表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/108

前哨戦

 フリーダは校舎の横にある、人形溜りにいた。そこで自分の人形、ギガンティスを眺める。巨人を模した彫りの深い顔の先には、春めいた霞のかかった青空が見えた。その横にはサラスバティの優雅な姿と、それを操る侍従服姿のセシルもいる。まだ午前中の為、他の生徒の姿はない。


「セシルちゃん、がんばりましょう!」


 フリーダは、サラスバティの前に立つセシルへ声をかけた。


「はい、フリーダ様」


 そう答えるセシルの顔は、いつものかわいらしい笑顔とは違い、真剣そのものだ。暗紫色の瞳には、触れてはいけないものまで宿っている気がする。その気持ちは、フリーダにもよく分かった。ここで先輩たちに勝たないと、自分たちの未来はない。


『未来――』


 その言葉と共に、フリーダの脳裏に、銀色の髪と灰色の目をした、神秘的な女性の姿が浮かぶ。


『本当にこの試合をやるべきなの?』


 そんな疑問が、フリーダの頭の中を駆け巡った。クエルの将来を考えれば、アイリス王女と一緒になった方がいいに決まっている。いや、クエルとはもう住む世界が違う。たとえここで勝ったとしても、いずれクエルは自分の前からいなくなる。その現実に、フリーダは身を震わせた。


「フリーダ様、大丈夫ですか?」


 セシルの声に、フリーダは我に返った。たとえクエルがいずれは王家の人間になるとしても、一緒に国家人形師を目指すと言う約束は残っているはず……。


「ちょっと緊張してきちゃったみたい。もう一度お手洗いに行ってくるね!」


 フリーダはそう告げると、馬車溜りの横にあるお手洗いへ走った。そこで中から出てきた人と、ぶつかりそうになる。


「ごめんなさい!」


 そう謝ってから、相手が士官を表す、灰色の制服を身に着けているのに気付いた。


「失礼いたしました!」


 フリーダの敬礼に、はちみつ色の髪をした女性士官も、敬礼を返してくる。よく見ると、自分より年上ではあるが、まだ若い女性で、袖には候補生であることを示す、白帯がついている。


「楽にして。今年の新入生かしら?」


「はい、今年度、国家人形師養成学校に入学しました」


「四年前、ここに入った時を思い出すわね。でもここにいると言うことは、あなたが……私たちの()()()()?」

 

「あ、はい。フリーダ・イベールと申します。よろしくお願いします」


 頭を下げたフリーダへ、女性士官候補生が驚いた顔をする。


「班分けに異議を唱えたって聞いたから、どんだけ気の強いお嬢様かと思ったら、あなたみたいな子だとは思わなかった……」


 そう告げつつ、フリーダへ手を差し出した。


「ブレンダ・アーカムよ」


 フリーダは差し出された手を握ると、すぐに手を離そうとした。しかしどういう訳か、相手がその手を離そうとしない。


「フリーダさん、あなたにお願いがあるの。この試合だけど、適当にやって、あっさり負けてくれないかしら?」


「えっ!?」


「とっても大事なお願いよ。私たちは上官といざこざを起こして、ここで謹慎処分になっている。理由は私が閥族の上官に襲われて、それを同僚の二人が殴り飛ばした」


「当然のことだと思います」


 迷うことなく言い切ったフリーダに、ブレンダは苦笑いを浮かべた。


「あなたも私と同じで、閥族の身内ではないみたいね。それが、特に女性がここに来るというのは、想像以上に大変なことよ。もっとも、私がそれに気づいたのも、ここに入学した後だけど……」


 ブレンダがフリーダへ、小さく肩をすくめて見せる。


「どうして班分けに異議を唱えたのかは知らないけど、そのうち班替えだってある。せいぜい数ヶ月の我慢よ。でもその同僚の二人にとっては、一生の問題なの」


「ブレンダ士官候補生殿、こちらから質問させて頂いても、よろしいでしょうか?」


「もちろんよ。それと敬称なしの自分の言葉で話して」


「はい、ブレンダさんはそのお二人のことが好きなんですね」


「はあ?」


 それを聞いたブレンダが、思いっきり当惑した顔をする。


「この話を持ちかけてきたので、すぐに分かりました。私も同じです。大事な人のために()()をします。それにブレンダさんも女性ですので、ご理解いただけると思いますが――」


「何かしら?」


「大事な人の為なら、女性はどこまでも利己的になれます」


 ブレンダはフリーダの瞳をじっと見つめた。


「ハハハハ、入学早々、国学に異議を唱えるだけのことはあるわね。あなたみたいな子に、ここまで惚れられるだなんて、彼氏は一体どんな人なのかしら?」


「彼氏ではありません。()()()幼なじみです」


 そう告げるフリーダに、ブレンダは絶句した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ