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連携

 巨木の森の中は、昼間でもかなり薄暗かった。アイラから受け取った作戦指示書には、演習領域は背後を流れる小川と、この先にある小川によって囲まれた領域であり、その中で敵の人形を補足、無力化せよ、とだけ書いてある。


 その下には注意事項として、相手人形師への直接攻撃は厳禁であること。無力化には降伏も含まれること。さらに、照明弾が放たれた時点で作戦は終了であり、例外はないとも書いてあった。


 つまるところ、この見通しの悪い森の中で、何も情報がない中、どこにいるか分からない人形を相手に戦えと言う事らしい。


『ある種の威力偵察のようなものだな』


 クエルの頭の中に、セシルの言葉が直接響いた。


『威力偵察?』


『相手がいることは分かっているが、それがどんな相手で、どの程度の規模かは分からない。それを調べる。もし相手が大した戦力でなければ、そのまま蹂躙と言うやつだ』


『普通に戦うのと何が違うんだ?』


『全く違う。先ずは相手の情報を得るのが一番の目的だ。もっとも、相手の規模はこちらと同じで、同じ目的を与えられているところまでは推察出来る。そうでなければ、見世物にならない』


『また見世物か……』


 その言葉に、クエルは心の底からうんざりした気分になった。選抜でのジェームズとの試合でも、常に誰かの視線を感じ続けたのを覚えている。その試合の実態は、降参した相手に、ただもて遊ばれただけだ。


「クエル?」


「な、なに?」


 フリーダの呼びかけに、クエルは慌てて返事をした。


「何をぼうっとしているの!」


「少し作戦を考えていて……」


 言い淀んだクエルに、フリーダが何故かうれしそうな顔をして見せる。


「先ずは作戦を考えるだなんて、クエルにしては上出来よ。それで、どんな作戦を立てたの?」


「ちょ、ちょっと待って。まだ考え中――」


 フリーダの問いかけに、クエルは慌てた。セシルから状況を教えてもらっているだけで、具体的な作戦など、何一つ思いついていない。でも今まで襲われたり、選抜で試合をしてみて、分かったことが一つだけある。主導権を握った方が有利だということだ。


 それは攻め手になることとも違う。攻め手になるのか、守り手になるのかも含めて、それを決められる立場にいることこそが重要らしい。それがよく分かったのが、合宿でのムーグリィとの練習、いや、果し合いとでも呼ぶべき試合だった。


 相手の出方を待っていた時は、手も足も出なかったが、こちらがサンデーの攻撃に、どう対処するか決められた時には、あの腕をかいくぐることが出来た。でも、この何も分からない状況で、主導権を握るなど出来るのだろうか?


『マスター、少しは成長したな』


 頭の中に、セシルの言葉が再び響いた。


『これでも必死に考えているんだ。邪魔をしないでくれ』


『主導権の大事さに気が付いたのをほめてやったのに、無粋な奴だ……』


『だから、今は考え中だから――。ちょっと待て、僕の考えが読めるのか!』


『フフフ、我は深淵たる世界樹の実だぞ。我も常にマスターと共に成長する』


 その言葉にクエルはおののいた。頭の中がすべて、セシルに読まれるなんてことになったら、フリーダと何を話していいか分からなくなる。


『我がお前の考えを読めたのは、我の本身、セレンといかに戦うかを真剣に考えていたからだ。我らにとって一番大事なのは、互いの尊重と集中だ。それは同期の時だけではないぞ』


 クエルの視線の先で、セシルが意味ありげに口の端を持ち上げて見せる。


『それはさておき、マスター、先ずは相手の立場だったら、自分たちがどうするかを考えろ』


『相手の立場?』


『そうだ。この試合相手と、その背後にいる真の相手の目的だ』


『真の相手って、アイラ教官たちかな?』


『これは単なる班分けの話などではない。無理やりこんな試合を組む理由があるとすれば――』


『僕が父さんの、導師の息子だからか……』


『マスター、選抜の時と同様に、お前の実力を測りに来ている。あるいは、お前好みの王女で釣るのと、我らと一緒にしておくのと、どちらがお前が馬脚を出し易いか、考えておるのやもしれんな』


『王女……』


 クエルの頭の中に、銀色の髪と灰色の目をした美少女の姿が浮かぶ。どういう訳か、一目見た時から、その姿を忘れられない。


『いずれにせよ、相手は間違いなく、人形師もどきではない。手練れの、しかも連携が取れている相手を用意しているはず』


『前の選抜を通った、先輩たちだろうな。僕らに勝ち目はあるだろうか?』


 相手は学園で訓練を受け、さらに人形兵団で実践を積んできた人たちだ。


『マスター、お前が弱音を吐いてどうする! それに今なら、我がサラスバティを操っている時も、マスターは我と意識をつなげられるぞ』


『えっ、どうして!?』


『我がずっと、お前の心に寄り添っていたのを忘れたのか?』


 その言葉に、触れることができないのに、一晩中セシルの吐息と肢体を感じ、悶絶したのを思い出す。


『あんなことで、出来るようになるの!』


『あんなこととは何だ! 我らの心がずっと一つだったのだぞ。普通はもっと早く、最初の同期の後に、すぐにでもやるべきことだ』


『いや、もういい。頼むからやめてくれ!』


 あんなものを続けられたら、たとえ相手が人形だと分かっていても、クエルの中の何かが目覚めてしまいそうになる。


『切ないか? ならば、我の身をお前の腕に抱けばいい。我のすべてはお前のものだ』


『勘弁してくれ!』


「もう、何をそんなに難しい顔をしているの!」


 フリーダが声を張り上げた。黙り込むクエルに、とうとう我慢が出来なくなったらしい。どうやって機嫌を直そう。やはり国学の制服が似合っていることを……。


『あれ?』


 クエルはフリーダが何を考え、何をするかも、大体予想がつくことに気づいた。恐ろしいことだが、フリーダにもこちらが何を考えているのか、ほとんど見透かされている。ならば、この見通しが悪い森の中で、互いに距離が離れていても、問題なく連携をとることができるのでは……?


『マスター、いいところに目をつけた。我らは二つにして一つだ。腹立たしいことではあるが、お前とフリーダのつながりも長い』


「フリーダ!」


 急に声を上げたクエルに、フリーダが驚いた顔をする。


「な、なによ。作戦は決まったの?」


「決まった。それでフリーダとギガンティスに、お願いがあるんだ」


 そう語りかけたクエルに、フリーダは思いっきり目を輝かせた。

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