三文芝居
「あなたたちって、本当に馬鹿よね」
そう告げると、ブレンダは大きく肩をすくめた。そのつぶやきに、共に椅子に座る、士官候補生の制服を着た二人の男性は、互いに顔を見合わせた。
「馬鹿とはなんだ!?」
そのうちの一人、茶色の髪をした、少し小柄な男性が、ブレンダへ異議を唱える。
「だってそうでしょう。私のことなんて放っておいて、オットーやパールみたいに、見て見ぬふりをすれば良かったのよ」
「イクセルには無理だろうな。ブレンダ、お前に惚れている」
「ちょっと!」「ヴィクター!?」
筋肉質の大きな体をした男性の答えに、イクセルとブレンダの二人が慌てた声を上げた。
「それじゃヴィクター、あなたは?」
「友人が馬鹿なことをやるのに付き合うのが、親友というものだろう? それに君に惚れているのは、イクセルだけじゃない」
「やっぱり二人とも大馬鹿ね。でも私も人の事は言えないか。傍流も傍流で、ほとんど庶民なのに、国家人形師になろうなんて思ったんだもの……」
「人形師になろうとしたのは、決して間違いではないよ。才能は十分にある」
ヴィクターの言葉に、イクセルもうなずいた。
「そもそも、ブレンダがどこかの家で、おとなしく主婦をやっているだなんて、全く想像ができない」
「イクセル、あんたね!」「本当の事だろうが!」
イクセルの胸倉をつかみにかかったブレンダを、ヴィクターが制する。
「二人ともやめとけ。ともかくあんな腐ったやつに目を付けられたのが、運のつきというやつだ」
「だから、見て見ぬふりをすれば――」
ガチャ!
声を上げたブレンダの背後で、扉の開く気配がした。三人とも慌てて椅子から立ち上がると、部屋に入ってきた人物に敬礼する。
「国学の教官に着任した、アイラ・ディエスです」
そう告げると、扉から入ってきた人物は、ブレンダたちに敬礼を返した。
「急ではありますが、あなたたちに話があって招集しました。でも班は五人のはずだけど、懲罰対象は三人なの?」
アイラは手にした書類をめくりつつ、納得した顔をする。
「立ち話もなんだから、座ってもらえないかしら?」
「はい、アイラ教官殿!」
ブレンダたちが一斉に椅子へ着席する。それを見たアイラが、前におかれた椅子へ腰を掛けた。そして制服では抑えきれない、ブレンダの胸へ視線を向ける。
「なるほど、そう言うことね。でもどうして上官をぶんなぐったりしたわけ? 考え方によっては、いい機会だったかもしれないじゃない」
「はい、アイラ教官殿。申し訳ございません」
ブレンダの答えに、アイラがうんざりした顔をする。
「楽にしなさい。それと自分の言葉で話すことを許可します。なれなれしいのは好きじゃないけど、話が通じないのはもっと困るの」
「アイラ教官殿、了解しました。生理的に耐えられませんでした」
ブレンダの率直な答えに、アイラは思わず口元に笑みを浮かべた。
「家の後ろ盾もなしに、女性が国家人形師になることの意味ぐらい、分かっていたんでしょう?」
アイラの問いは、言外にそれが庶民の娘が閥族に嫁ぐか、愛人になるための手段だと告げている。
「はい。入学時点では、よく分かっておりませんでした」
「ふーん。それであなたたち二人は、お姫様を救う騎士気分ってやつを堪能したわけ?」
「はい、アイラ教官殿。ですが個人的には、もっと殴っておくべきだったと後悔しております」
「おい、イクセル!」
そう声をかけたヴィクターへ、イクセルは首を横に振った。
「ヴィクター、正直に答えただけだ」
「アイラ教官殿、よろしいでしょうか?」
ブレンダがアイラへ、発言の許可を求める。
「ブレンダ士官候補生、発言を許可します」
「僭越ではありますが、私から一つお願いがあります。今回の件は全て私に原因があります。私が罪の大部分を負うべきだと考えます」
その発言に、イクセルとヴィクターは異議を唱えようとしたが、アイラは手でそれを押しとどめた。
「あなたたちが仲良しなのは、よく分かりました。確かに信頼関係は重要よ。でもこの件でそれを発揮するのは間違いね」
ブレンダたちを眺めながら、アイラは大きくため息をついた。
「着任早々、こんな面倒ごとばかり押し付けられるだなんて。なんで私がこんな三文芝居に付き合わないといけないのよ――」
愚痴らしきものをぶつぶつとつぶやきつつ、書類をめくり続ける。その姿に、ブレンダたち三人は思わず顔を見合わせた。それに気付いたアイラが、慌てて書類から顔を上げる。
「この件については、まだ上に報告はあがっていません。今のところ、団長、もといアルマイヤー校長預かりになっています」
アイラの言葉に、三人はほっとした顔をした。
「ですが、このまま無罪放免にするつもりもありません。あなたたちに、アルマイヤー校長からの命令を伝えます」
アイラが三人に、書類に書かれた内容を読み上げた。
「何か質問は?」
「は、はい。本気でやっても、よろしいのでしょうか?」
ブレンダの問いかけに、アイラは謎の笑みを浮かべつつ頷く。
「もちろんです。付け加えるなら、この結果にあなたたちの未来がかかっています」
アイラが席を立つと、ブレンダたち三人も慌てて席を立った。そして三人揃って、アイラへ完璧な敬礼をして見せた。