悪くなって当然よね」


「余計な御世話よ。あんたも少しは書類仕事をまじめにやって!」


 そう声を荒げたアイラへ、イフゲニアは手にした書類挟みから、何枚かの書類を取り出した。それをアイラへと差し出す。


「戦術評価報告書の写し。今回はちゃんとやっているから、心配しないで」


 アイラはひったくるように書類を奪うと、素早く中身に目を通した。すぐに驚いた顔でイフゲニアを眺める。


「どうせ首になると思って、手を抜いたのだと思っていたけど――これ、完全にガチじゃない!」


「ドライアドを使って、こっそり覗いたけど、それはもう大変。流れ弾は飛んでくるし、耳はキンキンするし、少しは労わってくれないかしら?」


「自分で肩でも揉めば。そもそも、生き物すら模していない人形を繰る時点で、あんたは相当に気持ち悪いのよ。本当に人間?」


「今度、一緒にお風呂に入ってみる。それとも寝台の上がいいかな? それなら、男性の扱い方も教えてあげられるけど……」


「遠慮します!」


 アイラは吐き捨てるように告げると、イフゲニアとは反対方向の出口へ向かって、足早に去った。

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