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静寂

「とおりゃ――!」


 フリーダは何本目になるか覚えていない倒木を、森の奥へ向かって投げ飛ばした。同時に、投擲には向かない枝などを周囲へ置く。おかげで、足元にはギガンティスが機動するには十分な平地も出来ていた。


「このぐらいでいいかな?」


 そうつぶやきつつ、流れ落ちてきた汗を、手の甲でぬぐった時だった。


 ザワザワザワ――。


 正面の木々がざわめく。風は吹いているが、枝が音を立てるほどではない。


「来たわね」


 フリーダはそう告げると、足元に置いておいた倒木へ手を伸ばした。次の瞬間、何かが視界を横切る。だがすぐに森の中へと姿を消した。


 ザワザワザワ――。


 今度は森の右手の方で木の枝が揺れる。


『速い!』


 相手の人形の速さに、フリーダは舌をまいた。再び何かが視界を横切る。今度は左手で枝が揺れた。


「なにこれ、速すぎ!」


 前に森の中で騎士人形と対峙した時も、かなり動きが速かったが、比較にならない。まるで飛行型みたいに素早く動いている。しかしここは森の中だ。たとえ相手が飛行型の人形でも、まともに飛べはしないはず。


『もしかして、複数いるの?』


 相手は一体の人形ではなく、複数の人形で牽制に来たのだろうか? いや、速くはあるが、相手の動きはあくまで一体に思える。


「このままだと、埒が明かないわよね……」


 フリーダは、ギガンティスが手にした倒木を担ぐのではなく、両手で剣を構えるように持たせた。


「ギガンティス、疾風怒濤!」


 ギガンティスは膝とくるぶしの盾を急回転させると、手にした倒木を放つ。倒木はぐるぐると回転しながら、木々のざわめきめがけて飛んでいった。その枝の間から、何かが飛び出してくる。


「えっ、猿!」


 フリーダの口から、思わず声が出た。飛び出してきたのは、手が異常に長く、体は三角形型をしており、大きさはギガンティスの三分の一にも満たない人形だ。しかも、口にはラッパまで咥えている。子供向けの猿のおもちゃにしか見えない。


 上を飛び越えようとする人形へ向けて、フリーダはギガンティスの右手を振り上げた。だが相手は本物の猿みたいに、大木の枝をつかんで、ギガンティスの右手をひょいとよける。


「やっぱり猿!」


 フリーダの叫びに応えるように、相手の人形は枝から枝へと動いていく。その速さは、本物の猿に優るとも劣らなかった。とても人形の動きとは思えない。相手はクエル同様に、人形を無意識に動かせるのか、そうでなくとも、相当な反射神経の持ち主だ。


『流石は先輩たちね。だけど――』


 これだけの動きをするには、人形の近く、確実にそれが目視できる場所にいないといけないはず。フリーダは気づかれぬよう、そっと辺りを見回した。


「いた!」


 猿人形の反対側、大木の枝の上にしゃがんだ人影が見える。人形師への直接攻撃は許されていないが、人形を繰るのを邪魔するのは禁止されていない。人形師の動きを封じ込めれば、こちらの勝ちだ。


「行けー、ギガンティス!」


 フリーダが大木へギガンティスを向けた時だ。木の上にいた人物が立ち上がった。ブレンダさんだ。髪は会った時と違い、おだんごに――違う、耳あてのようなものをしている。


 ブレンダがひらりと木の枝から飛び降りた。地上に降りてくれれば、こっちのもの。森の中とはいえ、人の足では、ギガンティスの機動力からは逃げられない。


 しかしブレンダが地上へ降りる前に、何かが彼女の体を空中で受け止めた。見れば、猿人形が片手で枝をつかみつつ、片手でブレンダの体を抱きしめている。


 プォ――ン!


 不意に猿人形からラッパの音が響き渡った。やはりあの口はラッパを模したものらしい。だけど、どうしてラッパなんか?


『残り二体への合図?』


 フリーダがそう思った時だ。猿人形の背中に乗ったブレンダが、にやりと笑って見せる。


「モンチー、頃合いよ!」


 ブレンダの声が聞こえた。同時に、三角形の体がボールみたいに丸く膨らむ。


 ブォォォオオオオオオオ!


 次の瞬間、頭を殴られたみたいな爆音が、森の中に響き渡った。フリーダは慌てて両手で耳を抑えたが、そのぐらいではとても追いつかない。しかしフリーダは、すぐに音がしなくなったのに気付いた。


『音を鳴らすのをやめた?』


 そう思って辺りを見回すと、空へ向かって、大量の鳥たちが羽ばたいていくのが見える。その姿にフリーダは違和感を覚えた。鳥たちの鳴き声が全く聞こえない。


 鳴き声だけではなかった。風の音も、動く枝の音も聞こえない。唯一聞こえるのは、耳の奥から響いてくるキーンという耳鳴りだけ。


『聴覚をやられた!』


 それでも、自分の全てが失われたわけではない。フリーダはギガンティスに指示を出すべく、顔を上げた。だが体が言う事を聞かない。


 フリーダの目の前では、世界がまるで踊りだしたみたいに、ぐるぐると回り続けていた。

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