表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/103

昼食

「お母さん、ただいま! クエルを連れてきたよ!」


 フリーダの元気な声が、隣家の玄関に響いた。


「お帰りなさい」


 フリーダの母親のリンダが、玄関口まで顔を出す。


「リンダおばさん、お邪魔します」


「クエルさん、体の具合は大丈夫なの? 昨日の夜は来なかったから、フリーダがとても心配していたわよ」


「心配していたのはお母さんでしょう? 私は別にクエルが野垂れ死にしようが……」


 フリーダが母親に向かって口を尖らせる。それを見たリンダが、小さく首を傾げて見せた。


「そうかしら。それよりももうお腹は空いている? もうすぐパンが焼きあがるから、先に紅茶でも飲んで待っていてくれないかしら」


「お母さん、それよりも聞いて!」


「フリーダ、話は後にして頂戴。オーブンは待ってくれないの。マリエさん、紅茶の用意をお願いします」


 そう言うと、リンダは足早に台所の方へと去って行く。


「もう、早くしてね!」


 そう思うのなら、自分も手伝ったらいいのではないかと思うが、リンダの料理が絶品すぎるせいか、フリーダは料理に関してからっきしだ。というか、完全に諦めている節がある。


 ともかく調味料の入れ方に、加減というものを知らない。それは味見をしながら、慎重に入れるものだということを分かっていなかった。


「先に二人で紅茶を頂きましょう」


 そう言うと、フリーダは一階の奥にある食堂へとクエルを誘った。フリーダの家はクエルの家と違って、よく客人を招くせいか広い。南の庭に面した食堂は、ガラス戸から入ってくる日の光に溢れていて、とても居心地の良い場所だった。


「マリエさん、ありがとうございます」


 クエルはポットからティーカップに紅茶を注いでくれた、お手伝いのマリエさんに声をかけた。年齢はだいぶ上だが、以前は大貴族の家に勤めていたらしいその姿からは、気品が感じられる。人の振りをしている、なんちゃって侍従人形とは大違いだ。


「クエルさん、いらっしゃいませ。お嬢様、奥様の手伝いに行きますので、後はお願いしてもいいでしょうか?」


「もちろんよ。まかせておいて」


 既に注がれた紅茶を前に、フリーダが胸を張って見せる。これ以上何もすることはないように見えるが、何を任せておいてなのだろう。


「それで、どうしてあの子を侍従にしたの?」


 食堂の椅子に座るや否や、フリーダがクエルに問いただした。


「ちゃんと責任を取れるんでしょうね?」


「せ、責任って!?」


 クエルの額から汗が流れる。まるで裁判における被告人だ。


「人を雇う事の責任よ!」


「そっちね……」


 クエルは思わず安堵のため息をついた。責任をとって、あの人形と結婚しろとか言われたら大変だ。人形と結婚だなんて、ただの変態になってしまう。


「そっちって、どういうこと?」


「何でもありません!」


「頼りないわね。やっぱりお母さんにお願いして、うちで雇えないか相談しようかな……」


「できればそうして欲しい」


 クエルの口から、思わず本音が漏れる。


「なんか言った!?」


「な、何も言っていません!」


 どうやらフリーダはセシルの事を真剣に心配しているらしい。クエルよりはるかに多いフリーダの友達は、フリーダの事をとても親切で優しいと言っているが、クエルにとってはそうではない。


 どちらかと言うと口うるさく、すぐ人のことを馬鹿にするところがある。だがこうして見ると、その評価は正しいように思えた。


『フリーダは自分にだけやたらと厳しい?』


 クエルは今更ながらそんなことを思いつく。


「お待たせしました」


 台所の方からリンダの声が響いた。リンダとマリエが大きな皿を持って食堂へと入ってくる。二人がもつ皿からは、とてもこうばしい匂いが漂ってきた。


「わ~、美味しそう!」


 クエルの前に座るフリーダが、まるで子供みたいな歓声をあげる。


「お腹ペコペコで死にそうよ!」


 その台詞に、クエルも昨日の夜から何も食べていないことを思い出した。


「それはそうでしょう。ろくに朝ごはんも食べないで、クエルさんのところへ行くんですもの」


「そ、それは誕生日で着るドレスがきつくならない為に……」


 フリーダが口ごもりながら答える。胸以外もでかくなったのか? クエルは思わずそんな事を考えたが、すぐに打ち払った。クエルに関するフリーダの感はとても鋭い。たとえリンダおばさんの前でも、バレたら大変な事になる。


「はい、はい。でもお昼はちゃんと食べなさいね」


 そう言うと、リンダは皿をクエル達の前へ差し出した。そこには焼きたてのパンが乗っていて、その上にはオーブンで焼かれた、チーズやトマトにキャベツが盛り付けられている。


 別の皿には冷水にさらしたシャキッとした生野菜と、良い香りのする果物が乗せられていた。


「もしかして、約束を忘れていたの?」


 リンダがクエルの皿にパンを取り分けながら聞いてきた。フリーダはというと、既に大きな口を開いてパンにかじりついている。


「せっかくご招待いただいていたのに、すいません」


 クエルはリンダに頭を下げた。


「私はいいのだけど、フリーダの機嫌がとっても悪くなって困ったわ。ギュスターブさんは、そのとばっちりをだいぶ受けたみたいだけど」


「本当にすいません」


「お母さん、そんなことはありません!」


「そうかしら。それに食べながら喋るのははしたないですよ。今日は忘れずに誕生日会のドレスを見てあげてね。それを見せるのを楽しみにしていたみたいだから」


「だからそんな事はありませんって言ったでしょう! それよりも、お母さん聞いて!」


「口にものを入れてしゃべるのは……」


 リンダにたしなめられつつも、フリーダはそれを無視して口を開いた。


「クエルの家に侍従さんが来たの!」


 フリーダの言葉に、リンダが当惑した顔をする。


「侍従さん? どなたか紹介してくれた方でもいたのかしら?」


「昨日の夜に、橋の下で拾ってきたそうよ」


 リンダが驚いた顔をしてクエルの方を見る。そして野菜を取り分けていたマリエと、互いに顔を見合わせた。


「クエルさん、本当なの?」


「えっ、はい。お腹を空かせていまして、かわいそうだなと思いました。とりあえず一晩保護してやろうと思いましたら、いつの間にかそんな話に……」


 クエルは子供の頃に子犬を拾った時を思い出しつつ話をつないだ。その犬は隣のマジェ爺さんのところで飼われていた。今では立派な老犬となり、マジェ爺さんと日々惰眠を貪っている。


「とっても可愛くて、それにとっても行儀がいいお嬢さんよ」


「お嬢さん?」


 リンダがさらに当惑した顔をする。


「おいくつの方なのかしら?」


「どうかな、13から14歳ぐらいの間だと思う。クエル、本当は何歳なの?」


「多分そのぐらいだと思うよ」


「ちょっと適当過ぎない? 雇い主でしょう!」


「なるほど。クエルさんに妹ができたようなものね」


「妹? そうよね。まだ妹よね!」


 リンダの言葉に、フリーダは急に納得したようにうんうんと頷いて見せた。


「よかったら、今度のフリーダの誕生日に、その侍従さんもご招待させていただけないかしら?」


「お邪魔になりますし……」


 リンダの誘いに、クエルは必死に手を横に振った。あんなのを連れて歩くこと自体が危険極まりない。ましてやフリーダの誕生日会に連れていくなんて、自殺行為だ。


「それは心配しなくてもいいわ。何せ今回は17歳の誕生日で、ギュスターブさんの知り合いの方なども招待しています。それで別の場所を借りましたから、何人か増えても大丈夫よ。お隣さんですからね。ぜひ一度お話しをさせてください」


 リンダは組んだ手の上に顎を乗せると、クエルにそう提案した。リンダがこの仕草をしたときには逆らってはいけない。幼い時からの付き合いで、クエルはそれをよく理解していた。その点でフリーダと母親のリンダはよく似ている。基本的には逆らってはいけない人達なのだ。


「そうよ。私の17歳の誕生日なんだから、セシルちゃんも絶対に連れてきて!」


 フリーダもクエルにそう告げる。


『17歳の誕生日か……』


 クエルは心の中でつぶやいた。少しまともな家にとって、娘の17歳の誕生日は特別な意味を持っている。それは世間に対する娘のお披露目も兼ねているのだ。そこで色々な家に紹介すると同時に、縁談へもつながっていく。


 もっともそれは建前で、貴族を始めとする多くの有力な家では、娘が生まれた時点で許嫁が決まっていることが多い。なので、そのほとんどは婚約発表の場になっている。


 だけどフリーダに許嫁はいない。リンダが夫のギュスターブの知り合いも呼んでいると言うことは、フリーダに対する縁談の紹介の場でもあるのだろう。クエルは幼い時からずっと一緒だったフリーダが、遠い存在になりつつあるように思えた。


「それにクエルの侍従さんじゃなく、私の妹としてみんなに紹介しましょう!」


 クエルの気分とは裏腹に、フリーダはとっても盛り上がっている。最もフリーダが知っているセシルは真のセシルではない。本当のセシルは人形のふりをした悪魔だ。いや、人のふりをして、さらに人形のふりをしている悪魔か――。


『絶対に止めてください!』


 そうお願いしようとした時だ。フリーダが少し真面目な顔をしてリンダの方を向いた。


「でもお母さん、私の誕生日なんかより、もっと大事な話があるの」

 

「大事な話?」


 リンダが再び当惑の表情を浮かべる。


「クエルが人形師になると決めたのよ!」


「クエルさんが?」


 リンダがクエルの顔を見つめた。


「決心したのね」


「国家選抜も近いし、父さんにも話しをして、心構えとか、色々と助言をしてもらった方がいいと思うの」


「そうね。それはいい考えね。でもクエルさんはエンリケさんの子供ですもの、ギュスターブさんの助言なんかなくても、きっとお父さんの様な立派な人形師になれると思うわ」


「お母さん、それは違うと思う」


 フリーダは普段リンダと話す時の甘える感じとは異なる、はっきりとした口調で答えた。


「エンリケおじさんは立派な人形師だったかもしれないけど、クエルはクエルよ。クエルとして人形師になるの」


 フリーダはそう言い切ると、リンダを、そしてクエルをじっと見つめた。


「そうね。私の言い方が悪かったわね。クエルさんはクエルさんとして、立派な人形師になれるわ」


「そうよ。あれだけピエロが上手に操れるんですもの、絶対に立派な人形師になれるわ!」


 フリーダがリンダに断言して見せる。クエルは心の中でそれは全く違うものだと思ったが、すぐにその考えを振り払った。フリーダは自分を信じてくれている。それで十分だ。


「あら、お話が過ぎましたね。パンを冷めないうちにどうぞ」


 リンダはそう二人に告げると、満足そうに微笑んでみせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ