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人形師たち

 スヴェンは石の壁で囲まれた競技場に立っていた。目の前にはムカデを模したらしい人形と、仕立てのよい簡礼服を着た、自分と同じぐらいの年齢の閥族の男が立っている。


「バラバラなのです」


 スヴェンの耳にムーグリィの声が響いた瞬間、ムカデを模した人形が地面へ崩れ落ちた。今や辺り一面にその部品が転がっているだけだ。もはやそれが人形の一部だったのかすらも分からない。スヴェンは呆気に取られた顔で、それを成した少女を見つめた。


 ムーグリィはいつも通りの雪だるまみたいな服を着て、平然とそれを眺めている。だがその水色の目はスヴェンが知っているものではなかった。それはスヴェンの知る、工房の大人たちが人形へ向ける物と似てはいたが、それとも全く違う。もっと冷たく、もっと容赦のない目だ。


「な、何が……」


 競技場の反対側から絞り出すような声が聞こえた。そこでは閥族の男が、地面へ膝をついてバラバラになった己の人形をじっと見つめている。


 その姿にスヴェンは憐れみを感じると同時に、地面へ転がっている部品を集めてやりたくなった。だが走りだそうとしたスヴェンの首を、何かが引っ張る。振り返ると、丸い万力みたいな金属の手が、スヴェンのつなぎの襟をがっしりと掴んでいた。


「旦那様、終わったのです。とっとと戻るのです」

 

「俺は旦那様じゃない。それに人形をあのままにしておけるか!」


 声を上げたスヴェンへ、ムーグリィが首を横に振って見せる。


「あれは人形とは呼べません。スヴェン様が触れるべきものではないのです」


 珍しく、ムーグリィがなのです言葉を使わずに告げる。


「それじゃ、なんなんだ!」


「人形もどきです」


 そう答えると、スヴェンの体をひょいと持ち上げて競技場から去っていく。スヴェンはそれでも戻ろうとしたが、サンデーにツナギの後ろをがっしりとつかまれており、振りほどくことができない。


 そのまま競技場を出た時だ。スヴェンの耳にどこかから低い振動音が伝わってきた。サンデーにつかまれたまま辺りを見回すと、雲一つない空へ、真っ赤な炎が真っすぐに伸びていくのが見える。


「ま、まさか……。完全な禁忌だ。シグルズのやつ、本当にやりやがったな!」


 スヴェンの背中を冷たい汗が流れた。


「ずるいのです。ムーグリィはあれとやりたかったのです」


 黙り込むスヴェンを横目で見ながら、ムーグリィが不満気な声を上げた。スヴェンが呆れつつ言葉を続けようとした時だ。


「ムーグリィ殿!」


 背後から誰かがムーグリィを呼ぶ声が聞こえた。声の方へ視線を向けると、ヒルダとルドラの二人が、修道女と獅子の人形を連れて、こちらへと向かってくる。


「ヒルダたちも終わったのですか?」


「はい」


「ムーグリィはとってもつまらなかったのです。ムーグリィは人形師もどきではなく、人形師とやりたかったのです」


 炎が消えた方角をにらみながら、ムーグリィが不機嫌そうに足をタンタンと踏み鳴らすのを見て、ヒルダが口元に笑みを浮かべる。スヴェンは、二人ともあれが何か全く分かっていないと確信した。


「高圧の複合ガスの燃焼だぞ。あれを食らったら、お前なんて真夏の雪だるま以下だ。チリ一つ残らない!」


 そう声を荒げたスヴェンに対し、ムーグリィが首を傾げて見せる。そして助けを求めるように、ヒルダの方へ顔を向けた。


「もしかして、スヴェン殿は先ほどの炎のことをおっしゃっていますでしょうか?」


 それを聞いたムーグリィが納得した顔をした。


「あー、そういう事なのですね。旦那様の言っている意味が、やっと分かったのです」


 今度はスヴェンが首をひねる。どう考えても、会話がかみ合っているようには思えない。


「ムーグリィ殿はあれを倒した相手と、戦いたいと言っていたのです」


「倒す? 誰かがシグルズのファーヴニルを倒したというのか!?」


「はい。スヴェン殿、確かにあの炎は強力かもしれませんが、しょせんは物理的な力です。全力で炎を吐けるのは一度、せいぜいが二度ぐらいでしょうか? それをかわされてしまえば、後がありません」


「かわすも何も、あたり一面の火の海だぞ!」


「動かずにいれば、そうかもしれませんが、まともな人形師ならそんなことにはなりません。装置と燃料の都合上、足はそれほど速くないと思います。単に逃げればいいだけです」


「でもヒルダ、待ち伏せになら使えるかもしれないね」


 ルドラの台詞に、ヒルダが苦笑いを浮かべて見せる。


「そうかしら? そんなところへわざわざ突っ込んで行くのは……」


「駆け出しぐらいなのです。それよりも、落とし穴を掘るのが一番楽しそうなのです。トカゲの丸焼きの出来上がりなのです!」


 ムーグリィがヒルダへ、穴を掘るしぐさをして見せる。


「それじゃ、さっきの炎は――」


「あれは世界樹の実の断末魔です。もしくは世界樹の実がなんたるかを、人形が何たるかを理解できなかった、未熟な人形師への呪詛でしょうか?」


「呪詛!?」


 驚いた顔をするスヴェンへ、ヒルダが頷いて見せる。


「人形師は己が魂を世界樹の実に捧げて、物理的な限界を超えた力で敵を倒すのです。それが成せない人形師と結合した世界樹の実は、不運としか言えません」


 ヒルダの左耳で揺れる水晶を見ながら、スヴェンは人形師について、実は何も分かっていなかったことを理解した。人形の仕組みを少し知って、理解したつもりになっていただけだ。


 自分たちが工房で作っている人形と、結合した人形師に操られる人形はまさに別物。人形師とは目の前の敵に対して、その力を躊躇なく振るうことが出来る者たちなのだ。


 スヴェンは落とし穴でなければ、しっぽをもって振り回すとか、ヒルダへ楽しそうに語るムーグリィを見ながら思った。こいつらは間違いなく、自分たちとは違う世界に生きている。


『あいつらは、本当にこの世界で生きていけるのだろうか?』


 夕刻の気配が漂う空を見上げつつ、スヴェンはクエルとフリーダへ思いをはせた。彼らは自分に力が与えられたからといって、それを相手へ無条件に振るえる人間ではない。


 スヴェンは工具だこがたくさんある自分の手を眺めた。自分は決して目の前にいる者たちと同じにはなれない。だからこそ、クエルたちがこちらの世界へ戻ってきたくなった時に、戻ってこれる場所で居続けなければならない。


『死ぬなよ、クエル』


 スヴェンは心から祈った。

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