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婚約者

「婚約者!」


 クエルとフリーダの口から同時に声が上がった。


「ちょ、ちょっと、クエル。どうしてあなたに婚約者がいるのよ!」


 そう叫んだフリーダが、クエルの襟元を掴む。掴まれたクエルとしても、さっぱり訳が分からない。


「し、知らない。全く知らない!」


「婚約者よ。どうして知らないなんてことがあるの!」


 そこでフリーダが、振り回していた手を止めた。


「もしかして、エンリケおじさんが決めていたの?」


 クエルも一瞬そうなのかと思ったが、あの父親がそんな話をまとめられるとは、到底思えない。クエルは思いっきり首を横に振った。


「そんな話は聞いたこともない!」


「でも、エンリケおじさんは行方不明で――」


 フリーダはそこで言葉を切ると、しまったという顔をした。フリーダはエンリケが行方不明であるのを知っているが、それは誰にも話してはいけない事になっている。


 フリーダの話を聞いたのか、聞かなかったのか、女性がクエルへ小さく首を傾げて見せた。


「内務省からクエル様へ、すでにお話はされているとお聞きしていましたが……。まだお聞きになっていらっしゃらないのでしょうか?」


 女性はそう口にすると、背後に立つ執事姿の男性へ顔を向けた。


「ラムサス、これはどう言うことでしょうか?」


「内務省へすぐに問い合わせます。もし不手際があるようなら、すぐに正させます」


 男性は胸に手を当てると、一分の隙も無い仕草で答えた。


「失礼ですが、先ほどグーデリアとおっしゃいましたよね」


「はい」


 フリーダの問いかけに、女性はにこやかに答える。それを聞いたフリーダの顔色が変わった。


「グ、グーデリアって、ま、まさか……」


「グーデリア?」


 クエルもその家名が持つ重要な意味にやっと気づく。普段その家名を耳にすることはない。なぜなら、その家の人たちは家名を使う必要などないからだ。


「王女様!」


 クエルとフリーダの口が、同時に悲鳴みたいな声を上げた。


「お前たち、王女様に対して、そのような奇声を上げるとは、失礼極まりない!」


 背後に立つ長身の男性が、クエルたちの方へ足を進めようとする。


「ラムサス、クエル様へそのような態度をとるなど、お前の方こそ失礼極まります」


「申し訳ございません」


 女性の言葉に、執事姿の男性が深々と頭を下げる。


「はい。第六王女になります」


 アイリスは何気なしにそう答えると、クエルたちへにっこりと微笑んだ。


「王女様が婚約者って、どういう事?」


 フリーダがクエルの襟に手をかけたまま、夢でも見ているのではないかという顔で、クエルを見つめる。


「僕だって、何が何だか……」


 見つめられたクエルとしても、全く訳が分からない。その時だ。クエルの頭へ、監禁されていた時に、内務省の役人が口にした台詞が浮かんだ。


『地下室の開け方を教えてくれれば、君を王女の一人の婚約者としてもいい……』


「もしかして、監禁されていた時に言われたのは、本当だったという事!?」


 クエルの台詞に、アイリスがほっとした顔をする。


「お聞きになっておられたのですね。何者かの不手際で、話が通じていなかったのかと心配しました。本日、やっとお会いできて本当に良かったです」


「で、でも、どうして王女様が?」


「そ、それは……」


 フリーダの問いかけに、クエルは口を濁した。監禁中の会話を漏らすことは、内務省から厳禁されている。どうすればいいのだろう。クエルが途方に暮れた時だ。


「お~、フリーダたちはここにいたのですね。とっても探したのです!」


 背後から大きな声が響いてきた。振り返ると、ムーグリィが紐でぐるぐる巻きにされたスヴェンを引きずるようにしながら、こちらへと歩いて来る。


「クエル、ぼっとしていないで、俺を助けろ!」


「あれ、アイリスではないですか?」


 背後で暴れるスヴェンを押さえつつ、ムーグリィが驚いた顔をした。


「北領公、ご無沙汰しております」


 アイリスがムーグリィへ淑女の礼をする。そしてムーグリィと、その背後にいるスヴェンを眺めて、首を傾げて見せた。


「北領公はクエル様をはじめ、こちらの皆様とはお知り合いなのでしょうか?」


「もちろんなのです! それにムーグリィはムーグリィなのです。北領公という名前ではないのです」


 ムーグリィが不満げな顔をする。だがすぐに満面の笑みを浮かべると、背後にいるスヴェンの方を振り返った。


「ちょうどよかったのです。アイリスに、ムーグリィの旦那様を紹介するのです」


 今度はアイリスが驚いた顔をする。


「北領公、失礼いたしました。ムーグリィさんは、ご婚約されていたのですか!?」


「旦那様になんてなっていない。クエル、お前も黙っていないで、違うと言え!」


「スヴェン様はいけずなのです!」


 ムーグリィは無理やりスヴェンをアイリスの前へ出すと、運命の出会いとか、謎の説明を始める。それを呆気に取られて聞くクエルの袖を、誰かがそっと引いた。いつの間にか横にいたセシルだ。


『マスター、あれは人か?』


 セシルはクエルへそう呼びかけると、ムーグリィと楽しそうに話をする、銀色の髪の少女をそっと指差す。


『さすがは王女様だよ。きれいすぎて、とても人とは思えない。まさに女神様だ』


 クエルは正直に答えた。フリーダも美しいとは思うが、アイリスの持つ美しさとは別物だ。フリーダが燦々(さんさん)と輝く太陽だとすれば、アイリスの美しさは、夜空に高く昇る月の光を思い起こさせる。


『マスター、そういう意味で言っているのではない。本当に人なのかと聞いているのだ』


『どう言う事だ? ま、まさか、セシルと同じ……』


『分からぬ。化身なら我には分かる。しかし人とも思えぬ。あまりにもマスターの好みに合わせて、見栄え良く作られ過ぎている』


『何を馬鹿な事を言っているんだ。王家の人間だよ。僕ら庶民とはモノが違うんだ』


『マスター、馬鹿なことを言っているのはお前だ。確かめるには、体を二つに裂いてみるほかないか……』


『間違ってもそんなことをするなよ。即刻死刑になる』


 クエルの言葉に答えることなく、セシルは第六王女をじっと眺めている。クエルが自分の首筋が切り落とされるのを想像した時だった。


「君たち、まだ残っているのか?」


 渡り廊下の先から、こちらを叱責する声が聞こえた。見れば、通路の先に事務官が立っている。だがムーグリィとアイリスを見ると、慌てた顔をした。


「王女様、並びに北領公閣下、寮で説明の続きがあります。女子は右手の人形だまりから、男子は左手の人形だまりから、自分の人形を連れて、すぐに宿舎へ向かってください」


 そう丁寧に声を掛けると、この場から逃げる様に去っていく。


「俺は男子だから、クエルと一緒に――」


「スヴェン様は、私と一緒なのです!」


「クエル、後で話をしましょう」


 フリーダはそう告げると、セシルの手を取って廊下の先へと歩いていく。その足取りはいつもの飛び跳ねるような歩き方ではなく、とても重たく見える。


 クエルはその背中で跳ねる赤い髪が、門を曲がって見えなくなるまで見送ると、一人反対側の通路へ向かって歩き始めた。

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