意向
二年生を士官候補生に変更させて頂きました(選抜が四年に一度なのを忘れていました)
「お前たちも一杯やるか?」
アルマイヤーは、校長室に置かれた皮張りの長椅子に体を沈めつつ、琥珀色の酒が入ったグラスを片手に、部屋にいる二人の部下を眺めた。
「まだ仕事中です」
書類挟みを手にしたアイラがにべもなく答える。
「今日は忙しかったから、一杯ぐらい頂いてもいいんじゃないの?」
もう一人の部下のイフゲニアが、酒のボトルに手を伸ばしつつアイラへ告げた。
「飲みたかったらお二人でどうぞ。私は遠慮させて頂きます」
「相変わらずお堅いのね……」
「あんたがいい加減すぎなだけでしょう?」
「別に飲む必要はないし、飲みたかったら好きにやってくれ。それで、こんな夜遅くに何の用なんだ?」
「クラス分け並びに班分けに関して、人形省から提案書が届いています」
イフゲニアがボトルからグラスへ酒を注ぐ横で、アイラはアルマイヤーへ、数枚の書類を差し出した。
「提案書?」
書類を眺めたアルマイヤーが呆れた顔をする。
「そんなものまで、こちらへ指示を出してくるのか?」
「各家の意向を人形省で取りまとめたようです。もっとも、いつもはもっと早い段階で決まっているらしいですけど」
「なるほどね。選抜前にもう決まっているという事か……」
アルマイヤーのつぶやきに、アイラが小さく頷いて見せる。
「今年は色々と予定が変更になって、大変だったみたいですよ。一部の家からは選抜自体をやり直せ、という要請もあったそうです」
空になったグラスへ手酌で酒を注ぎつつ、イフゲニアが言葉を続けた。
「でも、次官のローレンツ卿が拒否したと聞いています」
「正論よ。流石は若手の筆頭官僚で、次期ローレンツ家当主ね」
納得顔で答えたアイラへ、イフゲニアが首を傾げて見せる。
「そうかしら? その方が都合がいい。それだけな気もするけど」
「ニア、あんたは私の言うこと全てに、突っかからないと気が済まない訳?」
「色々と思惑があるのだろうが、こちらとしてはうっとうしいだけだな」
そうぼやきつつ、二人のやり取りを無視して、書類を眺めていたアルマイヤーの指が止まった。
「この特別班と言うのは何だ?」
「こちらは王女様のご希望との事です」
「あの坊主、あんな奥手そうな顔をしていながら、やたらとモテモテだな。あの赤毛のお嬢さんといい、坊主のどこがいいんだ?」
「あら、健気でかわいいじゃないですか?」
「あんたも、ちょっかいを出しているものね」
アイラの台詞に、イフゲニアが赤く染まった唇の端を僅かに上げて見せる。
「健気ね……。いずれにせよ、これではこちらは楽しめない。拒否だ。いや、参考にさせていただきますだな」
それを聞いたアイラの顔色が変わった。
「団長、もとい校長先生。また左遷されるおつもりですか!?」
アイラの叫びに、イフゲニアがカラカラと笑って見せる。
「違うわよ。もっとさぼりたいだけ」
「ニア、もう酔っぱらっているの?」
「えー、まだまだこれからよ。アイラも一緒に飲みましょう!」
「酔っぱらいは黙ってなさい!」
「大体こんな事をやっているから、東領の連中に足元をすくわれるんだ」
いつしか空になったボトルを振りつつ、アルマイヤーがぼやいて見せる。
「では、いかがいたしましょうか?」
「こんなつまらん組分けなどくそくらえだ。生徒たちの自主性にまかせよう」
「自主性ですか!?」
思わず声を上げたアイラへ、アルマイヤーがニヤリと笑って見せる。
「生き残ることを優先するのか、それとも各家のあれやこれやを優先させるのかも含めて、自分たちで考えさせる。それに一部の生徒たちは、間違いなくこの組分けに文句を言ってくるぞ」
「ですが、人形省への対応はどうしますか?」
「それについては俺の方でジークと交渉する。それと成績規定は一切の温情を考慮せず、厳格に適用するとも言っておけ」
アルマイヤーは、少し心配そうな顔をするイフゲニアへそう答えると、名簿をアイラへ戻そうとした。だがすぐにその手を止める。
「待て。人形省の連中が徹夜で作ったやつだ。せっかくだから、これはこれで使わせてもらおう。アイラ、前回の選抜の連中の名簿は持っているか?」
「はい。こちらです」
アルマイヤーが渡された名簿へ目を走らせる。
「確か士官候補生組で、俺がこっちへ飛ばされる前にやらかした連中がいたな?」
「この者たちでしょうか?」
「なるほど。成績を見る限り中身は優秀らしい。どちらかと言えば、上官たちの方が腐ったやつらばかりで、問題ありありだったしな。この連中が単なるやんちゃなやつらか、それとも骨のある者たちなのかも、確かめてみる事にしよう」
そう告げると、アルマイヤーは二人に近くへ寄るように合図した。
「アイラ、ニア、今回の班分けについては以下の方針で臨むことにする」
アルマイヤーが二人に小声で何かを告げる。それを聞いた二人は互いに顔を見合わせた。
「団長、もとい校長先生、本気で言っているんですか?」
アイラの言葉に、アルマイヤーが頷く。
「もちろん本気だ。それにこれは間違いなく面白くなるぞ」
そう告げると、アルマイヤーはさも楽し気に、背後の棚から新しいボトルを取り出した。